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~軽やかな跳躍~ 第67回NHK杯解説記 稲葉陽八段VS渡辺明棋王

今週は、稲葉陽八段と渡辺明棋王の対戦でした。

稲葉八段は居飛車党で、軽快な攻め将棋という印象です。また、玉を固めるよりも大模様を張る配置を好む傾向があるようにも思います。屈折した手を指さない、非常にしなやかな将棋を指される棋士ですね。
三回戦では藤井聡太四段(当時)と戦い、相掛かりの激闘を制して準々決勝へ勝ち進みました。

渡辺棋王は居飛車党で、攻め将棋。堅い玉型を好み、切れそうな細い攻めを繋げる技術が卓越している印象です。同じ攻め将棋でも、稲葉八段とは大いに棋風が異なります。
三回戦では阿久津主税八段と戦い、自分の勝ちパターンである細い攻めを繋ぐ展開に持ち込んで、制勝しました。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯準々決勝第3局
2018年2月18日放映

 

先手 稲葉 陽 八段
後手 渡辺 明 竜王

 

初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲3八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

NHK 1

戦型は相掛かり。相掛かりといえば、飛車先の歩を交換するのが特徴ですが、本局では互いにそれを後回しにしています。最近はこういった指し方が増えていますね。これは様々な意図があるのですが、最大の理由は交換を後から行う方が得になる可能性が高いからです。詳しくは、もう少し手数が進んでから説明しましょう。

第1図から後手の指し方は多岐にわたりますが、渡辺棋王は△8四飛・△5二玉型に構えて、その後は△7四歩~△7三銀と銀を繰り出します。▲6八玉型は7・8筋方面に近いので、早繰り銀を選んだのは自然な駒組みと言えるでしょう。(第2図)

NHK 2

後手が△7三銀と上がったところです。先手は漫然と駒組みしていると、△6四銀~△7五歩で攻められてしまうので、何らかの迎撃策が必要です。稲葉八段は▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2五飛と飛車を五段目に配置することで、後手の攻め筋を防ぎました。(第3図)

NHK 3

何気ないところですが、この手順は飛車先の歩交換を後回しにしていた利点を最大限に活かしています。つまり、第1図の段階で▲2五飛型を選ぶと、後手は本譜のような形には組まず、▲2五飛型に相性の良い形に組んできます。しかし、本譜のように飛車の引き場所を後から選べる状況にしておけば、そのような局面に誘導される心配はありません。要するに、後出しジャンケンと同じ理屈です。後から出せることが許されるならば、先に出す人はいないですよね。これが交換を後回しにする指し方が流行っている理由です。

後手はそろそろ角道を開けたいのですが、ここで△3四歩を突くと▲2四歩や▲3五歩という攻め筋が発生するので、気安くさせる手ではありません。よって、渡辺棋王は無難に△7二金と上がり、中住まいを完成させました。

対する稲葉八段は、▲6六角△8二飛▲8八銀△6四銀▲7七桂と左辺の駒を活用していきます。▲6六角は後手の銀に近づくので危険な意味もありますが、ここに角を上がることで銀桂を効率よく動かすことができました。(第4図)

NHK 4

後手としては、7七に跳ねてきた桂を上手く狙いたいところです。ぱっと見では△7五歩▲同歩△7六歩と桂頭を攻める手が映りますが、平凡に▲6五桂と逃げられると後続手がありません。(A図)

NHK A

飛車の横利きが強力で、後手の攻めが不発に終わっています。

そこで、本譜は第4図から△3四歩と突きました。これは、先手の飛車を追う準備です。仮にA図で△3四歩を突いていれば、△3三桂と跳ねて飛車を五段目から追い払い、6五の桂を取ることができますね。つまり、△3四歩は、次に△7五歩を突きますよと宣言している訳です。

ただ、先述した通り、△3四歩を突くと先手に攻め筋を与えるので怖い意味もあります。稲葉八段は売られた喧嘩は買うと言わんばかりに▲2四歩△同歩▲同飛と動いて、△3四歩を咎めに行きました。(第5図)

NHK 5

手数にしてまだ37手目ですが、非常に勝負所です。というのも、後手はここで対応を誤ると攻め潰されてしまいますし、先手も攻め足が止まると7七の桂が負担になるからです。

