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~1マスの違い~ 第67回NHK杯解説記 三浦弘行九段VS豊島将之八段

今週は、三浦弘行九段と豊島将之八段の対戦でした。

 

三浦九段は居飛車党で、堅い玉型を好む攻め将棋という印象です。序中盤は定跡や前例を踏襲することで持ち時間を節約し、終盤に時間を投資して勝負するスタイルですね。

三回戦では中村修九段と戦い、機敏な仕掛けでリードを奪って勝利しました。非公開: ~一歩千金~ 第67回NHK杯解説記 中村修九段VS三浦弘行九段非公開: ~一歩千金~ 第67回NHK杯解説記 中村修九段VS三浦弘行九段

 

豊島八段は居飛車党で、攻め将棋。序盤、中盤、終盤…..というあの有名なフレーズ通り、周到な準備をもって対局に臨まれる棋士です。また、いい意味で特徴が無く、アクを感じさせない将棋を指される印象があります。

三回戦では佐藤和俊六段と戦い、作戦勝ちからじわじわと優位を拡大して、準々決勝に進出しました。非公開: ~臨機応変の構想力~ 第67回NHK杯解説記 豊島将之八段VS佐藤和俊六段非公開: ~臨機応変の構想力~ 第67回NHK杯解説記 豊島将之八段VS佐藤和俊六段

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯準々決勝第1局
2018年2月4日放映

 

先手 三浦 弘行 九段
後手 豊島 将之 九段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲2五歩△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

 

戦型は角換わり腰掛け銀。後手は主流の△6二金型ですが、先手は▲4七金型で少し古い指し方です。ただ、これも趣旨としては▲4八金型と似ていて、右辺に金を配置することで角の打ち込みを防ぐ意味があります。ただ、金が上ずる分、守備力が下がってしまうのが欠点なのですが。

第1図は先手が▲6六歩を突いたところです。後手が歩調を合わせるなら△4四歩ですが、攻め将棋の豊島八段は△6五歩と先攻します。ここは好みでしょうね。

対する先手はどのように対処するかですが、素直に▲同歩と応じるのはあまり関心しません。なぜなら、先手は4七に金を配置しているからです。もし、この金が5八や6八にいるのであれば、▲6五同歩から受けに回る方針は普通です。しかし、▲4七金型は攻めを重視した構えなので、ここで受けに回る手を選ぶと矛盾が生じてしまいます。

よって、三浦九段は▲3五歩で攻め合いを挑みます。このように、開戦直後は駒組みと合致した手順を踏むことが肝要です。

▲3五歩以下、△6六歩▲同銀△3五歩と進みます。豊島八段は先手陣を乱したことに満足して、当面は受けに回る方針を選びます。△6二金・△8一飛型はバランスが良い布陣なので、攻め一辺倒ではなく受け身になっても強さを発揮できるところが利点ですね。(第2図)

 

さて。角換わり腰掛け銀は駒組みの形が決まっているので序盤は簡単ですが、攻め筋の組み合わせが豊富なので中盤が非常に煩雑になる傾向があります。

ただ、基本的な方針としては

(1) ▲4五桂を跳ねて3三の銀を移動させる。
(2) それにより、2筋の歩を交換する。
(3) 手にした一歩で相手の桂頭や端を攻める。

これが一連の流れになります。

本局の場合、先手は既に一歩を手にしていますが、▲7五歩と桂頭を攻めても△8六歩▲同歩△8八歩などで反撃され、十字飛車を誘発する恐れがあります。ゆえに、端攻めを狙う方針を取るべきです。

という訳で、第2図から三浦九段は▲1五歩△同歩▲4五桂△4二銀▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛と持ち歩の数を増やしながら端に照準を定めます。次は▲1二歩や▲1三歩が楽しみですね。(第3図)

 

後手はのんびりできないので、何らかのアクションを起こす必要があります。豊島八段は△4四歩と桂を責めて催促しました。ちなみに、感想戦で『この手は危険だった』と仰っていましたが、相手の攻め駒を歩で除去しに行く手は、成功すればリターンが大きいので実戦的には選んでみたい手ではあります。

