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~手得を活かした位取り~ 第68回NHK杯解説記 竹内雄悟四段VS阿久津主税八段

今週は、竹内雄悟四段と阿久津主税八段の対戦でした。

 

竹内四段は振り飛車党で、受け将棋。形にとらわれない指し回しと粘り強い棋風が持ち味で、非常に独特な将棋を指される棋士です。

阿久津八段は居飛車党で、軽快な攻めを好む棋風です。また、序盤で工夫されることも多く、構想力の高い棋士という印象を持っています。

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第18局
2018年7月29日放映

 

先手 竹内  雄悟 四段
後手 阿久津 主税 八段

 

初手から▲5六歩△3四歩▲5八飛△4二銀▲7六歩△4四歩▲6八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

竹内四段が初手に▲5六歩で中飛車を表明したので、阿久津八段は相振り飛車を選びました。相振り飛車になれば、中飛車よりも向飛車のほうが相手の玉を攻めやすいだろうと後手は主張しているわけですね。

近年では中飛車側は相手が飛車を振ったことに着目して玉を左側に囲う手法が編み出されていますが、本局では左の銀が5七にいるので、それは噛み合わない印象です。したがって、竹内四段は▲5六銀△5二金左▲4八玉△6二玉▲3八銀△2四歩▲3九玉と自然に右側へ玉を囲いました。(第2図)

 

後手も自然に△2五歩と飛車先の歩を伸ばしますが、▲6五銀が積極的な一手。以下、△7二玉▲5四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛と足早に銀と歩を交換して駒を捌いていきます。先手は狙い通り、攻めの銀を駒台に移動させることができました。(第3図)

 

後手はいいように動かれていて面白くなさそうな序盤戦に見えますが、実は既に先手を上回る利点を持っています。それは、手得です。

第3図は互いに銀と歩を持ち合っていますが、これらの駒が動いた手数を数えてみましょう。

 

手の損得

 

先手 銀→5手 歩→3手 計8手
後手 銀→3手 歩→1手 計4手

 

これらの手数が駒交換によって盤上から消失したので、先手は4手分、損をしている計算になる。
このように、同じ駒を交換した場合、たくさんその駒を動かした方が手損になるので、そこは注意する必要がある。

 

後手としては早く戦いを起こして、先手の手損を咎めるような展開にできれば理想的です。阿久津八段は△6二銀▲5六飛△4三金と指しました。これは、囲いは簡素に済ませて、攻めの形を作ることを優先した構想です。前述の理想を実現するため、後手は速攻狙いです。(第4図)

 

さて。何気ない局面でしたが、ここは序盤の勝負所でした。本譜は▲2八玉で美濃囲いに入城したのですが、当たりが強くなってしまう嫌いもあるので、一長一短でした。

代えて、第4図では▲9六歩か▲8六歩と突いて、攻め味を見せておく方が良かったように思います。これらの手はマイナスになることはありませんし、後手が△6二銀と上がったところなので、逆方向の8・9筋を狙ってみたいところでした。

本譜は▲2八玉に対し、△4五銀が機敏な一着でした。(第5図)

 

これには▲5九飛と引くよりないですが、飛車の横利きが消えたので後手は美濃囲いの防御力を下げることができました。加えて、飛車を強制的に移動させることで、さらに手得を拡大できた利点もあります。

▲5九飛に△3五歩と圧力を掛けて、いよいよ先手陣を攻撃する準備が整いました。竹内四段は▲4六歩△3四銀で銀を引かせてから▲8六歩と突きましたが、後塵を拝している感は否めません。(第6図)

 

阿久津八段は満を持して△2六歩▲同歩△4五歩と仕掛けて行きます。以下、▲3三角成△同桂は必然。そこで先手が何をするのかが問題です。

後手陣は8筋が最弱点なので、(1)▲8五歩と伸ばす手は魅力的です。しかし、△4六歩▲8四歩△同歩(a)▲8五歩△2七歩の攻め合いは後手が優勢です。(A図)

 

▲同銀は△4七歩成。▲同玉は△4五角が強烈です。後手は▲8四歩と取り込まれても、△8二歩を打てば小康を保てるのが大きいですね。

 

どうも単純な攻め合いでは先手の分が悪いようです。では、(a)の局面で▲8二歩△同玉▲5二銀と過激に迫るのはどうでしょうか。一見、技が掛かったようにも見えますが、△同金▲同飛成△同飛▲6一角に△5一銀が冷静な対応で、後手が受け切っています。(B図)

