~左美濃急戦、爆裂!~ 第67回NHK杯解説記 佐藤康光NHK杯VS斎藤慎太郎七段

今週は佐藤康光NHK杯と、斎藤慎太郎七段の対戦でした。

佐藤NHK杯は本質的には居飛車党ですが、角交換振り飛車も得意にしているので最近ではオールラウンダーという印象が強いです。棋風は攻めで、自分のやりたいことを持ち前の剛腕で実現しに行く将棋です。
二回戦では飯島栄治七段と戦い、苦しい将棋を粘り強く指して、逆転勝ちを収めました。

斎藤七段は定跡型の将棋を好む、正統派の居飛車党です。バランスの良い棋風で、ミスの少ない将棋を指される印象があります。本筋の手を積み重ねて丁寧にリードを広げるのが勝ちパターンでしょうか。
二回戦では佐々木大地四段と戦い、横歩取りの熱戦を制して三回戦へと勝ち進みました。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯3回戦第7局
2018年1月21日放映

 

先手 佐藤 康光  NHK杯
後手 斎藤 慎太郎 七段

 

初手から▲7六歩△3四歩▲6六歩△8四歩▲6八銀△6二銀▲5六歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

NHK 1

戦型は矢倉VS左美濃急戦になりました。左美濃急戦は大きく分けると二種類のパターンに分類され、一つは飛車を8筋に置いて戦うパターン。もう一つは、△6二飛と回って右四間飛車にして戦うパターンがあります。本局は後手が早めに△5四銀と上がっているので、右四間飛車のパターンですね。

飛車を8筋に置く場合は、△6五歩▲同歩△同桂と仕掛けた後に△6四銀と活用する余地を残したいので△6三銀型にしておくことが多いです。

先手は現状では角の働きが悪いので、佐藤NHK杯は▲7九角と引きます。対して後手は△6二飛。なお、右四間飛車型では△7四歩は後回しにしましょう。理由は後述します。

先手は角を引いた以上、▲2四歩△同歩▲同角と2筋の歩を交換するのは自然な手順です。角を移動しながら歩を手持ちにして先手がポイントを稼いだようですが、斎藤七段はこの歩交換を咎める構想を披露します。それが△4四角でした。(第2図)

NHK 2

2筋を素通しにするので違和感があるようですが、実は左美濃急戦に於いて、△4四角という配置は絶品のポジションです。理由を説明します。

まず、受けの観点から見ると△2二角型の場合、終盤で▲2四歩~▲2三歩~▲1五桂や、▲2六桂~▲3四桂といった攻め筋が嫌味です。しかし、△4四角はそれらから事前に早逃げしているので、防御力の強化に繋がっていると言えます。

次に、攻めの観点から見ると、△2六歩と垂らす手を作って攻め筋の幅を広げる役割を担っています。加えて、自陣の桂を△3三桂~△4五桂と活用する含みも出しているので、攻撃力も向上させていると言えるでしょう。

このように、角を4四に上がることで様々な恩恵を得ることができるので、絶品のポジションという訳ですね。

△4四角に対して、佐藤NHK杯は▲5七銀と上がって6筋を固めますが、構わず△6五歩と仕掛けたのが機敏な一手です。将棋は基本的に、ぶつかった歩は取らなければいけないのですが、この場合▲6五同歩にはシンプルに△同飛と取られて困る意味があります。(A図)

NHK A

後手は次に△2七歩▲同飛△2六歩▲2八飛△2五飛を狙っています。▲6六歩と打っても、飛車取りを無視して△2七歩を打たれてしまうので、相当に受けにくい状況です。A図は先手陣の居玉や金銀が左辺に偏っている弱点が露呈した格好です。

歩が取れないので佐藤NHK杯は▲6九玉と玉を矢倉囲いへ近づけましたが、斎藤七段は△3三桂と跳ねて、力を溜めます。これで4枚の攻めとなり、攻めの理想形を作ることができました。(第3図)

