元奨励会三段が将棋をテーマにあれこれ書いています。

読者からのご質問にお答えします! Part4 ~第66期王座戦五番勝負 第4局について~

どうも、あらきっぺです。最近、夜に散歩するのがマイブームなのですが、ここ数日は満月が綺麗で癒されました。嫌なことがあっても自然を眺めれば、ある程度は気持ちの整理が着きますね。

 

タイトルに記載されている通り、Q&Aのコーナーです。今回は、HN:mal様からのご質問にお答えいたします。

 

 

王座戦第4局の将棋が気になります。この変化(類似局)は先手が不利なはずなのに、なぜ出現したのですか? そして、成否はどうなっているんですか?

 

確かに、王座戦第4局は、中村王座がやや古い作戦を採用していましたね。タイトル戦と言う最高峰の舞台で、なぜ旧式の作戦が登場したのでしょうか? 今回は、その理由について、お答えしようと思います。

 

注意事項

・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。

 


第66期王座戦第4局の将棋の成否はどうなっているの?

 

まず、王座戦の将棋を解説する前に、ご覧いただきたい将棋があります。(第1図)

 

2016.10.23 将棋日本シリーズ JTプロ公式戦 決勝戦 ▲佐藤天彦名人対△豊島将之七段(棋譜はこちら)

角換わり腰掛け銀の、△6二金型VS▲5八金型の将棋です。当時は、主流の駒組みが▲5八金型から▲4八金型へ移行する過渡期だったので、このように、互いの金の位置が非対称になることが多かったように記憶しています。

 

ここから実戦は、▲6五同歩△同桂▲同銀△同銀▲6三歩(青字は本譜の指し手)と進みます。(第2図)

 

手順中の▲6五同銀が、一時期、注目を浴びた対抗策です。普通はこんな早い段階で銀桂交換には応じないとしたものですが、ご覧の通り、後手玉は戦場に近いので、少し無理気味でもカウンターが決まる可能性があり、先手はそれに期待しています。

 

▲6三歩以下、△7二金▲6四桂△7三金▲6二歩成△6四金と進みます。後手の対応は他の手段もありますが、相手の攻め駒を削ぎ取るこの順が最強の受けですね。(第3図)

 

さて。問題は、この局面がどうなっているかです。駒損している先手は長期戦にできないので、何か攻める必要があります。

しかし、その具体的な手段が難しい。自然な手は▲4五桂ですが、△4四銀と逃げられると、相変わらず忙しいですね。以下、▲5一角△3一玉▲2四歩△同歩▲同角成と攻めても、△2七歩で飛車を責められると、攻めが頓挫します。(第4図)

 

(1)▲同飛は△4九角▲2八飛△3七銀で飛車が2筋から逸れてしまいます。かと言って、(2)▲2九飛では△2三銀で銀冠を構築されて、後手玉が遠のいてしまいまいますね。

 

実戦は、第3図から▲6一角という捻った一着を放ちましたが、これには△8六歩▲同歩△6六桂で後手良しが現在の定説です。(第5図)

 

▲6一角は、後手の飛車をいじめることが主な狙いですが、8筋の歩を突き捨てることで、後手はその狙いに空を切らせることができます。

例えば、ここから▲7二角成と指すと、△7八桂成▲同玉△7六銀で後手は飛車を捌くことができますね。(A図)

 

このような背景があるので、どうも▲6五同銀と桂を食いちぎって反撃する将棋は、後手が指せるという見解が固まりました。本局の約一ヵ月後にも、この変化の将棋が出現しましたが、(2016.11.15 第75期順位戦C級2組7回戦 ▲塚田泰明九段VS△横山泰明六段)やはり後手が勝利を収めています。

 

という訳で、先手にとって、これは廃れたはずの将棋だったのですが、直近の王座戦第4局の将棋は………。(第6図)

 

2018.10.16 第66期王座戦五番勝負 第4局 ▲中村太地王座VS△斎藤慎太郎七段戦から。(棋譜はこちら)

おかしいですね。先手が苦しいとされている変化に突っ込んでいるじゃありませんか。

しかし、この局面は第2図と違い、先手に▲6八金右・▲8八玉・▲9八香の3手が入っています。なぜ、このような局面になっているのでしょうか? 改めて、この将棋を序盤から振り返ってみましょう。

 


深慮遠謀たる中村王座の工夫

 

現環境の角換わりの先手番は、打開に苦しんでいる傾向があります。ゆえに、本局で中村王座は、工夫を凝らした駒組みを展開しています。(第7図)

 

ここで後手は△6四歩が最もオーソドックスな手ですが、▲3五歩△同歩▲4五桂という速攻を覚悟しなければいけません。なお、この変化の詳細は、こちらの記事をご覧ください。
読者からのご質問にお答えします! Part3 ~角換わり▲4五桂速攻について~

 

 

よって、斎藤七段は△5二金と指しました。これで中央を備えておけば、さすがに▲4五桂急戦は無理攻めです。ただ、ここで形を決めてしまうと、後手は△6二金・△8一飛型に組みづらくなってしまう懸念が生じます。

 

ところが、こちらの記事で記したように、最近の後手は敢えて一手パスして待機する戦術が流行しています。したがって、△5二金は以前よりも抵抗感なく指せる手になっていると言えるでしょう。 プロの公式戦から分析する最新戦法の事情(10月・居飛車編)

 

 