第5図は手が広い局面なので悩ましいところですが、後手は宣言通り△7五歩と突く手が有力でした。渡辺棋王も感想戦でこう指すべきだったと仰っていましたね。

△7五歩に対して、先手は▲3四飛が自然ですが、△6六角▲同歩△3三歩▲2四飛△2三歩とシンプルに歩をぺたぺたと打っておくのが堅実な手順です。(B図)

NHK B

先手は飛車をどこかへ(▲2九飛が普通)逃げるよりありませんが、△7六歩が期待値の高い取り込みで、後手不満無しです。やはり敵玉付近に拠点ができるのは大きいですね。

また、後手はいつでも△4二銀と上がって中央を補強できるので、▲6五桂~▲4五桂と桂が二枚跳んできても大丈夫な点が自慢です。

△7五歩に対しては、▲4五桂や▲7五同歩△7六歩▲4五桂という手段もあるので簡単ではないのですが、少なくとも後手は互角以上に戦える将棋だったと思います。

NHK 5

本譜に戻ります。第5図から渡辺棋王は△6六角▲同歩△2二銀と指しました。これは△2三銀と上がる形を用意することで、▲3四飛を警戒した意味があります。ただ、銀が中央から逆の方向へ向かってしまったので、危険だったかもしれません。というのも、▲4五桂がその欠点を突いた跳躍になったからです。(第6図)

NHK 6

この手には解説の佐藤天彦名人も思わず感嘆の声をあげていました。「桂馬の高跳び歩の餌食」という格言が訓える通り、桂は調子に乗って跳ねるとすぐに相手の歩に取られるので、普通は上手くいきません。しかし、この局面では後手陣の配置が悪く、成立しています。稲葉八段の嗅覚が素晴らしかったですね。
先手の一番の狙いは、単純に▲6五桂→▲5三桂成で中央への殺到です。よって、後手はそれが来る前に4五の桂を取り除く必要があります。

しかしながら、この不安定に見える桂馬が簡単には取れません。例えば愚直に△4四歩と突くと、▲3四飛で逆効果です。

では、その▲3四飛を防ぐ△2三銀はどうでしょうか。飛車を下がらせてから△4四歩を突こうという意図です。ただ、冷静に▲2九飛と落ち着かれると、どうも収拾がつかないのです。(C図)

NHK C

後手は▲2四歩△1二銀▲2三角と、▲2二歩△同金▲6五歩△7三銀▲5三桂成という二つの攻め筋が残っています。それを同時に受けるには△2二歩しかありませんが、▲6五桂△4四歩▲5三桂右成△同銀▲同桂成△同玉▲7七銀で先手良しです。(D図)

NHK D

先手はやや駒損ですが、玉型が堅い上に駒の効率が素晴らしいので旗色の良い局面です。後手は一段目で眠っている桂を活用したいところですが、桂を跳ねると桂頭攻めを誘発するので動かしづらいところが辛いですね。

第6図に戻ります。NHK 6

本譜は△5四角と打ちました。これは▲4六歩で桂取りを受けると、今度こそ△4四歩が突けるという仕組みです。3二の金に紐が付くので、▲3四飛を無効化できます。

しかし、後手は角を手放したので▲6五歩が調子の良い突き出しになりました。(第7図)

NHK 7

銀が逃げると▲5三桂成△同玉▲2二飛成△同金▲3一角の両取りが決まります。それは5四に打った角が重く、負担になっているので後手が勝てません。

銀が逃げれないので渡辺棋王は△2三銀と飛車を追いますが、稲葉八段は気っ風良く▲同飛成△同金▲6四歩と踏み込んで最短の勝ちを目指します。後手は当然、△4五角で桂を取りますが、▲5五角が期待の角打ち。△6六桂をケアしながら間接的な飛車取りです。後手陣は飛車を渡せる格好ではないので渡辺棋王は△7三桂と受けますが、▲1一角成で香を取って先手良しです。(第8図)NHK 8

なぜ、この局面が先手良しなのかというと、飛と銀銀の二枚替えで駒得であることと、8二の飛が受けに働かず、効率が悪いことが主な理由です。

さて。こういった場面で、後手は必ず指さなければいけない手があります。それが本譜の△3三桂です。手番を渡して緩いようですが、桂を逃げながら相手の馬を効率の悪い駒にしているので、一手を投資する価値は大いにあるのです。実戦において、角で香を取られる場面は頻出しますが、その際、このように桂を跳ねて馬を閉じ込める手が悪手になったケースを私は見たことがありません。地味ながら、非常に大きい手です。
ただ、先手は再び手番を得ることができました。稲葉八段は▲5六銀と打って、防御力を高めます。もし、角が逃げてくれれば自陣は安泰になるので、▲2四歩が間に合います。したがって、渡辺棋王は△6六桂▲7九金△5六角▲同歩△7五歩で先手陣に迫っていきました。

