元奨励会三段が将棋をテーマにあれこれ書いています。

~これぞ谷川前進流~ 第68回NHK杯解説記 谷川浩司九段VS稲葉陽八段

今週は、谷川浩司九段と稲葉陽八段の対戦でした。

 

谷川九段は居飛車で、強引な攻めを押し通す力と、寄せる技術が秀でた棋士です。「光速の寄せ」という二つ名は有名ですね。

一回戦では佐々木勇気六段と戦い、角換わりを採用して二回戦へと進出しました。 ~伝家の宝刀で一刀両断~ 第68回NHK杯解説記 谷川浩司九段VS佐々木勇気六段

 

稲葉八段は居飛車党で、切れ味の鋭い攻め将棋です。また、苦しいときは歪曲的な手が多く出る傾向が強く、形勢によって、ガラッと棋風が変わるタイプの棋士ですね。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯2回戦第13局
2018年10月28日放映

 

先手 谷川 浩司 九段
後手 稲葉 陽  八段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。この局面は、当ブログでお馴染みの「プロの公式戦から分析する最新戦法の事情」シリーズで何度も登場していますね。(最新版はこちら

 

ここで後手には様々な候補手がありますが、稲葉八段は△6三銀▲7九玉△5四銀で待ちの姿勢を取ります。△3一玉と引かずに待機するのが、最近の流行ですね。(第2図)

 

ここで▲8八玉と上がると、△6五歩と仕掛けられて先手が不満という風潮が強いです。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。 プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(8月・居飛車編)

 

よって、谷川九段は▲4五桂と果敢に攻める手を選びました。後手は△2二銀と引いて桂を召し取りに行きますが、▲3五歩が後続手です。(第3図)

 

ここで△4四歩と突けば、後手は桂を取りきることはできます。ただ、▲3四歩△4五歩▲同歩と進んだ局面をどう見るか。(A図)

 

これで桂得を主張に戦う方針も有力ですが、後手は2二の壁銀を立て直しにくいことが懸念材料です。A図の是非は、プレイヤーの好みが分かれそうな局面ですね。

 

稲葉八段は、A図の進行では面白くないと見たのでしょう。本譜は第3図から△3五同歩▲2四歩△4四歩という手順で桂を取りに行きました。

2筋の歩を無視するのは非常識のようですが、壁銀を解消させながら桂を取り切ってしまうことが、後手の狙いです。(第4図)

 

先手は無条件で4五の桂を取らす手は許せませんが、▲2三歩成△同銀▲3三歩では、△2二金で攻めが続きません。

 

したがって、谷川九段は▲7五歩で戦線を広げます。7三の桂を狙う攻め方は、この戦型では頻出する手法ですね。

後手は当然、△7五同歩と応じますが、▲2三歩成△同銀▲7四歩△4五歩▲7三歩成△同金で、先手は桂損を回避することができました。(第5図)

 

しかしながら、先手は大量に歩を損しているので、忙しい状況は続いています。攻め足を止めることは、不利に陥ることと同意ですね。

 

谷川九段は▲4四桂と打ちました。△2二金は▲3四角という豪打があるので、△3三金は必然ですが、先手は2二の地点に隙を生じさせることができました。以下、▲4五銀とぶつけて、さらに局面の激化を図ります。(第6図)

 

さて。後手は陣形がバラバラなので、かなり怖い場面を迎えています。稲葉八段は、△4三銀と引いて穏やかな進行を目指しましたが、これが判断ミスでした。

 

第6図では、△4五同銀▲同歩△2八歩と反撃する手が勝りました。これは、飛車を責めることで、先手の攻めを緩和する方針です。(B図)

 

(1)▲同飛は、△3六桂が飛金両取りです。以下、▲2七飛には△2六歩▲同飛△2五歩▲同飛△2四歩で、手番を握りながら飛車の利きを止めるのが急所。そうすることで、後の▲3四歩を防ぐ意味があります。(C図)

 

(2)▲3九飛は、△4七歩が小気味よい叩きです。▲同金は△7六歩▲同銀△5八角という攻めがあるので、▲5八金と逃げますが、△4六桂で再度、金を攻めるのが好着想になります。(D図)

 

(1)▲6八金右には、△4八歩成。(2)▲4七金には、△3八銀が厳しいですね。

このように、第6図から△4五同銀▲同歩△2八歩と進めて先手の飛車を狙い続ければ、後手が互角以上に戦えていたと思われます。

本譜に戻ります。(第6図)

