どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年8月第5週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.8/30~9/5)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。先手の中飛車左穴熊に後手が三間飛車で対抗する構図になり、このような局面を迎えました。(第1図)
2020.9.2 第62期王位戦予選 ▲北浜健介八段VS△郷田真隆九段戦から抜粋。
後手が△6三銀右と指し、5四の拠点を取りに行ったところです。
先手の戦力は申し分ないですが、後手の囲いも相当に頑丈なので、あれを攻略するのは容易ではありません。
どういった組み立てで後手玉を攻めるのか難しい場面ですが、北浜八段は意外なところに手を伸ばしました。
悠然と8筋の歩を突いたのが妙手でした!
どうして、この場所の歩を突くの? と疑問を感じられた方が多いのではないでしょうか。確かに、穴熊にとって8七の地点は弱点なので、普通はこんな手が良い手になることはありません。しかし、この局面においては臨機応変な一手なのです。
後手は予定通り△5四銀で歩を払いますが、▲8五歩でさらに8筋の歩を伸ばすのが明るい判断。そう。先手は敵玉を上から寄せに行くつもりなのです。(途中図)
ここで△8六桂と打たれる手が気になるところですが、▲8七馬△9八桂成▲同馬と応じれば差し支えありません。後手は桂を渡すと▲8四歩→▲8三歩→▲7五桂という攻め筋を与えてしまうので、おいそれと△8六桂を打つことは出来ないのです。
そういった事情があるので、本譜は△7二金と上がって玉頭を強化しました。しかし、先手は構わず▲8四歩△同歩▲8三歩△同金▲8五歩△7二銀▲7五金と玉頭から襲い掛かっていきます。最終手の▲7五金は、8四に拠点を作りたいという意味ですね。(第2図)
後手は8四の地点をケアすることが難しく、玉頭の嫌味を解消できません。先手は歩をたくさん持っているので、何発でも8筋に歩を叩けることが強みです。こうなってみると、8筋の歩を伸ばした甲斐があったというものですね。
この▲8六歩は悠長な一手に見えますが、8筋から攻める展開に持ち込むことで、6筋に並ぶ銀の防壁を無用の長物にしたことが最大のメリットです。加えて、潤沢な持ち歩を活かす意味でも、縦方向からの攻めを狙うのは理に適っていますね。▲8六歩は、北浜八段の着眼点が光った一着でした。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。後手の四間飛車に対して先手が端歩突き穴熊をぶつける将棋になり、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.9.3 第68期王座戦五番勝負第1局 ▲永瀬拓矢王座VS△久保利明九段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
お互いの囲いは健在ですが、堅さでは先手のほうが勝りますね。また、香得していることも大きいです。それらを踏まえると、先手優勢の終盤戦だと言えるでしょう。
とはいえ、具体的な攻めがないと相手に立ち直られてしまいます。まだ簡単ではないようにも見えましたが、永瀬王座はなるほどの手順で寄せの形を築き上げました。
囲いの桂を使って、攻撃力を高めたのが妙手でした!
穴熊の桂を跳ねるのは大胆ですが、これが最速・最短の攻めでした。こうすることで、先手は持ち駒の香の価値を最大限に高めることが出来るのです。
なお、始めの局面では▲6九香も有力に見えますが、それには△6六歩と中合いされます。(1)▲同香は△6五歩ですし、(2)▲7七桂と跳ねても△5五角打で簡単ではありません。(第4図)
こうなると先手は攻め駒が不足しており、どうも攻めあぐねている印象を受けます。先手にとって▲6九香は狙い筋の一つですが、今すぐに決行しても高い成果は上がらないのです。
ゆえに、先手はそのための準備を整える必要があり、それが▲7七桂という訳なのですね。
さて。次こそ▲6九香が厳しいので、後手は△6六歩で先受けします。しかし、今度は香を温存しているので、▲4九香で金を取りに行けることが先手の自慢ですね。
後手も△2六桂から飛車を取りに行きますが、▲4七香△1八桂成▲8一金△9三玉▲9一金と進んだ局面は、先手がはっきりと優位を拡大しています。(第5図)
▲8一金から▲9一金という攻め方はのんびりしていますが、先手は自玉が鉄壁なので、とにかく攻めが切れなければ問題ありません。
このあとは、9筋の歩を突いて香を並べるという要領で後手玉を攻撃すれば、自然と寄り筋に入ります。実戦もその攻め筋を実行させた永瀬王座が勝利を収めました。
第5図で後手は、△6一歩と底歩が打てれば粘れる格好ですが、それが利かないことが痛いですね。つまり、▲7七桂は6六に歩を打たせることによって、後手の守備力を削る意味もあったのです。
改めてこの局面を見ると、先手は▲6九香と▲4九香という二つの狙いを見せることで、相手を受けにくい状況に追い込んでいることが分かります。後手は二つの攻め筋に対応できる応手がなく、痺れてしまいました。▲7七桂は、攻めに厚みを加える味わい深い妙手でしたね。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これは非常に技巧的かつ深遠な一手なので、個人的には断トツでした。(第6図)
2020.8.31 第79期順位戦A級1回戦 ▲稲葉陽八段VS△豊島将之竜王戦から抜粋。(棋譜はこちら)(便宜上先後逆で表示)
先手が4六にいた銀を、3七に引いたところです。
後手は現状、一歩損ですが、2五に歩が落ちているので、それはすぐに解消できる状況です。
そうなると、次の一手は当然「あの手」かと思うところですが、豊島竜王の着想はそれを越えるものでした。
4筋に飛車を回って、相手を打診したのが妙手でした!
