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~押さえ込みが大成功~ 第67回NHK杯解説記 阿久津主税八段VS佐藤天彦名人

今週は阿久津主税八段と佐藤天彦名人の対戦でした。

阿久津主税八段は居飛車党で、軽快な攻めを好む棋風という印象です。最近は横歩取りや角換わりの採用率が高いようですね。
一回戦では佐々木慎六段と戦い、やや作戦負けながらも穴熊の堅陣を活かした猛攻を決めて、二回戦へ勝ち進みました。

佐藤名人は居飛車党で、負けにくい将棋を好む受け重視の棋風だと思います。かつて羽生名人に挑戦していた頃は横歩取りのスペシャリストでしたが、ここ一年ほどは様々な戦型を指しこなし、作戦の幅を広げている印象です。
また、形勢が苦しげな状況に置かれても上手く粘って勝負所を作っていく技術に長けているので、個人的には悪い局面の指し方が最も巧みな棋士だと思っています。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯2回戦第6局
2017年9月10日放映

 

先手 阿久津 主税 八段
後手 佐藤  天彦 名人
初手から初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△4二飛(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

NHK 1

後手番の佐藤名人の作戦は、意表の角交換振り飛車でした。佐藤名人が公式戦でこの戦法を採用するのは極めて珍しいですね。ただ、角交換振り飛車は向飛車に振り直して配置を左右反転すれば、居飛車っぽい陣形になるので、個人的には居飛車党でも使いやすい部類の振り飛車なのかな、と思っています。

さて。△3三銀型の角交換振り飛車に対して、居飛車はざっくり分けると、次の二通りの駒組みが考えられます。

▲2六歩型で囲いは銀冠に組む。
▲2五歩型で囲いは矢倉に組む。

基本的に居飛車は矢倉か銀冠に囲うことになるのですが、強度としては銀冠が勝ります。なぜなら、銀冠の方が金銀の連結が良い上に、桂が跳ねられるので上部が手厚いからです。ただし、作り上げるのに多くの手数を費やす点がデメリットです。▲2五歩を突いてしまうと△2四歩から逆棒銀の筋で動かれてしまう危険性があり、安心して銀冠を作ることが難しくなります。よって、銀冠の場合は▲2六歩型が無難です。

逆に、矢倉は少ない手数で作ることができるので、逆棒銀から動かれても玉型が安定した状態でそれに対応することが可能です。ゆえに、矢倉の場合は▲2五歩と突いても問題ありません。当然の理屈ですが、▲2七歩→▲2六歩→▲2五歩→と歩が進めば進むほど飛車の利きが増えるので、その分、効率が良くなります。

話をまとめると、囲いは銀冠に組み、飛車先は▲2五歩まで伸ばすのが理想。ただし、両立すると手数を投資しすぎているので危険。ということになります。よって、どちらか一つは妥協せざるを得ないんですね。

逆に言えば▲2六歩型で矢倉に組むのはあまり主張がなく、居飛車目線だとこの組み合わせは避けなければいけません。9筋の位を取っているなど、そういった明確な主張点が他にあれば話は別ですが。

些か説明が長くなりましたが、角交換振り飛車に対する居飛車の大まかな方針はこんな感じです。

第1図では既に先手は▲8六歩と突いており、銀冠に囲うことを表明しています。なので、阿久津八段は①の方針を選び、▲2六歩型で駒組みを進めます。以下、先手は銀冠に、後手は高美濃囲いに組みました。(第2図)

NHK 2

後手が△6三金と上がったところです。先手も歩調を合わせて▲6六歩~▲6七金右と陣形を盛り上げる手が考えられますが、この金を上がると△6九角のような角の打ち込みに弱くなるので、必ずしもプラスになるとは限りません。それよりもここでは攻撃態勢を整えたいところです。阿久津八段は▲3七桂と跳ねました。

その局面は何気ないようですが、後手にとっては方針の岐路で、動くなら△3五歩と突いてしまう手はありました。以下、▲同歩△同銀▲3六歩△4四銀▲4五歩△3三銀▲2五歩△同歩▲同飛が一例です。(A図)

NHK A

ここで△2四歩などで謝ってしまう手では振り飛車の駒が重く、後々、あとあと苦労する展開が目に見えています。よって、ここは強く△2五同飛と取る一手です。以下▲同桂△2九飛▲3三桂成△同桂▲4一飛△9五歩で難解です。(B図)

NHK B

 

