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第69回NHK杯 広瀬章人竜王VS三浦弘行九段戦の解説記

NHK杯 広瀬

今週は、広瀬章人竜王と三浦弘行九段の対戦でした。

 

広瀬竜王は居飛車党で、攻守のバランスが取れた棋風です。序盤は無難に進めて、中終盤の切れ味で勝負する後半追い込み型の将棋を指される棋士ですね。

一回戦はシードだったので、二回戦からの登場です。

 

三浦九段は居飛車党で、攻め将棋。自分の得意な戦型を突き詰めて研究するタイプです。また、局地的な攻防において力を発揮することも特徴の一つですね。

一回戦では片上大輔七段と戦い、先手中飛車を撃破して二回戦へと進出しました。
NHK杯第69回NHK杯 片上大輔七段VS三浦弘行九段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯2回戦第10局
2019年10月20日放映

 

先手 広瀬 章人 竜王
後手 三浦 弘行 九段

序盤

 

初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7六歩△3四歩▲7八金(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は横歩取り。先手は猛威を振るっている青野流を採用しています。対して、三浦九段は△4二玉型に構えて対抗しました。この指し方は一時期は主流でしたが、ここ最近は消極的な作戦と見なされており、下火になっています。あえてその指し方を選んだ三浦九段にどのような策があるのか、注目の立ち上がりになりました。

 

この戦型で後手は中原囲いに組むことが殆どなので、第1図では△5一金と寄る手がポピュラーではあるのですが、三浦九段は△2七歩と指しました。これは、▲同銀なら△8八角成▲同銀△3三歩▲2四飛△2八角で桂香両取りを掛ける狙いを秘めています。(A図)

 

ただ、この両取りは▲5九角△8二飛▲1八香と進めれば受けることが出来るので、そこまで大きな戦果が上がっている訳ではありません。とはいえ、こういった乱戦になれば後手は受け身の姿勢を回避できるので、それなら不満無しと見ているのでしょう。

 

本譜に戻ります。(途中図)

広瀬竜王は△2七歩に対して誘いに乗らず、▲2九歩と指しました。以下、△5一金▲8七歩△8二飛▲3五飛と穏やかに進める方針を選びます。

青野流は二枚の桂を中央へ跳ねて果敢に攻めることが趣旨ですが、本局に於いては後手が早めに歩を手放しているので、持久戦に持ち込むのも有力な指し方になっています。広瀬竜王が穏便な手を選んでいるのは、こういった背景があります。(第2図)

 

後手は囲いが完成したので、そろそろ攻め駒の運用を考えたいところ。そこで、三浦九段は△7四歩と指します。これで後手は8一の桂を使う目処が立ちました。

しかし、この手を見て広瀬竜王はアクションを起こします。▲3三角成△同桂▲7七桂が機敏な対応でした。(第3図)

 

これは、後手の桂を活用を抑止した意味があります。すなわち、△7三桂には▲7五歩△8四飛▲5六角で桂頭を攻める手がありますね。こういったとき、7七の桂が相手の桂の行き先を阻むストッパーになっていることが分かります。後手は3四に傷を抱えているので、桂交換は旗色が悪いのです。

 

桂が跳ねられなくなったので三浦九段は△6四角という意表の手段を繰り出しましたが、▲6五飛で飛車のポジションを変えたのが巧みな対応でした。(第4図)

 

一見、ぼんやりとしていて意図がわかりにくいのですが、これは次に▲6六飛→▲3五歩→▲3四歩で3三の桂を攻めることが狙いです。ひいては、その確実な攻めを見せることで、相手の無理攻めを誘発している意味もあります。

 

第4図は先手のみ角を持っている上に、確実な攻めも用意できているので先手が一本取っている格好です。序盤は広瀬竜王が上手く立ち回ったと言えるでしょう。

 


中盤

 

前述したように、後手は手をこまねいていると▲6六飛→▲3五歩でどんどん状況が悪くなっていくので攻めて行くより道はありません。

三浦九段は△7五歩▲6六飛△7二飛で先手の桂頭を狙いますが、これは▲8三角と打たれてしまうので、高い成算があった仕掛けではなかったでしょう。以下、△7一飛▲7五歩△同飛▲6五角成で先手は首尾よく馬を作り、不満のない進行です。(第5図)

 

