前回の続きです。
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
いよいよ「寄せ」に向かう訳ですが、この寄せの網を絞るという工程が難しいですよね。
「詰めろ」や「必至」はある程度パターン化されていて、『こうすれば受け無し!』という形を理解しておけば応用が利きますが、その一歩手前のところはどう指せばいいのか、イメージが浮かびにくいと思います。
しかしながら、寄せの網を絞る工程は大きく分けると2つのパターンしかないと私は考えています。
それは、
(1)囲いの金を攻める。
(2)相手の自陣にいる飛車を責める。
この二点です。
具体的に、実戦の指し手を振り返りながら説明していきましょう。
第8図から桐山九段は▲7四桂(青字は本譜の指し手)と打ちました。これは前述した(2)のパターンに則った一手です。
飛車を渡すわけにはいかないので後手は△8四飛と逃げましたが、そこで▲2二とが後続手。((1)のパターン)△同金は▲6六角の飛金両取りがあります。
したがって飯島七段は△4二金左と辛抱しましたが、第8図からたった4手進んだだけでずいぶんと後手玉が狭くなった印象を持たれるのではないでしょうか。(第9図)
このように、前述した二つのパターンを使うと、効率よく寄せの網を絞ることができます。この法則は非常に汎用性が高いので、皆様も実戦で試してほしいと思います。
第9図から桐山九段は▲2三飛成と指しました。飛車を成り込んで快調に見えますが、リスキーな一手でもありました。
▲2三飛成は攻めという観点ではプラスですが、受けという観点で見ると飛車の横利きが消えて自玉の防御力が下がるのでマイナスです。つまり、お互いの玉を危険にする一着なので、一手の旨味が乏しいのです。
また、相手に手番を渡していることも気になります。
第9図では有力手が二つあり、一つは▲7九玉と引く手です。ちなみにこれは私の第一感でした。
角が逃げてくれれば先手玉は安全度が上がりますし、△7八角成から攻められても右辺が広いので凌ぎ切れると思います。
もう一つの候補は▲9五銀です。これは将棋ソフト(浮かむ瀬)の推奨手でした。(A図)
これは全く思いつかなかったですねー(◎_◎;)
こういった僻地に駒を投資する手は人間は盲点になりやすいのですが、確かに理に適った一着です。
A図から△7四飛には▲8三角△7五飛▲8六銀で飛車が取れますし、△8五飛には▲2三飛成△9五飛▲8六角が厳しいです。後手は飛車を渡すと▲3一飛の一手詰めがあるのが痛いですね。
この二つの手に共通しているのは、△8六歩からの玉頭攻めを緩和していることです。先手玉は、この攻め筋さえケアしておけば簡単には寄らなかったんですよね。
本譜は▲2三飛成と手番を渡したので、△8六歩▲同歩△8七歩▲同金△7八銀▲9六銀△7四飛と反撃されて先手の優位は吹き飛びました。(第10図)
手順中の△7八銀が「玉の腹から銀を打て」という格言通りの痛打です。この手も(1)のパターンに則っていますね。第10図は駒損を回復したうえに5・6筋への経路を確保したので、後手が大いに形勢を挽回しました。
第10図から▲3二と△同金▲2一竜△4二玉▲4一角と進みました。(第11図)
桐山九段も必死に肉薄していきます。しかし、第11図では解説の豊川七段が指摘された△3三金なら先手は後続手が無く、はっきりしていたと思います。
ただ、実戦心理としては△3三金のような見た目が危なっかしい受け方は怖いんですよね。本譜は△8七銀不成▲同銀△3一金打と手堅い受けを選びました。しかし、これだと7八の銀が消えたので先手陣も修繕しやすくなりました。
以下、▲3二角成△同金▲7八歩△2二角と進みました。(第12図)
ここでの次の一手が本局の命運を決めました。桐山九段は▲6六歩と王手を受けましたが、この手が敗着です。△3一金と竜を詰まされて形勢に差が着いてしまいました。
第12図では▲7九玉と引けば先手も十二分に戦えました。△3一金には▲2二竜→▲6九玉で角を二枚取ることができます。▲7九玉に対して角が逃げれば、先手も竜を取られる心配はないですよね。
△3一金に対して桐山九段は▲4一金△同玉▲3二銀と強引に竜を生還させましたが、金のタダ捨てはさすがに投資が大きかったようです。以下、△4二玉▲3一銀不成△同角▲3三金△5三玉▲3一竜△9五桂と進み大勢が決しました。(第13図)
先手玉は△8七桂成▲同玉△7七金以下の詰めろ。しかし、先手は持駒が角しかなく、▲9六角のような受けでは△8五歩と打たれて敗色濃厚です。以下は数手で飯島七段の勝ちとなりました。
本局は桐山九段が相手の無理攻めを咎めて優位に立ちましたが、第9図で決め手を打ち切れなかったことにより、徐々に混戦模様になりました。飯島七段の方がピンチが多かった将棋でしたが、辛抱強い指しまわしで、それを巧みに回避した印象でした。
それでは、また。最後までご愛読ありがとうございました!