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第69回NHK杯 稲葉陽八段VS斎藤慎太郎八段戦の解説記

nhk杯 稲葉

今週は、稲葉陽八段と斎藤慎太郎八段の対戦でした。

 

稲葉八段は居飛車党で、棋風は攻め。序盤から積極的に良さを求めるタイプであり、冒険することを厭わないことも特徴の一つですね。

準々決勝では丸山忠久九段と戦い、一手損角換わりを撃破して準決勝に勝ち上がりました。
NHK 稲葉 丸山第69回NHK杯 稲葉陽八段VS丸山忠久九段戦の解説記

 

斎藤八段は居飛車党で、攻め将棋。じっくり組み合う将棋を好む傾向があり、丁寧な棋風の持ち主です。また、辛抱することを苦にしない棋士でもありますね。

準々決勝では永瀬拓矢二冠と戦い、角換わり腰掛け銀を採用して準決勝へ進出しました。
NHK 斎藤第69回NHK杯 斎藤慎太郎八段VS永瀬拓矢二冠戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯準決勝第1局
2020年3月8日放映

 

先手 稲葉 陽   八段
後手 斎藤 慎太郎 八段

序盤

 

初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲3八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は相掛かり。先手の稲葉八段は、最近の主流である[▲6八玉・▲3八銀型]に構えています。急戦・持久戦のどちらにも対応しやすいことが、この布陣のメリットの一つですね。

 

第1図で先手は次に▲3四飛や▲2二角成→▲7七角という手を見せており、後手は何らかの対処が必要な局面です。候補手は複数ありましたが、斎藤八段はなんと△7六飛という意外な一手を選びました。当然、先手は▲8二歩で桂を取りますが、淡々と△8六飛▲8一歩成△同飛で局面を収めます。(第2図)

 

後手は自ら桂損になる変化に首を突っ込んでいるので、かなり捻った対応をしています。ただし、桂損と言っても厳密には歩を二枚もらっているので、丸損という訳ではありません。持ち歩を大量に確保したことと、手順に下段飛車の好形を作ったことが、この指し方の主張と言えます。

 

とはいえ、序盤早々に桂得を果たした先手に悪い理屈はありません。稲葉八段は平凡に▲8七歩と打って、自陣の整備を進めます。対して、後手は△8八角成▲同銀△2二銀と指しました。(第3図)

 

さて。ここで先手は大きく分けると二つのプランがあります。より大きな得を求めるか、それとも桂得に満足して穏便に指すかという選択ですね。

前者のプランならば、▲3四飛で歩を取ってしまう手が考えられます。これも有力ではありましたが、稲葉八段はそこまで欲張る必要もないと踏んだのでしょう。本譜は▲3六歩△2三銀▲2八飛と大人しく矛先を収めました。こうなると、しばらくは陣形整備が続きますね。(第4図)

 

序盤で少し波風が立ちましたが、結果的には[先手の桂⇔後手の二歩]という交換に落ち着きました。常識的には先手が得をしたと見ますが、まだ勝敗に直結するようなレベルではないですね。先手としては、歩の少なさをどのようにカバーするかがテーマと言えるでしょう。

 


中盤

 

ここで先手は▲7七銀や▲9六歩などで駒組みを進める手も考えられますが、それでは足早に右銀を繰り出した手との関連性が低い嫌いはあります。

そこで、本譜は▲3五歩△同歩▲同銀と進めました。先手は歩切れを解消することで、持ち歩の少なさをリカバリーする狙いがあります。(途中図)

 

しかしながら、3筋の歩を切ったことで△3六歩という反撃が生じました。先手は▲4六銀と引いて3七を補強しますが、△4四歩▲3八金△2五桂▲7七銀△3四銀で後手は攻め駒を活用していきます。

この辺りは「動けば動かれる」という言葉通りの展開で、先手としては相手の攻めを呼び込んでしまった節があります。(第5図)

 

ただ、この攻めを上手く凌ぐことが出来れば、先手は大きなリターンを得ることが期待できますね。なぜなら、敵陣を攻めるときは相手に歩を渡す必要があるからです。つまり、現局面は先手の課題であった「歩の数の少なさ」が自動的に改善されていく状況なので、先手は受け甲斐のある局面という訳なのです。

 

先手は2八の飛の働きが悪いので、稲葉八段は▲2六飛と浮きました。対して、後手は△4三金と力を溜めて、▲3六飛△3七歩▲同桂△5四角▲2六飛△3六歩と攻め込んでいきます。(途中図)

 

ここから▲2五桂△同歩▲2九飛までは必然ですね。後手は桂を入手したので、△7六桂▲5八玉△8八歩と迫っていきます。ここまで来れば8筋で戦果を上げることが確定したので、後手の攻めが切れる心配はなくなりました。(第6図)

