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~と金は引く手に好手あり~ 第68回NHK杯解説記 阿部健治郎七段VS橋本崇載八段

今週は、阿部健治郎七段と橋本崇載八段の対戦でした。

阿部七段は純粋な居飛車党で、棋風は攻め。筋が曲がったような手は指さない本格的な将棋です。また、研究家として名高く、オリジナリティに富む作戦を披露することも多々あります。

橋本八段はオールラウンダーで、受け将棋。基本的には手厚い棋風ですが、近年は横歩取りや角交換振り飛車といった軽快さを求められる将棋を指すこともあり、芸域を広げられている印象です。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

 

第68回NHK杯1回戦第5局
2017年4月29日放映

 

先手 阿部 健治郎 七段
後手 橋本 祟載  八段

 

初手から▲2六歩△3四歩▲7六歩△4四歩▲4八銀△4二銀▲2五歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

10手目の局面ですが、後手は態度を保留しており、まだ自分の作戦を明示していません。これは相手の陣形を見てから、より良い戦法を選ぼうとしている意図があります。

阿部七段は▲7八銀と指しました。これは主に雁木を警戒した一手です。美濃囲いを作ることで、右四間飛車に組みやすくする意味があります。

ただ、▲7八銀と上がったことにより、先手は居飛車穴熊にしづらくなりました。それを見て橋本八段は△3二飛で三間飛車を選択します。結局、戦型は対抗型になりました。互いに囲いを完成さえ、第2図の局面を迎えます。

 

先手は天守閣美濃を作りました。玉が三段目に居座るのは奇異に見えますが、ここに玉を配置することで、横からの攻めに強いというメリットがあります。具体的に説明しましょう。(仮想図)

 

通常の美濃囲いだと、▲6二銀△同金▲7一角と6一の金を狙う攻めが厳しいです。しかし、天守閣美濃の場合、玉が三段目にいるので、このような攻め筋を無効化することができます。簡単ですが、これが横からの攻めに強い理由です。

 

本譜に戻りましょう。(第2図)

天守閣美濃は横からの攻めには強いのですが、ご覧の通り玉が上部にいるので、縦からの攻めには弱いという弱点がありますそれを踏まえると、後手は囲いを高美濃→銀冠と進展させて、上部を手厚くするのが一案です。将来の玉頭戦を楽しみにする(タテの将棋に持ち込む)プランですね。

橋本八段は、△3五歩と指しました。これは石田流への進展を目指した一手です。ただ、石田流は捌きに特化した布陣であり、ヨコの将棋になりやすい性質があります。天守閣美濃相手にこれを選んだのは、ミスマッチだったきらいがあります。

本譜は△3五歩以下、▲1六歩△4二角▲2六飛△3四飛▲5七銀△5四歩と進みます。後手は狙い通り石田流へ組むことができましたが、ここで先手の次の一着が機敏でした。(第3図)

 

それは、▲4六銀です。次に▲7九角があるので、後手は△5三角で間接的に3五の地点に数を足します。今度、▲7九角には△4五歩▲同銀△3一飛で次の△3三桂を狙いに戦います。

ただ、角が5三へ移動したので、▲5五歩が効果的なジャブになりました。以下、△5五同歩▲同銀と進み、先手が上手く戦機を捉えた印象です。(第4図)

 

一見、△5四歩と打てば何でもないように見えますが、▲4六銀のときに困ってしまいます。なぜなら、△3三桂と跳ねると▲3六歩△同歩▲3五歩で飛車が詰んでしまうからです。しかし、△3三桂を跳ねないと▲7九角のときに対処できないので、その局面は八方塞がりなのです。

 

受けが利かないときは攻め合ってしまうのが将棋の鉄則ですが、第4図から△3六歩と捌きに出ても、▲5四歩△6二角▲3六飛で堂々と飛車交換に応じられて後手不利。横からの攻め合いは天守閣美濃の土俵です。

仕方がないので橋本八段は△4五歩と突いて手を渡しますが、▲5四歩△4二角▲5六飛△3三角▲6六角△1二香▲7七桂先手は中央の制圧に成功し、大満足の展開となりました。(第5図)

 