NHK 3

後手の狙いは△4五桂▲4六銀△6六歩と5七の銀を移動させて、6筋の歩を取り込むことです。その攻め筋をどのようにして防ぐかが、先手に突きつけられた課題です。

ところで、ここまで進むと後手の△7三歩型が活きているのが分かります。もし、△7四歩を突いていると、▲4六角と引く手が先手にとって味の良い一着になりますよね。しかし、第3図で▲4六角と引いても角道が遮断されているので、あまり効果の無い一手に終わります。これが△7四歩を後回していた理由です。右四間飛車型の場合は、▲4六角と出る筋が消えてから△7四歩を突くと良いでしょう。

さて。先手は△4五桂を防ぐ必要がありますが、これがなかなか難しい。例えば▲4六歩と突くと、2四の角が狭くなってしまうので△1四歩と圧迫されると困ります。しかしながら、▲4六歩以外の手で△4五桂を受ける手も見当たりません。つまり、ピッタリとした受けが無いのです。

第3図から先手が玉の安定感を優先させるなら、▲7九玉△4五桂▲6五歩と対応する手は考えられました。(B図)

NHK B

B図からは、△2三歩▲4六角△5七桂成▲同角△6五銀▲6六歩△5四銀が進行の一例です。先手は銀桂交換の駒損ながら、6筋を収めることができるので、すぐに潰される心配はありません。

とはいえ…….これは非常に抵抗のある進行です。いくら自陣が安全とはいえ、無抵抗に駒損を受け入れる手順は指しにくいものです。そもそも、このような安易な妥協を選ぶのは、佐藤NHK杯の辞書にはありません。

よって、本譜は△3三桂に対して▲5五歩△同銀▲6五歩と反発しました。今度は△6五同飛と来られても、飛車の横利きが止まっているので▲6六歩と打つことができます。

しかし、斎藤七段の次の一手により、先手の描いた青写真は引き裂かれます。△2三歩このタイミングで角を追ったのが優勢を決定づける好手でした。(第4図)

NHK 4

どうも佐藤NHK杯はこの手をうっかりしていたそうですね。感想戦で素直にそう仰っていました。

常識的には▲1五角と逃げるしかありませんが、そこで△6五飛と走られると先手は受けに窮します。(C図)

NHK C

次に△6六歩を打たれると押しつぶされてしまうので、普通は▲6六歩と打つより無いのですが、△同銀と取られると1五の角取りになってしまうので受けになっていません。C図は先手崩壊です。

第4図から佐藤NHK杯は泣く泣く▲5六歩と打ちましたが、△6六歩が卒の無い利かし。以下、▲6八金引△2四歩▲5五歩△6五飛と進めて、後手は角銀交換の駒得の上に、6六に拠点を作る戦果を挙げました。形勢は、もちろん後手優勢です。(第5図)

NHK 5

ここで先手は▲6六銀右と目の上のたんこぶを払いたいところですが、△同飛~△3九角が激痛です。本譜は致し方なく、▲7九玉と我慢します。とにかく玉を囲いの中に入れないと、強く戦うことができません。

その局面では、後手には様々なプランがあります。駒得に満足してゆっくり指す方針も有力だったでしょう。おそらく、一昔前まではそのような指し方が主流だったと思います。

しかし、最近では形勢の良い側が穏やかな手順に満足することなく、より激しい手順を選び、踏み込んで勝つ内容が増えているように思います。個人的には、これも将棋ソフトの影響だと考えています。

ボクシングで例えてみると分かりやすいかもしれません。ダウンを奪った選手は、決まってそのラウンドで相手を倒そうと畳み掛ける事が多いですよね。相手に回復される前に仕留めてしまうことが、最短の勝ちであることを分かっているからです。

第5図の局面も、それと似たようなことが言えると思います。つまり、時間が経てば先手は▲7九玉~▲8八玉や、▲5六銀打~▲6五歩などで体勢を立て直す余裕が生まれてきます。その手順を実現されたところで、後手が悪くなるわけではありません。ですが、中途半端に緩むと形勢の紛れを生んでしまうかもしれません。

よって、斎藤七段は▲7九玉に対して、△5五飛▲6六銀左△5七飛成!と過激に踏み込みました。これが好判断だったと思います。(第6図)