 

先手は良いようにやられているようですが、第5図と比べてみると複数のポイントを稼いでいます。具体的には、

・持ち駒が増加した。
・2九の桂が捌けた。
・下段飛車の構えが作れた。
・後手に角を打たせた。

といった点が挙げられます。なので、後手に好き勝手に指させたようでも、実は想定の範囲内なのです。稲葉八段の懐の広さが光っていますね。

 

さあ。先手はもう十分に力が溜まっているので、もはや後手の攻めの面倒を見る義理はないですね。まずは▲6六桂△6五角▲3五歩で、3四の銀に働き掛けます。この銀をやっつければ、先手の飛車が世に出ることは言うまでもありません。

斎藤八段は△8九歩成▲3四歩△2六桂で通せんぼしますが、先手は桂を使わせたことに満足して▲4八金とかわしておきます。(途中図)

 

駒損の後手は攻め足を止める訳にはいきません。ゆえに、本譜は△4五歩▲同銀△8八と▲同銀△同桂成▲同金△3七銀と咬みつきますが、柳に風と言わんばかりに▲4九金が冷静。後手は2・3筋に重たい駒を打たされて、どうにももどかしい状況です。(第7図)

 

後手は△8七角成と突っ込めれば良いのですが、▲8二歩△同飛▲7四桂打というカウンターが飛んでくるので実行できません。

斎藤八段は△7一玉と引いてそれに備えましたが、▲7五桂と打たれると状況はあまり変わらないですね。▲8三桂打が強い抑止力なので、後手はどこまで行っても△8七角成と踏み込めない形です。

 

本譜は▲7五桂に△3八桂成と指しましたが、▲2五飛△4九成桂▲2二飛成△4八銀成▲6八玉と進んだ局面は、先手が上手く後手の攻めをいなした格好となりました。(第8図)

 

後手は4筋で成駒が渋滞しており、なかなか思うように駒が活用できていません。加えて、8一の飛や4三の金がそこまで働いていない点もネックですね。第8図は駒の効率に大きな差が着いているので、その分、先手が優位に立っていると言えるでしょう。

 




終盤

 

後手は△5九成桂と寄る手が間に合えば嬉しいのですが、▲7八玉と早逃げされると得になりません。△7六桂と打つ攻め筋が消えると、先手は▲8三桂打という切り札を使いやすくなるからです。

ゆえに、本譜は△6四金と指しました。△7六桂のキズが残っている今なら、桂を責める価値が高いと見ているのですね。

ただ、▲5六銀△7五金▲6五銀△同金▲7七歩が堅実な手順で、やはり先手のリードは揺るぎません。小駒だけの攻めでは先手玉を仕留めることが難しいからです。(第9図)

 

斎藤八段は△7五桂と設置しましたが、これは2手スキなので、先手は詰めろの連続で迫れば勝てる状況になりました。

稲葉八段は▲7四桂打と放り込み、いよいよ寄せに向かいます。後手は△同歩▲同桂△7三銀打と抵抗しますが、▲9五角△8四桂▲2一角が痛烈ですね。急所にグサグサと攻め駒が突き刺さり、先手は大きく後手を突き放しました。(第10図)

 

4三の金を取られると粘りが利かないので△5四金は妥当ですが、▲8五銀が手堅い寄せ。自分の桂に紐を付けつつ、△7六桂打という攻め筋をケアしています。

斎藤八段は△6四金と引いて7四の桂を取りに行きますが、▲8四銀△7四金▲8三桂が厳しく先手の攻めは止まりません。後手は完全に受け一方の体勢になってしまい、反撃の術を持たないことが辛いですね。(第11図)

 

△8二玉は致し方ない応手ですが、▲7三銀成△同金▲9一桂成△同飛▲8六香が強烈です。歩切れの後手は泣く泣く△8三銀打と守りましたが、状況としては「まないたの鯉」に等しく、敗色濃厚と言えます。先手はどう仕留めるかという段階ですね。(第12図)

 

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ここは色々な手段がありますが、最もスマートなのは▲6二銀だったでしょう。やはり、囲いの金を攻める手は寄せの急所と言えます。(A図)

 

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△同金▲同竜が自然な進行ですが、そのとき後手は▲7三角成という詰めろが受けにくいですね。また、ここで△8四桂と打っても▲同香△同銀▲8五桂で無効です。要するに、7三の地点にアタックすれば後手に延命の手段はありませんでした。

 

