元奨励会三段が将棋をテーマにあれこれ書いています。

~雁木が時代の最先端!~ 第67回NHK杯解説記 深浦康市九段VS増田康宏四段

今週は深浦康市九段と増田康宏四段の対戦でした。

深浦九段はA級順位戦に所属し、タイトル獲得の実績もあるトップ棋士の一人です。居飛車党で粘り強く、負けにくい将棋を指す印象です。

増田四段は藤井聡太四段に次ぐ年少棋士で、将来を嘱望される若手です。居飛車党で攻めに力を発揮するタイプの将棋だと思います。最近、とあるインタビューで仰った「矢倉は終わった」「詰将棋意味ない」という発言は刺激的で話題となりましたね。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯2回戦第1局
2017年8月6日放映

 

先手 深浦 康市 九段
後手 増田 康宏 四段
初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△3二金(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

NHK 1

先週の木村―川上戦と同様の出だしです。従来は角道を止めるこの駒組みは消極的と考えられていて、敬遠されがちだったのですが、最近は増加傾向にあります。その理由はいくつかあるのですが、最大の要因はある戦法の復権が大きく影響していると思われます。それは「雁木」です。(第2図)

NHK 2

「矢倉は終わった」と考えている増田四段が有力視している戦法が、この雁木です。
雁木は矢倉よりも堅さでは劣りますが、囲いに費やす手数が少ない分、攻めの形を素早く作ることができます。したがって、矢倉と雁木が相まみえると、雁木側が先攻する可能性が高くなります。
現代将棋は先攻する重要性が以前よりも増しているので、増田四段は 雁木>矢倉 と判断しているのでしょう。

この考え方は賛同する棋士が多く、その証拠に雁木の採用率はここ二ヵ月ほどぐんぐん上昇しています。お互いが雁木に組む将棋もちらほらと出現していますね。

第2図から互いに駒組みを進め、第3図のようになりました。

NHK 3

先手は矢倉に組んだ上に9筋の位も取れたので、囲いに関しては立派な形ですが、敵陣を攻める態勢は整っていません。対する後手は自分だけ右側の桂を活用して攻めの形を上手く作れていることが主張です。
まだまだ互角の範囲内ですが、後手側だけ攻める権利を持っていることは大きなアドバンテージです。深浦九段としては、上手く待機してカウンター狙いで指すよりなさそうな局面ですね。

第3図から▲6六歩は△6五歩を誘発するので、▲6八金右と指しましたが、△9二香が着眼点の良い一手です。端攻めをすることで、先手が指した9筋の2手を逆用しようとしています。

悠長な真似をしていると端攻めがやってくるので、先手は何か手段を捻りださなければいけません。深浦九段は▲1七桂と跳ねました。異筋ではありますが、歩が入ったときに継ぎ歩ができるようにして端攻めを牽制しています。(第4図)

NHK 4

しかし、この手そのものには狙いが無いので、後手は自由に手を選ぶことができます。増田四段は△6三金▲6六歩△9一飛と力を溜め、自陣を万全の状態にします。以下▲6七金直に満を持して△9四歩と仕掛けました。この局面は、自然な形で先攻できた後手が一本取ったと言えるでしょう。(第5図)

NHK 5

ここでは素直に▲同歩△同香▲同香△同飛と応じてしまい、9筋を受けずに▲2七香と打って2筋の攻めに期待する方針も考えられました。ただ、そのプランは後手に上手く受け切られてしまうと9筋の借金だけが残ってしまうので、深浦九段はリスキーだと判断されたのかもしれません。本譜は▲2四歩と突きました。△同歩は継ぎ歩が残ってしまうので△同角と応じましたが、先手は桂を2五へ活用できるようになりました。それに満足して▲9四歩△同香▲9七歩と手を戻します。以下△4二角▲8八玉△2四歩と進みました。(第6図)

NHK 6

ここからは先手の端桂が焦点となります。後手は△1五歩~△1六歩を間に合わせて先手の桂を取ることが狙いです。先手は手をこまねいている訳にはいかないので、全力で暴れてそれが間に合わないようにします。つまり、先手の攻撃を後手が受け止められるかどうかが形勢を決定づけます。

深浦九段は▲4五歩△同歩▲5五銀と動きました。しかし、△同銀▲同角△4四銀打が手厚い受け方で、後手陣はびくともしません。▲3七角はやむなき撤退ですが、△5四歩▲2六角△3三角と形を整えて後手は憂いのない陣形です。(第7図)

NHK 7

先手の攻めが上手くいかない理由は、歩切れだからです。仮に第7図で先手が一歩でも持っていれば、▲2五歩と打って攻めが続くのですが……。

歩切れは他の状況に例えると日照りのようなものです。深浦九段としては早く一歩を手にして渇きを潤したいのですが、現状では歩を補充できる場所が無いので雨が降ってくるのを待つしかありません。ここでいう「雨」とは、相手からの攻めのことです。

有効手が乏しい深浦九段は▲9六歩と指しましたが、将来の△9六香を誘発しているので不本意な手ではあります。増田四段は△1五歩▲同歩△1六歩と遂に桂を取ることに成功しました。兼ねてからの狙いを実現させ、後手の有利がはっきりしたと言えるでしょう。(第8図)

