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~相早繰り銀の大激戦~ 第67回NHK杯解説記 阿部健治郎七段VS稲葉陽八段

今週は阿部健治郎七段と稲葉陽八段の対戦でした。

阿部七段は純粋な居飛車党で、周りの流行に流されずオリジナリティの高い作戦を採用する傾向が強い印象です。一回戦では谷川九段と戦い、終盤の競り合いを制して二回戦に勝ち進みました。

稲葉八段は居飛車党で、攻めが好きな印象はありますが、受けに回る展開も苦にしないタイプです。
また、形勢が良いときはスマートに最短の勝ちを目指し、悪いときは歪曲的な指し手で局面を混沌化させる手が目立ちます。戦況の優劣によって、指し手の性質が大いに変わるのも特徴の一つかと思います。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯2回戦第4局
2017年8月27日放映

 

先手 阿部 健治郎 七段
後手 稲葉 陽   八段
初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△8五歩▲7七角△3四歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

NHK 1

戦型は角換わり。阿部七段は早繰り銀を採用しました。

一手損角換わりに対して早繰り銀は最も主流な戦法ですが、普通の角換わりではやや珍しい選択です。ただ、これは早繰り銀よりも腰掛け銀の方が人気があるからで、決して早繰り銀が悪い戦法という訳ではありません。

先手の早繰り銀に対して、後手の対策としては二つあり、①腰掛け銀。②早繰り銀。の二択です。

細かい理屈を抜きにして端的に言ってしまうと、①は受けに回る方針。②は攻め合う方針です。第1図をご覧の通り、稲葉八段は②を選びました。この辺りは棋風ですね。

相早繰り銀は攻め合う将棋なので、基本的に玉の囲いは後回しになります。先手の目線で説明すると、後手は7・8筋から攻めてくるので、例えば第1図から▲6八玉~▲7九玉と玉を囲っても戦場に近づいてしまい、逆効果です。この仕組みは後手も同様です。ゆえに、互いに居玉で駒組みを進めている訳ですね。

本譜は第1図から▲6六歩△6四銀▲3五歩△同歩▲同銀と進みました。(第2図)

NHK 2

▲6六歩は価値の高い一手で、▲3五歩と仕掛けるための準備です。もしこの手を怠ると、△8六歩▲同歩△8五歩の継ぎ歩攻めがありますね。▲6六歩を突いておけば、△8六歩に▲同銀で問題ありません。

後手にとって第2図は方針の岐路で、無難な手は△3四歩です。王手飛車の筋があるので▲4六銀と引きますが、これなら穏やかな展開が予想されました。もちろん、これも有力な選択でしたが、稲葉八段は良さを求めて△5五銀と積極策を選びます。以下▲6八玉△7三角と進みました。(第3図)

NHK 3

早繰り銀は攻撃的で機動力のある戦法ですが、飛車のコビンが開いてしまうところが泣き所です。受けに回る方としては、そこを突かない理由はありません。

稲葉八段が指した△7三角はまさにその方針に則った一手です。図面の緑色で示した地点が急所のラインで、この筋に角を打てれば、自分の弱点をカバーしつつ、相手の弱点を攻めることができますね。

阿部七段は▲2四歩と突いて銀交換を目指しますが、△4四銀引が上手い切り返し。飛・銀の両取りになっているので▲4六銀と引く一手ですが、△2四銀で後手は一歩得に成功しました。以下▲3八飛△3四歩▲7九玉△3五銀左と後手は追撃の手を緩めません。(第4図)

NHK 4

自陣角を軸にした攻めが受けにくく先手が困ったようですが、阿部七段も黙ってはいません。第4図から▲7五歩と戦線を拡大したのが好手です。やはりどんな時でも角頭は攻める目標の一つですね。△同歩は▲7四歩△8四角▲3五銀△同歩▲3七角が厳しいですね。このように角が急所のラインから外れてしまうと、苦しくなってしまいます。本譜は△8六歩▲同歩△4六銀▲7四歩△5五角▲4六歩と進みました。(第5図)

NHK 5

ここで形勢判断をしてみましょう。玉型は先手の方が堅そうに見えますが、7・8筋が戦場なのであながち、そうとも言い切れません。互いに威張れた形ではないので、互角と見ます。

