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第69回NHK杯 森内俊之九段VS木村一基王位戦の解説記

NHK杯 森内

今週は、森内俊之九段と木村一基王位の対戦でした。

 

森内九段は居飛車党で、棋風は受け。自然な手を積み重ねて優位を拡げるタイプの棋士です。同時に、懐が広く容易に倒れないことも特徴ですね。

一回戦はシードだったので、二回戦からの登場になります。

 

木村王位は純粋居飛車党で、受け将棋。相手を引っ張り込むような受けを展開することが多く、受け将棋と言っても非常に積極的な将棋を指される印象を持っています。

一回戦では戸辺誠七段と戦い、ゴキゲン中飛車を撃破して二回戦へと進出しました。
NHK杯第69回NHK杯 木村一基九段VS戸辺誠七段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯2回戦第14局
2019年11月17日放映

 

先手 森内 俊之 九段
後手 木村 一基 王位

序盤

 

初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

NHK杯 森内

戦型は横歩取り。これに対して先手番の森内九段は青野流で対抗しています。目下のところ、横歩取り△3三角戦法には最有力とされている作戦ですね。

 

ここで後手には様々な候補手がありますが、木村王位は△7六飛▲7七角△7四飛▲同飛△同歩と飛車交換を挑む指し方を選択しました。(第2図)

 

これは割と古い指し方ではあるのですが、去年の暮あたりから再び注目を集めている形の一つですね。事実、今年の名人戦の第1局でも出現しています。

 

後手は自ら先後同型の局面を作っているので相手任せな感はあるのですが、先手も下手に駒を動かすと隙を作ってしまう恐れがあるので、手番をもらっても簡単ではないという背景があります。ここからの一手一手が優劣を分かつと言えるでしょう。

 


中盤

 

NHK杯 森内

ここは先手にとって選択肢が広く、何を指すのか悩ましいところです。後手陣にプレッシャーを掛けるなら▲2四歩という手が考えられ、これは有力なパスという印象です。詳しい内容は、こちらの記事をご覧ください。

参考 最新戦法の事情【豪華版】2019年6月・居飛車編

 

本譜は第2図から▲3七桂と跳ねました。これは桂の活用を図る青野流らしい一着ですね。対して、木村王位は△8二歩と打ちます。これが用意の工夫でした。(第3図)

 

NHK杯 森内

いきなり自陣の低い場所に歩を打つので意図が見えにくいですが、ここに歩を設置することで、▲5五角や▲8三飛という攻め筋をケアしている意味があります。まずは自陣を固めて隙を無くしておこうという発想ですね。

 

これに対してアグレッシブに動くなら▲4五桂と跳ねたり、▲8三歩と捨ててこじ開ける手が候補でしょうか。そういった手も魅力的ではありましたが、森内九段はじっと▲3八銀で囲いを整備します。後手が8筋に歩を手放したので、持久戦で満足と見ている訳ですね。

 

ところが、次の一手で事態は先手の思惑とは全く違う方向へと進んでいくことになります。△2八飛が鋭い一手でした。(第4図)

 

狭いところに飛車を打っていますが、先手はこの飛車を取りに行くことが出来ません。

つまり、ここで▲2七歩と打っても△2六歩が厄介な追撃です。以下、▲3九金△2七歩成▲2八金△同とが進行例ですが、こうなると先手陣は収拾がつかないですね。(A図)

 

▲4九銀と引いても△3九とで追いかけられるので、根本的な解決になりません。このように、先手は飛車を捕まえようとすると、かえって甚大な被害を招いてしまうので、取りに行くことが出来ないのです。

 

本譜に戻ります。(第4図)

2八の飛を触りに行くと逆効果なので、森内九段は▲6八銀と上がって7筋の壁形を改善します。しかし、これでは無条件で自陣に飛車を打ち込まれているので、▲3八銀が逆用された形となりました。

 

木村王位はチャンスと見て△7七角成▲同桂△2七角と畳み掛けていきます。一方的に敵陣を攻めることが出来ているので、後手は上々の展開と言ったところでしょう。(第5図)

 

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二枚替えを許すわけにはいかないので、本譜は▲4八玉で3八の地点に数を足しますが、戦場に玉が近づくので本意ではないことは明らかです。木村王位は△3六角成で馬を作りました。

 