後手は駒損が拡大しましたが、▲2四歩を打たれると、どのみち駒損の拡大は避けられません。それならば、敵玉に嫌みを着ける方が勝機があると判断したのでしょう。(第9図)

NHK 9

ところで、先程からずっと6筋で歩がぶつかったままですね。なぜ▲6三歩成としないんだろうと疑問に感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。ついつい、王手したくなるところですが、実はこれは毒饅頭なのです。仮に、第9図から▲6三歩成△同金と進んだ局面を見てみましょう。(E図)

NHK E

すぐに何かあるという訳ではないのですが、後手が6筋に歩が使えるようになったので、先手玉は危険度が増しています。加えて、△6三同金を指したことにより、飛車の横利きが通るので後手はかえって都合が良い意味があるのです。

つまり、現状で▲6三歩成は、先手にとっては無価値で、後手は指して欲しい手ということが分かります。だから互いに放置しているのです。
しかしながら、▲6三歩成は部分的には後手玉のコビンを攻めているので、寄せの起点になり得る手でもあります。稲葉八段は回りの状況を上手く利用して、それを実現させます。

まずは▲6七銀△7六歩▲6六銀で、目の上のたんこぶを払います。渡辺棋王は△7七歩成▲同銀上△6五桂打としゃにむに攻め込みますが、▲5五桂が急所を突いた一撃でした。この桂を打ちたいがゆえに、▲6七銀と指したのです。(第10図)

NHK 10

▲5五桂は▲6三歩成と連動した攻めであり、4三の地点も狙っているのが自慢です。△6四歩と手を戻しても、▲2一馬△5四銀▲7四角とうるさい攻めが続きます。

渡辺棋王は受けてもキリがないと見て、△8七飛成で攻め合いに望みを託しますが、やはり▲2一馬が本筋の活用です。詰めろではありませんが、先手玉は右辺への逃げ道を確保しているので、こちらも詰めろが掛かりません。
後手は速度では勝てないので、本譜は▲2一馬に対して、△7七桂成▲5九玉△5四銀で受けに回りましたが、▲6三歩成が待望の一手となりました。今度は5五に桂を設置していることや、後手の飛車が二段目から移動しているので効果的な寄せになっています。(第11図)

NHK 11

△6三同銀は▲4三馬が王手竜取りで痛烈なので、渡辺棋王は△6三同金と応じますが、▲同桂成△同銀▲6四歩△同銀▲6三歩が軽やかな寄せ。先手は4三に馬が引ければ、竜取りと同時に後手玉へ迫ることができるので、勝利が見えてきます。

渡辺棋王は△6一歩と抵抗しますが、▲3二馬とにじり寄ったのが着実な決め手でした。(第12図)

NHK 12

後手玉は▲4一角以下の詰めろです。「敵の打ちたい所へ打て」と△4一銀で受けてみても、▲4二金で無効です。やむを得ず、本譜は△6三玉と早逃げしましたが、▲4三馬が実現してはっきり先手勝勢になりました。

▲4三馬に対して、粘るなら△8二竜と引くのでしょうが、▲8三歩や▲6五歩で一手一手の寄り筋です。渡辺棋王は潔く△7七桂▲4八玉△7九桂成で首を差し出し、▲5二角を見て投了を告げました。(第13図)

NHK 13

後手は△7二玉と逃げる一手ですが、▲6一角成△8一玉に▲8七馬と詰めろで竜が取れるので、先手の勝ちは動きません。

【本局の総括】
・▲7七桂が意欲的な一手。これが捌けるか、負担になるかが最初の見所。
・後手は第5図から△7五歩と突く手が有力。それを逸して、少し形勢を損ねた。
第6図の▲4五桂が軽やかな跳躍で、先手が機先を制した。
・先手はリードを奪ってからは緩みない指し手の連続で、ぐんぐん優位を拡大した。終盤も▲5五桂を軸に仕留める構想が的確で、稲葉八段の快勝譜だった。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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