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第69回NHK杯【決勝戦】 深浦康市九段VS稲葉陽八段戦の解説記

今週は、深浦康市九段と稲葉陽八段の対戦でした。

 

深浦九段は居飛車党で、攻守のバランスの取れた棋風です。じっくりとした将棋を好み、駒得や手厚さを重視するタイプの棋士ですね。

準決勝では行方尚史九段と戦い、矢倉の将棋を制して決勝戦に勝ち上がりました。
第69回NHK杯 行方尚史九段VS深浦康市九段戦の解説記

 

稲葉八段は居飛車党で、攻め将棋。シャープで軽快な棋風の持ち主ですが、粘り腰もすこぶる強く、その二面性が稲葉将棋の武器と言う印象があります。

準決勝では斎藤慎太郎八段と戦い、相掛かりを採用して決勝戦へと進出しました。
nhk杯 稲葉第69回NHK杯 稲葉陽八段VS斎藤慎太郎八段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯決勝戦
2020年3月22日放映

 

先手 深浦 康市 九段
後手 稲葉 陽  八段

序盤

 

初手から▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

NHK杯 決勝

先手番の深浦九段は矢倉を選びます。これに対して、稲葉八段は居玉のまま[△6三銀・△7三桂型]を優先的に作りました。この駒組みは、相手の出方によって急戦と持久戦を使い分けられることがメリットですね。

 

NHK杯 決勝

なお、少しマニアックな話をすると、この後手の作戦は△8五歩や△4一玉を保留した状態で[△6三銀・△7三桂型]を作ることがポイントです。そうしなければいけない理由については、こちらの記事をご覧くださいませ。

参考 最新戦法の事情2019年12月号 居飛車編

 

NHK杯 決勝

さて。後手は基本的には急戦を狙っているので、先手は仕掛けを警戒した駒組みを行う必要があります。ここから深浦九段は、▲7九角△8五歩▲5六歩と指しました。(第2図)

 

NHK杯 決勝

この戦型で先手は、角を6八に配置すれば後手の速攻を封じることが出来ます。ただ、どうせ角を移動するなら、2筋の歩を交換したついでにその形を作るほうがより良いですね。▲5六歩は、そういった意図の元で指された一手です。

 

後手は△6五桂▲6六銀△8六歩と攻めてしまう手もありましたが、稲葉八段は穏やかに△4二銀と上がりました。こうなれば、▲2四歩△同歩▲同角△2三歩▲6八角までは一本道です。先手としては、ひとまず自分の言い分は通した格好ですね。(第3図)

 

NHK杯 決勝

後手はこのまま持久戦になってしまうと、ただ2筋の歩を交換されただけに終わってしまうので、あまり面白くありません。ゆえに、本譜は△5四歩▲3七銀△5五歩▲同歩△同角で持ち歩を入手して攻める準備を整えます。以下、▲4六銀△2二角▲6九玉△5二飛▲7九玉と進みました。

 

後手は中央から動くことで、先手の▲5六歩を逆手に取ろうとしています。稲葉八段が第2図で△6五桂の仕掛けを見送ったのは、こういった将棋に持ち込みたかったという意味も少なからずあったでしょう。(第4図)

 

NHK杯 決勝

先手は4九の金が離れているものの、矢倉の構えが作れていますし、攻めの形(早繰り銀や持ち歩の数)も申し分のないので十分な態勢でしょう。後手の主張は、自分だけ桂が使えることや、角が相手の囲いに直射していることですね。

 

第4図は、[バランス重視の先手VS攻撃特化型の後手]という構図になっています。お互いに、その特性をとれだけ生かせるかが優位を掴むカギとなるでしょう。

 


中盤

 

NHK杯 決勝

後手は居玉ではありますが、稲葉八段は△7五歩▲同歩△7六歩と果敢に動いて行きました。拠点を作ってもすぐに戦果が上がる訳ではありませんが、終盤戦を見据えた先行投資にはなり得ます。

これに対して深浦九段は、形良く▲6六銀と上がります。代えて▲8八銀では壁銀の悪形なので、将来に苦労する可能性が高いですね。悪形は借金のようなものなので、なるべく作らないほうが賢明です。(第5図)

 

NHK杯 決勝

しかしながら、銀を上がると△6五歩に対して当たりが強いという弊害があります。これで困っているのならお話にならないところですが、現状では▲5五銀左が成立します。以下、△同飛▲同銀△同角と進むと駒損になりますが、▲5八飛が強烈なクロスカウンターですね。(A図)