 

本譜に戻りましょう。後手が△3三同桂と応じた局面ですね。(途中図)

 

(1)の▲8五歩は攻め合いの姿勢でしたが、それでは後手の旗色が良いことが分かりました。では(2)▲4五歩で受けに回るのはどうでしょうか。

しかし、△3六歩▲同歩△3五歩などが一例で、うるさい攻めが続きます。先手は飛・角・銀・桂の4枚で攻められている上に、6九の金が遊んでいるので受け切りは到底、望めないでしょう。

そこで、本譜は発想を変えて▲3一角と飛車を責めました。飛車を横に動かすと攻撃力が低下するので△2一飛は自然ですが、▲2二銀で強引に飛車を詰ましてしまいました。先手はこれで自玉の危険を緩和させることが目的です。(第7図)

 

しかし、阿久津八段は飛車を取られることは織り込み済みでした。△3一飛▲同銀不成△3六歩▲同歩△6四角が絶好のカウンターです。「角筋は受けにくし」という格言通り、先手玉を射貫くスナイパーとなりました。(第8図)

 

先手は3一の銀を取らせる訳にはいかないので、何か受ける必要がありますが、▲4一飛では△3二角で今度は飛車が取られてしまいます。

辛抱するなら▲2二銀不成△4六歩▲5五歩ですが、△4五桂が味の良い活用で、後手の優位は揺るぎません。(C図)

 

次に△5八歩▲同飛△5七歩と飛車先を押さえてから△5五角と進出する手が狙いで、先手はこれを防ぐことができません。
 

本譜に戻ります。(第8図)

竹内四段は、ただ受けるだけの手では勝ち目が無いと見て▲5三歩と妖しく歩を垂らして勝負に出ます。ですが、構わず△4六歩が勝ちを見切った踏み込み。以下、▲3七桂△4五桂執拗にコビンを攻めて後手勝勢です。(第9図)

 

ここで▲4八金と受けに回っても、△3七桂成▲同銀△4五桂で五十歩百歩ですし、△5七歩で飛車先を止められる手もあります。よって、▲5二歩成で攻め合うのはやむを得ませんが、△4七歩成が激痛です。先手玉は詰めろで後手玉はゼット。明快に後手の一手勝ちです。

竹内四段は▲6二と△同金▲4六歩△同角▲4八銀と粘りましたが、△2七歩が軽妙な決め手。ここで終局となりました。(第10図)

 

(1)▲2七同銀は△3七と以下詰み。(2)▲2七同玉は△3七桂成▲同銀左△同角成▲同銀△1五桂で寄っています。(D図)

 

4七のと金を残しながら攻めるのが大事なところで、それによって先手玉を左辺に逃がさない効果があります。どこかで△3八とや△4八とで先手の銀と交換してしまうと、寄せに一苦労する羽目になります。

目先の駒の損得ではなく、攻めの足掛かりとなっている種駒を残しながら迫ることが寄せのコツです。阿久津八段の寄せは、まさにそのセオリー通りの組み立てでしたね。

 

 

本局の総括

 

先手は第4図からの▲2八玉が緩手だったか。攻めの形を作ることを優先した方が良かった印象だ。
△4五銀が好着想で、後手がリードを奪う。手得を位取りに回すことで、先手玉を圧迫することができた。
中盤は後手の攻めが強力で、先手が苦戦する展開。△6四角がクリーンヒットして、決定的な差が着いた。
全体的に先手は手損が響いて、後れを取ってしまった。裏を返せば、阿久津八段のスピード感のある攻めが巧みだった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

2 COMMENTS

るなは

たまたまたどり着いて初めて拝見させて頂きました。局面の画像付きですごく丁寧に解説されていて大変分かりやすかったです。私は素人の「観る将」で、ただ毎週NHK杯を見ているだけなのですが、対局内容の復習になって大変勉強になりました。是非これからも毎週続けて頂きたく存じます。

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あらきっぺ

はじめまして。
ご高覧ありがとうございます。私は解説記事を書くにあたって、なるべく簡潔に局面の状況を言語化することを心掛けているのですが、その意図が伝わったようで、とても嬉しく思っています。今後もご覧いただけると何よりです。

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