どうも、あらきっぺです。もともと引きこもりなのであまり生活に変化は無いのですが、やはり明るい世の中になってほしいものですね。
タイトルに記載している通り、プロ棋界の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。なお、前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情(2020年2月号・居飛車編)
・プロの公式戦の棋譜から戦法の評価を分析しています。調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あくまで、一個人の見解なので、妄信し過ぎないことを推奨いたします。
最新戦法の事情 居飛車編
(2020.2/1~2/29)
調査対象局は84局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
基本形ではない形に支持が集まる。
23局出現。出現率は約27.4%。これは1月とあまり変わりなく、そして2月の中では最も高い数字でもありますね。長きにわたって環境のトップに君臨している戦型です。
角換わりは基本形の将棋が多く指されてきましたが、このところは姿を見かけることが少なくなっています。事実、2月では僅か4局まで落ち込みました。要因としては、下図のように▲4五桂と跳ねる仕掛けが優秀であることが考えられます。
という訳で、この頃の後手は一手パス待機策や右玉といった変化球を投げるケースが増えつつあります。今回は、そういった変化球の一つである△9三歩型の将棋を解説していきましょう。(第1図)
2020.2.13 第5期叡王戦挑戦者決定戦三番勝負第2局 ▲渡辺明三冠VS△豊島将之名人戦から抜粋。(棋譜はこちら)
△9三歩型は端の位を取らせる代償に、駒組みを早く進めて先攻を狙うことが作戦の趣旨です。対する先手は、相手からの仕掛けを封じつつ自分が先攻できるシチュエーションにすることが理想ですね。
第1図は先手が▲3八金と指したところです。代えて▲4八金と上がるほうが自然ですが、「ある局面」に誘導されたくないので、先手はあえてこちら側に金を上がっています。
ここから後手は△4四歩や△3一玉で陣形を整備するのが普通ですね。しかし、それでは「ある局面」に誘導できないので、後手は少し捻った手を選びます。△4一玉が面白いアイデアでした。(途中図)
ぱっと見では、なぜこんな中途半端な場所に玉を移動させるのが意図が読めないところです。詳細は後述するので、ひとまず本譜の進行を追いましょう。
ここから実戦は、▲5六銀△3一玉▲4八金△4四歩と進みました。(第2図)
さて。ここで▲4五歩と動くのは、△4一飛と回られると▲6八玉型が戦場に近いので芳しくありません。まだ仕掛けは時期尚早なのです。
そうなると先手は▲7九玉と引く手が自然ですね。しかし、それは先述した「ある局面」になってしまい、後手の仕掛けを誘発するので危険な手と見られています。詳しくは、こちらの記事をご覧くださいませ。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年3月号 居飛車編)
自然な▲7九玉が指せないとなると、先手は有効な手待ちが見当たりません。そう、後手はこの局面で相手に手番を渡したかったので、△4一玉→△3一玉という手順でわざと手損をしたのです。
先手の▲3八金→▲4八金という挙動もこれと同様の意味なのですが、後手の△4一玉によって相殺されてしまいました。つまり、△9三歩型の将棋のときは、
・▲4八金には△3一玉
・▲3八金には△4一玉
という要領で手番を調整して、第2図の局面で先手に手番を渡すことが大事なのです。
先手がパスをするなら▲3八金が一案ですが、△4二玉と待機されるとどうも打開が難しいですね。
仕方がないので本譜は▲1八香と待機しましたが、後手はこれを見て△6五桂と動いて行きます。こうなると、攻撃志向型の将棋を先後反転したような格好になりました。(第3図)
この局面は、駒組みを早く進めて先攻を狙うという△9三歩型の趣旨に沿った展開になっているので、後手の作戦が見事に決まっていると言えます。先手は端の位は取れているものの、こうなるとあまり大勢に影響を及ぼさないので思わしくありません。
