どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年7月第1週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.7/5~7/11)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。角換わり腰掛け銀の定跡形から、苛烈な戦いが展開され、このような局面を迎えました。(第1図)
2020.7.9 第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局 ▲藤井聡太七段VS△渡辺明棋聖戦から抜粋。(棋譜はこちら)(便宜上先後逆で表示)
先手が▲8七金と上がって、金取りを受けたところです。
この局面の状況を簡単に整理すると、
・後手は詰めろを掛け続ければ勝ち。
・▲4三成銀は△4二歩で受かる。
・▲8一歩成は許せない。
この三つが大前提です。要するに、後手は▲8一歩成で飛車を取られる前に、先手玉を寄せ切ってしまえば良いという訳ですね。
ここで寄せに向かう手は複数の候補手がありますが、渡辺棋聖の組み立てはとても明瞭なものでした。
馬を近づけて、金に狙いを定めたのが妙手でした!
見た目はぼんやりとしているようですが、これが冷静な一着でした。
なお、この手に代えて△8六歩と叩くほうが厳しく見えるかもしれません。ただ、▲同玉△9八飛成▲9七金打と粘られると、少しまどろっこしいところがあります。(A図)
この変化は、先手の玉を手順に上に逃がしているところが良くないところと言えますね。
そういった背景があるので、じっと馬を潜っておくほうが賢明なのです。
さて。これは次に△9八飛成▲同玉△9五香からの詰めろになっています。ゆえに、本譜は▲9四歩と香を取って詰めろを解除しましたが、そのタイミングで△8六歩と叩くのがスマートな寄せでした。(第2図)
先程と同様に▲同玉△9八飛成▲9七金打と進めると、△8七馬▲同金△9五銀で先手玉は詰みですね。(B図)
[△7八馬⇔▲9四歩]という交換を入れたことで、後手は寄せやすい形を作ることが出来ていることが読み取れます。
また、ここで▲8六同角と応じるのも、△9六歩▲同玉△9八飛成と追い立てれば8七の金が取れるので、これも寄り筋に入っていますね。しかし、この歩が取れないようでは、もはや先手に受けはありません。以降は渡辺棋聖がしっかりと着地を決めました。
この△7八馬は淀んだ手に見えますが、8七の金をターゲットにすることで、後の△8六歩の威力を高めていたことが分かります。また、この変化は先手玉の上部脱出を促していないので、A図の変化よりも条件が良いことも自慢ですね。
△7八馬は地味な手ではありますが、紛れを断ち切る正確無比な妙手でした。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。後手の四間飛車に先手がelmo囲い急戦を決行して、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.7.9 第79期順位戦B級1組2回戦 ▲屋敷伸之九段VS△久保利明九段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
後手が△6五角と攻防手を放ったところ。
先手は角か銀を持っていれば簡単に勝てる局面ですが、現状ではそれがないので良い攻めがありません。また、先手玉は相手の駒に包囲されており、部分的には受けが利きません。
ところが、次の一手で戦況は大きく変わります。将棋には、こんな良い手があるものなのですね。
桂を打って8七の銀の動きを封じたのが妙手でした!