しかし、中村王座は、この早い△5二金をマイナスにさせる作戦を用意していました。それが、この▲7九玉です。(第8図)

 

村山七段、「引いたんですか」と意外そうな声。

 

―――王座戦中継サイト・第66期王座戦五番勝負第4局の棋譜コメントから引用

 

近年は、▲4八金・▲2九飛・▲6八玉型で戦うことが主流なので、このタイミングで▲7九玉は、古風な指し方です。なので、上記の村山七段の発言には、頷けるものがあります。

 

ですが、これが番勝負ならではの勝負術で、昔から多くの棋士が採ってきた戦略の一つなのです。

勝負という観点から見ると、「自分にとっては知識(経験)があり、相手にとっては未知の局面」という状況が、最も有利です。

そして、これを実現する具体的な方法としては、以下の三つが考えられます。

(1)最先端の将棋を突き詰めて、相手よりも一歩、先へ行くこと。
(2)古い将棋を掘り起こして、独自のアレンジを加えること。
(3)新しい戦法そのものを作ってしまうこと。

 

この中で理想は(3)ですが、これは相当に難易度が高いので、あまり現実的ではありません。また、(1)は相手の研究範囲と一致してしまうリスクがあるので、優位性を見出せない確率が上がります。

 

という訳で、(2)が最も現実的な策略ということになります。これなら、(1)のように研究を予想される心配は(ほぼ)無いですし、(3)よりも少ないリソースで準備を済ますことが出来ますよね。

 

かつてのタイトル戦で、この手法が見事に決まった例としては、このシリーズが挙げられます。(第9図)

 

2008.12.10~12.11 第21期竜王戦七番勝負 第6局 ▲羽生善治名人VS△渡辺明竜王戦から。(棋譜はこちら)

渡辺竜王が三連敗から四連勝で大逆転防衛を果たした伝説のシリーズですね。カド番に追い詰められた渡辺竜王は、△5三銀右急戦という意外な戦型を選びます。

 

今でこそ、矢倉に急戦策を用いることは主流ですが、当時はがっぷり四つに組み合う将棋が王道だったので、急戦はどちらかと言えば変化球のような立ち位置でした。

この将棋で渡辺竜王は「△3一玉」。続く第7局では「△3三銀」という二つの新手を用意して、勝利を収めます。

 

渡辺竜王が披露した新手は、いきなり勝ちに持って行けるほどの手ではありませんが、「有利な状況を作る」には十分な役割を果たす手だったことは確かでしょう。

 

話を王座戦に戻すと、まずは▲4五桂急戦をチラつかせることで、後手に△5二金を上がらせ、それから旧式に戻すのが中村王座の作戦でした。(第10図)

 

ここで△6五歩と仕掛けるのは、第1図と比較すると後手があからさまに損なので、決行しづらいですね。よって、本譜は△5二玉▲8八玉△4二玉と待機しましたが、▲9八香穴熊を見せたのが、上手い手待ちでした。(第11図)

 

▲6八金右は7筋を強化しているので、はっきり得ですが、▲8八玉は相手の攻めに近づく嫌いがあるので、損になりやすい手です。後手もそれを踏まえて、手損を受け入れている訳ですね。

しかしながら、▲9八香が▲8八玉に光を当てる一手。将来、▲9九玉と潜る余地を作ることで、▲8八玉の一手をプラスにさせる効果があります。

 

後手も手をこまねいて、先手の穴熊を許すわけにはいきません。よって、△6五歩▲同歩△同桂と動くのは必然です。このような駆け引きがあったので、第6図の局面になった訳なんですね。(第6図)

 

さあ。先手の手得が形勢にどのような影響を与えるのでしょうか。後手はやはり△7二金▲6四桂△7三金▲6二歩成△6四金というお馴染みの手順で対応します。

しかし、今度は▲4五桂が先手期待の一着になります。(第12図)

 

先述した変化と同様に△4四銀と逃げると、▲5一角△3一玉▲2四歩△同歩▲同角成で先手良しです。(第13図)

 

第4図と類似していますが、今度は▲6八金型なので、△2七歩は▲同飛で無効です。この変化は先手の手得が明確に得をしているので、後手は選べないでしょう。

 

ゆえに、斎藤七段は第12図から△4四角と指しましたが、これには▲5一角と打てば先手が良かったようですね。(第14図)

 

(1)△5一同飛▲同と△同玉で清算するのは、▲8二飛が厳しく、
(2)△3一玉は、▲3三桂成△同桂▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲4二銀で先手の攻めが続きます。(B図)

どちらの変化も、玉型に大きな差があることが先手の主張ですね。

 

結論を述べると、この将棋は、先手の手得がそのまま玉の堅さに反映されているので、後手が勝ちにくい将棋ではないかと考えています。後手は類似の前例よりも条件が悪いので、好んで選ぶ将棋ではない印象を受けますね。

 


まとめ

最後に、今回のご質問に対する回答を簡潔にまとめて、終わりにしたいと思います。

 

王座戦第4局の将棋が気になります。成否はどうなっているんですか?

類似局よりも、先手の条件が相当に良いので、後手に苦労が多い将棋と見る。よって、一理ある作戦と言えるだろう。

 

以上です。疑問が氷解していれば幸いです。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

2 Comments

mal

質問を投稿させていただいた者です。丁寧かつ明快な解説をいただき、ありがとうございます。おかげさまで、プロの研究の奥深さの一端を味わう事ができました。

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