どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年4月第1週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.4/5~4/11)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。横歩取りの将棋から先手の攻めを後手が凌ぐ展開になり、このような局面になりました。(第1図)
2020.4.9 第33期竜王戦4組ランキング戦 ▲渡辺大夢五段VS△船江恒平六段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
後手は受け身に回らされていますが、相手の攻め駒はたった二枚だけなので、怖がる必要は無い場面でしょう。
しかしながら、やはり一方的に攻め込まれているのは気持ちが悪いものです。ところが、ここから船江六段はあっという間に先手を指し切りに追い込んでしまいました。
8二の成香を消しにいったのが妙手でした!
相手の成香を攻撃するかのように、△7一金と打ちつけたのが好判断でした。これで先手は困っているのです。
ちなみに、ここでは△6二金という受け方のほうが自然で、これも後手が悪い訳ではありません。ただ、▲9一飛成でもたれられると、相手の攻め駒が盤上に残ってしまうので煩わしいところがあります。(A図)
そういった問題点をクリアできるのが、この△7一金になります。
ここから▲同成香△同玉は必然ですね。後手は玉が相手の攻め駒に近づいたので危ない橋を渡っているようですが、成香の清算を促したことで△9一香という狙いを作ったことが自慢なのです。
先手は▲6五金と打って手を作ろうとしますが、冷静に△8二角と引いておけば問題ありません。(第2図)
先手はどう頑張っても9二の飛を生還することが出来ないので、攻めが頓挫してしまいました。A図との違いは一目瞭然でしょう。局面が落ち着いてしまえば、駒得や効率の良さでリードしている後手が優位であることは火を見るよりも明らかです。以降は危なげなく、船江六段が勝ち切りました。
受ける立場になったときは、金を盤上に残したくなるものです。ただ、相手の攻めを切らす場合は、攻めの火種を盤上に残さない手が急所になることが多々あります。
それを踏まえると、△6二金ではなく△7一金と打つ方がより良い選択になるということがお分かり頂けるでしょう。先手は8二の成香が攻めの核となる駒だったので、それを除去する手が最適な受けだったという訳なのですね。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。矢倉から白熱した攻防が続き、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.4.10 第91期ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメント ▲郷田真隆九段VS△佐藤天彦九段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
先手が▲3三同歩成で桂を取ったところ。
この局面は、互いに遊び駒がなく、駒の損得も大きな差は着いていません。しかし、先手は玉が露出しているので、玉型という観点では後手にアドバンテージがあります。そうなると、第3図は後手が良いと言えるでしょう。
後手は形勢が良いので、決して無理をする必要はない場面……と思いきや、佐藤九段はこのタイミングでスパートを掛けました。これは驚きの一着でしたね。
金を犠牲にして、5七の角を取りに行ったのが妙手でした!
よもや、3三のと金を放置して攻めに転じるとは意表を突かれますね。けれども、これが紛れを振り切るシャープな捨て駒でした。
当然ながら、後手は△5六金ではなく△3三同角と応じるほうが普通です。しかし、そこで▲5五歩が粘りある踏ん張り。このとき、後手は攻めが容易ではないのです。(第4図)
基本的に、後手は5七の角をターゲットにするのが最速の攻めです。ゆえに、△5六歩や△4五桂という手を考えたいのですが、どちらも▲1三角成が王手になるので手番を取られてしまいますね。つまり、第4図はスムーズに寄せを実行できない局面なのです。
そこで、先に△5六金とアクセルを踏む必要があるのです。
これは▲同玉の一手ですが、△5四香が後続手。▲5五歩には△同香▲同玉△5二飛があるので、この香を止めることは出来ません。
よって、△5四香には▲6七玉と引くよりないですが、△5七香成▲同玉まで進めてから△3三角で手を戻しておきます。(第5図)
さて。第4図と比較してみると、後手は[角⇔金香]の駒損になっています。そうなると、わざわざこの変化を選ぶメリットは一体、どこにあるのでしょうか。
