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~四間飛車の新構想~ 第68回NHK杯解説記 三浦弘行九段VS大橋貴洸四段

今週は、三浦弘行九段と大橋貴洸四段の対戦でした。

三浦九段は居飛車党で、棋譜は攻め。堅く玉を囲い、細い攻めをつなぐ展開を好んでいる印象があります。また、終盤のごちゃごちゃしたねじり合いを抜け出す技術が高いイメージがありますね。

大橋四段は居飛車党ですが、元来は振り飛車党なので(個人的には)オールラウンダーと認識しています。攻め将棋で力戦系を好み、決断が良い将棋という印象を受けますね。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第4局
2018年4月22日放映

 

先手 三浦 弘行 九段
後手 大橋 貴洸 四段

初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△4二飛▲6八玉(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は、後手の四間飛車。こちらの記事でも紹介している通り、このところ復活の兆しにある戦法です。

第1図は▲9八香と穴熊を表明した手に対し、△5四銀と上がったところ。先手としては、△6五銀を防ぐために▲6六歩か▲6六銀の二択ですが、▲6六銀だと将来、△4五歩と突かれたときに4筋の守りが薄い懸念があるので、本譜の▲6六歩の方が無難です。

▲6六歩に対して、大橋四段は△7四歩▲9九玉△7三桂▲8八銀△8二銀とかなりユニークな手順で駒組みを進めていきます。美濃に囲うという基本を無視した駒組みなので、当然、何らかの狙いがあるはずなのですが、この時点ではそれがまだ見えてこないだけに不気味さを感じさせます。(第2図)

 

居飛車としては無事に穴熊に潜れましたが、このままでは角が攻めに使いにくいので、右辺に転換することが常套手段です。三浦九段は▲3六歩→▲5九角→▲3七角と角を移動させ、その間に大橋四段は囲いを発展させていきます。(第3図)

 

第2図から十数手ほど進んだ局面です。第2図の段階では脆い形に見えた△7二玉型ですが、この局面では3七の角の直射を避けているので、△8五桂を気兼ねなく指せるメリットがあります。つまり、後手の構想は、あえて穴熊に組ませて、それを端攻めだけで攻略しようという意図なのです。

第3図から三浦九段は▲6八銀と指しました。この手は5七にスペースを作ることで、▲4八角→▲5七角と転換する手を狙っています。角を5七へ配置されると2筋を攻められやすくなってしまうので、△3三角と引いて▲4八角を牽制します。以下▲7七銀右△8五桂▲8六銀△7三銀▲5八飛と互いに駒を要所へ運んでいきます。(第4図)

 

さて。後手は駒組みが飽和状態ですし、次に▲5五歩を突かれると角道を遮られてしまいます。▲5五歩を突くと先手も角道が止まりますが、この止め合いっこは後手が損です。なぜなら、角の利きが無くなると、端攻めの威力が大幅に下がってしまうからです。本局において、後手は端攻めを炸裂させるために角道を通し続けることは必須といえます。よって、大橋四段は△4六歩▲同歩△6五歩で▲5五歩を阻止しつつ、先手陣に襲い掛かりました。いよいよ戦闘開始です。(第5図)

 

ここで▲6五同歩△同銀と進めてしまうと、銀を五段目へ進ませているので、攻めを助長する結果となってしまいます。ゆえに、▲6八飛はこの一手。対して大橋四段は、△6六歩▲同金△9七桂成▲同銀引△9六歩といよいよ端攻めを決行します。(第6図)

 

△5七銀の傷があるので、▲8六銀は必然手。以下、△9七歩成▲同香△9六歩▲同香△同香▲9七歩△8五歩▲7七銀引△8六歩と進みます。
相手の堅い場所を触るので強引なきらいはありますが、後手は元々こういうプランの将棋なので、無理でも切り込んで行くしかないという事情もありました。(第7図)

 

