どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年7月第3週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.7/19~7/25)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。先手の矢倉に後手が急戦で対抗する将棋になり、このような局面を迎えました。(第1図)
2020.7.22 第33期竜王戦2組昇級者決定戦 ▲深浦康市九段VS△阿久津主税八段戦から抜粋。
先手が▲2三歩と打ち、それに対して後手が△7六歩と攻め合った局面です。
ここは攻めと受けのどちらも考えられ、先手にとっては方針の岐路と言える場面です。なかなかに悩ましいところですが、深浦九段はテクニカルな手順で相手を突き放しました。
端に角を躍り出たのが妙手でした!
▲6八角と引く手もあっただけに、こちらへ角を移動するのはギョッとさせられますね。しかし、これが巧みな一着なのです。
なお、この手に代えて▲2二歩成△7七歩成▲3一とで直線的に攻めあうのは、△5七角と打たれてしまい、先手は危険です。(A図)
では、▲9五角の場合、どのような違いがあるのでしょうか。
これを△同飛には、今度こそ▲2二歩成△7七歩成▲3一とで斬り合います。この変化は後手の飛車が9五にいるので、△5七角と打たれても▲4八金で大丈夫ですね。A図との違いは一目瞭然です。
という訳で、本譜は△4四角と桂を食いちぎりましたが、▲7三歩成△9五飛▲6三と△同金▲4四銀と進めたのが賢明な手順で、先手がはっきりと優位に立ちました。(第2図)
上記の手順は、互いに相手の駒を取り合っていますが、後手は飛車が端に移動してしまったので、この駒の効率がすこぶる悪くなっていることが分かります。
次は▲8四角の王手飛車がありますが、△8五飛には▲9六角が痛打ですね。ここで飛車の働きに差が着けることができたので、先手は大きく勝利に近づきました。
要するに、先手は9五の地点で角を取らせてしまえば、相手の飛車を無用の長物にすることが出来るのですね。ここに、▲9五角とタダの場所へ飛び出す手の価値があるのです。これは見事な捨て駒でした。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。後手が一手損角換わりを採用し、上手く相手の指し手に応対して以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.7.24 第33期竜王戦決勝トーナメント ▲藤井聡太棋聖VS△丸山忠久九段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)(棋譜はこちら)
この局面で後手は金桂交換の駒得ですし、相手の玉にも詰めろを掛けています。なので、この王手に対して正確に応じれば、勝利が見えて来ますね。
5筋へ動かすことは当然ですが、片方は先手の罠に嵌ります。丸山九段の指し手は、精密そのものでした。
わざと王手飛車を掛けさせる逃げ方をしたのが妙手でした!
将棋には、「玉は下段に落とせ」という格言があります。これはかなり汎用性が高く、多くの場面において正しい訓えとなる格言です。ゆえに、こういった玉が下段へ落ちる逃げ方は抵抗があるものですが、この局面においては正確な応手なのです。
ちなみに、代えて△5二玉だと▲7四角△6二玉▲6五角で桂を回収されてしまいます。(B図)
これで後手がすぐに負ける訳ではありませんが、先手玉への攻め方が簡単ではないので、はっきりとしないところがあります。
そういった煩わしさを断ち切るのが、この△5一玉なのです。
さて。これに対して先手は当然▲7三角と打ってきます。王手飛車取りの上に、5五の銀取りにもなっており、後手は甚大な被害を被ったようですが、平然と△6二金で王手を受けておきます。(途中図)
ここで先手は欲を言えば▲8二角成と飛車を取りたいのですが、△7七桂成▲同桂△7九銀で仕留められてしまうので、その余裕はありません。
よって、本譜は▲5五角成と銀を取りましたが、△7七桂成▲同馬△6六金が鋭い一撃で、先手に決定的なダメージを与えました。(第4図)
これを▲同馬は、△8六飛が十字飛車ですね。また、この金打ちは詰めろになっているので、放置する訳にもいきません。
実戦は▲8七馬とかわしましたが、△7六銀から後手が手厚く押し切りました。先手玉は一手一手の寄り筋ですね。
話をまとめると、後手は飛や銀よりも、6五の桂が価値の高い駒なので、それを抜かせないようにすることが急所という理屈だったのですね。確かに、あの桂は先手玉への詰み筋に大きく関与する駒なので、寄せの功労者とも言える攻め駒です。
△5一玉は派手な手ではありませんが、単純な駒の損得や格言に惑わされない読みの入った妙手でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。この将棋は終盤がかなりカオスなことになっていましたが、そんな中で爽やかな手が出現したので印象に残っています。(第5図)
2020.7.19 第5期叡王戦七番勝負第4局 ▲豊島将之竜王・名人VS△永瀬拓矢叡王戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)(棋譜はこちら)
現局面は、お互いに持ち駒を豊富に蓄えていますが、ともに守備力が妙に高いので、一瞬でケリを着けるような手段はありません。
どういったアプローチで寄せの網を絞れば良いのか、難易度が高い局面ですが、永瀬叡王はとてもシャープな一手を用意していました。
桂を跳んで、大駒の効率を高めたのが妙手でした!
これが流れを引き寄せた跳躍でした。ぱっと見では、なぜこのタイミングで桂を捨てる必要があるのか分かりにくいのですが、このタダ捨てが後々、絶大な恩恵を後手にもたらすことになるのです。
ところで、第5図の局面では△5六銀▲4八玉△5四馬のような手順で桂を取るほうが普通ですね。しかし、これは▲5五香という手痛い一撃が待っているので、後手は奈落の底に落ちてしまいます。(C図)
こういった変化を回避するために、後手は△6六桂を跳んだという意図があるのです。
さて。この局面で最も力を発している駒は6五の馬です。なので、それを目標にする▲5六銀は有力ではあるのですが、△同馬▲同玉△5五歩▲同玉△6五飛と進めれば、後手は優位を掴むことが出来ます。(第6図)
▲5六玉と引くくらいですが、△5五銀▲5七玉△7八桂成と迫れば良いでしょう。
先手は馬を消すことには成功しましたが、後手の中央の厚みまでは打破できていません。ゆえに、第6図は思わしい状況ではないのです。
改めて、△6六桂の局面に戻ります。
そういった事情があるので、本譜は▲6六同歩と応じました。ただ、これで先手は角の利きが止まりましたね。したがって、今度こそ後手は△5六銀▲4八玉△5四馬と進めることが出来るのです。(第7図)
8八の角が機能していないので、後手は▲5五香を打たれる心配がありません。加えて、この局面は△7八竜▲同歩△3六桂からの詰めろにもなっているのです。
[△6六桂▲同歩]という交換が、後手にとって攻防ともに多くのベネフィットを与えていることが分かりますね。
先手は詰めろを防がなければいけないので、実戦は▲3六歩と受けに回りました。しかし、これには△4四桂が厳しく、後手の攻めは止まりません。(第8図)
「控えの桂に好手あり」という格言通りの一着ですね。こうなれば、後手は攻め筋が分かりやすいですし、自玉も中央が手厚く安全を確保しています。以降も激戦が続きましたが、ここで得たリードを保った永瀬叡王が勝利を収めました。
始めの局面はかなり混沌とした状況でしたが、この△6六桂を境に、後手は中央を制圧して頭一つ抜け出すことが出来ました。桂を犠牲にすることで、彼我の大駒の働きに差を着けた爽やかな妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!