前回の続きです。それでは、さっそく、解説に入ります。
なお、前回の記事はこちらをご覧ください。
第31期竜王戦七番勝負 第7局 ▲広瀬章人八段VS△羽生善治竜王の解説記(前編)
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜第31期竜王戦七番勝負 第7局
目次
二日目
この局面は、お互いに主張を持っているので、難解な将棋といったところでしょう。ただ、先手は何はともあれ、△2七成香を緩和しなければいけません。
封じ手は▲5八金。他には▲2八歩や▲3七金も考えられるところでしたが、堅い玉型を好む広瀬八段らしい選択という印象を受けました。
羽生竜王は、△2七成香▲3九飛△2八成香▲6九飛と飛車を追い払って、△4四歩と突きます。後手にとっては待望の一手ですね。
ただ、手順中の△2八成香は善悪が微妙で、単に△4四歩を突く手も大いに有力だったと思います。というのも、先手の飛車を6筋に転換させたことで、本譜の攻め筋を誘発した意味があるからです。(第10図)
それが、▲8五桂△6三金▲7三歩という手順でした。これは、後手の飛や金を悪いポジションにさせることで、後の▲6五歩の威力を高める意味があります。(第11図)
後手はと金作りを阻止したいのですが、△6二金では▲7二歩成△同金▲7四歩で受けになっていません。
羽生竜王は、△7一歩と受けましたが、この手が形勢を損ねる要因となってしまいました。歩を打てば、と金は絶対に作られませんが、飛車の働きが悪くなってしまったことと、攻撃力が低下したことが痛かったのです。
▲7三歩には、△8二飛と受けるほうが勝りました。(A図)
先手は当然、▲6五歩と突きますが、△2五馬▲3六歩△6五歩▲同銀△同銀▲同飛△6四銀で手厚く受けに回ります。(B図)
先手は▲6八飛と逃げるくらいですが、△4三馬が味の良い馬引きです。次は△7六歩が狙いですね。
後手は、なかなか4五の桂が取れませんが、大駒が活躍していることが、この変化の良いところです。この進行を選んだ方が、後々の苦労が少なかったように思います。
本譜に戻ります。(途中図)
先手は、もちろん▲6五歩で攻めを続けます。これに△同歩▲同銀△同銀▲同飛△6四歩と応じると、▲7五飛のときに受けが難しいですね。(C図)
よって、羽生竜王は△2五馬▲3六歩△6二金▲6四歩△4五歩で、6筋の取り込みを甘受する代償に、桂を取る手順を選びました。(第12図)
先手は6四の拠点を具体的な戦果に結び付けたいのですが、▲4五銀のように、銀をぶつけると、△同銀▲同歩△3六馬の反撃が嫌らしいので、繊細に攻める必要があります。
広瀬八段は、手始めに▲1二歩と垂らしました。△3六馬には▲4七金△1四馬▲3六歩で、丁寧に馬の利きを抑えます。以下、△2二玉に▲4一角が期待の一着ですね。(第13図)
後手は▲1一歩成でと金を作られると、「駒得」という主張が消えてしまうので、△3一金で催促しますが、そこで▲7四角成が鷹揚たる一着です。(第14図)
▲4一角から▲7四角成という手順は、ぼんやりしていて迫力に欠けるように見えるかもしれません。ですが、これにより、後手の飛車を完全に押さえこんだことが先手の主張です。また、4七の金に紐を付けたことで、防御力を高めたことも見逃せないですね。
局面は終盤戦を迎えつつありますが、ここで焦らずに、じっと力を溜めたことが、勝利の遠因になった印象を受けました。
終盤
後手は△1二玉で嫌味な垂れ歩を除去しますが、広瀬八段は▲4五銀とぶつけて、▲6三歩成の実現を狙います。
羽生竜王は、△6七歩で切り返しますが、構わず▲5四銀△同歩▲6七飛で6筋を狙い続けます。以下、△5五桂▲6六飛△4七桂成▲同馬と進みました。その局面を形勢判断してみましょう。(第15図)
玉型は、先手に分があります。後手は玉が金銀から離れていること、7筋に歩が使えないことが、その理由です。
駒の損得は、後手が金得ですね。
駒の働きは、先手が勝ります。後手は、大駒と2八の成香が満足に働いていません。
整理すると、先手のほうに良い要素が多いので、先手が指しやすい局面と言えるでしょう。
後手は大駒の効率が悪い問題を改善したいのですが、次に▲6三歩成を許すと、金得という主張が消えるので、その余裕がありません。
羽生竜王は△7五金と打って、6筋を押さえる準備をしますが、▲6八飛が味よく成香取りです。△2七成香は止むを得ないですが、▲5六馬が柔軟な一着でした。(第16図)
▲5六馬は、後手玉へ照準を定めると同時に、右辺を戦場にすることで、7五の金に肩透かしを食わせる意図があります。
後手としては、この馬の睨みは無視できない存在ですし、相変わらず▲6三歩成も防がなくてはいけません。
羽生竜王は、△5五銀▲4五馬△6七歩▲同馬△6六歩で飛車の利きを遮断し、▲4五馬△5三金で先手の馬を圧迫します。