先手としては、この攻めに対して、

(1)丁寧に受けて切らしに行く。
(2)穴熊の遠さに期待してカウンター狙いで指す。

 

どちらの方針を取るかです。
(2)で行くのなら、第7図から▲8六同銀△8一香▲8五桂は有力だったと思います。(A図)

 

 

△同香▲同銀は攻めの後続が難しいですし、△8四銀には▲6四歩△同金▲4五歩で眠っていた角を使うことができるので先手が良さそうな印象を受けます。
本譜に戻ります。(第7図)

三浦九段は▲9六歩で香を取りました。これは(1)の方針を選んでおり、駒得を主張にして長期戦を目指す意味です。

ただ、▲9六歩には気になる手があり、それが本譜の△9七歩です。▲同桂はやむ無き一手ですが、たった一歩で囲いを乱せたことは、後手にとって少なくない戦果です。
▲9七同桂以下、△8七歩成▲同銀△6四香と進みます。攻めがつながるか、受け切りか際どいところですが、このような歪な配置になると、人間はミスが出やすいので実戦的には先手が勝ちにくい設定になってしまったのかもしれません。(第8図)

本局のように、居飛車穴熊は早い段階で端攻めを食らうと「堅さ」という利点は消失します。ただし、相手からたくさん駒をもらうので、それと引き換えに「長期戦になると有利になる」切符を手にすることができます。
したがって、穴熊側の取るべき方針は、「囲いのリフォームを優先すること」が最適解と言えるでしょう。陣形を盛り上げて厚みを築ければ理想的ですね。
 それを踏まえると、第8図では▲8八金で上部を強化する手が有力でした。以下、△6六香▲同銀△4七金▲2八角△1五角が変化の一例ですが、▲8六香が絶好の一着です。(B図)

 

△5九角成▲7八飛のときに△8六歩を防ぎながら、敵玉にプレッシャーを掛ける一石二鳥の意味があります。このような展開になると、後手は8・9筋を攻めた反動が自分に返ってきており、無理攻めの烙印を押された格好と言えます。

 

本譜に戻ります。(第8図)

三浦九段は▲6七歩と受けました。これも見た目は自然な受けですが、△6六香▲同歩△6五歩と執拗に6筋をこじ開けられると、意外に面倒だったのです。(第9図)

ここで▲8八金と上がるのは、△5七金と打たれる手が厄介で、▲6九飛△6六歩と進むと厚みを築きにくくなってしまいます。この△5七金を発生させたことが、▲6七歩の罪ですね。
三浦九段は▲5五香と打って角道を遮断しますが、やはり△5七金がうるさい攻め。先手は▲8八飛と回る手が味良く見えますが、△6六歩▲6八歩△5六金が角の利きを復活させる好手順で、後手の攻めがつながりました。(第10図)

先手は▲5四香が指せないとおかしいのですが、△6七歩成▲同歩△7七角成で銀を取られてしまうので、香を動かすことができません。三浦九段は泣く泣く▲7八銀で辛抱しましたが、△5五角と香をタダで召し取り、後手がはっきり良くなりました。先手は駒損の上、中央の勢力争いに敗れた格好で、(1)の方針とは全く合致しない展開になってしまいました。
△5五角に三浦九段は▲5九香で反撃しますが、△6四角と端へロックオンしたのが柔らかい発想。角を急所のラインから移動するので抵抗感がありますが、▲8八飛と回った手を咎めている意味があります。先手は7九の金が受けに使いにくくなっているのが痛いですね。
△6四角以下、▲7五歩△8一香と後手は一貫して▲8八飛を咎める攻めを続けます。(第11図)

普通は飛車取りを受けるところですが、8八の飛は取ってもらった方が自玉が固まるメリットがあります。三浦九段はそれに期待して、▲5六香△8八香成▲同銀という順を選びました。
しかしながら、やはり原形をとどめていない穴熊が堅さを誇れる訳もなく、△9八歩▲同玉△9五歩と玉頭をつつかれると、先手は苦労が絶えない印象です。(第12図)

