どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年2月第5週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.3/1~3/7)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。相掛かりから先手が果敢に攻め、後手がそれを凌ぐという構図になり、このような局面になりました。(第1図)
2020.3.3 第78期順位戦C級1組10回戦 ▲塚田泰明九段VS△増田康宏六戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
先手の攻め駒は[馬・角・桂]の三枚なので細いことは確かなのですが、後手は5三の地点が増援しにくい配置なので、見た目よりも受けが難しい局面です。例えば、△5二金には▲7一角の痛打を喫しますね。
後手は受けに適した持ち駒もなく対処に困ったかと思えましたが、増田六段は強靭な受けを用意していました。
馬の利きを遮って、「飛車を取れ」と強要したのが妙手でした!
これが先手の攻めに歯止めを掛ける防壁でした。馬の利きを遮断することが、最優先事項の一つなのです。
なお、同じようでも△6四飛と打つと、先手は飛車を取ってくれません。具体的には▲4六角で6四の飛をロックしてきます。これは打った飛車の働きが悪く、後手は芳しくありません。(A図)
ですが、7五から飛を打てば金桂両取りになっているので、先手は「取らない」という選択肢を取ることは不可能になります。
したがって、ここから▲同馬△同歩は必然ですが、これで後手は▲5三桂成を防ぐことが出来ましたね。
先手としては、あの桂を5三に成り込まないと攻めが続きません。なので本譜は▲5三角と放り込みましたが、じっと△8五飛が堂々とした一着。中央の受けを放棄しているようでも、これが最良の防御なのです。(第2図)
▲7五角成を封じていることが、この手の自慢ですね。ここで▲2六角成と指しても、△4四角があるので無効化されてしまいます。
先手は相変わらず攻め駒が三枚ですし、四枚目の援軍を送る手段をありません。攻めが続かないようでは大量に歩損しているので非勢は明らかですね。以降は、増田六段が無理攻めを咎めて勝ち切りました。
第1図では、▲5三桂成を許さないこと。及び、先手の馬を盤上から消し去ってしまうことが急所でした。その二つを両立する手が△7五飛だったという訳なのですね。飛車を受けに使うのは気付きにくいものですが、理想を実現するクレバーな妙手でした。
第2位
次にご覧いただきたいのは、こちらの将棋です。相居飛車の力戦形から互いにアグレッシブに攻め合う将棋になり、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.3.6 第33期竜王戦1組ランキング戦 ▲羽生善治九段VS△佐藤康光九段戦から抜粋。
先手玉には△8八角▲9六玉△9五香からの詰めろが掛かっており、平凡な受けでは一手一手の寄り筋ですね。また、現状では後手玉に詰みはありません。
つまり、先手は絶体絶命な状況に直面しているのですが、このピンチを切り抜ける方法が一つだけあったのです。
3七にいた馬で、香を食いちぎったのが妙手でした!
3七の馬は後手玉の逃走を阻む役割を担う駒に見えるので、意表を突かれるところですね。しかしながら、それ以上にここでは「香」という駒がキーパーソンなので、それを取ってしまうことが重要なのです。
後手が自然に応じるなら△9一同飛でしょう。けれども、その局面は先手玉が詰めろではないので、▲4三金が間に合ってしまうのです。△9五香と走る手を消してしまえば、先手玉は思いのほか生命力がある格好なのですね。(B図)
ゆえに、後手はこの▲9一馬を取っている余裕がありません。
そういった事情があるので、本譜は△7七歩成で詰めろを掛けましたが、▲4二金△6二玉▲7四桂△同金▲6四香で、先手の勝ちが決まりました。なんと、これで後手玉は詰み筋に入っているのです。(第4図)
△同金は▲7三銀から平易な詰み。なので、後手は何らかの合駒を打つ必要があるのですが、歩を持っていないので都合の良い合駒が無いことが痛恨です。
本譜は△6三桂と安い駒を使いましたが、▲同香成△同玉▲5五桂で羽生九段の勝ちとなりました。(第5図)
(1)下に移動すれば▲6三銀。
(2)△5四玉は、▲6五銀△同金▲8一馬△6四玉▲7四飛。
いずれも後手は詰みを回避できません。
改めて、話を振り返ってみます。
そう。もうお分かりでしょう。この▲9一馬は、「詰めろ逃れの詰めろ」だったのです。終盤戦において「詰めろ逃れの詰めろ」は珍しくありませんが、大駒で隅っこの駒を食いちぎるというのは、やはりインパクトがありますね。
この場面では9一の香が彼我の玉の詰み筋に大きく関わっていたので、それをぶっ飛ばすことが急所という仕組みなのです。[3七の馬<9一の香]という特殊な状況を見抜いた羽生九段の慧眼には、ただただ脱帽ですね。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これもイレギュラーな手を拾い上げるというケースだったので、印象に残っています。(第6図)
2020.3.3 第78期順位戦C級1組10回戦 ▲宮田敦史七段VS△佐々木勇気七戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
後手が7六にあった歩を成り捨てて、先手が▲同銀と指したところです。
歩を成り捨てた理由は、4三の角の利きを通した意味があります。となると、次の一手は△8七角成と思わせますね。
ところが、佐々木七段はそれでは無い手を選びます。掴んだ駒は、駒台の桂でした。
そっぽから桂を打ち、先手の角をターゲットにしたのが妙手でした!
