どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年2月第1週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.2/2~2/8)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。角換わり腰掛け銀から互いに攻め合う将棋になり、このような局面になりました。(第1図)
2020.2.4 第78期順位戦C級1組9回戦 ▲藤井聡太七段VS△高野秀行六段戦から抜粋。
先手が▲3四歩と打ち、後手がそれを△3二金とかわしたところです。
この局面は5六の馬の存在感が大きいので、先手が優勢ではあります。とはいえ、自玉は王手が掛かりやすく、まだ煩わしいところがあるように映ります。
しかし、藤井七段は爽やかな組み立てで勝利を掴みました。指されてみれば、なるほどの一手でしたね。
馬を切って、強引に手番を握ったのが妙手でした!
最大の戦力とも言える馬を放り投げるので、意表を突かれますね。ですが、これが最短の勝ち方でした。
なお、この手では▲6七同金△同桂成▲同馬のほうが自然な対応です。ただ、これは△5五桂で後手に手番を握られ続けるので、先手は攻めに転じられないというデメリットがあります。(A図)
そういった問題を解決するのが、この▲5五馬なのです。
後手は△7八銀成▲同玉△5五銀と進めるよりないですね。しかし、この応酬により、先手は
・手番の確保
・3三の地点を弱体化
という二つのベネフィットを得ることに成功しています。その結果、▲3三銀という強烈なパンチをお見舞いすることに結び付きました。(第2図)
これは詰めろなので、後手は何らかの対処が必要です。ただ、△4二金打では▲3二銀成→▲3三銀でおかわりされるので、根本的な解決になりません。
また、△2一桂には▲2二角が痛快な一撃になります。(B図)
いずれの変化も、4四の銀を5五へおびき寄せた利点がよく表れていることが分かりますね。
このように、3三の地点を補強するような受けでは支えきれないことが分かりました。とはいえ、それが無効となると、もはや後手に残された手段はありません。ゆえに、実戦はここで終局となりました。
原則として、攻防に働く自軍の駒は大切に扱わなければいけません。本局の場合は、5六の馬がそれにあたります。
しかしながら、この場合はその駒が相手のターゲットになっていたことや、[▲5五馬△同銀]というやり取りによって、3四の歩の輝きが増すという背景がありました。なので、▲5五馬というイレギュラーな手が成立するという仕組みなのですね。
▲5五馬は、状況に応じて自軍の駒の価値を巧みに変換させた妙手だったと思います。
第2位
次にご覧いただきたいのは、こちらの将棋です。[三間飛車VS銀冠穴熊]という戦型から一進一退の攻防が展開され、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.2.6 第78期順位戦C級2組9回戦 ▲今泉健司四段VS△中田功八戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
現局面は、振り飛車の2一の桂が相手の金と交換になっている勘定です。すなわち、後手は効率と駒割りにおいて、居飛車を上回っていることが分かりますね。
そうなると後手は急ぐ必要がなさそうに見えますが、中田八段はここから鮮烈な踏み込みを見せて、相手を圧倒するのです。
決断よく馬を切って行ったのが妙手でした!
これがキレのある一着でした。根底には、4一の馬が起動する前に敵玉を仕留めてしまおうという意図があります。
ちなみに、この手に代えて△6八馬も考えられますが、それには▲6三銀と咬みつかれる手が厄介なので、容易ではありません。(C図)
後手は▲6三銀が入ってしまうと、金を入手されるので先手に粘られてしまいます。それを許さないために、△8九馬でスパートを掛けているのですね。
これを▲同玉には△6七桂が攻めを加速させる捨て駒です。下段の壁を移動させてから△5九飛成を指せば、先手は受けが利きません。(D図)
したがって、本譜は▲8九同金と応じましたが、△7七桂で金を狙うのがセオリー通りの寄せ。先手の穴熊は、一気に手薄な格好になりました。(第4図)
▲8八金には△5九飛成が厳しいですね。かと言って、金を取らせるようでは堅陣を保てません。また、後手玉には詰めろを掛けることが出来ないので、攻め合いも一手負けが濃厚です。つまり、先手は八方塞がりなのです。
以降も中田八段は追及の手を緩めずに攻め立てて、銀冠穴熊を攻略することに成功しました。
こうして振り返ってみると、後手は△8九馬とアクセルを踏むことで、先手に攻めるターンを与えていないことが分かります。「終盤は駒の損得よりもスピード」という格言を、きれいな形で体現した妙手でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これは相当に芸術性が高いと感じたので、一位にノミネートしました。(第5図)
2020.2.6 第5期叡王戦本戦挑戦者決定三番勝負第1局 ▲豊島将之竜王・名人VS△渡辺明三冠戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)(棋譜はこちら)
先手が▲6八金と寄り、詰めろを回避したところです。
先手玉は見るからに危うい状況ですが、後手も現状では手駒が無いので、あと一押しが足りません。なので、どうにかして増援しなければいけない局面と言えます。
そうは言っても、後手は補充できる駒など見当たりません。困ったように見えますが、次の一手で渡辺三冠は勝利を大きく引き寄せることに成功するのです。
堂々と7筋の歩を突いたのが妙手でした!
歩を突き出した手のどこに芸術性があるの? と拍子抜けした方もいらっしゃったのではないでしょうか。確かに、ぱっと見では効果が分かりにくいですね。しかし、これが急所を奥底まで見抜いた一手なのです。
先手は▲8一歩成で飛車を取る手が間に合えば、話が早いですね。後手も7筋の歩を突いた以上、△7六歩▲7一と△7七歩成と進めるのは当然です。問題は、ここで先手が耐えきれるかどうかですが……。(第6図)
▲7七同金△同成香▲同飛と清算すれば、先手が凌いだように見えるかもしれません。ところが、そこで△6七銀成という華麗な技があり、後手の寄せは決まっているのです。(E図)
つまり、先手は△7五歩のときに、▲8一歩成と指す余裕は無いことが分かります。
そういった事情があるので、豊島竜王・名人は▲2四歩と突いて本丸の攻略を目指します。ですが、構わず△7六歩が全てを見切った取り込み。後手は▲2三歩成と成られても、△同金と取り返すことが出来るのです。(第7図)
なぜ、△同金が成立するのかというと、▲2三同飛成には△7八桂成▲同金△同成香▲同玉△7七歩成▲同玉△6五桂という手順で、先手玉を即詰みに討ち取ることが出来るからです。(第8図)
ご覧のように両王手が掛かっているので、先手は詰みを免れることができません。途中の△7七歩成に▲同飛を用意しておかないと、先手玉は倒れてしまうのです。
とはいえ、第7図で▲2三飛成が指せないようでは、先手の攻めは空を切っていますね。反対に、後手の攻めは△7七歩成が約束され、相当に分厚くなりました。切れ筋の懸念を解消できたので、どちらが得をしたのかは言うまでもないでしょう。もちろん、実戦は渡辺三冠が勝利を収めています。
改めて、△7五歩の局面に戻ってみましょう。
こういった背景を踏まえると、△7五歩の芸術性を感じ取って頂けたのではないでしょうか。何と言っても、この歩を突いた段階で△6七銀成の捨て駒や、両王手の詰み筋を見据えていることに、読みのクオリティの高さを感じます。
たった一マス歩を動かしただけで、窒息寸前だった7一の飛が蘇生し、最終的には敵玉を仕留める役目を果たす駒になりました。そういった意味でも、△7五歩は美しい妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!