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~快刀乱麻の寄せ~ 第68回NHK杯解説記 丸山忠久九段VS斎藤慎太郎七段

今週は、丸山忠久九段と斎藤慎太郎七段の対戦でした。

 

丸山九段は居飛車で、角換わりのスペシャリストとして名高い棋士ですね。攻め将棋で、手堅い勝ち方を選ぶ棋風は激辛流とも称されています。

一回戦では大石直嗣六段と戦い、一手損角換わりを採用して勝利しました。~絶品の凌ぎ~ 第68回NHK杯解説記 大石直嗣七段VS丸山忠久九段

 

斎藤七段は攻守のバランスが良い王道の居飛車党です。丁寧な指し手と、終盤力の高さが斎藤将棋の魅力ですね。

一回戦では杉本和陽四段と戦い、200手を超える激闘を制して二回戦へと進出しました。~200手越えの大激闘~ 第68回NHK杯解説記 杉本和陽四段VS斎藤慎太郎七段(前編)

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯2回戦第11局
2018年10月14日放映

 

先手 丸山 忠久  九段
後手 斎藤 慎太郎 七段

 

初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

角換わりの出だしでしたが、斎藤七段はそれを拒否して雁木に組む指し方を採用します。対して、丸山九段は腰掛け銀で対抗しました。

何気ないところですが、ここで後手は不用意な手を指すと、▲4八飛→▲4五歩という速攻でやっつけられてしまう恐れがあります。よって、斎藤七段は△5四歩▲6九玉△5三銀と手厚く4筋を強化しました。こうすれば、すぐに潰される心配はありませんね。

 

以降は、互いに駒組みに勤しむ手順を続けて、第2図のようになりました。

 

ご覧のように、相雁木ですね。ただし、先手は腰掛け銀型、後手は△5三銀型と微妙に形が異なります。前者は攻め重視・後者は受け重視の構えですね。

 

後手は自分から動く必要がないので、△8一飛で形を整えて待機します。△8一飛は、将来の▲7一角の筋を消すことで、守備力を高める効果があります。雁木系統の将棋では、損にならないパスですね。

逆に、先手は打開する義務があるので、丸山九段は▲4五歩と動きました。(第3図)

 

▲4五歩は次に何か厳しい狙いがある訳ではありませんが、放置していると▲4七金→▲4六金→▲3五歩といった要領で先手の攻めが分厚くなるので、後手もうかうかとはしていられなくなりました。

斎藤七段は△5五歩▲同銀△4五歩と反発し、▲5六歩△4四銀右で威張っている中央の銀を消去しに行きます。

なお、△4四銀右では△5四歩と打つ手も視野に入りますが、▲4五桂△5五歩▲3三桂成△同桂▲5五歩と進められると、後手が面白くありません。(A図)

 

A図は後手が[銀桂⇔角]の二枚替えで駒得ですが、反撃の態勢が整っていないことと、歩切れが祟っているので先手が指しやすい形勢です。A図は次に▲6八角→▲1五歩や▲7二角など、複数の攻め筋が残っていることも、それを後押ししていますね。

 

以上の理由により、後手は△4四銀右が勝ります。(第4図)

ここから▲4四同銀△同銀の二手は必然。後手は、やや形が乱れましたが、▲4五桂を許さないのが肝要です。

反対に、先手は桂を活用したいので、▲5四銀と設置します。これは、△4三金右で盛り上がる手を防止した意味も兼ねていますね。

斎藤七段は△4三銀と合わせて、火の粉を振り払おうとしますが、▲4五銀△同銀▲同桂△4二角と進んだ局面は、桂を跳ねることができたので先手の言い分が通ったと言えるでしょう。(第5図)

 

第5図は、互いに同じ囲いで駒の損得もありません。そうなると、右桂を五段目に跳ねている分、僅かながら先手が良さそうです。

しかしながら、4五の桂は見るからに不安定で召し取られてしまうリスクも内包しています。なので、先手は忙しいように見えるのですが、じっと▲2九飛が冷静な一着でした。

この手の意味は、将来の△6四角や△4六角を未然に避けることで、強気に戦えるようにしています。雁木と下段飛車は相性の良い組み合わせで、後手の△8一飛と同様ですね。

 

▲2九飛に対して、後手は△4四歩と打てれば話は早いのですが、▲5三銀△同金▲同桂成△同角▲7二金という返し技があります。(B図)

 

△8三飛には▲7三金△同飛▲6五桂があるので、先手は確実に桂が取れます。こういったときに、▲2九飛が光っていますね。

B図は相手の囲いを崩しながら攻めていることや、後手が歩切れであることが大きく、先手が互角以上に戦えます。後手は△4四歩が無駄な一手になってしまうので、選びにくい変化でしょう。

 

本譜に戻ります。(途中図)

そのような背景があったので、斎藤七段は△8六歩と攻めを選びました。▲同歩は△8五歩の継ぎ歩が嫌らしいので、▲同角は無難ですが、△同角▲同歩△3七角が期待の一打です。(第6図)

 