 

こうなると後手は居玉や歩切れが祟っており、無理攻めの烙印を押された格好です。A図は駒損を回復できることが約束されているので、先手が優勢と言えるでしょう。

 

本譜に戻ります。(第5図)

NHK杯 決勝

そういった背景があるので、稲葉八段は△4一玉と居玉を解消しました。これで▲5八飛の筋を先受けすることが出来たので、今度こそ△6五歩が突けるようになっています。

先手は忙しいようですが、深浦九段は意表の一手を繰り出して後手の呼吸を乱しにいきます。▲9五角がトリッキーな揺さぶりでした。(第6図)

 

まさか、こちら側から角を使ってくるとは予想だにしないところです。これは桂取りなので△6二金と受けるのが妥当ですが、それを見て▲5八飛とぶつけるのが先手の狙っていた構想でした。(第7図)

 

6一の金を強制的に移動させることにより、飛車に対する耐性を弱らせてから交換を挑んだのが▲9五角→▲5八飛という手順の意味です。飛車を交換することで、△6五歩の威力を緩和できることも先手の付け目ですね。



 

前述したように後手の布陣は攻撃特化型なので、たった一回のパンチが致命傷になってしまいかねません。このぶっつけの対応は大事なところでした。

 

勝負の分かれ目!

 


この▲5八飛は迫力がありますが、後手は▲7一飛→▲7三角成という攻め筋を喫しなければ崩壊はしないところです。よって、ここでは△9四歩と突いて角にお引き取り願うのが急所でした。(B図)

 

 

 

これに対して▲8四角と上がると、△5八飛成▲同金△8一飛が頑強な自陣飛車です。こうなれば先手の角を拿捕しながら▲7一飛を防いでいるので、後手が上手く立ち回っているでしょう。(C図)

 

したがって、△9四歩には▲6八角と引くことになりますが、△5八飛成▲同金△3九飛▲5九歩△2九飛成▲7一飛△5一桂と進めておけば、後手も大いに戦える将棋でした。(D図)

 

 

 

先手の角を自陣へ撤退させているので、後手陣は安定を保つことが出来ています。ここからは、△1九飛成→△6五桂→△7七香を実現させる要領で指していくのが良いでしょう。先手は角が6八に引っ込んだことで、攻め駒の数が減ってしまったことが不満なところですね。

 

 

後手としては、とにかく9五の角を引かせることが最優先事項でした。先手が▲8四角と逃げられないタイミングで△9四歩と突かなければいけなかったのです。これなら後手にも勝算がある将棋になっていたことでしょう。

 

本譜に戻ります。(第7図)

本譜は△5三銀と上がって飛車交換を拒否したのですが、これでは自ら飛車を眠らせてしまい、「攻撃特化」の特性が生きなくなってしまいました。その上、▲3七桂と活用されると、この銀がターゲットになってしまったことも辛いですね。この2手で形勢は大きく先手に傾きました。

 

稲葉八段は△9四歩と指しましたが、この局面だと▲8四角と逃げられてしまうので先手の攻撃力を削ぐことが出来ません。完全に証文の出し遅れとなった格好です。(第8図)

 

後手は△6五歩と突くのが兼ねてからの狙いではありましたが、ここでは▲5五銀左で効果が無いですね。後手は飛車が働いていないので、攻める手段がどうにも見当たらないのです。

 

仕方がないので本譜は△4二銀と飛車交換を挑みます。これは2九に飛車が打ち込めることに着目した勝負手ですが、銀が往復するのは挙動がギクシャクしており、苦心していることは明らかです。深浦九段は▲4五桂と跳躍し、後手を仕留めに行きました。(途中図)

 

後手は▲7一飛を王手で打たれてしまうと崩壊するので、相手に飛車を取ってもらい、5二に玉を上がる形にしないと粘りが利かない形です。よって、本譜は△4四歩と開き直りましたが、▲5二飛成△同玉▲7四歩△同銀▲8二飛が厳しく、なかなか状況は好転しません。(第9図)

 

細かいところではありますが、深浦九段が飛車を打つ前に[▲7四歩△同銀]の利かしを入れていることに注目して欲しいです。囲いの銀を玉から引き離すことで、今後の寄せを円滑に進めやすくした効果がありますね。

