どうも、あらきっぺです。
今週は、杉本昌隆八段と行方尚史八段の対戦でした。
杉本八段は振り飛車党で、受け将棋。僅かな得を少しづつ重ねてリードを広げる指し回しが得意な印象があります。どっしりとした腰の重い棋風の持ち主ですね。
行方八段は居飛車党で受け将棋。正攻法な作りの将棋を好み、奇策には手を出さないタイプです。丁寧で負けにくい将棋を指される棋士の一人ですね。
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
目次
序盤
初手から▲5六歩△8四歩▲7六歩△6二銀▲5八飛△4二玉▲4八玉(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
杉本八段は先手中飛車を採用しました。対して、行方八段は左美濃で応戦します。最近はやや下火ではありますが、居飛車の有力な作戦の一つですね。
第1図で先手は囲いが完成しているものの、攻めの形が作れていません。それを整える意味で、ここでは▲7八金→▲6八角→▲7七桂と進めるのが一案です。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
参考
最新戦法の事情【豪華版】2019年2月・振り飛車編
ただ、上記の構想は金の位置を決めてしまうので駒組みの幅が狭くなる嫌いはあります。そこで、杉本八段は含みを持たせて▲6八角と引きました。対して、後手は△8四飛と浮き、仕掛けの準備を整えます。(第2図)
何気ないところですが、この手は少し欲張った意味があります。通常、後手は端歩を突いて▲9五角の筋を消しておくほうが無難です。けれども、それを省略して仕掛けることが出来れば一手お得ですよね。
杉本八段はそれを許さないために▲9五角と指しましたが、これだと直前に指した▲6八角が徒労になったので痛し痒しといったところでしょう。以下、△8一飛▲5八金左と進みました。(第3図)
こちらに金を上がったということは、「玉を固め合う将棋にしよう」という意思表示です。後手もそういった展開なら不満がないので、穏便に先手の要求を受け入れます。そうなると、互いに囲いを銀冠へ発展させるのは自然な進行と言えますね。(第4図)
さて。がっぷり四つに組み合ったのは良いものの、先手はどうやって仕掛けるのかという問題が浮上してきました。仮に後手番なら千日手でもOKなので待っていれば良いのですが、現実は先手番なのでそういう訳にもいきません。
第4図で平凡な手は▲4七金左ですが、それでは△3三桂と跳ねられたときに有効な手が乏しいですね。
したがって、本譜は▲4九飛と指しました。これは、△3三桂に▲4五歩△同歩▲同桂△同桂▲同飛と動いて局面をほぐす意図です。(第5図)
桂と歩を手駒に加えたので、千日手の懸念は解消されました。ですが、この打開は後手の待ち受けるところだったのです。行方八段は巧みな手順で先手陣の欠陥を突いていきます。
中盤
ここで大人しく△4四歩と打ってくれれば先手も不満はないのですが、そうは問屋が卸しません。△5三銀▲4九飛△4四銀で攻めの銀を囲いへコンバートしたのが好手順でした。
この繰り変えによって、▲4五歩に△6四角と指せることがとてつもなく大きいのです。(第6図)
銀を逃げる前に△6四角を指しておくことが肝心なところ。これを怠ると先手に▲4六角と出られてしまい、制空権を握られてしまいます。
要するに、第6図ではどちらが先にこのラインを支配するかがキーなのです。後手は椅子取りゲームを制したので、ペースを掴むことに成功しました。
杉本八段は▲3七桂と受けましたが、△3三銀と引いて後手陣はすこぶる強固になりました。これだけ堅いと4五の位も怖くありません。
先手は6四の角に威張られたままでは不本意なので▲6五歩と突っ掛けますが、△同桂が好判断。▲6六銀と出られても、△5三桂で支えておけば駒損にはなりません。
後手にとって6四の角は生命線なので、これを動かさないことは絶対条件と言えます。(第7図)
先手はなかなか思うように事が進んでいませんが、6四の角をアタックできる状況になれば形勢は好転します。そういった展開を目指すべく、ここでは▲5五歩△同歩▲7七桂と指してみたかったですね。(A図)
A図から△同桂成▲同角までは必然ですが、そうなると次に▲5五銀という狙いが生じています。これは先手の攻め駒に活が入るので、大いに魅力的な変化でした。
先手はとにかく、6四の角を標的にしなければいけませんでした。あの角に自玉を睨まれたままでは戦いきれなかったのです。
本譜に戻ります。(第7図)
実戦は▲9五角と覗いて後手陣に揺さぶりを掛けたのですが、冷静に△6一飛で対処されると、思いのほか手段が無かったことが杉本八段の誤算だったでしょうか。結果的に、先手は自ら働きの弱い場所へ角を移動させてしまいました。
仕方がないので、▲6八角とミスを認めて辛抱したのですが、この勝負所でパスをしてしまったのは罪が重く、形勢は後手に傾きました。行方八段は△8六歩と突いて、先手陣の攻略に向かいます。(第8図)
先手は6四の角を除去したいので▲8六同角と応じますが、△8一飛で後手は飛車先が軽い格好ですね。
杉本八段は遅まきながら▲7七桂で遊び駒を使いますが、△同桂成のときに取り返す駒が難しく、先手は困ってしまいました。(第9図)
▲同銀と取れないと話がおかしいのですが、△4六桂が痛打なので支えきれません。本譜はやむなく▲6四角△同歩▲7七銀と応じましたが、△8七飛成で竜が作れたので後手がはっきり優勢です。(第10図)
先手にとっては4五の位が唯一無二の主張点です。杉本八段はそれを活かすべく、▲6六角△6五歩▲4四歩で4筋を戦場にしようと試みます。
けれども、当然ながら後手はその要求には乗りません。△4二金引▲8八歩△8二竜と駒を引き下げ、金持ち喧嘩せずの姿勢を取ります。
先手は▲5七角で角取りを受けましたが、△6四角でもう一度、このラインを制したのが盤石の一手。やはり、この場所に角を設置することが本局における急所なのです。
終盤
これを放置していると△4五桂打という攻めがあるので、本譜は▲4六角とぶつけましたが、△同角▲同飛△7三角で後手は何度でもこのラインに角を打てるので問題ありません。
以下、▲4九飛△4六桂▲4八金左△3八桂成▲同金△5八金で、行方八段は着実にゴールへの距離を詰めていきます。飛車を4筋から追い払えば4四の拠点の威力を削げるので、後手玉はさらに安全になりました。(第12図)
ここで飛車を横へ逃げると△4七歩が厳しいですね。▲同金は△4六歩で金が詰んでいます。
ゆえに、▲4七飛は仕方のない逃げ方ですが、△4六歩▲6七飛△6六歩が軽妙な決め手。(1)▲6六同飛は△4七歩成でやはり金が取れますね。
本譜は(2)▲6六同銀と応じましたが、8筋がお留守になったので△8八竜が生じました。(第13図)
次は△4八金や△6五歩、△7八竜など後手には豊富な攻め筋があります。対して、先手は敵陣を攻撃する術が無いので勝負の帰趨は明らかですね。何と言っても後手の玉が堅すぎます。
まだ玉が詰むまでは時間が掛かりますが、形勢は大差なので逆転の目はありません。以降は波乱もなく行方八段が勝利を収めました。
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!