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~踏み込みのタイミング~ 第68回NHK杯解説記 井出隼平四段VS近藤誠也五段

今週は、井出隼平四段と近藤誠也五段の対戦でした。

 

井出四段は振り飛車党で、四間飛車のスペシャリストです。穴熊に組まれることを恐れない、今では数少ないタイプの棋士ですね。

近藤五段は純粋居飛車党で、攻め将棋。序盤は無難に玉を固めて、終盤の切れ味で勝負するのが、彼のスタイルです。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第9局
2018年5月27日放映

 

先手 井出 隼平 四段
後手 近藤 誠也 五段

 

初手から▲7六歩△3四歩▲6八飛△4二玉▲1六歩△8四歩▲1五歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

先手はやや風変りな駒組みをしていますが、この作戦を先手番で応用しています。端の位を取っていることが、先手の主張ですね。

ここでは△7七同角成で先手の形を決めさせる手も自然ですが、近藤五段は△5四歩▲8八飛△5二金右▲6八銀△5三銀▲2八玉△4四歩と角道を止めて、じっくり駒組みを進める手順を選びました。後手の理想は、もちろん穴熊です。(第2図)

 

△4四歩と指したことにより、後手は持久戦志向であることが明らかになりました。先手の取るべき方針としては、

(1)持久戦にお付き合いする。

(2)後手の囲いが安定する前に、戦いを起こす。

この二者択一です。

 

どちらを選んでも一局なのでしょうが、素早く動く(2)の展開の方が先手番の利を活かしていると言えます。そこで井出四段は、▲3八銀と上がり、穴熊に組む権利を放棄します。以下、△3三角▲5六歩△2二玉▲7八金で8筋の隙を消して、▲8六歩から動く準備をしました。先手は金を左辺に上がったので、もう持久戦にはなりませんね。(第3図)

 

後手は▲8六歩からの仕掛けを封じることはできないので、△3二銀と囲いを引き締めて戦いに備えます。しかし、▲8六歩△同歩▲同飛△8五歩▲8八飛△7四歩▲6六角と動いた局面は、早くも先手が一本取っています。(第4図)

 

一般的には、大駒を四~六段目に配置すると相手からの目標になり、逆用されてしまうのが関の山なのですが、この場合は例外で、成立しています。

例えば、第4図から△6四銀と大駒を圧迫するのはセオリー通りの一手ですが、▲7七桂△7三桂▲8四歩で先手良しです。(A図)

 

無抵抗に▲8五桂を喫しては、8筋を突破されてしまいます。△7五歩が最も抵抗力がありますが、▲8五桂△8四飛▲7三桂成△8八飛成▲同角△7三銀▲2五桂と厳しい攻めが続くので、先手の優位は揺るぎません。

 

本譜に戻ります。(第4図)

後手は▲8四歩を打たれるとはっきり悪くなるので、近藤五段は△4五歩と突いて、好ポジションに居座っている角を除去にし行きます。しかしながら、自然に▲7七桂と活用されて苦しい状況には変わりません。▲8五飛から飛車交換になると、先手だけ桂香を取れる環境であることが大きいのです。

 

▲7七桂に対して△7三桂と対抗しても、▲7五歩と桂頭を攻められるので逆効果です。仕方がないので、近藤五段は△6六角▲同歩△4四角▲6七銀△6四歩と指しました。これは飛車交換を防ぐことは諦めて、攻め合いに望みを託した意図です。有効な受けが無いときには、攻め合いを選ぶことが最良の手段ですね。(第5図)

 

とはいえ、先手は飛車交換を挑まない理由はありません。井出四段は▲8五飛とぶつけて、今まで通りの方針を貫きます。

近藤五段は△8五同飛▲同桂△6五歩と反撃しますが、あっさり▲同歩が明るい判断。以下、△9九角成▲8八歩と馬を封じ込めて、好調です。

先手は香損していますが、前述したように自分だけ桂香が取れる状態なので、実質的には駒得しています。(第6図)

 