答えは、敵陣への攻めやすさにあります。つまり、先程はどう攻めても▲1三角成という切り返しがあったので寄せに専念できなかったのですが、第5図ではそういったカウンターがないので、後手は自玉を顧みることなく攻めを実行できるのですね。
先手は▲2五飛で金を取ることは出来ますが、それでは後手玉に響きが弱いので△5六歩と叩かれて攻め合い負けが濃厚です。
本譜は▲4五桂と指しましたが、やはり△5六歩が痛烈。▲同玉は△5五金があるので▲6七玉とかわしますが、△8七角で挟撃態勢が作れたので後手の一手勝ちが見えてきました。(第6図)
これは△5七金からの詰めろですし、他には△5五桂や△2四角という攻め筋も見せています。先手は攻防手を放ちたいのですが、残念ながらそんな都合の良い手は見当たらず、後手玉に迫る余裕が無いですね。以降は佐藤九段が一手の余裕を活かして制勝しました。
改めて、冒頭の局面に戻ってみましょう。
後手は、いずれ必ず「△3三角」でと金を払う必要があります。ただし、その手を指すと「▲1三角成」という攻防手を与えるので、大勢に遅れてしまう懸念があるのです。
そういったジレンマを解決するために、△5六金と打って、先手の角を強奪してしまうのが適切な手順になるのです。要するに、角を取ることで相手の攻防手を無くしたという訳なのですね。その結果、後手は寄せが一手分、加速したので競り勝つことが出来たのです。
この局面でと金を取らない手に思考が及ぶのは、本当にきめ細かく手を読んでいる証ですね。この△5六金は、丹念に指し手を探索する佐藤九段らしい妙手でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これは見た目は地味ですが、それとは裏腹にとても大きなインパクトがあった一着でした。(第6図)
2020.4.8 第61期王位戦挑戦者決定リーグ白組 ▲羽生善治九段VS△稲葉陽八段戦から抜粋。
後手が△7八とで、銀を取ったところです。
先手は寄せを考えたいところですが、現状では△4五桂からの詰めろが掛かってるので、猪突猛進に敵玉へ向かう訳にはいきません。とはいえ、ただ受けるだけの手では未来が見えないところです。
そうしてみると先手は八方塞がりのようですが、羽生九段は柔らかい手を指して、このピンチを切り抜けていったのです。
歩を移動させて懐を広げたのが妙手でした!
歩を伸ばして玉の逃げ道を作ったのがクレバーな一手でした。これは表向きには自玉の安全を確保した意味ですが、実を言うと攻めの役割を担っている手でもあるのです。
ここから後手が詰めろを掛けるなら、△4五桂打▲6六玉△6三桂が一案です。しかし、それには▲3二銀と放り込む手が成立します。(第8図)
後手は△同銀の一手ですが、▲同馬△同玉▲4二金△同玉▲5三銀と物量を活かして畳みかけていきましょう。このとき、6五に伸びた歩が効力を発揮しているのです。(第9図)
(1)△同玉は、▲6四角から即詰み。6五の歩が詰みに役立つ土台になっています。
(2)△3二玉は、▲4二金△2一玉▲3二金打△1二玉▲2二金△1三玉▲2三金で、これも即詰みです。手数は掛かりますが、後手はどう逃げても捕まっていますね。(B図)
そう。つまり、この▲6五歩は詰めろ逃れの詰めろになっていたのです!
この手が敵玉への詰めろになっている以上、後手は受けに回らざるを得ません。本譜は△3二金と粘りましたが、金を手放してくれたので先手玉は相当に安全になりました。
羽生九段は▲3三歩成△同銀▲同馬△同金▲3四桂打と緩むことなく攻め立てて、後手玉を寄り筋に追い込むことに成功します。(第10図)
△同銀▲同桂△同金は、▲2三銀で必至が掛かりますね。しかし、これを取れないと▲4二銀からどんどん絡みつかれるので一手一手の寄り筋でしょう。
また、先手玉は複数の逃げ場を用意しているので、詰みはありません。特に、△4五桂に対して▲6七玉で逃れていることが大きいですね。後手は金を使ってしまったので、先手玉を捕らえる術が無いのです。以降は羽生九段がしっかりと着地を決めました。
改めて、▲6五歩の局面に戻ってみましょう。
終盤戦において「詰めろ逃れの詰めろ」はありがちなシチュエーションですが、多くの場合は攻防となる場所に大駒を設置したり、急所の駒を取ったりすることで発生するケースが殆どです。
それを考えると、このように敵玉から離れた場所の歩を移動する手が「詰めろ逃れの詰めろ」になっているとは仰天ですね。こういった手を見ると、まさにプロの業だと実感させられます。派手さはありませんが、勝利を確固たるものした妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!