△2五飛と指す前に、この場所で一旦停車するのが面白い一手でした。ネット将棋なら「操作ミスなのかな?」と思ってしまいそうですが、これが細かくポイントを上げる妙着なのです。
なお、ここで単に△2五飛だと、▲2六歩△8五飛▲6八角という進行が予想されます。(第7図)
この▲6八角は卑屈なようですが、次に▲8六銀から玉型を改善することが狙いです。また、▲5六歩→▲4六銀という要領で自陣を立て直すのも楽しみですね。
後手はこの進行を選んでも不利ではないのですが、第7図は先手も頑張り甲斐がある将棋なので、少しモヤモヤとした部分があります。
では、△4五飛の場合は、どういった違いがあるのでしょうか。
先手は△4七飛成を防ぐ必要がありますね。ただ、▲4六銀だと△2五飛▲2八歩△3六角という強襲が炸裂するので、この変化は選べません。(A図)
このように、先手は銀を3七に留めないと、2筋を食い破られてしまうのです。
では、ここで▲4六歩だとどうでしょうか。これには、自然に△2五飛▲2六歩△8五飛と応じておきます。(第8図)
先手はここでも▲6八角と打つことはできますが、今度は▲5六歩と突いても角道が通らないですし、攻めの銀を活用する方法も難しいですね。第7図と違い、▲4六銀と上がれないことが悩みのタネです。
この変化は「▲4六歩」という一手が駒の働きを低下させており、先手は不利益を被っているのです。
改めて、△4五飛の局面に戻ります。
また、ここで▲4八飛と寄る手も将来の▲4六銀が指しにくくなる(△3六角が発生するから)ので、やはり不都合が生じます。つまり、先手が3七の銀を使うためには、[▲3八飛・▲4七歩型]という配置を維持しなければいけないのですね。
ゆえに本譜は▲8三角と打ったのですが、後手はこれを待っていました。ひとまず△2五飛▲2六歩△8五飛はこう指すところでしょう。(途中図)
ここで▲5六角成は、△4五銀で馬が詰みます。よって▲6一角成は必然ですが、△4三銀▲5六歩△4二銀でその馬にプレッシャーを掛けるのが後手の本当の狙いでした。(第9図)
先手は待望の▲4六銀を指しますが、後手は△5一金▲7一馬△6三角で、じわじわと馬を包囲していきます。(第10図)
ここまで来ると、馬を捕まえる形が見えて来ました。次は△5二角→△6一金、もしくは△5二銀→△6一金という手順で馬を召し取ることが出来ますね。
先手はそれが分かっていても、残念ながら指をくわえて眺めるよりありません。馬が孤立しているので、どうにも救助する術が無いのです。
つまり、この局面は角金交換が確定しているので、後手は頭一つ抜け出すことに成功しました。これは見事な馬の捕獲劇でしたね。そして、この成果を生み出した遠因は、もちろん△4五飛にあります。
後手は直ちに△2五飛と回っても悪くないところだけに、△4五飛と途中下車する発想は思いつかないですね。そして、あえて角を打たせ、それを捕獲するという構想には脱帽です。△4五飛は綿密な豊島将棋の長所が遺憾なく発揮された妙手だったと思います。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!