本譜の△4三銀は、相手にプレッシャーを与えてはいないので、先手は自由に手を選ぶことができます。

何はともあれ、▲3四歩は打っておきたい利かしですね。後手は△2四金とかわすよりありませんが、▲2二角△1二香▲1五歩△同歩▲同香で先手の攻めに勢いが出てきました。(第7図)

 

これを△1五同香と応じると、▲3三歩成△同桂▲3四歩で激痛が走ります。(E図)

 

ゆえに、稲葉八段は△2八歩▲同飛△2七歩▲同飛△2六歩▲同飛△2五歩と連打の歩で飛車先を止めましたが……(第8図)

 

ここで飛車を逃げてしまうと、E図の攻めができなくなってしまうので、後手に立ち直られるきっかけを与えてしまいます。つまり、飛車を逃げる手はありません。

 

谷川九段は▲7四歩と指しました。△同金は6三に隙が生じるので△7二金は妥当ですが、▲1二香成△2六歩▲2一成香が正確な大局観に基づいた踏み込みです。(第9図)

 

二枚替えとはいえ、飛車を差し出す代償が桂と香では、不安を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、この場合は先手の桂香が捌けているので、問題ありません。

もう少し、具体的に説明しましょう。(仮想図)

 

仮想図は、第9図から[▲2一成香・▲4四桂]を元の場所に戻した局面です。

これも第9図と同じく、二枚替えですが、先手の攻撃力が落ちていますし、将来、△3九飛から回収される未来が見えているので、これは全く状況が異なります。

 

当然の理屈ですが、大駒は失うと攻撃力はダウンしますよね。なので、大駒を見切るときは、単純な駒の損得だけではなく、他の攻め駒が使えているかどうか(火力不足にならないかどうか)を考慮することが大事です。

 

第9図に話を戻すと、先手には、もう豊富な攻め駒があるので、飛車に頼る必要は無いのです。だからこの二枚替えが成立しているんですね。

 

稲葉八段は△1九飛で待望の反撃にでますが、▲4九香が頑丈な受け。外堀を構築するのが肝要なところです。これを惜しんで▲8八玉では、将来の△8六歩が痛烈なので感心しません。先手は玉の遠さが主張なので、これを失う訳にはいかないのです。

 

▲4九香には、△3四銀左と受けるくらいですが、▲5五桂が着実で、後手は到底、振りほどけない格好です。(第10図)

 

ここで△5四銀と逃げても、▲3三歩からじわじわ攻めれば、先手優勢は明らかです。

本譜は△2一飛で成香を除去しましたが、▲4三桂成△同銀▲3三銀△5一玉▲2四銀成△2二飛▲3三成銀と平凡に迫って、後手が受けが利かない形となりました。(第11図)

 

飛と銀の両取りを受けることができないので、稲葉八段は△4七歩と開き直りましたが、▲4三成銀△6一玉▲2三歩が冷静な決め手でした。(第12図)

 

後手は△4八歩成で金を取っても詰めろにはならないので、▲2二歩成ではっきり負け。つまり、手抜きは不可能です。

しかし、これを△2三同飛と応じるようでは、▲7三銀で先手の攻めが加速してしまいます。

本譜は仕方なく△1二飛と逃げましたが、▲1三歩と追撃されて五十歩百歩です。稲葉八段は△1三同飛成で辛抱しましたが、1九の飛が撤退したので、先手は安心して寄せに専念できるようになりました。(第13図)

 

ここからは先手の収束を見るばかりです。谷川九段は▲7三銀と打ちこみました。金を狙うことが、寄せのセオリーでしたね。

稲葉八段は△4八歩成で金を入手し、延命を図りますが、▲5二桂成△同飛▲同成銀△同玉▲7二銀成△5一銀▲3三金で寄り形となりました。(第14図)

 

これは▲4三金打以下の詰めろですね。先手には▲7三歩成や▲3一飛などで攻めを手厚くする手がたくさんあり、受けても一手一手です。その上、先手玉は安泰なので、後手は万策尽きています。

以降は十数手ほど指されましたが、波乱なく先手が勝利を収めています。谷川九段が攻め倒した一局でした。

 

 

本局の総括

 

  • 序盤は定跡型で、互角の進行。先手の攻めVS後手の受けという構図になった。
  • 第6図の局面が、本局で一番の勝負所だった。ここは△4五同銀から手番を握って、先手の飛車を責めれば後手が互角以上に戦えた。
  • 第8図から飛車を渡すことを恐れずに踏み込んだのが、最短の勝ちを目指す攻め。一方的に攻める展開となり、先手がはっきり優勢になった。
  •  ▲2三歩で飛車に打診した手が決め手。以降も危なげなく寄せ切った。谷川九段の攻めの強さが光った将棋だった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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