先手も受けてばかりでは勝ち目が無いので▲8三歩と反撃に出ますが、△5四馬が手堅い馬引き。ここに馬を設置すれば、▲5五角や桂の活用を阻止できるので、後手陣は安泰になりました。(第6図)

 

そして、後手は馬を引くことで△3六歩という狙いが生じたことも自慢の一つですね。攻めながら相手の狙いを封じることを実現しているので、ここは後手が頭一つ抜け出したと言えます。

 

苦境に陥った森内九段は、▲8二歩成△同銀▲2七歩で辛抱します。▲2七歩は気が利かない手ではありますが、2八の飛にプレッシャーを掛けないと勝ち目が無いと判断されたのでしょう。(途中図)

 

NHK杯 森内

さて。後手はA図の変化のように、飛車を取らせても攻めの火種を残せれば問題ありません。とにかく、攻めが切れないようにすれば優位を維持できる局面なのです。

ここではシンプルに△3六歩が有力だったでしょうか。▲2五桂には△2六歩が厳しいですね。他には▲4六角というカウンターもありますが、やはり△2六歩で攻め合ってしまうのが好判断になります。(B図)

 

これを▲同歩と取れば、△6四歩で銀取りを受けておきましょう。[△2六歩▲同歩]という利かしを入れた効果で、後手の飛車は2六に逃げ場を確保しています。これは先手が直前に指した▲2七歩を無効化することに成功しているので、後手の言い分が通っているでしょう。

しかしながら、この△2六歩を取れないようでは、A図の二の舞になってしまうので、やはり先手の非勢は否めません。

 

要するに、後手は△2六歩を取ることが出来ない状況を作ることがポイントだったのです。これなら形勢をリードすることが出来ていました。

 

本譜に戻ります。(途中図)

実戦は単に△2六歩を実行したのですが、▲8六飛という返し技がありました。△7一金は止むを得ない対応ですが、▲2六飛で歩を払われてしまっては後手変調です。

以下、△2二歩▲3九金と進んだ局面は、もう後手のアドバンテージは残っていません。A図の変化と違い、攻め駒が少ないことが痛いのです。(第7図)

 

NHK杯 森内

何はともあれ、△3八飛成▲同金△3六歩は必然。一応、2六の飛を詰ます含みがあるので、後手も攻めが完全に切れたという訳ではないのが唯一の救いです。

 

森内九段は▲8三歩△7三銀▲8五桂△6二銀と少し左辺に攻め味を作ってから▲2五桂と跳ねました。なお、この手順の中で後手は△3七歩成を指す権利はありましたが、それを指すと先手の飛車をゲットすることが難しくなるので一長一短といったところです。(第8図)

 

木村王位は△3七銀▲同金△同歩成▲同玉△3六歩▲4八玉で金を剥がしてから△3五金と打ち、先手の飛車を捕まえます。対して、森内九段は▲3八歩と打って薄くされた玉型をリカバリーしました。後手の攻め駒は決して多くないので、先手は急いで攻めないほうが賢明と言えます。

 

後手は△2六金▲同歩で飛車を入手することは叶いましたが、これだけでは先手玉を仕留めることが出来ません。という訳で、本譜は△4四馬と寄り、増援を送りました。(第9図)

 

NHK杯 森内

この局面をどう見るか。玉型は後手のほうが堅いのですが、先手には「広さ」という利点があります。どちらに分があるのか判断が難しいですね。

駒の損得には差がありません。しかし、働きには小さくない差が着いています。先手は持ち駒が豊富にあり、かつ遊び駒も見当たりませんが、後手は右辺の駒があまり機能していません。特に、3一の銀は存在意義が乏しいと言えるでしょう。

 

総合的に見ると、先手のほうが駒の効率が良いので、少し旗色が良い印象を受けます。やはり後手は攻め駒が少ない点が泣きどころですね。

 


終盤

 

ここで先手は受けを重視するなら▲2九飛という手は考えられました。これは後手に駒を渡さないようにして、攻め駒不足を突きつけるプランですね。

しかしながら、斬り合いで勝てるのであれば、そちらの方が紛れが少ないことは確かです。森内九段は▲7二歩と叩きました。これを△同金は▲7三歩で先手の攻めを加速させるリスクがあるので、相手はしづらいところ。

 

そういった背景があったので、木村王位は△2六馬と踏み込みます。以下、▲5八玉△4八飛▲6九玉△4九飛成▲5九金までは妥当な進行でしょう。(第10図)

