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~安全地帯の確保~ 第68回NHK杯解説記 上野裕和五段VS松尾歩八段

今週は、上野裕和五段と松尾歩八段の対戦でした。

 

上野五段は居飛車党で攻め将棋。奇抜な手を指すことが少ない、誠実な棋風です。また、後手番の際には横歩取りを多用する傾向が強いように思います。

松尾八段は居飛車党で、攻守のバランスが取れた棋風です。ハイリスク・ハイリターンのような手ではなく、着実な手をきちんと積み重ねて優位を築いていく将棋を指される印象があります。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第6局
2018年5月6日放映

 

先手 上野 裕和 五段
後手 松尾 歩  八段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

 

戦型は角換わり。先手は腰掛け銀を目指していますが、後手はまだ態度を決めていません。△6二銀型を維持して駒組みを行うことで、腰掛け銀と早繰り銀の両方を選べるようにしているところが後手の工夫です。

第1図から上野五段は▲5六銀と指しました。これは早繰り銀を警戒した手で、仮に△7三銀と上がれば、▲6六歩△6四銀▲6五歩で後手の銀を引かせる狙いがあります。ゆえに、松尾八段は△3三銀▲3六歩△6四歩で早繰り銀を捨てました。以下、▲6八玉に△7三桂と右桂の活用を優先して、先手に牽制球を投げます。(第2図)

 

何気ない局面ですが、先手は悩ましい状況を迎えています。先手は▲2六歩型の状態で▲4八金・▲2九飛型を作ることが理想なので、▲5八金や▲2五歩は指したくありません。また、▲6六歩も△6三銀→△5四銀→△6二飛→△6五歩という仕掛けを誘発する恐れがあります。

そこで、上野五段は▲3七桂を選びました。これなら先述した理想の陣形を目指すことができます。しかし、この瞬間は3六の地点が薄い上に、先手は反撃する態勢が整っていません。松尾八段は隙ありと見て、△6五桂▲8八銀△8六歩▲同歩△3五歩と動きました。▲5六銀と▲3七桂の二手を悪手にしてやろうとしています。(第3図)

 

3六の地点をケアするために▲4七銀と引くのは、△8六飛と走られた後に△5五角と打つ攻め筋が強力で、後手の攻めが続きます。そもそも、一度上がった銀を元の位置に戻るようでは作戦失敗でしょう。したがって、ここは▲3五同歩と取る一手です。

後手は当然、△8六飛で歩を取ります。対して、▲4七銀と引くのは△5五角▲6六角△3六歩▲同銀△4六角▲4八金△8八飛成▲同金△3九銀が一例で、後手の攻めが繋がります。(A図)

 

上記の変化手順は必然ではありませんが、基本的に△5五角を打たせると、先手は攻めを受け止めることができません。5六の銀を安易に動かしてはいけないのです。

△8六飛の局面に戻ります。(途中図)

上野五段は△3六歩を緩和するために、▲2五桂と指しました。以下、△4四銀▲5八金で自陣を引き締めて、後手の攻撃に備えます。なお、▲5八金に代えて▲6六歩は魅力的ですが、△5七桂成▲同玉△3六歩がうるさく、これは危険。先手はもっと玉が安全な状態で桂を取り切りたいところです。(第4図)

 

松尾八段は△3六歩と垂らして、攻めの後続を図ります。(1)▲4七金には△3七歩成▲同金△3九角。(2)▲3八飛には△3七角があるので、3七の地点を受けることはできません。

したがって、上野五段は▲6六歩と突いて桂を除去しに行きます。以下、△3七歩成▲2九飛△3八角▲3九飛△2七角成▲6五歩△3八と▲7九飛△2六馬と進みます。後手は、と金と馬を作ることができたので、攻めが切れる心配はなくなりました。(第5図)

 

第5図の局面で先手の主張は「駒得」なのですが、次に△2五馬とされるとそれが消失してしまい、一気に形勢を損ねます。よって、先手は2五の桂を取られる前に、戦果を上げる必要が求められています。

上野五段は▲4五歩△3五銀で銀を追い払い、▲7七角で両取りを掛けました。以下、△8一飛▲1一角成△2五馬までは必然です。(第6図)

 

先手は2五の桂を取られましたが、香を取って駒得という主張を維持しているので、形勢は損ねていません。ただ、この局面は手が広くどこに手を着けるのか難しいところです。そんな中、上野五段は▲3六歩で打診する手を選びました。△同馬なら▲3四桂が打てるようになりますし、△同銀なら馬の利きが止まるので得だろうと見た訳です。