これが絶体絶命のピンチを切り抜ける一着です。結論から述べると、これで後手は先手の玉に手出しができません。
ちなみに、第3図では▲7六桂と打つ手も目に映るところではあります。けれども、これは△同銀成▲同香△7四桂と指されると、先手玉は息を引き取ってしまうのです。(第4図)
(1)▲同 歩は、△7五銀▲同香△8七金。
(2)▲8七玉は、△7六角。
いずれも、先手玉は仕留められてしまいます。
このように、上から桂を打っても上手くいきません。ところが、あえて下から桂を打つと、とても面白いことになっているのです。
さて。後手は8七の銀が邪魔駒なので、先手玉を詰ますにはこれを移動させる必要があります。ただ、△9六銀成では▲同桂が逆王手になるので、敵に塩を送ることになってしまいます。(C図)
つまり、後手は9六や7六に銀が動かせないのです。
また、後手はこの桂を△同銀成と取ると、▲9五金△同歩▲9四飛という手順でトン死してしまいます。(D図)
▲8八桂は何だか頼りなさそうな受けに見えますが、8七の銀を釘付けにする効果があるので、非常に抵抗力のある受けになっているのです。
仕方がないので、本譜は△6九角と打ちました。これは△9六銀成からの詰めろですが、▲7六桂打△同角▲同香が絶好の切り返し。後手は6五の角を除外されると、手段に窮しているのです。(第5図)
後手は相変わらず△9六銀成や△7六銀成の筋が指せないので、先手玉に迫る術がありません。どんな攻めを実行しても、最終的には全て逆王手で跳ね返されてしまうのでどうにもならないのです。
また、この局面は次に▲9三角からの詰めろが掛かっているので、後手は受けても一手一手です。以降は、屋敷九段が危なげなく勝利を収めました。
▲7六桂と近づけて打つと上手くいかないが、▲8八桂とあえて離れた場所に桂を打てば受かっているという仕組みは、なかなかにトリッキーであり、まさに絶妙ですね。「控えの桂に好手あり」という格言通りの一着でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これはインパクトのある妙手でした。トップ棋士の技量の高さは凄まじいものですね。(第6図)
2020.7.8 第46期棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲金井恒太六段VS△木村一基王位戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
先手が▲9二同馬で、香を取ったところです。
後手は先手玉を端まで追い詰めていますが、現局面では飛香損なので、ここで寄せ切ってしまわないと体力負けの懸念が浮かび上がってきます。
どこから着手するか悩ましいところですが、木村王位の寄せは尋常なものではありませんでした。
角を捨てて7八の金を移動させるのが妙手でした!
まさに度肝を抜かれる一着ですね。こんな手が成立しているとは、ただただ驚愕です。
なお、この手に代えて△6六角と離れた場所から打ってしまうと、▲5六馬と引かれて泣きを見ることになります。(E図)
この馬引きが味の良い攻防手なので、後手はそれを許さないような攻めを行う必要があるのですね。その具体案が、△7七角になるのです。
さて。先手はこんな所に角を残す訳にはいかないので、▲7七同金と応じるのは妥当でしょう。対して、△9七銀▲同桂△8八銀と畳み掛けるのが踏み込むのが△7七角からの継続手になります。(第7図)
後手は腹銀の形を作りたかったので、7七に角を捨てる荒業を実行したのですね。
また、9七へ銀を捨ててから△8八銀と打ったのが卒のない手順です。単に△8八銀と打ってしまうと、▲6六角△4四歩▲8六歩という粘りを与えるので、最善ではありません。(F図)
こういった事情があるので、予め[△9七銀打▲同桂]のやり取りを入れておくことが大事なのです。こうしておけば、▲8六歩から脱走される心配は皆無ですね。
さて。これで後手は敵玉を受け無しに追い込むことが出来ました。問題は、角と銀を渡したことで、自玉の安全度がどうなっているかです。
先手は▲6六角△4四歩▲4五桂から詰ましに行きましたが、△2二玉▲4四角△1三玉が正しい対応。これで有効な王手が続きません。(第8図)
ここから無理やり王手を続けるなら▲2二銀ですが、△同金▲同角成△同玉と進んだ局面は、どうも駒が足りません。この後も王手ラッシュは続きましたが、木村王位が正確に逃げ切っています。
こうして振り返ってみると、後手は△7七角と捨てることで寄せがスピードアップし、その結果、▲5六馬という攻防手を指させないようにしていることが分かります。
それにしても、焦点に角を捨てるという着想。及び、角と銀を渡しても自玉が耐えていると見切った読みの力は、まさにタイトルホルダーの名にふさわしい勝ち方でした。△7七角から△9七銀という踏み込みは、豪胆かつ繊細な妙手順でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!