NHK 8

深浦九段は▲1四歩ともたれました。対して増田四段は△6五歩▲同歩△7五歩といよいよ本丸に向かって攻撃を開始します。1七の桂を取らないのは不思議に思えるかもしれませんが、このようないつでも取ることができる駒は、最も良い条件で取ることが理想なのですぐには取らないのがコツです。駒得なので思わず取ってしまいたくなりますが、この場合は「相手に歩を渡す」、「1九の香が攻めに参加する」といったデメリットが存在するので注意が必要です。

△7五歩以下、▲6四歩△6二金▲6三銀△6一歩と進みました。(第9図)

NHK 9

△6一歩は奇異な受け方に見えますが、と金を作らせないという意味では最適な受け方です。数で勝っているのなら話は別ですが、基本的に拠点に打ち込まれた駒は取らない方が無難でしょう。

第9図から▲1三歩成△同香▲1四歩△同香▲1五歩で先手は香を取る戦果を上げます。後手も△7六歩▲同金△9六香▲同香△同飛と攻めて先手玉に迫ります。互いに端を攻めていますが、飛車を捌いている後手の方が効率よく攻めていると言えるでしょう。(第10図)

NHK 10

ここで▲9九香と打てば後手の飛車は死んでいますが、それには△7六飛▲同銀△3五銀が用意の大技で、後手優勢です。(A図)

NHK A

A図では▲7七歩と受ける手が妥当ですが、△2六銀▲同飛△7五歩▲同銀△7六歩が厳しい攻めになります。3三の角の利きを止められないうえに、△5九角と打つ手も残っているので先手は支えきれません。手持ちの飛車を使う間もなく、寄せ切られてしまいそうです。

したがって本譜は▲1四歩と指しました。△7六飛~△3五銀の筋は、A図よりも条件が遥かに悪いので流石に選べません。今度は△9七歩が好手です。▲同桂は囲いが弱体化して大いに利かされなので▲9九歩と受けましたが、この交換により後手は飛車が安定しました。以下△1七歩成▲同香△1二歩と駒損を回復します。(第11図)

NHK 11

ここで形勢判断をしてみましょう。

まず、駒の損得ですが、これはほぼ互角ですね。

駒の効率は後手の方が勝ります。先手は二枚の大駒があまり機能していません。後手の角は眠っているように見えますが、守備に働いていることと、間接的に先手玉を睨んでいるので潜在能力は高いです。

玉型は互いに金銀3枚の囲いですが、次の△8四桂が痛烈なので、後手の方が安全度が上です。

したがって、この局面は後手の方が優勢であることが分かります。先手は手番を保持していることが唯一の主張なので、ここでどれだけ追い込めるかが重要です。

本譜は▲1三香から端をこじ開け、後手玉を強引に上部へ誘い出しました。(第12図)

NHK 12

先手が▲2二歩と打ったところです。△同金は▲1八飛~▲1一飛成がありますし、△同角は▲1五金△2三玉▲2四金△同玉▲3五角という攻め筋があります。一見、困ったように見えますが、△1五歩が巧みな受けでした。次に△2五香があるので▲2一歩成と指す余裕がありません。深浦九段は▲1九香と指し、△2五香に▲1八飛を用意ましたが、この交換が入ったことにより、△2二金と歩を払えるようになりました。深浦九段は▲1五角△2三玉▲2五歩と追撃しますが、この攻めでは後手玉への響きが弱く、後手が凌ぎ切った印象です。増田四段は△3二玉と早逃げした後、▲2四歩△2七歩▲同飛△8四桂で待望の桂打ちを放ちます。(第13図)

NHK 13

▲6六金と逃げても△7六歩から畳みかけられてしまうので、先手は受けが利きません。深浦九段は▲6三歩成△同歩▲2三金△4一玉▲3三金△同桂▲2三歩成と下駄を預けましたが、△6四香厳しい香打ちでした。(第14図)

NHK 14

この手は△7六桂~△9八金以下の詰めろになっています。▲6五歩には△同桂が△7七桂成▲同金引△9八金以下の詰めろです。本譜は▲6六歩と受けましたが、△7六桂▲同銀に△7七歩が爽やかな決め手でした。(第15図)

NHK 15

△7七歩に代えて△7六飛と銀を取るのは▲7七歩のときが煩わしく、紛れを生みます。

この手を▲同金は△6八金。▲同桂は△6九金があるので本譜は▲同玉と応じましたが、△7四香が痛打です。以下▲7五歩△同香▲同銀△7六香▲6七玉△7八香成で分かりやすい寄り形となり、増田四段が勝勢となりました。第14図~第16図の後手の指し手は、全て詰めろか王手になっていて、増田四段の緩みない寄せが決まりました。(第16図)

NHK 16

第16図から▲同玉は△5八銀。▲5八玉は△3八金で一手一手の寄り筋です。深浦九段は▲3三とと首を差し出し、△6八金で投了を告げました。以下は▲5六玉に△4六金までの詰みです。

【本局の総括】

・序盤は後手の作戦が上手くいって、増田四段がリードを奪った。先手は9筋の位を取ったのが欲張りすぎたのかもしれない。

・中盤は歩切れが辛く、先手が苦しい。具体的な代償が見出せないまま、桂損になってしまい、先手は不本意な戦いが続いた。

・終盤は先手も大いに後手陣へ迫ったが、あと一押しが足りず、後手に余されている。△8四桂が急所の一撃で、それが入ってからは後手の勝ち筋だ。△7七歩が止めの好手。

・後手が不利な局面は一度もなく、増田四段の快勝譜だったと言える。

それでは、今回はこの辺で。ご愛読ありがとうございました!

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