どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年3月第3週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.3/22~3/28)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。後手の一手損角換わりに対して先手が果敢に攻める展開になり、このような局面になりました。(第1図)
2020.3.23 第61期王位戦挑戦者決定リーグ白組 ▲羽生善治九段VS△阿部健治郎七段戦から抜粋。
この局面は、先手が一方的に攻勢に出れる状況なのでチャンスを迎えています。ただ、後手玉に5筋方面へ逃げられてしまうと寄せが面倒になるので、なるべくそれは許したくないところですね。
そうなると先手は急がなければいけないように見えますが、羽生九段は着実に寄せの網を絞りました。
慌てずに歩を払って、角を使う準備を進めたのが妙手でした!
緩いようですが、じっと歩を取ったのが本筋の一着でした。見た目には厳しさがありませんが、これが最短の攻めなのです。
なお、この手に代えて▲8三桂成△同玉▲7四香△同玉と相手の金を取ってしまうほうが面白く見えるかもしれません。確かに、これも有力な攻め筋ではありますね。(第2図)
しかしながら、ここで具体的な攻めが無いと先手は[金⇔桂香]という取引で駒を損している分、形勢を損ねてしまいます。瞬間的に敵玉を危険にできても、決め手が無ければ「攻め急ぎ」となってしまうのでこれはリスクがあります。
そこで、じわっと力を溜める▲6五同歩が賢い手段になるのです。
ここで△5五歩と角を追われる手が気になりますが、それには▲6四歩△5六歩▲6三角と放り込めば後手玉を寄せきれます。
他には△6二玉と早逃げする手もありますが、▲6四歩△同金▲8三角成と成り込んでおけば良いでしょう。これは次の▲6三歩や▲7四歩が厳しいので、後手は支えきれません。(A図)
要するに、後手は次に▲6四歩を突かれてしまうと粘りが利かなくなってしまうのです。
したがって、本譜は△6五同桂と応じてその筋をケアしましたが、▲8三桂成△同玉▲6五角が切れ味鋭い踏み込みで、先手は寄せの形を築くことに成功しました。(第3図)
[▲8三桂成△同玉▲6五角]という手順は大きく駒損を招いていますが、こうすることによって
・敵玉を8筋へおびき寄せる。
・7六に香を残すことで右辺へ逃がさない。
という二つのメリットがあります。これで後手玉は一気に狭い格好になりました。
ここで△同金は▲7四角が痛烈です。(1)△7二玉には▲5二角成。(2)△8四玉には▲6五角。いずれも後手は玉が一人ぼっちなので、凌ぎ切ることが出来ません。7六の香が寄せの大黒柱として光っていますね。
とはいえ、この角が取れないようでは後手はなす術がないと言えるでしょう。以降は幾ばくもなく、羽生九段が勝利を収めています。
改めて、▲6五同歩の局面に戻ってみましょう。
先手は▲6五歩を指すことによって、5六の角が使いやすくなっていることが分かりますね。一時的には攻めが停滞しているようでも、これで攻撃力を高めておけば、この後は一気の寄せが狙えます。逆に、第2図のようにフルパワーではない状態で踏み込んでしまうと、かえって苦労してしまうことになるのです。
自玉が安全なケースでは焦って攻める必要はなく、着実に力を蓄えることが大切です。この▲6五歩も、まさにその例に漏れない一着でしたね。
第2位
次にご覧いただきたいのは、こちらの将棋です。相矢倉から一進一退の攻防が続き、以下の局面を迎えました。(第4図)
2020.3.26 第91期ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメント ▲高見泰地七段VS△永瀬拓矢二冠戦から抜粋。
後手は自分だけと金が作れていますし、4三の香を失ってもまだ桂得という実利が残っています。つまり、「物量」という点では先手を大きく上回っており、その分、形勢も後手がリードしていると言えるでしょう。
ただ、先手には「中央の厚み」という主張があり、後手はこれを打破しないと敵玉への寄せが見えてきません。そうは言っても具体的な手段が難しいようですが、永瀬二冠は思わぬ一手を放って棋勢を引き寄せることに成功します。
桂を打って5五の銀に照準を定めたのが妙手でした!