 

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竜を逃げている余裕はないので、ここも△同馬▲同銀△5八金▲7九玉△5九竜▲8八玉までは一本道。ただ、そこで後手は先手玉に詰めろを掛ける術がありません。

そうなると△7二金と手を戻すことになりますが、これで先手に反撃のターンが回ってきました。ここで手番が返ってくることを見越していたので、森内九段は第9図で▲7二歩を打ったのでしょうね。(途中図)

 

さあ。先手には一手の余裕があり、戦力も潤沢にあるので相手を突き放すことができそうな局面です。森内九段は手始めに▲9五角と攻防手を放ちました。もし△6九竜などで怯んでくれれば、このやり取りは一手の価値があからさまに違うので先手はポイントを稼ぐことが期待できます。

よって、木村王位は△8七歩という勝負手を放ちます。先手はどのような応対が良いのでしょうか?

 

 

勝負の分かれ目!

 

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ここは複数の選択肢がありますが、結論から述べると▲7七玉が最良の逃げ場でした。(C図)

 

 


竜取りを解除する点に関してはつまらない節はありますが、玉を広い方向へ逃げ出せることが先手の自慢です。

 

次は▲1五角という詰めろ竜取りがあるので、後手は相変わらず指し手に制約があります。敵玉に迫るなら△8九竜が一案ですが、▲8二歩成が痛烈な成り捨てで先手の勝ちは動きません。(D図)

 

 

 

△同金は▲4一銀で「送りの手筋」が決まります。

 

怖いのは△7六銀と踏み込んでくる手ですが、▲6六玉△7八竜▲6一銀と進めれば、後手玉を即詰みに討ち取ることが出来るのです。(E図)

 

 

 

△4二玉は、▲2四角と打てば合駒が悪いので、後手玉は詰みを免れません。また、△6一同玉は▲7二と△同玉▲6二角成△同玉▲8二飛△7二銀▲5二金で、やはり詰みですね。(F図)

 

 

こみ入った状況なので複雑ではありますが、端的に理屈を述べると、先手は7七に玉を上がって、王手を掛かりにくくすることが肝でした。そうすることで先手玉は安全性が高まり、▲8二歩成が間に合うという仕組みなのです。これなら先手が勝ち切っていたでしょう。

 

本譜に戻ります。(第11図)

実戦は▲8七同玉を選びました。これも玉を上部へ移動する意図ですが、△8九竜が見た目以上に厳しい王手です。先手はこれを許してはいけませんでした。(第12図)

 

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(1)▲8八金は、△7八銀。
(2)▲8八銀は、△7六銀。

いずれも先手は金を取られてしまうので、寄せ切られてしまいます。

ゆえに、▲8八飛と投資するのは致し方ありませんが、飛車を使わされたのは痛恨の極みです。悠々と△9九竜と逃げられ、形勢の針は一気に木村王位に傾くことになりました。

 

森内九段は▲8二歩成△同金▲4一銀△同玉▲6二角成で肉薄しますが、△4二金が沈着冷静な受け。これで後手は2筋へ逃げる算段が立ったことが大きいですね。(第13図)

 

先手玉は風前の灯なので、今さら受けに回っても粘りが利きません。▲5一銀は開き直った一着ですが、これは詰めろではないので△7五銀がトドメとなりました。上から押さえるセオリー通りの寄せですね。

森内九段は▲4二銀不成△同銀▲5二金と追いすがりますが、△3一玉が正しい逃げ方で、先手はあと一歩が届きません。(第14図)

 

ここで▲3二歩が打てれば後手玉は詰みですが、3八に歩が存在しているので詮無き話です。

第14図は先手玉は受け無しで、後手玉は不詰みです、以降は波乱もなく木村王位が逃げ切りました。

 


本局の総括

 

△8二歩が意欲的な一手で、これが後手の用意していた持ち球だった。本譜はこの手が功を奏し、後手がペースを掴む。
後手は快調に進めていたが、▲2七歩のときに攻め損なった感がある。本譜は攻め駒が少なくなり、先手が息を吹き返す。
△8七歩の叩きに対して、▲7七玉なら先手の勝算が高かった。本譜は△8九竜の王手が致命傷になり、勝利の女神がそっぽを向くことに。
△4二金が受けの決め手。これで後手玉には詰めろが来なくなり、明快な局面になった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



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