先手としても「やってこい」と言われた以上、踏み込んで行くよりありません。三浦九段は▲1二歩△同香▲2二歩△同玉▲1一角と手筋を駆使して攻撃します。▲1一角に△同玉は▲3二飛成で受けが無いので、△3一玉はこの一手。(第4図)

 

仮にこの局面で先手が一歩持っていれば、▲3三歩と打って後手陣を潰すことができます。それを踏まえると▲1五香が有力に見えますね。しかし、それには△4三銀引が手強い受け。飛車は渡せないので▲3五飛はやむなしですが、△3四歩▲2五飛△1四歩で受け止められてしまいます。この変化は1一の角が遊び駒になってしまうのが泣き所です。

したがって、三浦九段は▲4四角成と指しました。これなら角は遊びません。▲4四角成にも△4三銀引があるのですが、▲3三歩が先手期待の一着です。(第5図)

 

ここは後手にとって、二者択一。すなわち、飛車を取るか金を逃げるかです。

△3四銀と飛車を取ると、▲3二歩成△同玉▲3四馬で二枚替えの駒損になってしまうので、常識的には後手が損な取引です。しかし、この場合は△2九飛▲8八玉△4三歩が良い辛抱で、先手は楽観できる状況ではありません。(A図)

 

なお、△4三歩は▲3三銀△同桂▲同桂成△同銀▲4三金の強襲を防いだ意味です。

A図が先手良しを断言できない理由は、主に三つあります。

(1) 歩切れであること。
(2) 青枠で囲った駒の効率が悪いこと。
(3) 後手玉が左辺へ逃げ出せる含みがあり、耐久力があること。

特に、(1)の歩切れが大きな要因です。仮に2、3枚歩があれば▲2四歩や▲3三歩、▲6三歩などの攻めがあるので容易に先手が勝ちそうなのですが……。

A図で後手は△8六歩▲同歩△8七歩▲同金△6九飛成や、△1九飛成~△8六香のような分かりやすい攻めがあるのに対し、先手は意外にも手の付け所が難しい印象です。この変化は、後手にとって大いに選ぶ価値があったと思われます。

 

本譜に戻ります。(第5図)

本譜は△2二金と金を逃がしました。陣形が歪むものの、駒得を主張に戦う方針です。以下、▲4三馬△同銀▲7四飛△7二歩と進みます。その局面を形勢判断してみましょう。(第6図)

 

玉型は先手の方が安全です。これは一目瞭然ですね。

駒の損得は後手が勝ります。角銀交換の上に、歩の数も大違いです。

駒の効率は、先手は4七の金がイマイチです。とはいえ、後手も2二の金が愚形なので、金に関してはおあいこでしょうか。

他に注目すべき点は、攻めの桂ですね。先手は五段目まで進んで捌けていますが、後手はまだ三段目です。よって、効率は先手に分があると言えます。

話をまとめると、まず「先手の玉型VS後手の駒得」という構図があり、ここはいい勝負。そうなると、駒の効率の差で先手が指しやすいと判断して良いと思います。

第6図から三浦九段は▲5五銀左と上がって、援軍を送ります。次は▲4四銀が狙いですね。

今まで先手の攻めは飛・角・桂の3枚だったので、豊島八段は切らす楽しみがあると見て、受けに回っていました。しかし、▲5五銀左で4枚の攻めになったので、もう受け切りは期待できません。豊島八段は△8六歩▲同歩△8八歩で遂に反撃に転じます。(第7図)

 

△8八歩はタダですが、現実的にはすこぶる取りにくい歩です。というのも▲同金は愚形になりますし、▲同玉は△6六角と王手で打たれる手が発生するので、▲4四銀が指せなくなるからです。

どちらで取っても味が悪いので、本譜は▲4四銀△8九歩成▲同玉と攻めを優先します。先手は駒損が拡大しますが、元より駒損している場合は影響が少ないと言えます。また、▲4四銀を指さないと▲5五銀左の顔が立ちません。△8八歩を手抜いて果敢に攻めたのは好判断で、先手が一歩抜け出した感があります。

▲8九同玉に対し、豊島八段は△5二銀と引いて辛抱しますが、三浦九段は▲4三銀打と咬みついて、追及の手を緩めません。(第8図)

 