駒の損得は無し。効率も互いに遊んでいる駒はありません。そうなると、手番を握っている後手を持ちたい印象です。

稲葉八段は△4一玉と寄り、玉の安全度を上げましたが、一手の価値が乏しかったでしょうか。代えて、シンプルに△4六角と指したかったです。以下▲2八角△同角成▲同飛△4六角▲3七角△同角成▲同桂△4六角が変化の一例です。(A図)

NHK A

後手は手損を重ねましたが、先述した通り、このラインを制するのがポイントです。A図は桂取りと△5七角成を同時に受ける手が意外に難しいですね。

▲4八金は△3九銀があるので、おそらく▲4八銀と受けるくらいですが、ここに銀を手放すようでは効率が悪く、先手としては不本意です。それから△4一玉と寄ったり、△7五銀と打って攻めたり
する方が本譜よりも勝りました。

本譜は△4一玉で緩めてくれたので、▲2二歩△同金▲7三歩成△同角▲4八飛で先手も一息つく余裕が生まれました。先手陣は△4六角さえ防げば安定しています。以下△3一玉▲5八金△3二金▲6七金右△7四歩と互いに陣形整備を行いましたが、金矢倉の堅陣を築いた先手は玉型というアドバンテージを得たので、実戦的に勝ちやすい形になりました。(第6図)

NHK 6

憂いを無くした阿部七段は頃は良しと見て、再び攻めを開始します。ここでも角頭を狙う▲7五歩が好着想です。以下△同歩▲7四銀△5一角▲6三銀成でまずは後手の角を僻地に追いやります。稲葉八段は△6五歩と打って、将来の△5五銀を狙いにしますが、▲6四角がそれを許さない角打ちです。以下、△8三飛▲7三歩とと金の種を蒔き、後手を焦らせました。この応酬で、先手が急所のラインに角を設置したことも見逃せないですね。(第7図)

NHK 7

後手はとりあえず、角をもう一度良いポジションに運ぶ必要があるので、稲葉八段は△3三角と上がりましたが、一旦、△1五角と覗く方が勝りました。▲3七歩と受けるくらいですが、それから△3三角とすれば先手を歩切れにすることができました。本譜は単に△3三角だったので、▲2四歩が嫌らしい利かしです。△同角は△5五銀が消えますし、△同歩も将来の▲2三歩が残ってしまうので、大いに形が乱れます。稲葉八段は△2二玉と上がりましたが、▲2三歩成△同金▲4五歩△5五銀▲2四歩△同金▲4四歩と阿部七段の猛攻が始まりました。(第8図)

NHK 8

ここはかなりの勝負所で、稲葉八段は△4四同銀と応じましたが、些か素直過ぎたでしょうか。代えて△6四銀▲4三歩成△5五角と駒得を主張に攻めをいなしたかったです。自玉の近くにと金を作らすので怖い順ですが、先手も攻め駒が少ないので後手玉を寄せ切れる保証はありません。

本譜は無条件で先手の飛車先が開通したことが非常に大きく、△4四同銀を境に阿部七段が一歩抜け出しました。以下▲5三成銀△3二銀▲5四成銀△8四飛▲7二歩成△同金▲4四成銀△6四飛▲3三成銀△同桂▲5三角△5四飛▲4二角成と進みます。長手数で恐縮ですが、先手の駒が綺麗に捌けて、着実に後手玉へ向かっていることが分かります。(第9図)

NHK 9

ここで△3一銀と打てば後手玉はすぐには寄りませんが、▲7五馬と引かれると稲葉八段は勝ち目が無いと判断されたのでしょう。よって、本譜は△3一角と受けの勝負手を捻りだしました。これなら馬の逃げ場はありません。

しかし、この手は危険な一手で、▲2三歩△同金▲3二馬△同玉▲4一銀△4二玉▲3二銀打なら決まっていたと思われます。(B図)

NHK B

角金両取りの上、▲4三飛成も残っているので見るからに痛そうですね。

しかし、阿部七段は▲4三馬と指してしまいます。竜が作れるので厳しそうな攻めですが、△同銀▲同飛成△3二角と受けられたときに竜を引き下がるしかなかったのが阿部七段の誤算だったのではないでしょうか。(第10図)

NHK 10

恐らく阿部七段の予定は▲5四竜△同角▲5二飛で両取りを掛けることだったはずです。しかし、△3二角▲7二飛成△4九飛▲8八玉△8七歩と反撃されると二枚替えの駒得ながら、局面は容易ではありません。(C図)