次は、もちろん△4六角成の王手桂取りが狙いです。部分的には▲8八玉と早逃げする手が自然ですが、△8五歩が控えているので指しにくいですね。

ゆえに、丸山九段は▲5五銀で王手桂取りを防ぎました。これなら△8五歩は大丈夫。ただ、銀を使ってもらったので、後手も△4四歩を打てるようになりました。(第7図)

 

先手はのんびりしていると、△3八銀▲6九飛△2六角成から馬の力で上部を開拓される手が厄介です。なので、先手は何か手を作る必要があります。例えば、▲7二角から馬を作って、後手の飛車や7三の桂をいじめる方針は候補の一つですね。

 

しかし、丸山九段はそれでは手緩いと見て、▲7五歩△同歩で桂頭に傷を作り、▲2四歩と2筋に手を伸ばしました。先手はいずれ▲7四歩を打つのですが、その前に後手の囲いを弱体化させようとしています。(第8図)

 

さて。ぱっと見は取るしかなさそうな突き捨てですが、ここは狙い筋の一つだった△3八銀を打つチャンスでした。感想戦で斎藤七段がこうすべきだったとのコメントを残されています。

確かに、この瞬間に銀を打てば、先手は▲6九飛の一手。ですが、飛車を横に逃げると、▲2四歩との関連性が薄まるのが痛いんですね。

以下、△5四歩と催促すれば、先手の▲7五歩△同歩▲2四歩という三手を咎めることが出来ていました。(C図)

 

もらった一歩をピッタリ運用できているので、巡り合わせの良さを感じる展開です。ここから▲5三角△2二玉▲4四銀が一例ですが、△4六角成で王手桂取りを掛けて後手も十分に戦えるでしょう。

 

本譜に戻ります。(第8図)

実戦は△2四同歩▲2三歩△同金▲2五歩△同歩利かしを全て甘受してしまったので、陣形がずいぶんと傷んでしまいました。丁寧な指し手を尊重する斎藤七段の棋風が裏目に出てしまった印象です。

後手陣を弱体化させたので、丸山九段は満を持して▲7四歩を放ちました。(第9図)

 

▲7四歩は着実な攻めで切らすことはできないので、もう後手に「受ける」という選択肢はありません。加えて、△4五歩▲7三歩成で桂を取り合うのは、と金を作られる分、後手が損な取引になるので、△4五歩も選択肢から消えています。

 

したがって、斎藤七段は△5七歩から反撃を開始します。先手はどう応じても囲いが歪むので、▲4七金と角に当てました。

以下、△5五角成▲同歩△3八銀▲7三歩成△2九銀成▲6三とと両者、騎虎の勢いで斬り合います。長いようでも、後手が△5七歩を選べば、ここまでは一本道ですね。(第10図)

 

後手は△4九飛がメインの攻め筋ですが、その前に△8七歩が小味な一手。相居飛車の終盤では頻出する手筋です。取られても放置されてもプラスに作用するケースが多いので、非常に使い勝手が良い技ですね。

丸山九段は▲5二とで踏み込みますが、△4九飛▲6九桂と進んだ局面は、後手に光明が差していました。(第11図)

 

結論から申し上げれば、ここは△5八歩成が有力でした。以下、▲同銀に△5九飛成とにじり寄る手が詰めろになっているのです。(D図)

 

すなわち、ここで▲2四歩などで攻めようものなら、△8八銀▲同金△同歩成▲同玉△8六飛で先手玉を即詰みに討ち取れます。(E図)

 

▲8七歩と受けるくらいですが、△5八竜▲7八金△8七飛成▲同玉△7六金▲9七玉△8六銀で捕まっていますね。(F図)

 

しかしながら、D図が詰めろ銀取りならば、後手の勝算が高い終盤戦だったと考えられます。

 

本譜に戻りましょう。(第11図)

斎藤七段は△6八歩と指しましたが、相手にせずに▲8七金が好判断でした。後手は6八に歩がいるお陰で、△6九飛成→△6七竜で銀を取ることができません。ここで勝利の女神は後手にそっぽを向きました。(第12図)

 

後手は詰めろを掛け続けることができないので△5二銀と粘りましたが、▲2四歩△同金▲3三角が快刀乱麻の寄せ。金を持っていない後手には受ける術がありません。(第13図)

 

斎藤七段は△6九竜▲8八玉△3三桂▲同桂成△7六桂と駒を蓄えてから王手を掛けましたが、これは形作り。▲9七玉と逃げて先手玉は、はっきり詰みません。実戦はここで終局となりました。(第14図)

 

ここから王手を掛けるには、△7九角くらいしかありませんが、▲8八桂で先手玉は不詰みです。また、後手玉は必至なので投了は致し方ありません。

 

 

本局の総括

 

序盤は互角だが、先手は労せず先攻できているので、まずまずの立ち上がりと言えるだろう。
▲2九飛が冷静な手で、これにより4五の桂が死なない形になった。
第7図では▲7二角から気長に攻めるほうが勝ったか。本譜は果敢に攻めたが、歩を大量に渡すので良いことばかりではなかった。
後手は第11図から△6八歩が敗着。ここでの選択が勝敗の分かれ目だった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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