このように、△9三歩型は後手番ながら先攻しやすいことがメリットですね。以前は▲3八金→▲4八金という手損作戦により、第2図の局面で相手に手番を渡せないという問題があったのですが、△4一玉の発見によってそれがクリアされたので復活したといったところです。
序盤の手待ち合戦が複雑な嫌いはありますが、攻め将棋のプレイヤーにとっては、使いこなせるようになっておきたい持ち球の一つと言えるでしょう。
矢倉
急戦と持久戦の融合。
19局出現。がっちり組み合ったのは5局だけで、後手は矢倉に追随する指し方を選ぶケースが少なくなっています。これは、先手からの急戦矢倉を嫌がっていることが原因の一つと考えられますね。前回の記事にも記したように、現環境は先手急戦矢倉が優秀です。
後手は急戦策で主導権を握ろうとする傾向が強く、特に[△6三銀・△7三桂型]を作るケースが多い(9局)ですね。
その中でもホットな作戦が、それを△3三銀型と組み合わせる指し方です。(第4図)
2020.2.13 第78期順位戦B級1組12回戦 ▲行方尚史九段VS△屋敷伸之九段戦から抜粋。
この後手のフォーメーションが、このところ注目を集めている形です。6筋から左側は急戦のパーツですが、4筋から右側は持久戦のパーツをしていますね。何だか作戦が分裂しているようですが、後手は正体を現していないので、どちらの方針も選ぶことが出来ます。この柔軟性の高さが人気を博している理由の一つと言えるでしょう。
相手の正体が不透明なので、本譜は▲9六歩と様子を見ました。対して、後手は△3一玉と寄ります。先手は▲3七銀で攻めの準備を進めますが、△4四歩と突いて銀の動きを牽制するのが見た目に囚われない構想です。これは▲4六銀に△4五歩を用意した意味ですね。(第5図)
後手は2二の角をどんどん使いにくくしているように見えるので、違和感を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。ですが、この配置が先手の攻めを警戒した構えなのです。
先手は4六に銀を上がれないので▲2六銀と指しましたが、△4五歩▲3五歩△6二飛が棒銀を逆手に取る対応でした。(第6図)
先手は3筋の歩を突っ掛けたものの、▲3四歩を取り込むと2二の角を目覚めさせるので、どうも味が悪いですね。また、▲7九角には△8五桂▲8六銀△6五歩で6筋をアタックされるので、これも芳しくありません。つまり、先手は有効な攻めも矢倉に囲うことも出来ない局面なのです。
この局面は互角の範疇かとは思いますが、先手は「棒銀を捌くと相手の角を活用させる」という設定が面白くなく、スッキリとはしない感があります。加えて、8八の角がなかなか使えないことももどかしいですね。
この戦型はまだまだ体系化されていないのですが、カメレオンのように作戦を色々と使い分けられるのは大きな魅力です。お互いに工夫の余地がある将棋です。この作戦の評価次第によっては、矢倉の環境が大きく変わることになるのではないでしょうか。
相掛かり
穏便に指すなら△8二飛型。
17局出現。
先手はさまざまな作戦を選んでおり十人十色と言ったところですが、後手は[△5二玉・△7二銀型]に組むのが一番人気(10局)となっています。
ただ、一口に[△5二玉・△7二銀型]と言っても、飛車をどこに配置するのかでかなり作戦の趣旨が変わります。今回は、浮き飛車に構えない指し方を取り上げてみましょう。(第7図)
2020.2.16 第45期棋王戦五番勝負第2局 ▲本田奎五段VS△渡辺明棋王戦から抜粋。(棋譜はこちら)
[△5二玉・△7二銀型]で△8二飛を選ぶのは珍しいのですが、これは持久戦志向の作戦で、以下の局面に組むことを想定しています。
こういった角換わり腰掛け銀のような将棋になってしまえば、お互いに隙が無い構えなので仕掛けの糸口を見出すことが難しくなります。
後手はどのみち下段飛車に構えるので、そうなれば飛車の位置は8四だろうか8二だろうか関係ありません。ならば、目標になりにくい自陣に配置するほうが堅実というロジックなのですね。
さて。先手は漠然と駒組みを進めていると、仮想図の局面になってしまうので、その前に動きを見せなければいけません。
ゆえに、本譜は▲2四歩△同歩▲同飛で横歩をかすめ取りにいきました。対して、後手は△8八角成▲同銀△2二銀と応じます。(第8図)
角交換をすることによって横歩取りを牽制できることが、△8二飛型のメリットですね。後手は角交換で手損していますが、先手も飛車を2六に引けば一手損なので、そこは帳消しにできるだろうと踏んでいるのです。