非勢に陥った橋本八段ですが、何はともあれ、ここは△8二玉と入城するところ。玉を深くしてチャンスを待ちます。

先手としては、中央の厚みを活かして良さを求めたい局面です。ただし、▲6五桂は勇み足で、△5五角▲同角△5四銀で攻めあぐねています。後手は△5五角で厚みを解体する手が切り札なので、先手はそれに注意しなければいけません。

阿部七段は▲4六歩で歩をぶつけました。一歩を手にして▲4四歩を打てば、その札を無効化することができます。もう後手には猶予がありません。橋本八段は△5五角▲同角△5四飛と荒捌きに訴えます。(第6図)

 

先手は首尾よく駒得の戦果を上げましたが、大駒が不安定で少し嫌らしい格好です。よって、ここは▲4七金と飛車に紐を付けておく手は有力だったでしょう。△4四銀には▲7三角成で飛車が素抜けますし、△6四銀には▲2二角成で問題ありません。

 

本譜は▲4五歩で歩切れを解消しましたが、△6四銀駒損を回復できたので後手が息を吹き返しました。以下、▲6六角打△4六歩が小味な垂れしで、完全に攻守が入れ替わっています。(第7図)

 

先手は三枚の大駒が渋滞しており、何とも歯がゆい状況です。そして、ぼんやりしていると△3三桂→△4五桂で遊び駒を活用されてしまうので、存外、忙しい局面でもあります。阿部七段は▲5七歩で紐を付けて飛車を取れと催促しましたが、△5五銀▲同飛△同飛▲同角△4七歩成▲同金△4九飛とシンプルに指して後手が有利になりました。いくら天守閣美濃が横からの攻めに強いとはいえ、4七に金を引っ張り出されて弱体化していては、話が違います。(第8図)

 

阿部七段は手番を得るために▲5八銀と指しますが、ここに銀を投資せざるを得ないようでは辛い限りです。以下、△2九飛成▲3一飛△1九竜▲2一飛成△6四桂と互いに飛車で戦力を補充します。ただ、後手の方が先に香を取れている上に、囲いの強度が高いので、先手に良い理屈はありません。(第9図)

 

後手が香を手にしたことにより、次に△6八香という攻め筋が生まれています。しかし、先手はそれを受けることが思いのほか難しい。▲6八桂でスペースを埋めると△7九角と放り込まれてしまいますし、まさか▲4九桂と打つわけにもいかないでしょう。つまり、適切な受けが無いのです。

仕方がないので阿部七段は、▲6六歩で開き直りました。以下、△6八香▲6五歩△6九香成▲同銀右△5四銀▲4四角△7九角▲8九香で耐え忍びます。阿部七段は、この将棋を勝つには桂を二枚保持して、▲6六桂→▲7四桂打を実現させるしかないと判断されたのでしょう。とにかく、▲6四歩を間に合わすことに懸けたのです。(第10図)

 

しかし、△9五歩▲同歩△9六歩がうるさい追撃。▲同玉は△7六桂で桂が生還するので、▲8五歩はやむなき一手ですが、端に拠点を作られてしまいました。(※その後、△4三銀▲5五角△5四銀▲4四角という4手が指されている。すでに秒読みなので、おそらく時間を稼いだのだろう)

橋本八段は△1六竜で主砲を活用して、寄せを目指します。先手は待望の▲6四歩を実現させましたが、△4三金▲3五角△9七歩成が鋭い攻めでした。(第11図)

 

▲9七同香は必然手ですが、△9六歩▲同香△9七金▲8六玉△9八金が非凡な寄せ。相手の玉から攻め駒が遠ざかるのでセオリーに反していますが、△9七角成の一点狙いがすこぶる受けづらいのです。(第12図)

 

△9七角成を受けるには▲8八桂しかありませんが、△8八同金▲同香△同角成が△7四桂からの詰めろ。先手は受けども受けども、楽になりません。

 

阿部七段は▲7四桂と犠打を放ち、△7四同歩▲6三歩成△同銀引▲3六歩で自玉の脅威を緩和させました。しかし、その局面は桂香損で、かつ後手玉が安泰なので先手の敗色濃厚です。(第13図)

 

勝勢の局面を作り上げた橋本八段ですが、ここから指し手が乱れてしまいます。△2五竜がつまづきの始まり。ここは△6六桂や△1八竜で銀を攻めて、△9七銀を決め手にする組み立てで行けば分かりやすかったかと思います。