これが強靭な防御でした。苦し気な一手に見えるかもしれませんが、この桂が「縁の下の力持ち」となる活躍をするのです。
そもそも、後手としては▲4四歩に対して△同香▲同銀△同銀▲同角とさっぱり清算して問題なければ話は早いところですね。しかし、これでは相手の角が自陣に直射するので、後手は危険な対応と言えます。
そういった課題をクリアするのが、この△5一桂なのです。
先手はシンプルに攻めるなら▲4三歩成△同桂▲4四銀ですが、そのとき△5五桂打というカウンターを撃てることが後手の自慢になります。(第5図)
5五の地点に壁を設置できれば、先手の大駒を両方ともブロックすることが出来るので後手は自玉が大いに安定します。その上、この桂は攻めにも役立つ駒なので、後手にとっては味が良いことこの上ないですね。
このように、先手にとって5五の地点は攻防の要となる場所なので、ここを押さえられるのは死活問題と言えます。
ゆえに、本譜は▲8五桂△6二角▲5三歩成△同歩▲5二歩という捻った攻めを選びます。これは5一の桂をやっつけてから▲4三歩成を指したいという意図ですが、△5四桂が先手の厚みを崩壊させる一撃でした。(第6図)
先手の角を攻めつつ、5九の飛の利きを遮る一石二鳥の攻防手ですね。
これに▲7七角と逃げるようでは、△7五歩で角頭を小突かれるので攻めに拍車を掛けてしまいます。よって、本譜は▲5四同銀△同歩▲5一歩成と攻め合いますが、△5五銀が手厚い一手で、後手は相当に負けにくい形になりました。(第7図)
これも先手の角を攻めつつ、5九の飛の利きを遮る攻防手になっていますね。先手は大駒が二枚とも封じられてしまい、攻めに迫力が無くなってしまいました。こうなると▲4三歩成で香を取られたところで痛くも痒くもありません。
第7図の局面は、先手が築いていた「中央の厚み」が雲散霧消していることが分かります。後手は徹頭徹尾、5五の地点に駒を置くというプランを貫いた結果、理想を現実のものにすることが出来ました。こういった状況になったのも、△5一桂の存在があったからこそですね。
この桂打ちはなかなかに奇抜ではありますが、よくよく見ると「控えの桂に好手あり」という格言を応用していることが分かります。多少、風変りな見た目であっても、格言に合致しているのであれば立派に成立することを示唆した一手とも受け取れますね。これは受けの力に定評のある永瀬二冠らしい妙手でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これは圧倒的な終盤力に度肝を抜かれましたね。(第8図)
2020.3.24 第61期王位戦挑戦者決定リーグ白組 ▲藤井聡太七段VS△稲葉陽八段戦から抜粋。
後手が△6一金と指し、先手の飛車を取ったところ。
現状、先手玉は詰めろではありませんが、△6九角成▲4九玉△2五馬で飛車を抜かれる手を狙われています。これが詰めろ逃れの詰めろになってしまう公算がかなり高いので、先手は平凡な手段では勝利を引き寄せることが出来ません。
また、次に△7二金で成桂を除去されると、手掛かりを失うので後手玉は寄りが見えなくなります。つまり、先手は▲4九玉などで受けに回る余裕もありません。そうなると八方塞がりのようですが、一つだけ先手には道が開けていたのです。
成桂を捨てて攻めを加速させたのが妙手でした!
自分から手掛かりとなっていたはずの駒を差し出すのは非常に驚かされますが、これが勝利を導く唯一無二の妙手です。
なお、ここでは▲7三金と迫るのが普通の発想ですが、これは△6四玉▲7四金打△同銀▲同金△同玉▲6六桂△6三玉と応じられると駒が足りません。金を二枚も使うと戦力不足に陥ってしまうのです。(B図)
ところが、▲7三成桂と引けば先手はこの問題を解決することが出来るのです。
これに対して△同玉と応じると、▲6五桂△同銀▲8四銀から後手玉を下段に落とせば良いでしょう。(C図)
この変化は▲6五桂と王手で銀を補充できるので、先手は攻め駒が不足する心配がないことが心強いですね。
したがって、後手は△6四玉と逃げることになりますが、これだと先手は持ち駒の金を温存することが出来ています。なので、今度は▲7四金△同銀▲同成桂△同玉▲6六桂という攻めが有力な手段になりますね。
△7三玉と下がるのはやむを得ませんが、そこで▲6四銀が第二弾の妙手。これで後手玉は鍋の中に入りました。(第9図)
飛車の横利きがあるので、△同玉は▲7四金で詰んでしまいます。
なお、同じようでも▲7四銀と打つと、△6二玉▲5四桂のときに△同歩という変化を与えます。このとき、銀を6四から打っておけば5三へ逃げられないという仕組みなのです。本当に読みが入っていますね。
後手は複数の逃げ場がありますが、
(1)△8二玉は、▲7四桂。
(2)△8三玉は、▲8四歩△同玉▲8五飛。
いずれも詰みを回避できません。
本譜は△6二玉▲5四桂△同馬という応手を選びましたが、ガツンと▲6三銀打と放り込めば後手玉は意外に狭い格好ですね。(途中図)
基本的には、6三の地点で駒を清算してから▲6四歩と叩いていけば、手数は掛かるものの後手玉は詰んでいます。なので△同馬とは取れないですし、△5一玉と引いても▲6二銀打△同金▲同銀成△同玉▲6三歩……という要領で押していけば即詰みです。
本譜は△7一玉と引きましたが、これには▲7五飛がピッタリの追撃。これも先手は即詰みに討ち取ることができます。(第10図)
△7二歩には▲6二金から清算して▲6三歩と打てば、例の詰みパターンに入るので先手勝ち。
本譜は△7二金打と抵抗しましたが、▲同飛成△同金▲6二金で終局となりました。以降は金銀をペタペタと打っていけば並べ詰みですね。(第11図)
手数がかなり長いので煩雑になってしまいましたが、要するに▲7三成桂に△6四玉と逃げてからは、即詰みコースに入っているのです。後手が詰みを回避するには▲7三成桂に△同玉と応じるよりなかったのですが、それも先手が勝てることは先述したとおりですね。
……と、全てが終わった後だからこのような俯瞰した言い回しが出来ますが、この細い綱を(しかも持ち時間が切迫している状況下で)何一つ間違えることなく渡り切ってしまったことは、まさに驚異的です。
本局を最初に見たとき、「これが詰んでいるのか…」と嘆声を上げた方もいらっしゃったのではないでしょうか。筆者もそんな一人です。▲7三成桂は、深い読みの射程が長い藤井七段の長所が遺憾なく発揮された妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!