対して、広瀬八段も▲3五銀と重石を置いて、馬を守ります。先手は4五の馬が生命線なので、ここは是が非でも譲れません。(第17図)
ここで羽生竜王は、△2二玉と寄りました。▲2四歩や▲2四桂の攻めを緩和しつつ、玉を金銀に近づけるので、理に適った手に見えますが、残念ながらこの手が敗着になりました。なぜなら、これでは4五の馬にプレッシャーが掛かっていないからです。
第17図では、△4三金と寄るべきでした。▲2四歩が怖い手ですが、△3四歩▲同銀△2四馬▲4三銀成△同銀▲3五金△4四歩で対抗します。(D図)
ここから▲2四金△4五歩に、▲6一角や▲3五桂といった攻めがあるので、決して後手が良い訳ではありません。
しかしながら、先述したように、先手は4五の馬が生命線なので、後手はこの駒をプレスし続ける必要があったのです。とにかく、この馬を自由にさせてはいけませんでした。
本譜に戻ります。(途中図)
広瀬八段は、後手の催促が緩んだ隙を見逃しませんでした。ここから▲6三歩成△同金▲1五歩△同馬▲2四歩が峻烈なパンチで、後手に決定的なダメージを与えました。(第18図)
これは△同歩の一手ですが、▲6六銀が痛快な一手。金気を入手すれば、2三に放り込めるので、後手はこの銀を取れません。
羽生竜王は、△4四歩で遅まきながら馬に働き掛けますが、▲7五銀△4五歩▲6三飛成で金を二枚取って、先手がはっきり優勢になりました。(第19図)
先手は駒割りを角金交換まで回復したので、駒損という問題点を、ほぼ解消することができました。加えて、自玉は安定していますし、遊び駒が一つもないので効率も申し分ありません。これが、先手優勢の理由です。
次に▲3四銀という攻めがあるので、羽生竜王は△3二金で備えますが、▲5四竜が手堅く、後手は困りました。銀取りと▲2四銀の両狙いが受かりません。(第20図)
仕方が無いので、羽生竜王は△5八角で開き直ります。以下、▲5五竜△3六角成▲4四銀△8七歩で先手陣に嫌味を付けますが、▲3五桂が上部脱出を阻む寄せです。上から押さえる基本に忠実な指し回しですね。(第21図)
有効な受けが見当たらないので、△5九馬で攻めに転じましたが、▲2三歩△同金を利かしてから▲8七金が冷静です。
以下、△6九馬上▲8八玉△6八馬左で詰めろが掛かりましたが、▲9八玉が「玉の早逃げ八手の得あり」という格言通りの受けで、先手玉は寄りません。(第22図)
後手は攻防共に希望が薄く、敗色濃厚ですが、羽生竜王は△8二飛と指して、▲5二竜を防ぎます。やはり、負けるにしても、この飛車が眠ったままでは遣り切れないところです。
広瀬八段は、▲1一銀△同玉▲2三桂成で収束に向かいます。後手は△3一銀と飛車の横利きを使って受けますが、▲7二金でそれを遮断します。先手は、最後まで後手の飛車を封じ込むという方針を貫きましたね。(第23図)
これを△同飛▲同歩成△1二銀は、▲3三銀成△同桂▲4一飛で受け無しです。(E図)
なので、羽生竜王は単に△1二銀と指し、▲同成桂△同玉▲8二金△8八歩で一矢を報いようとしましたが、これは詰めろでは無いので、先手には一手の余裕がありますね。(第24図)
まずは、▲6二飛で攻防手を放ち、万に一つも負けが無い形を確保します。
対して、(1)△2三玉には▲4五竜くらいで良いので、(2)△3二桂と受けましたが、▲3三銀成△同桂▲3四銀△2二銀打▲2三歩で、ようやくゴールが見えてきました。(第25図)
△同銀は▲1一金で一手一手の寄りです。
羽生竜王は△8九歩成で首を差し出しました。以下、▲2二歩成△同銀▲2一銀で、終局となりました。(第26図)
△同玉と取る一手ですが、▲3二飛成△同玉▲4四桂から並べ詰みですね。
広瀬新竜王、おめでとうございます!
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!
P.S.
今回を機に、今後も不定期(というか、私の気まぐれ)ですが、熱戦の将棋をピックアップして解説していこうかなと考えております。リクエストがございましたら、応えられる範囲内で、執筆いたしますので、ご意見・ご要望をお待ちしております。
先日に竜王戦第7局のリクエストさせて頂いた者です。
この度は解説記を作って頂き、ありがとうございました。
とても楽しく読む事が出来ました。
対局中の考え方を自分に染み込ませるためにも、再度読み直します。
自分は今、将棋倶楽部24では6級でくすぶっていますが(笑)、
あらきっぺさんのブログ読む事が日課になりました。
ブログで楽しみながら棋力向上したいと思います。
これからもよろしくお願いします。^^
ありがとうございます。そう仰って頂けると、執筆した甲斐がありました。
どんなレベルであろうと、成長したいという意思があれば、棋力を伸ばすことは可能だと思います。その一助になれれば、嬉しいですね。
こちらこそ、今後もよろしくお願いいたします。