ここで▲3四飛と欲張るのは、△3三銀▲3五飛△2四歩のときに不安があります。先手は飛車が2筋に帰れないので、徐々に圧迫されてしまいそうですね。
よって、本譜は▲3七桂△6三銀▲2九飛と穏便に飛車を引きました。(第9図)
ここから△2三歩▲4六歩と進めば、局面が収まるので一局の将棋でしょう。
ただ、この変化だと後手は手損していることをどう評価するかという話があります。つまり、後手は[△8八角成▲同銀]というやり取りによって一手損しましたが、先手は飛車を途中下車することなく2九へ配置できたので、手損せずに仮想図の局面を目指すことが出来るのです。
とはいえ、この程度の損は勝敗に直結するレベルではないので、許容範囲という感もあります。序盤は穏やかに進めたいプレイヤーにとっては、指してみる価値のある作戦ではないでしょうか。
雁木
先手雁木が面白い。
11局出現。後手番での採用が多数派ですが、先手雁木も3局指されており、チラホラと見かけますね。
ただ、先手雁木は後手にも雁木で対抗されたときに打開が容易ではないところが難点です。無策に指していると千日手になってしまう懸念があるのですが、それに対する答えを明示した将棋が登場したので、解説したいと思います。(第10図)
2020.2.5 第78期順位戦B級2組10回戦 ▲井上慶太九段VS△丸山忠久九段戦から抜粋。
ここから平凡に指すなら▲5八金△5二金▲6九玉のような手順でしょう。しかし、淡々と雁木に組んでいるようでは、仕掛けの糸口が見出せず千日手が濃厚になってしまいます。
そこで、本譜は▲5八玉△5二金▲3八金という組み方を選びました。(途中図)
▲5八玉型に構えたのが新たなアイデアです。「中住まい雁木」とでも表現すれば良いのでしょうか。わざわざ手薄な囲いを選んでいるのでメリットが見えないようですが、これが機動性に優れた布陣なのです。
後手は自然に△9四歩▲9六歩△4二玉で陣形を整えますが、先手は▲6八角と引いて2筋の歩交換を目指します。(第11図)
後手も△5四銀右と腰掛け銀に構えて攻めの準備を進めますが、▲2四歩から一歩を交換して▲2九飛と引いておきます。このとき、中住まいに構えた利点が遺憾なく発揮されているのです。(第12図)
先手は6八の角が盤上から消えると△8六歩▲同歩△同飛から歩を交換されてしまうのですが、この局面では▲9七角が絶好のカウンターなので、後手の歩交換を阻むことが出来ています。下段飛車とのシナジーが高いので、中住まいが良い構えになっているのです。
ただ、ここで一つ疑問を感じたかたもいらっしゃるのではないでしょうか? 後手は△5四銀右と上がらなければ6四の歩に紐が付いているので、▲9七角の筋を食らうことはありません。なので、それを指さずに駒組みすれば、相手にだけ歩を交換されるという事態を防ぐことができそうです。
つまり、後手はここから6三の銀を動かさずに駒組みを進めるほうが、膠着状態を作りやすいと言えます。
しかしながら、これに対しても先手は局面を打開する策があります。詳しくは、こちらの記事をご覧くださいませ。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年3月号 居飛車編)
一手損角換わり
少数派だが、有力。
7局出現。
出現率は下降していますが、一手損角換わりそのものがダメになったという訳ではありません。以前から述べているように、後手はこの局面に組めば早繰り銀の速攻を封じ込めることが出来ます。(第13図)
2020.2.22 第91期ヒューリック杯棋聖戦二次予選 ▲本田奎五段VS△丸山忠久九段戦から抜粋。
ご覧のように、△4一金型のまま足早に腰掛け銀を作ることが、早繰り銀を迎え撃つ最強の布陣です。
ここから後手は、
(1)▲7八玉型を咎めるため、8筋の歩を伸ばす。
(2)▲2六銀と出られても△1四歩を省いて戦う。
この二点を心掛けることが大事です。
なお、▲2六銀と出られときに△1四歩を省くと▲1五銀と出られてしまうのですが、そう指されても後手は正確に対応すれば形勢を損ねることなく戦うことが可能です。詳しくは、こちらの記事を参照してくださいませ。
このフォーメーションが優秀なので、現環境の一手損角換わりは早繰り銀に対しても互角に戦えると見ています。
ただ、裏を返せばこの形以外ではなかなか上手くいかないことが多いので、作戦の幅が狭いことがデメリットですね。そういった融通の利かないところが、採用数の減少に影響を及ぼしたのかもしれません。
その他の居飛車
青野流にチャレンジ!