NHK C

C図で▲8七同金は△7九銀▲9八玉△4八飛成が嫌らしいですし、▲9八玉とよろけるのも心もとない形です。また、△4二歩と打たれると後手玉が見えなくなってしまうのも先手としては嫌な要素で、この変化はとても選べません。終盤でこのような流れが早い展開は、駒得の価値が激減してしまいます。

したがって、本譜は第10図から▲4八竜と自重しましたが、こうなると長期戦が確定し、稲葉八段としては虎口を脱しました。

しかしながら、後手は攻め合う態勢が整っていないので、まだまだ受け続ける必要があります。稲葉八段は先手の竜を抑え込み、辛抱強い指しまわしを見せます。(第11図)

NHK 11

丹念に受けた後手が遂に凌ぎ切ったかのように見えますが、ここで▲1五銀が強手でした。△同金▲3五竜は飛車取りに加えて▲3四歩や▲2四歩という攻めが残っているのが大きく、これは後手陣が崩壊します。やむを得ず△3四金と逃げましたが、▲3六歩と歩を合わせたのが後続手です。▲1五銀を打ったことで▲3五歩の取り込みが厳しくなり、後手はこの歩を相手するよりありません。以下△同歩▲同竜△3五歩▲2四歩△1二銀▲5六竜と竜が中央へ舞い戻り、先手の攻めが手厚くなりました。

竜を侵入を許すわけにはいかないので△5三歩と受けますが、ここで貴重な手番を渡すようでは後手の非勢は明らかです。(第12図)
< br />NHK 12

再び、優勢になった阿部七段でしたが、ここで▲6五歩と歩を取った手が逸機。代えて▲5五竜と上がる手が有力で、次に▲4四竜~▲5二飛を狙っています。後手は△8四飛と逃げるくらいですが、そこで▲6五歩とすれば、▲6四歩(飛車の横利きを消しながら▲7五竜を狙っているので価値が高い一手)と伸ばす味が残っているので本譜よりも条件が良い形で攻めることができました。

本譜は単に▲6五歩だったので、△1四歩と催促されて、にわかに忙しくなりました。阿部七段は▲2三銀と打ちこみますが、△同銀▲同歩成△同玉▲2四歩△同金▲同銀△同玉まで進むと、手掛かりが消えてしまい、今度こそ稲葉八段が受け切った格好となりました。(第13図)

NHK 13

阿部七段は遅まきながら▲5五竜と上がりましたが、これだけ後手玉が安定していると、もう怖がってはくれません。強く△5四飛とぶつけたのが好判断で、▲同竜△同角▲4四金△4九飛▲8八玉△6五角と進んだ局面ははっきり体勢が入れ替わりました。稲葉八段はずっと粘っこく指していたのですが、優勢になった途端にギアを変えて寄せ合い勝ちを目指したのは流石としか言いようがありません。(第14図)

NHK 14

次に△7九銀▲同金△8七銀の詰めろなのですが、持ち駒を使うようではジリ貧です。阿部七段は▲7六銀と奇手を放ちますが、△8七歩が良い打診です。▲同銀と取らせて角取りを解除させ、△4三銀と受けることで自玉の安全を確保しました。阿部七段は▲6四飛と妖しげに迫りますが、△8七角成▲同金△5四歩が遊んでいる角を使った巧みな返し技でした。(第15図)

NHK 15

先手は▲6一飛成と逃げるよりないですが、後手玉は相当詰みにくい形となり、寄せに専念できる局面です。以下△7九銀▲7七玉△6六歩が止めの一手です。(第16図)

NHK 16

▲同竜は△4四銀、▲同金は△6九飛成で処置無しです。また▲同玉は△6五歩のときにまた困りますね。本譜は▲4三金と下駄を預けましたが、△6七歩成▲同竜△6八銀打で先手玉は即詰みとなり、稲葉八段が勝利を収めました。

【本局の総括】

・序盤は△5五銀~△7三角が意欲的な指し方で、後手ペース。

・第5図から△4一玉が緩手で、先手が形勢を持ち直した。その後、先手は堅陣を作り上げ、勝ちやすい将棋になった。

・後手のミスに付け込み、一時は先手勝勢の局面もあったが、B図の寄せを逃して第2ラウンドへ突入。

・▲1五銀のタダ捨てが好手で、再び先手が優勢になったが、直後に逸機があり、後手玉が安全な形になってしまった。

・△5四飛と飛車交換を挑んだのが好判断で、そこからは稲葉八段が素早く寄せた。

本局は超手数の大熱戦でしたね。ご愛読ありがとうございました!

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