近藤五段は△5五歩と突き捨てて何とか綾を求めようとしますが、▲7七角が手堅い一手。自陣の外堀を固めながら▲5五角を狙っています。△4四銀は妥当ですが、▲8二飛でいよいよ駒を桂香の回収に向かいます。(第7図)

 

後手はこのまま手をこまねいていては、ジリ貧になってしまうので忙しい局面です。具体的な攻めを見出さなければいけないのですが、何はともあれ△8九馬は絶対手です。気が利かないようですが、働きの悪い大駒の活用は優先度が高く、悪手になりにくいので、これは当然です。

△8九馬に対して、井出四段は▲5五歩で歩を払い、攻めの火種を消します。以下、△4三金▲8一飛成△5六香と進みました。△5六香は垂れ歩の代用のような手なので本筋とは言い難いのですが、尋常な手段では勝ち目がないと見た後手の勝負手です。(第8図)

 

ここは先手がどのようにして有利を拡大するかという局面で、人によって好みが分かれそうです。丁寧に受けるなら▲6八金もあったと思いますが、井出四段は▲5四歩と攻め合いを選びました。これに対して△5七香成は▲4四角△同金▲5三歩成と踏み込めば、次の▲4二銀が厳しいので先手優勢。したがって、△5四同金はやむを得ない辛抱です。しかし、金をそっぽに動かされて、辛い一手でもあります。

井出四段は▲9一竜と香を補充して、着々と寄せの準備を進めます。後手は△5七香成で開き直るよりありません。(第9図)

 

さて。第9図の局面は、先手が桂得で、玉型も広く、遊び駒もないのではっきり先手優勢です。形勢判断を司る三原則(玉型・駒の損得・効率)が全て相手よりも勝っている場合は、積極的に踏み込んでいきましょう。それが最短の勝ちに繋がります。

という訳で、井出四段は▲3六桂と打って後手玉に迫っていきます。△3三銀引は必然手ですが、バッサリ▲3三同角成が鋭い寄せ。△同桂は▲4三香が痛烈なので△同玉と取るしかありませんが、これで敵玉を露出させることができました。以下、▲5五歩△5三金と金を狙って、寄せの網を絞ります。(第10図)

 

ここでは後手の玉と金が三段目に並んでいることに着目して、▲9三竜とそれらの駒を攻める手が有力でした。金取りを受けるには△6三歩しかないですが、▲5四歩が厳しい突き出しで、先手勝勢です。(B図)

 

△同金や△4三金は▲6三竜がありますし、△5二金には▲6四歩が着実な攻めです。先手玉には△4六歩→△4七歩成→△3八とか、△6九飛→△4八成香→△4九成香が最短の攻めですが、詰めろを掛けるには3手ほどかかってしまいます。それよりも▲6三歩成→▲5二との方が速いので、これは明快に先手が勝っていますね。

 

本譜に戻ります。(第10図)

井出四段は▲4四香△同金▲9三竜と指しました。香を捨てた効果で、▲9三竜が王手になっています。このように、駒を捨てる攻めは寄せを加速させる効果があるのですが、この場合は先述したように、着実な攻めで十分間に合っていたので攻め急ぎの感があります。

本譜は▲9三竜以下、△4三金▲4四銀△2二玉▲4三銀成△同銀▲同竜と進みます。駒得しながら攻めているので調子良く見えますが、△3二銀と美濃囲いを再生されると、簡単ではありません。B図と比較すると後手玉を手順に2二へ運んでいることや、竜が近づいてしまった弊害があり、些か、もたついている印象を受けます。(第11図)

 

ここで▲6三竜と逃げる手も考えられますが、△4二香が厄介な粘り。▲4四桂を防ぎつつ、△4六歩▲同歩△同香を見せています。井出四段は修復される順を嫌い、第11図から▲4二金と食い付いていきました。ただ、最大の戦力である竜を渡すので、かなりリスキーな選択であることは確かです。

▲4二金に対し、△4三銀▲4一金の二手は必然。その局面は、後手玉に詰めろがかかりません。ゆえに、近藤五段は△4八香で反撃に打って出ます。先手は金を渡したくないですし、▲3九金は△5九飛でゼットが解除されてしまうので、これも選びにくい。よって、▲5九金は自然な対応ですが、△8六角と攻防手が飛んできました。(第12図)