このように、歩の突き捨てや叩きによって敵陣を乱してから飛車を打ち込むと、相手の守備力が落ちているので、飛車打ちの威力をより一層高めることができます。これは汎用性の高いテクニックなので、是非とも参考にしていただきたいところです。

 

この局面は駒の損得はないものの、玉の安全度と角の働きに甚だしい差が着いているので、先手が大きくリードを奪っています。結果的には、▲9五角から▲5八飛で飛車交換を挑んだ強襲が功を奏した格好になりました。

 


終盤

 

ここで後手は本音を言えば△2九飛が指したい一手なのですが、それ以上に▲7三角成が厳しい攻めなので、どうもその余裕がありません。(E図)

なので、稲葉八段は△8三飛と受けに回りましたが、それでも▲7三角成と突撃したのが好判断で、本局の決め手となりました。(第10図)

 

ここで△8二飛には▲7四馬△6三金▲5三歩と畳み掛ければ良いでしょう。飛車を取らせても一方的に攻め掛かれるのでノープロブレムです。

本譜は△7三同飛と応じましたが、これには▲5三歩△6一玉▲8一飛成で合駒請求する手が痛烈ですね。(途中図)

 

後手は7六の歩が裏切っているので底歩が使えませんし、△7一角では▲5四桂△4五歩▲6二桂成△同玉▲8四金で収拾がつきません。

稲葉八段は△7一飛と指しましたが、▲7三桂△同金▲5二歩成で送りの手筋が決まり、これも先手の攻めが炸裂した格好になりました。(第11図)

 

こうなってみると、[▲7四歩△同銀]の下準備がテキメンに利いていることが分かりますね。

後手は△同玉の一手ですが、▲7一竜で飛車が取れたので先手勝勢です。稲葉八段は△4五歩▲7三竜△5三歩と抵抗しますが、▲5四歩玉頭を小突いたのがトドメとなりました。(第12図)

 

△同歩は▲6二飛から詰んでしまいますし、△4六歩と銀を取るのも▲5三歩成△同銀▲5一飛で、後手玉は詰みですね。(F図)

とは言え、この歩が取れないようでは▲5三歩成→▲5四歩という要領で何発でも歩を叩かれてしまうので、後手は対処不能と言えます。

 

後手玉が詰むまではまだ手数を要しますが、もう受けが利かないので大勢は決している局面です。以降は、危なげなく深浦九段が勝利を収めました。

深浦九段、NHK杯優勝おめでとうございます!

 


本局の総括

 

  • 後手が序盤から積極的に動く姿勢を見せたので、展開の早い将棋になった。先手としては、6六に上がった銀が安定するかどうかが鍵と言える。
  • ▲9五角から▲5八飛が挑戦的な指し回しで、これが後手の意表を突いた。
  • 後手は早急に△9四歩から先手の角を追い払うべきだった。本譜は駒の効率に差が着き、先手が一気に形勢を掌握する。
  • 駒損を恐れず、▲7三角成と踏み込んだのが決め手。以降も緩むことなくパンチを浴びせて後手を圧倒した。本局は、▲6六銀や▲9五角、▲5八飛といった駒を果敢に敵陣へ向かわせるアグレッシブな指し回しが功を奏した将棋だった。

お知らせ

 

これまで、毎週にわたってNHK杯の解説を書いて参りましたが、今回をもって一区切りとさせていただきます。

 

私事ではありますが、今年に入ってから少し環境が変わり、どうも今までのペースでブログを執筆するのが難しくなりました。それゆえ、このような処置を取った次第です。

今後につきましては、NHK杯の解説は不定期で行うことを予定しております。また、代わりと言うわけではございませんが、NHK杯以外の解説記だったり、違うジャンルの記事も増やしていければと考えております。これからもいろいろなことに取り組んでいきたいですね。

それでは、今度ともあらきっぺの将棋ブログをよろしくお願い申し上げます。

4 Comments

ロンベ

毎週解説ありがとうございました。
プロの指し手の意味を素人でもわかるように解説してくれてとても楽しかったです!

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あらきっぺ

ご賛辞ありがとうございます!

棋譜解説系の記事は不定期でアップするつもりなので、今後もお楽しみにしてくださると嬉しいです!

返信する
通りすがり

お疲れ様でした。毎週楽しく読ませていただきました。これからも無理ないペースで続けてくださいね!

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あらきっぺ

労いのお言葉、ありがとうございます!

今後もマイペースでブログを運営していくので、ご贔屓にしてくださると嬉しいです。

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