平凡な対応では相手の言い分を通してしまいそうなので、松尾八段は△3三桂とやや捻った手を繰り出しました。馬の利きを遮断することで、△6六桂を狙いにしています。(第7図)

 

△3三桂は△6六桂だけではなく、△7二金と上がって1一の馬を僻地へ追いやる狙いも秘めています。上野五段はそれらの筋を嫌って、▲8二歩△同飛▲6七金右と指しましたが、これでは▲3六歩との辻褄が合わず、変調を感じさせます。やはり▲3六歩と打ったからには、▲3五歩と銀を取りたいところでした。以下、△6六桂▲6七金右△5八馬▲7七玉△7八桂成▲同飛△5九馬▲6八金でどうでしょうか。(B図)

 

先手は、ずいぶんと攻め立てられましたが、次に▲8六歩や▲8七香で自陣を修復することができますし、持ち駒が豊富に溜まっているので▲3四桂・▲2一馬・▲2一銀など、反撃する準備も整っています。B図は難解な形勢という印象ですね。

 

本譜に戻ります。(第7図)

本譜は▲8二歩△同飛▲6七金右と指しましたが、△4八とで▲6七金右を逆用し、後手好調の流れです。△4八とに▲3五歩は△5八と▲7七玉△6九とで飛車が詰んでしまうので、▲2九飛はこのくらいですが、△3六馬で次の△5八とを見せられ、先手はすこぶる忙しい状況下に置かれました。(第8図)

 

直接的に△5八とを防ぐ術はないので、先手は攻め合いに活路を求めるしかないところです。上野五段は▲3四桂△5二玉▲2一馬△3一歩▲6四歩と後手玉に迫っていきます。▲6四歩は次に▲3二馬△同歩▲4二金を狙っているので、松尾八段は△7二金で退路を作ります。その局面が、勝負所でした。(第9図)

 

ここでは手にした一歩を活かして、▲8六歩と自玉の安全を重視してみたかったです。以下、△5八とには▲7七玉で対応します。(C図)

 

B図もそうでしたが、7七の地点に玉を逃げ込んで頑張ることが、本局における先手の隠れた急所でした。

C図では次に▲3二馬△同歩▲2三飛成が厳しいので、△2四歩や△2五桂でそれを受ける手が妥当ですが、▲2二桂成からぽちぽち攻めて間に合うかどうかの勝負です。後手のと金が大きそうなので少し先手が苦しいのかもしれませんが、これならまだまだ大変な将棋だったと思います。

 

本譜に戻ります。(第9図)

上野五段は▲3二馬△同歩▲2三飛成と攻めを選択しましたが、これが敗着となりました。なぜなら、△6六歩が先手の攻めを上回る痛烈な叩きだからです。先手は▲6八玉型の状態で角を渡すべきではなかったのです。(第10図)

 

上野五段は▲3二竜と王手を掛けますが、△6一玉で後手玉は安泰です。仕方がないので▲6六金と手を戻しましたが、△5八と▲6七玉△6九角玉周りの金を攻める手が基本に忠実な寄せで、後手勝勢です。なお、△5八とでは△5八馬▲7七玉△5九角以下の詰みがありましたが、大勢には影響がないでしょう。(第11図)

 

上野五段は▲4一竜△5一桂で後手に手駒を使わせて、▲8三歩と飛車を叩きましたが、これは自玉の詰めろを回避していません。松尾八段は△5七と▲7七玉△7八角成▲同玉△6九馬で即詰みに討ち取りました。(第12図)

 

(1)▲6九同玉は△6八金で詰み。(2)▲7七玉には、△6八馬▲8七玉△8三飛▲9八玉△8八飛成▲同玉△8七歩▲同玉△8六金以下の詰みです。実戦は第12図の局面で終局となりました。

 

本局の総括

 

序盤は後手が積極的に動いた。 先手は▲5六銀が早すぎたのかもしれない。
先手は先攻を許したが形勢は難しく、均衡の保たれた中盤が展開される。ただ、△3三桂に対しては、▲3五歩と銀を取りたかった。
第9図から▲3二馬が敗着。▲8六歩から▲7七玉型を作って、息長く指したかった。
△6六歩が決め手。以降は後手が危なげなく勝ち切った。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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