NHK 6

▲同銀は△9九角成があるので、▲5七同金と取る一手ですが、△4五桂▲6七金△3九角と気持ちの良いパンチが次々と入っていきます。

△3九角に対して▲6八飛と逃げるのは、△6六角引成▲同金△5七桂成で支えきれません。典型的な「玉飛接近悪型なり」という状況です。仕方がないので佐藤NHK杯は▲3八飛を選びますが、△6六角成▲同金△同角で駒得を拡大して後手快調の指しまわしです。(第7図)

NHK 7

散々、殴られっぱなしだった佐藤NHK杯でしたが、ここでようやく貴重な手番を得ることができました。▲2三歩と垂れ歩を設置して、待望の反撃に出ます。第7図では▲7七銀や▲6一飛も目に映りますが、▲2三歩のような敵玉に嫌味を付ける方が、間違えてもらったときのリターンが大きいので、逆転の可能性が高い手と言えます。

▲2三歩に対して手が広いところでしたが、斎藤七段は堂々と△2三同銀と応じます。これで良ければ話は早いという感じですね。優勢な立場になったときは、このように局面をシンプルにする手を心掛けると良いでしょう。「シンプルな局面」とはどういうことかと言うと、考える要素が少ない局面ということです。2三に歩が残ったままでは、トン死筋などがつきまとうので、考える要素が増えて複雑化してしまいます。

△2三同銀に対して、佐藤NHK杯は▲6一飛△9九角成▲7七角△同馬▲同桂と盤上に味方の駒を増やして粘りますが、△3二金打が非凡な受けの決め手でした。形は△3二銀打ですが、この場合は金を打つ方が手堅いのです。理由は、実戦の進行を追えば解ります。(第8図)

NHK 8

金銀4枚の堅牢を飛・角・銀の3枚で崩すことはできません。佐藤NHK杯は▲8一飛成と桂を補充しますが、△5七桂成が着実な攻め。持ち駒ではなく、盤上の駒からきちんと活用するのが本筋ですね。

△5七桂成に対して、佐藤NHK杯は▲6六角と攻防手を放ちますが、△4五角がお返しの攻防手。7八の金を狙いながら竜取りです。▲6一竜はやむを得ない一手ですが、斎藤七段は△5一金引▲6五竜と竜を追い払って自陣の憂いを無くしてから△7八角成▲同飛△5六銀と寄せに向かいました。(第9図)

NHK 9

ここまで来ると、後手が△3二金打と打った理由が明確になります。もし、3二に打った駒が銀ならば、▲2二銀から後手玉はいきなり危うくなってしまうところでした。しかし、第9図ではそのような攻め筋は皆無ですね。

おそらく、斎藤七段は、『△5七桂成で攻めたい→ただ、▲6六角が攻防手になりうる→▲6六角に対する耐久力の高い受けは何だ?』という思考回路から△3二金打という手に辿り着いたのではないでしょうか。理想を実現させるための深い読みが光ります。

第9図から佐藤NHK杯は▲3三銀と迫りますが、△4四香が頑丈な受けで、後手陣は安泰です。以下、▲5七角△同銀成▲3二銀成△同金▲7五角△6七金で、先手玉は一手一手の寄り筋に入りました。(第10図)

NHK 10

第10図で先手玉は△6八銀以下の詰めろ。▲5三角成と王手をかけても△4二銀でびくともしません。

本譜は▲5七角△同金▲5八歩と粘りましたが、△5六銀▲5七歩△6五銀▲同桂△3九飛で佐藤NHK杯の投了となりました。終局図は互いの玉型が大差なので逆転の見込みがないので、投了は止む無しです。(第11図)

NHK 11

【本局の総括】

序盤で先手は2筋の歩交換を行ったが、逆にそれで争点を増やしてしまった。玉が安定するまでは、おとなしく指すべきだったかもしれない。

・△3三桂と跳ねた第3図の局面は、後手満足。以降も快調な攻めが続いた。

・第5図から緩まずに飛車を切って決めに行ったのが好判断。後手が大量リードを奪った。

・第8図の△3二金打が紛れを打ち消す受けの決め手。以降は後手が手堅くまとめた。本局は斎藤七段の快勝譜。左美濃急戦が爆裂した。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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