本譜に戻ります。

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実戦は、▲6六銀を選びました。これは自玉の安全を確保する堅実なプランですが、△6七桂成▲同玉△8四歩で頑張られると、先手は角と香が鈍ってしまったので少し後手玉が見えにくくなってしまいました。(第13図)

 

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稲葉八段は▲7五桂と打って囲いを剥しにいきますが、△6二桂▲8三桂成△同銀▲7五銀打△7二桂で耐えられると、簡単ではありません。

この進行では後手陣の弱点である7三の地点を攻撃できていないので、先手の攻めは急所を外しているのです。(途中図)

 

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次に△9四歩と突かれると、先手は角が詰んでしまうので非常に忙しいですね。

稲葉八段は▲6四歩△同金寄▲同銀△同歩▲6三歩とこじ開けて、8四の地点を弱体化させようとします。けれども、△同金▲7五金△7三銀で再生されると、焼け石に水という感は否めません。(第14図)

 

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この局面を途中図と比較すると、7筋の金銀が入れ替わっただけなので先手の攻めは前進していないことが分かります。いつの間にやら、後手玉は目もくらむような堅さに変貌してしまいました。

 

先手は7五の金を前進させないと攻めが頓挫するので▲6五歩△9四歩▲6四歩としゃにむに食らいつきますが、敵玉から離れた場所を攻めているので響きが弱いですね。後手の辛抱が実を結びつつありましたが、この歩の対処は大事なところでした。(第15図)

 

勝負の分かれ目!

 

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この歩の取り方は三通りありますが、結論から述べると△6四同金▲同金△同銀が最良の対応でした。これが囲いの強度を一番維持する取り方になります。(B図)

 

 

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この取り方だと▲6三歩と打たれる手が気になりますが、それには△9五歩▲6二歩成△6五歩で斬り合ってしまえば、後手は一手勝ちが望めるでしょう。(C図)

 

 

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▲7二とで桂を取られても△同金で手順に銀冠が完成するので差し支えありません。後手は▲6三歩→▲6二歩成という攻めを喫してもノーダメージなので、あのときに△6四同金という応手を選ぶことが出来るのです。

 

 

後述しますが、後手は8四の地点を保全し続けることが絶対条件だったので、7二の桂を移動させないことが急所だったのです。とにかく玉頭からの攻めにさえ備えていれば、後手玉は寄り付かない格好でした。

 

本譜に戻ります。(第15図)

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実戦は△6四同桂を選びました。これは5六の地点に利かせることで、先手玉を狭くした意味があるアグレッシブな対応です。

しかし、桂が動いたことで▲8四角という突撃が発生しました。今際の角に再利用されては、後手変調です。斎藤八段は△同銀左▲同香△同銀▲同金△8三歩と応じましたが、▲6五角成が快心の一撃。眠れる獅子が覚醒したことで、先手は再び情勢を掌握することに成功しました。(第16図)

 

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こうなると、後手は玉頭が薄くなったデメリットが露骨に表れていますね。8四の金を取ると▲8三銀から簡単に玉が詰んでしまいます。

本譜は△7二金と上がって補強しましたが、▲6四馬が決め手となりました。△同金は▲7三銀から即詰みに討ち取れることが出来ますね。(途中図)

 

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仕方がないので△7三香と受けましたが、稲葉八段は▲9三銀△同飛▲同金△同玉▲8五桂で収束に入ります。紆余曲折ありましたが、遂に先手はゴールに辿り着きました。(第17図)

 

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△9二玉と引くと、▲9三銀△8一玉▲8二飛から詰んでしまいます。

本譜は△8二玉と逃げましたが、▲7三馬△同金直▲9三銀△7一玉▲1一竜△6一歩▲9一飛で、これも後手玉は捕まっています。(第18図)

 

nhk杯 稲葉

後手は△8一桂と受けるのが一案ですが、▲同飛成△同玉▲6一竜△7一歩▲7三桂不成で詰んでいます。(D図)

実戦は、この局面で終局となりました。

 


本局の総括

 

序盤は後手が意欲的な指し方を行ったが、やはり桂を取った実利は大きい印象だ。先手は労せずリードを奪って中盤戦を迎えることに成功する。
後手も2・3筋の銀桂が活用できたところは盛り返した感があったが、そこから先手の対応が巧かった。2九の桂が捌けたことが大きく、先手は後手の攻めをいなすことに成功する。
以降も先手の優位は揺るがなかったが、第12図では▲6二銀が明快だった。これを逃して少しずつ雲行きが怪しくなっていく。
後手は▲6四歩と取り込まれたときの対応が大事だった。ここで応手をミスしたことで、千載一遇の好機を逸してしまった。▲6五角成が実現してからは、もう後手が勝てない。稲葉八段が辛くも逃げ切った一局だった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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