駒損の後手が苦戦のようですが、B図の△9五歩が急所の攻めで、先手にとってはかなり嫌らしい一手です。▲同歩は△9八歩と叩かれた時に対応が悩ましいですね。

後手にとって、なかなか有力な変化だったと思いますが、あっさり銀桂交換に甘んずるのはやや抵抗があるのも確かです。本譜は▲3七桂に対し、△3三桂と跳ねました。これは▲2五歩からの仕掛けを防いで、打開を封じる方針です。

先手にとって最悪のシナリオは、このまま淡々と駒組みが進み、膠着状態になって仕掛ける手段がなくなってしまうことです。阿久津八段はそれを避けるために、▲1六角と打ち、打開を目指しました。(第3図)

NHK 3

▲3四角の一点狙いですが、これが思いの外、受けにくい攻めです。部分的な手筋としては、△3二飛と寄って▲3四角に△2五桂を用意する手はありますが、▲3四角△2五桂▲4三角成△3七桂成▲3二馬△2八成桂▲4三馬と構わず踏み込まれたときに銀取りの受け方が難しいので、おそらく佐藤名人はこの変化を選ばなかったのだと推測されます。

本譜は△1二角と打って、▲3四角を受けましたが、働きの悪い場所に角を投資させたのは先手のアドバンテージ。阿久津八段は▲5六銀と上がり、さらに後手陣を揺さぶります。次に▲4五歩を突かれると駒損確定なので何か受けが必要ですが、自然な△5四歩では▲4五歩△5三銀▲3五歩が厳しく、後手不利です。佐藤名人は△5四金と上がり、数で対抗しますが、それでも▲4五歩と突いた手が機敏でした。以下、△同桂▲同桂△同銀▲4八飛と進んだ局面は先手がペースを掴んでいます。▲1六角と打つことで働きの悪い駒(△1二角)を打たせ、その駒が眠っている間に戦いを起こすという阿久津八段の構想が上手くハマりました。(第4図)

NHK 4

佐藤名人は△4四歩と銀に紐を付けますが、▲6六桂と打って金を狙ったのが面白い一手。後手は△5六銀▲5四桂△4五銀と応じるくらいですが、▲3三金と打って大駒を押さえ込みに行ったのが▲6六桂からの一連の狙いでした。以下△2一飛▲4二桂成で先手は成り駒の製造に成功しました。(第5図)

NHK 5

この局面で形勢判断をしてみましょう。

まず、玉型は銀冠と美濃なので、先手の方が堅いですね。5八の金が存在しなくても先手の方が堅いくらいです。ここは圧倒的に先手に分があります。

駒の損得はほぼ五分。厳密には金と銀歩の交換ですが、これは互角の範疇です。

駒の効率は、大駒に注目してください。先手の大駒はこれから活躍できる見込みがありますが、後手の大駒は移動できる場所が無く、非常に働きの悪い駒になってしまっています。

総合的に見ると、玉型と大駒の効率の差が激しく、先手が優勢と言えるでしょう。

情勢が芳しくない佐藤名人ですが、ここからの粘りが真骨頂の一つです。第5図から△7一金と寄った手が良い辛抱です。飛車の可動域を作りながら先手の成り駒軍団から早逃げした意味があります。また、6筋の歩が消えると△6一歩の底歩がすこぶる堅固な防御になります。参考にしたい一手ですね。

先手が駒得を重視するなら、△7一金に▲3二成桂△6一飛▲2二成桂と角を捕獲する手が考えられます。しかし、これは筋の悪い手順で、△6五歩▲1二成桂△6六歩▲同歩△同飛となると後手に捌かれています。(C図)

NHK C

C図は先手が角得ですが、これだけ効率の悪い駒が盤上に残っていると角得の感慨がありません。C図は駒得に目が眩んでしまった良い失敗例だと言えるでしょう。△1二角のような働きの悪い相手の駒は自分から取りに行くのではなく、放置して腐らせる方が賢明です。

本譜は△7一金に▲4三金と後手玉に向かって攻め駒を進めます。佐藤名人は△3七銀▲4九飛△2六銀成と先手の大駒をいじめますが、阿久津八段は構わず▲5二成桂とにじり寄ります。1六の角は取ってもらった方が銀という戦力に変わるので、ここは駒損を恐れる必要はありません。(第6図)