ここで飛車を引いてしまうと▲7四歩で完封されてしまうので話になりません。よって、△6五同飛▲同桂△5五角打でとにかく暴れていきます。

ただ、この攻めでは飛と角を交換し合っているだけなので、先手は飛車を取られても特にダメージは負いません。広瀬竜王は▲7三歩で垂れ歩を設置します。△7七歩は嫌味な叩きですが、▲8八金とかわしておけば致命傷には至りません。

 

この辺りは後手がぐいぐいと攻め込んではいますが、先手は相手の手に乗って自分だけ攻めの桂を活用することが出来ています。つまり、ポイントを積み上げているのは先手のほうであることが分かりますね。(第6図)

 

さて。後手は飛車を取ることが出来るものの、△6六角を指すと△3七角成という狙いが消えるので一長一短なところがあります。

したがって、本譜は△7三桂▲同桂成△同角でと金攻めのケアを優先しましたが、これで先手は▲3四桂が打てるようになりました。さっそく打ってみたいところですが、その前にじっと▲7六飛と寄り、「やって来い」という姿勢を取ったのが好判断でした。(途中図)

 

後手は当然、△3七角成と突進してきますが、これで先手は角を入手することが確定しますね。ということは、攻撃に使える駒が[飛飛角桂]の四枚になり、先手の攻めは途切れなくなることを意味します。要するに、反撃に転じたときの威力を最大化させるために、▲7六飛と寄ったということなのですね。

 

△3七角成に対して広瀬竜王は、満を持して▲3四桂を放ちます。以下、△3一玉▲7四歩△6四角▲3七銀△同角成▲7三歩成で後手陣の攻略を目指しました。(第7図)

 

このと金の取り方は二通りありますが、△同馬だと▲同飛成△同銀▲8一飛△6一桂▲8三角という要領で支えきれません。(B図)

後手は盤上に馬を残しておくほうが耐久力があります。なので、ここは△7三同銀が妥当なところでしょう。とはいえ、これも▲8一飛△6一桂▲8三角がうるさいですね。△5二銀はやむを得ない投資ですが、▲2二桂成△同玉▲9一飛成で先手は飛香交換の戦果を上げることが出来ました。(第8図)

 

▲7六飛と寄った局面は駒の損得が五分だったことを顧みると、先手が着実に優位を拡げていることが分かりますね。後手は駒損の上に持ち駒が桂だけなので、先手陣に迫る手段が難しいことも悩みのタネです。

 

第8図は駒の損得と玉の安全度に差があることから、先手が優勢と判断できるでしょう。先手は序盤で得たリードを縮めることなく、終盤戦まで漕ぎつくことに成功しました。
 



終盤

 

後手は次に2筋に香を打たれる手が嫌味なので、理想を言えば△2八歩成の成り捨てを入れたいところです。けれども、それには▲4六銀が痛打なので、残念ながらその余裕はありません。

 

そういった事情があるので本譜は△8二銀と引きましたが、▲2四香△3一玉▲8二竜△同馬▲2三銀で後手玉には詰めろが掛かってしまいました。△4二金上は妥当な対応ですが、広瀬竜王は▲7二飛成と踏み込んでケリをつけに行きます。(第9図)

 

後手はずいぶんとパンチをお見舞いされましたが、その代償に手駒を溜めることが出来たので、ようやく攻め合いを挑める態勢になりました。三浦九段は△8三馬▲同竜△5五桂で先手玉にプレッシャーを掛けます。

△5五桂は先手玉のコビンから攻めることを視野に入れています。ゆえに、広瀬竜王は▲5六角と指しましたが、ここは「桂頭の銀、定跡なり」という格言に倣って▲5六銀と守るほうが賢明だったでしょうか。

 

本譜は角を打ってしまったので、△4五角という勝負手を与えてしまいました。(第10図)

 

NHK杯 広瀬

▲同角△同桂と進めてしまうと、後手に攻め駒が無条件で前進しているので先手は良い理屈がありません。仕方がないので本譜は▲8二竜で攻め合う姿勢を取りましたが、これでは直前の△5五桂を無視している計算になるので、先手玉は危険極まりない格好です。後手にとっては、千載一遇のチャンスが訪れていました。(途中図)

 

勝負の分かれ目!