▲9五同歩は△7五角で次の△9六歩を狙われます。三浦九段は面倒を見切れないと判断して▲5四香△9六歩▲8五桂△8四銀▲7六桂△8五銀▲6四桂△同金と激しく斬り合いますが、その局面は次の△8六桂が痛烈で後手優勢の終盤戦です。(第13図)

 

三浦九段は「敵の打ちたいところに打て」とばかりに▲8六歩と指しましたが、△同銀で攻め駒を呼び込んでいるので焼け石に水という印象は否めません。以下、▲8七香と間接的に後手玉を睨んだ攻防手を放ちますが、大橋四段は△7五金▲8六香△同金と増援を送って、上から圧迫していきます。
何気ないところですが、後手は7筋の金銀に触らないように攻めており、慎重に寄せに向かっていることが分かります。(第14図)

ここで状況を整理しましょう。先手玉は詰めろではありませんが、後手玉にも詰めろがかからないので、▲5一銀のような「攻めるだけ」の手では一手負け。また、後手の攻め駒は豊富なので、受けても延命は期待できそうにありません。したがって、先手には一手で二手分の価値がある攻防手が求められています。
三浦九段は▲6四角と指しました。8六の金取りなので、△9五香や△7六桂は成立しません。大橋四段は△7五桂と迫りましたが、この手は詰めろではなく、先手は一手の余裕を得ることができました。▲5三香成が詰めろで入り、体勢が入れ替わったように見えます。(第15図)

 

しかし、大橋四段は冷静でした。△9七香▲8九玉を利かしてから、△5三金が正しい応接。香を補充したことにより、先手玉には△9九飛▲同銀△同香成▲同玉△9七香以下の詰めろがかかっています。先手は金を取る猶予がありません。つまり、勝負の帰趨は、この瞬間に後手玉が詰むかどうかに委ねられました。(第16図)

三浦九段は▲7三金△6一玉▲6二銀△同飛▲同金△同玉▲5三角成△同玉と肉薄します。これ以外の王手をすると、分かりやすく詰まなくなるので、ここまでは必然です。ここから飛金銀歩と3七の角でどう迫るかです。(第17図)

ちなみに、この局面まで進むと後手が△9七香を打った意味が分かります。もしこれを打っていなければ、第17図から▲8三飛で金を抜かれてしまい、混戦に持ち込まれるところでした。本譜なら先手玉は修復不能なので、金を抜かれる心配は皆無ですね。
ここで▲2六角は△4四歩で、以降も王手は続くものの、どうも駒が足りません。本譜は▲5四歩△同玉▲5五歩と指しましたが、△6三玉で後手の逃げ切りが見えてきました。2六角のラインさえ踏まないようにすれば、後手玉は大丈夫です。(第18図)

ここから▲9三飛△7三銀▲5四銀と追いすがりますが、△7二玉ではっきり足りない形です。以下、▲8二飛成△8二歩の局面で、三浦九段は駒を投じました。(第19図)

 

第19図から▲6三金△6一玉▲8一竜と王手を掛けても、△7一香で後手玉は不詰め。対する先手玉は必至なので投了はやむ無しです。

 

本局の総括

 

序盤は後手が新機軸の構想を披露。予定通り、端を攻める展開になったので、作戦の意思は通した。
先手はA図のような攻めに転ずる方針が勝っただろうか。本譜は先手の方がミスが出やすい作りになったので、実戦的には大変。
第8図から▲8八金と上がり、上部を手厚くすれば、後手が忙しい将棋だった。本譜はこの金が受けに機能せず、先手が形勢を損ねる。
・後手はリードを奪ってからは大きなミスも無く、指し手が安定していた。最後は△5三金が詰めろ逃れの詰めろで、勝利を掴み取った。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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