NHK 6

このまま▲5三金~▲6二成桂が実現すると後手陣は決壊しますが、佐藤名人は巧みな順で先手の攻めを減速させます。まず△2二飛と浮いたのが見えにくい一手。▲5三金には△5一歩を見せて進軍を牽制しています。阿久津八段は▲5三成桂と引きましたが、△4一桂が渾身の受け。成桂を消されたくない先手は▲4二成桂とかわしますが、△2一角▲2三歩△1二飛と飛・角・桂を上手く使って先手の成り桂を一路、右側へ呼び戻すことができました。(第7図)

NHK 7

 

なかなか先手も一筋縄にはいきませんが、▲5ニ金った手が素朴な攻めした後手は△3三桂逃げるくらいですが、▲3五歩後続手。先手の後手にとっては利かされです。

佐藤名人はそれを嫌って△1六成銀▲同歩△3五歩角を取ってから歩を払いましたが、そこで▲6八金右自陣引き締めた手が勝ちやす局面作る好手で、阿久津八段が優位を広げました。(第8図)

NHK 8

▲6八金右では直ちに攻める手段もありましたが、先手は△2五角取り打たれる筋が気になります。一度囲い手入れすること先手憂いの無い状態なりました。このように、無敵を作ってから攻めに専念すると、間違えにくい展開に持ち込むことができます。

佐藤名人△7四歩突いて7筋からの攻めを目論みますが、▲2二銀俗手ながらも厳しい一手。以下、△5四角▲3三銀不成△7五歩▲4四銀成△6三角進みました。その局面は、損得効率全ての要素で勝る先手大優勢です。(第9図)

NHK 9

後はどのように収束するかですが、ここで▲7五歩歩を払った手が阿久津八段らしくない緩手代えて▲4五成銀△2七角▲4六飛△4五角成▲同飛△同角▲7四桂なら明快でした。(D図)

 

NHK D

では玉をどちらに逃げても▲5三角痛烈です。

本譜の7五は▲7四桂を含みにしつつ、面倒を見る指し方ですが、△7六歩▲同銀△7四歩厄介な反撃です。▲同歩には△7五歩▲同銀△4二飛▲同金△7六桂が狙いです。阿久津八段▲5三金寄せに向かいましたが、ここで攻め合うのは▲7五歩で面倒を見る方針と相反しているので変調です。以下、△7五歩▲8七銀△4二飛▲6三金△同銀▲5三成銀△7六桂打ち込む攻めが実現し後手にとっては外の展開です阿久津八段▲7九玉引きましたが、先手の最大の主張あった玉型堅さは彼方まで吹き飛びました。(第10図)

 

NHK 10

飛車両取り掛かってはいますが、後手まだ詰めろ来ないので寄せ合いで勝負する条件は整っていますなので、佐藤名人とってここは本局初めて訪れたチャンスしたここでは△6八桂成▲同金△7六金武骨に攻める手が有力で、それなら後手にも勝機があったと思います

 

本譜は△5六歩▲6三成銀△5七歩成しました。これは金は斜めに誘えという格言通りの攻めでしたが、取れる逃がした意味もり、急所を外したように思います以下、▲5七同金△6八角▲同金△8八金▲6九玉△6八桂成▲同玉△5六歩と肉薄しましたが、▲同金的確な対応で、ようやく阿久津八段がはっきり勝勢なりました。飛車が向かい合うと、間に挟まった駒が負担になる典型的パターンですね。(第11図)

NHK 11

佐藤名人は△8七金と指しましたが、この手は詰めろでは無いので▲5三角と打って先手の一手勝ちです。後手は△7七金▲同玉△7六歩▲同玉△8四桂▲8七玉△7六銀▲8八玉△7七金と追いすがりますが、▲8九玉でどうにもあと一枚、足りません。佐藤名人は△8七銀成と形を作り、▲7一角成△同玉▲7二歩で終局となりました。(第12図)

NHK 12

△8二玉は▲7一角以下詰み。また、△7二同飛は▲同成銀△同玉▲6三銀△同玉▲7五桂が詰まし方の一例です。後手玉は広いようでも先手は潤沢に駒があるので並べ詰みです。

【本局の総括】

・▲1六角と打った手が機敏で、先手がペースを掴んだ。後手はその前に工夫が必要だった可能性は高い。

・▲3三金から後手の大駒を押さえ込み方針が的確で、先手が優位を拡大。

・D図の変化を選べば明快に先手勝ち。これを逃してからは、後手が急激に追い込む。

・第10図から△5六歩~△5七歩成が良くなかった。先手は猛追されたが、辛くも逃げ切る。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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