先手は次に▲5三桂成を狙っています。4三に銀を配置した状態で金気を取れば、後手玉はほぼ受け無しですね。

受けるなら△4二歩なのでしょうが、▲5二銀成~▲3二銀と攻め込まれて延命できているとは思えません。そもそも、前述したように先手は4枚の攻めになっているので、後手は受け切るという選択肢は無いのです。

つまり、第8図から後手が勝つには、▲5三桂成が来る前に先手玉に詰めろを掛け続けるという条件を満たす必要があります。

後手の切り札は、どこかで銀(または桂)を入手できることです。8一の飛と角角桂(銀or桂)の持ち駒、計5枚の攻め駒で詰めろが続くかどうかの勝負です。

豊島八段は△6六桂と打ちました。これは詰めろではありませんが、△7八桂成▲同玉△6六桂のトン死筋を作ることで、▲5三桂成を牽制しています。

しかし、▲6四飛が巧みな対応。飛車を6筋に配置することで、△6六桂を受けています。加えて、△7八桂成を強要させることで、自玉を安全な右辺へ逃げ出す含みも持たせています。

▲6四飛に対して、直ちに△7八桂成で金を取るのは先手の注文通り。何はともあれ、ここは△8六飛と飛車を使うしかありません。この王手に対する受け方が、明暗を分けました。(第9図)

 

ここで三浦九段は▲8八歩としゃがんで受けましたが、これが敗着になりました。代えて、▲8七歩が勝りました。▲8七歩には△7六飛▲7七歩△6九角が変化の一例ですが、▲6七銀がしっかりした受けで、先手玉は寄りません。(B図)

 

後手は角を渡すと自玉が詰めろになるという制約が痛く、上手く先手玉に迫ることができません。B図から△7八桂成▲同銀の後に続く攻めが無く、先手勝勢です。

本譜の▲8八歩は玉に密着させることで頭金のような詰み筋をケアした意図だと思いますが、それよりも飛車取りの先手を取っておくべきだったのです。

本譜の▲8八歩に対して、△7八桂成▲同玉△5九角が鋭い着想でした。(第10図)

 

この手は△7七金▲6九玉△6八金以下の詰めろです。▲8七歩で飛車取りを掛けられていたら、この手を指す猶予はありませんでした。

三浦九段は▲6八歩と詰めろを防ぎますが、△6七歩が小味な打診。▲同玉は△8八飛成がありますし、他の駒で取れば6七が塞がり、先手玉は狭くなります。本譜は▲6七同銀と応じましたが、△8五桂が絶好の活用です。(第11図)

 

先手玉は△7七金以下の詰めろ。本譜は▲6九玉と早逃げで粘りますが、△6八角成が全てを見切った決め手。▲同玉△8八飛成で一間竜の形になり、筋に入りました。(途中図)

△8八飛成に対して、▲7八桂と受けるのは△7七桂成▲5八玉△6七成桂▲同玉△8七竜が好手順です。(C図)

 

合駒請求するのがいいアイデアで、先手は困っています。▲7七桂は△4九角で受けに窮しますね。

C図では▲7七角の方が抵抗力がありますが、(こっそり▲3二歩成以下の詰めろになっている)△6六歩▲同玉△6五歩▲同飛△5八角で後手勝ちです。

 

本譜に戻ります。△8八飛成に三浦九段は▲7八銀と節約しましたが、△8六角▲5八玉△7八竜▲6八歩△4三銀後手は最高のタイミングで質駒を取ることができました。(第12図)

 

銀を取り返せないと話にならないので、▲4三同銀不成と応じる一手ですが、銀を手駒に加えたことにより、先手玉には詰みが発生しています。豊島八段は△6八角成▲同飛△同竜▲同玉△7七銀▲5九玉△5八金できちんと詰まして、着地を決めました。(第13図)

 

第13図では▲5八同玉の一手ですが、△7八飛以下、容易な詰みです。実戦もこの局面で終局となりました。

 


【本局の総括】
・序盤は定跡型なので互角だが、後手としては先攻できるので不満は無い。

 

・中盤は先手の細い攻めを後手が受ける展開。後手は第5図で飛車を取るべきだったか。

 

・第5図以降、先手に好手順が続き、▲4三銀打と肉薄した局面は先手が良い。

 

第9図からの▲8八歩が敗着。代えて▲8七歩なら勝ちだった。1マスの違いが勝敗を分けた。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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