 

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この局面は後手も自玉が危険な状態ではあるのですが、2四の香を消し去ってしまえば小康を得ることが出来ます。それを踏まえると、ここでは△6七桂成▲同玉△6四飛が有力でした。(C図)

 

 

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先手は▲5八玉と引くくらいですが、△6六桂でさらに追撃します。玉を6筋に逃げると△7八桂成で被害が悪化するので▲4八玉とかわすことになりますが、△2四飛▲3二銀成△同玉と進めておけば、後手は2筋の嫌味を解消できるので自玉がかなり安全になりますね。(D図)

 

 

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途中で[△6六桂▲4八玉]の利かしを入れておくのが大事なところです。先手玉を4八に運ぶことで△2六角の筋を作ったり、左辺の金銀の働きを劣化させていることが後手の自慢ですね。

 

後手としては、とにかく2筋の攻め駒を一掃して自玉の寿命を延ばすことが急所でした。これなら玉の安全度で優位に立てるので、勝算のある終盤戦だったでしょう。

 

本譜に戻ります。(途中図)

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三浦九段は△5六角と指しました。これは角を取るのでごくごく自然な一手なのですが、一瞬、先手に手番を与えてしまったことが大きな違いを生んでしまったのです。

広瀬竜王は▲2二銀打△4一玉の交換を入れてから▲5六歩で手を戻しました。角を取る前に王手を利かしたことに注目してください。(第11図)

 

NHK杯 広瀬

基本的に後手は2四の香を除去しないと安全を確保できません。よって、本譜は△4七桂成▲同玉△4四飛で王手香取りを掛けます。以下、▲4六桂△2四飛で香を取り払うことは叶いましたが……(途中図)

 

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ここまで進んでみると、先手が[▲2二銀打⇔△4一玉]の交換を入れておいた効果が見えてきました。つまり、2二に銀が残っているので、先手はここから▲3二銀成△同金▲3三銀不成△同金▲4五桂と畳み掛けることが出来ますね。

 

要するに、後手は2二に銀を打たれる前に2四の香を抜いておかないといけなかったのです。本譜はそのタイミングが一瞬、遅れたので、先手に付け入る隙を与えてしまいました。(第12図)

 

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△3二金と逃げるのは致し方ありませんが、▲6二金△5一香▲5二金△同香▲3三銀で詰めろ飛車取りが掛かり、いよいよ後手陣は受けが利かなくなりました。

かくなる上は、斬り合いに活路を求めるより無いところ。三浦九段は△6九角▲5八角で合駒を使わせてから△6五桂と迫ります。これで一時的には、彼我の体勢をひっくり返すことが出来ました。(第13図)

 

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先手玉は△5七金▲3七玉△2六銀からの詰めろです。対して、後手玉はまだ不詰め。そうなると先手はピンチのようですが、広瀬竜王は見事な手順でこの難題を切り抜けます。

まずは▲3二銀成△同玉▲5二竜△2三玉▲4三竜で網を絞り、△1二玉で端に追い詰めてから▲2六香と犠打を放ったのが爽やかな返し技でした。詰めろ逃れの詰めろですね。(第14図)

 

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この地点を埋めてしまえば△2六銀という王手が消えるので、先手玉は詰み筋が消えています。後手が△2六同飛と応じるのは必然ですが、▲6九角がまたも詰めろでは勝負の帰趨が見えてきました。

 

三浦九段は△2二銀で抵抗しますが、▲3三桂成で増援が利くのでもう粘れません。以下、△3一銀打▲2一角で後手玉はマットに沈みました。(第15図)

 

NHK杯 広瀬

これは△同玉の一手ですが、▲3二金△1二玉▲2二金△同銀▲2一銀で後手玉は即詰みです。(E図)

なお、実戦は第15図の局面で終局しています。

 


本局の総括

 

序盤は後手の主張が乏しく、先手の作戦勝ち。△7四歩を見て角を交換したのが機敏な着想だった。
その後も先手は自然な手を積み重ねてリードを拡大していく。後手は攻勢ではあるものの、不本意な形で攻めさせられている。
先手は順調に事を運んでいたが、△4五角という勝負手を喫して流れが変わる。直前の▲5六角が危険な受け方だった。
後手はチャンスが訪れていたが、王手香取りを掛けるタイミングを誤り、形勢を損ねる。そこからも懸命に食い下がったが、▲2六香が追撃を振り払う快打で、広瀬竜王が逃げ切った。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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