7局出現。そのうち4局が横歩取りを採用しており、ほんの少しですが出現率が増加しています。
ただ、現実としては青野流に苦しめられており、なかなか厳しい状況が続いています。そんな中、不利と定説が下されている形にチャレンジした将棋が登場したので、それを紹介したいと思います。(第14図)
2020.2.21 第51期新人王戦トーナメント ▲池永天志四段VS△出口若武四段戦から抜粋。
この将棋は、青野流の中でも代表的な変化の一つです。この△2六歩は決戦に出るための下準備で、果敢に斬り合う意思表示とも言えますね。
先手は▲3八銀でと金作りを受けますが、△7六飛▲7七角△同角成▲同桂△5五角で後手は技を掛けに行きます。(第15図)
先手は両取りを掛けられてしまいましたが、この△5五角はそこまで高い威力を誇っておらず、先手は無視することが出来ます。なので、▲2二歩と攻め合うのが良いですね。
これを△同角だと香取りが解除されるので、▲6八銀と受ける余裕が生まれます。ゆえに、△3三桂と跳ねないと角を打った手の顔が立ちません。以下、▲2一歩成△4二銀▲8四飛と進みます。まだ定跡通りの進行ですね。(第16図)
ここから本譜は△8二歩▲7二歩△同銀▲8二飛成△7四歩▲8七竜△7五歩▲6五桂と進みました。かなり派手にやり合っていますが、まだ前例がある将棋です。(第17図)
なお、ここに至るまでの変化手順を全てすっ飛ばしていますが、それにつきましてはこちらの記事を参照してくださいませ。
プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(4月・居飛車編)
さて。前置きが終わったので、そろそろ本題に入ります。
この局面は先手良しが定説とされており、後手は選んではいけない変化と認知されていました。後手は△1九角成と香を取る手が間に合わないので、5五に打った角が空振っている節があるからです。
また、後手は△8六歩と打って竜を押さえ込む手も指してみたいのですが、▲7六竜△同歩▲7三歩と襲い掛かられたときに芳しくありません。桂を渡すと▲2四桂が速いので、攻め合い負けを喫してしまうのです。
そこで、本譜は△2七歩成▲同銀△8六歩と指しました。これが後手の改善案です。(第18図)
成り捨てを利かすことで、△2八飛が王手で打てるようにしたことが後手の工夫です。すなわち、ここで▲7六竜△同歩▲7三歩には△2八飛が入るので後手の攻めが加速しています。
先に△8六歩を打ってしまうと成り捨てを取ってくれないので、そういった状況にならないようにしたという仕組みなのですね。
という訳で、先手は▲8九竜と引くことになります。後手は言い分を通しましたが、このままでは7六の飛が狭いですね。よって、△2六歩と叩きました。これは、飛車を3六へ移動したいという意図です。(途中図)
これを▲同銀と応じると、待望の△1九角成が間に合います。今度は竜を封じているので▲7三歩は怖くないですし、飛車が3六に逃げられるので後手は良いこと尽くめですね。
先手は対応が難しそうですが、ここから先手は手段を尽くせばこのピンチを乗り切ることが出来ます。続きはこちらからご覧ください。
プロ棋界の公式戦で指されている最新戦法の内容をもっと深く知りたい! という御方は、こちらの記事をご覧ください!
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年3月号 居飛車編)
こちらの記事は有料(300円)です。その分、この通常版の記事よりもさらに詳しいコンテンツになっております。内容量といたしましては、通常版の約2~3倍ほどです。もっと詳しく! という御方は、ぜひご覧ください!
今回のまとめと展望
【2手目△8四歩系統】
角換わりと矢倉で後手に新たなアイデアが登場したので、2手目△8四歩の株が上がったように感じます。新たなアイデアとは、この二つのことです。
【2手目△3四歩系統】
一手損角換わりが減少していますが、これは2手目△8四歩が有力になったので、それに伴って採用率が落ちたと見ています。スペシャリストは指さない理由がありませんが、オールラウンダーにとっては選ぶ理由が乏しいといったところでしょう。
現環境では、この三つが先手にとって手強い相手です。それを踏まえると、相掛かりや雁木が得意なプレイヤーにとっては戦いやすい環境になりつつあると考えられますね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!