もちろん、△2五竜も同様の狙い(角を取って△9七角)を持っているのですが、▲4六角△5五歩▲8九金で馬を詰まされてしまったので、少し遠回りしている感が漂います。

 

▲8九金以下、△同馬▲同銀△4五竜▲6二歩と進みます。後手にとっては、ここでの選択が重要でした。(第14図)

 

▲6二歩は部分的には厳しい攻めですが、この瞬間、後手玉は(ほぼ)ゼットです。したがって、△4六竜▲同金△5三角▲8七玉△6六香で決めに行く方が良かったと思います。ゼットの状態は寄せに専念できる形なので、踏み込むことを考えたいですね。(A図)

 

この手は△9七金▲7八玉△8六桂以下の詰めろです。▲6五桂が一番、頑張れそうな対応ですが、△8六金▲7八玉△7六金と上から押さえて寄り形です。後手玉は△5三角を打ったことにより、▲6一歩成が来てもゼット級の状態を維持できることが心強いですね。

 

本譜は▲6二歩に対して、△7一金▲9四歩△9二香打と受けに回る方針を選びます。ただ、▲8四歩と玉頭をいじられ、雲行きが怪しくなってきました。(第15図)

 

ここで△8四同歩は▲8三歩△同銀▲6一歩成で状況が悪化してしまいます。橋本八段は△9四香で火の粉を払い除けようとしますが、面倒を見れば見るほど、先手の攻めを加速させることになってしまいました。(第16図)

 

第15図から20手近く進み、先手が▲6五桂と跳ねた局面です。その間、後手はずっと受けの手を指していましたが、現局面は▲7一角からの詰めろが掛かっており、受けの姿勢が裏目に出てしまいました。

 

ここから橋本八段は△4一歩と受けたのですが、代えて△5一桂と6三の地点を強化する方が勝ったかもしれません。なぜなら、▲1二竜のときに△4二桂と受ける必要が生じたからです。△5一桂と打っていれば、▲1二竜は詰めろにならないので、攻めに転じることができたのですが。(第17図)

 

後手の変調な指し手に付け込んで、先手は大いに形勢を盛り返しましたが、4筋のバリケードが堅くまだ簡単ではなさそうに見えます。しかし、ここで▲8三とと引いた手が肝の据わった好手でした。

8四の銀を取ってしまえば、先手は上部を開拓できるので不敗の態勢を築くことができます。つまり、それが来る前にこちらの玉を寄せてみろ! と催促している訳ですね。経験則で恐縮ですが、秒読みでは、このような「やってこい」という態度の手が有効になることが多ですね。

 

▲8三とに対して橋本八段は△8五歩▲7七玉△6六歩と迫りますが、▲7八銀左と受けられ、後手は忙しい状況が続きます。以下、△8六桂▲8四とで銀を取り切ることに成功し、先手が勝勢になりました。先手玉は右辺が広く、寄り筋が見えない形です。(第18図)

 

橋本八段は△7八桂成▲同銀△4六竜▲同金で手駒を蓄えますが、その局面は角金銀の持ち駒では先手玉は不詰めです。▲6六玉→▲5五玉というルートが抜けているので捕まりません。

 

仕方がないので△5一玉と早逃げして粘りに出ますが、▲9二飛が冷静な寄せ。大勢は決しました。(第19図)

 

橋本八段は△8六角▲6六玉△6二歩で最後の抵抗を試みますが、▲6三桂が止めの一手で、後手は受け無しに追い込まれました。(第20図)

 

(1)△6三同歩は▲6二角△同金▲同飛成△同玉▲7三銀以下詰み。(2)△6三同銀は▲同歩成で後手は受けが利きません。実戦はこの後、十数手ほど続きましたが、波乱なく阿部七段が勝利を収めました。

 

 

本局の総括

 

序盤は、後手が石田流に組み換えた手を先手が上手く咎めて先手満足の進行。
第6図から▲4五歩は気前が良すぎた。△6四銀→△4六歩と後手にとって気分の良い手が続き、流れが変わる。
優位を掴んでからの後手の指し手は急所を突き、瞬く間に勝勢を築き上げた。しかし、最後の一歩で踏み込みを欠き、徐々に形勢がもつれていく。特に第14図からの△7一金は大きな逸機だった。
後手が受けに回り過ぎたので、形勢は混沌としていたが、第17図から指された▲8三とが勝着。強気な催促が勝利を呼び込んだ。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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