 

井出四段は自玉の安全を重視して▲6九金と金取りを受けましたが、この手が敗着になりました。実をいうと、先手玉は次に△5九角成で金を取られても斜めゼット(角や銀を渡さない限り、無敵)を維持しているので、受けなくても安全だったのです。

それを踏まえると、第12図では▲4二金打と踏み込んでみたかったです。△5九角成には▲4三金で、先手玉に詰めろが掛からないので先手勝ち。▲4二金打には△3三玉が嫌らしい受けですが、▲5四歩と力を溜めてどうでしょうか。(C図)

 

△5九角成には▲5三歩成で、先手玉に詰めろがないので後手は金を取れません。

C図から△5二歩と受けられた場合は、▲5三歩成△同歩▲2二銀△同玉▲4三金と迫ります。[▲5三歩成△同歩]を利かしたことにより、角道が遮断され▲3一銀が打ちやすくなっていることが、▲5四歩の狙いです。

C図は先手勝ちとは言い切れないのですが、とにもかくにも、先手はこれで勝負するよりなかったように思います。ここがラストチャンスでしたね。

 

本譜に戻ります。(第12図)

本譜は▲6九金と一手緩んでしまったので、△3二銀と後手にも受ける余裕を与えてしまいました。角の利きが強力なので、しっくり来る金の助け方がありません。一回は▲8七歩で角を追ったものの、冷静に△9七角成とかわされて、先手の攻めは頓挫しました。(第13図)

 

井出四段は▲4二銀としがみつきましたが、これは狙いが無く辛い一手です。近藤五段は△4一銀▲同銀成△4六歩▲同歩△4三飛と引き続き先手を催促します。

成銀に働き掛けることで▲3一銀を強要し、△同馬▲同成銀△同玉で攻め駒の一掃に成功しました。持ち駒の物量差が甚だしく、後手の勝ち筋に入っています。(第14図)

 

ここで▲5四角は△4二歩くらいで、やはり切れています。本譜は▲5四歩と突いて種駒を増やしましたが、この最終盤で手番を渡さなければいけないようでは、ダメとしたものです。

近藤五段は最強の手段で勝ちを手中に収めます。△4七銀が全てを見切った一着でした。(第15図)

 

ぱっと見は平凡な手に見えるので、いまいち凄さが分かりにくいのですが、この手は詰めろではありません。対して後手玉には▲6四角△4二歩▲5三歩成で、▲3二金△同玉▲4三と△同玉▲4四飛以下の詰めろが掛かります。つまり、単純な速度計算では後手が負けてしまうので、一目は本当にこれで大丈夫なのかな? という印象を与えるのです。(第16図)

 

 

しかし、△3八銀成▲同玉△4七銀▲2八玉△3八飛▲1七玉△3六銀成が素晴らしい切り返し。最終手の△3六銀成が詰めろ逃れの詰めろになっています。3六の桂を除去すれば、▲4四飛が消えるので後手玉は詰まなくなる仕組みなんですね。(第17図)

 

井出四段は▲3二金△同玉▲4三と△同玉▲4四銀と追いすがりますが、△3二玉で一枚足りません。以下、▲3六歩で首を差し出し、△1六銀で終局となりました。(第18図)

 

▲1六同玉に△3六飛成で一間竜の形になるので、先手玉は即詰みです。

 

本局の総括

 

  • 後手の持久戦志向の駒組みを咎めるべく、速攻を仕掛けたのが好着想。第4図の▲6六角で、模様の良さを具体的な良さに結び付けることができた。
  • 第4図以降も先手は自然な指し手を積み重ねて、どんどんリードを広げた。
  • 第10図から攻め急いでしまったので、形勢が混沌化。駒を渡さない攻めが冷静だった。
  • 第12図から▲6九金が敗着。 結果的には金を逃げた手が一手パスになってしまった。最後は後手が見事な見切りで勝利を掴んだ。

 

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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