正直、ぱっと見では意図が分かりにくいですね。なぜ△8七角成ではないのか。そして角を攻めるにしても、なぜ△4五桂ではないのか。腑に落ちない点が複数あるように映る手なので、何が妙手なの? と感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この手の意味を説明するには、まず単に△8七角成と指した変化を押さえておかなければいけません。△8七角成に対しては、▲8八金△5四馬▲8二とという進行が考えられます。(第7図)
こうなると、後手は飛車が詰まされているので思わしくないですね。
さて。このとき、[△2五桂▲4六角]という利かしが入っている局面を想像してみてください。もし、そうなっているのであれば、後手は△4五歩で角を狙うことが出来るので、9二の飛は犬死しません。これは僻地の飛車が捌けるので、後手にっては万々歳の進行でしょう。(仮想図)
この変化を踏まえると、△2五桂の意味がお分かりいただけるかと思います。
つまり、後手は[△2五桂▲4六角]の利かしを入れる必要があるのですが、△8七角成を優先すると、その機会が失われてしまうのです。この利かしを入れるには今が唯一無二のタイミングであり、その機を的確に捉えたことに、この手の価値の高さがあるのです。
さあ。上記の理由があるので、先手は▲4六角と指すことはできません。したがって、本譜は▲5五角△8七角成▲8四飛という捻った対応を取りました。先手は5五に角を出ることで、△8七角成が銀取りにならないようにしています。△2五桂を逆用しようとしているのですね。
しかし、佐々木七段はその思惑を打ち砕きます。△6一香が第二弾の妙手でした。(第8図)
これは何も当たりになっていませんが、ここに香を設置することで、
・5五の角を狭くする
・6七の地点を狙う
・▲8一飛成の防波堤
・と金攻めの緩和
といった複数のベネフィットがあり、すこぶる価値の高い一打になっています。
次に△6六歩と攻められると先手は支えきれません。本譜は▲8八金で馬にお引き取り願いましたが、△5四馬▲5六歩△4五金と進んだ局面は、もう後手の攻めが止まらないですね。(第9図)
先手は角が捕獲されていますし、次は△5六金の擦り込みが強烈です。後手は[堅い・攻めてる・切れない]という必勝パターンを確立しているので、分かりやすい状況になりました。この後は、佐々木七段が気持ちよく攻め続けて勝利を収めています。
改めて、△2五桂と打った局面に戻ってみましょう。
△2五桂という手は敵玉から離れた場所に駒を投資していますし、部分的には角を逃げられたあとに空ぶっているので、セオリーとしては悪手に属する部類の一着です。しかしながら、盤面全体の兼ね合いを考えると、ここでは「角をターゲットにする」ということが極めて大きな意味を持つので例外的に成立しているのです。
つまり、あの場面で角を追いかけたことがこの△6一香に結びつき、その結果、△4五金で分かりやすい状況を作ることができたというストーリーなのです。ずっと攻め続けたことで、9二の飛を狙われないようにしていることも見逃せません。
点の視点で見ると△2五桂は良い手ではないのですが、それを線に繋げることで好手に昇華することが出来ました。読みのクオリティーの高さが垣間見える妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!