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~劇的な幕切れ~ 第68回NHK杯解説記 及川拓馬六段VS加藤桃子女王

今週は、及川拓馬六段と加藤桃子女王の対戦でした。

 

及川六段は居飛車党で棋風は攻め。終盤型で、切れ味鋭い将棋という印象です。また、詰将棋作家としても名高い棋士ですね。

加藤女王は純粋居飛車党で、かなり攻めっ気の強い棋風です。矢倉のような手厚い陣形を好んでいるイメージがあります。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第7局
2018年5月13日放映

 

先手 及川 拓馬 六段
後手 加藤 桃子 女王

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

戦型は後手の雁木。対して、先手は早繰り銀系統の将棋で攻勢に出ようとしています。

第1図から及川六段は▲4六歩と指しました。少し変わった手ですが、これは後手の△4二角を牽制した意味です。つまり、単に▲2六銀と上がると△4二角▲3五歩△6四角という反撃が気になるので、あらかじめ角のラインを緩和したのですね。▲4六歩に△4二角は▲4五歩があるので、後手は△4二角を指せません。よって、加藤女王は△5三銀と銀を活用しました。(第2図)

 

ここで自然な手は▲2六銀ですが、△6四銀▲3五歩△6五銀で攻め合いを挑まれると、後手の方が先に銀を五段目へ進軍できるので、先手の分が悪い展開です。そこで及川六段は▲3五歩と工夫しました。今度、△6四銀には▲4五歩があり、それは先手の調子が良いです。

ゆえに、▲3五歩には△同歩▲2六銀△3四銀と受けに回る方針が正解です。早い▲3五歩の突き捨てに対して、△同歩→△3四銀で対処するのは雁木で頻出する受け方なので、覚えておいて損はないでしょう。

△3四銀以下、▲3八飛△4三金右▲3五銀△同銀▲同飛△3四歩▲3六飛と進みます。先手は銀交換に成功しましたが、後手も手厚い構えを作れているので、形勢は互角です。(第3図)

 

ここは後手にとって手が広い局面で、▲3七桂を牽制するために△1四歩と突く手や、△4二玉で玉を安定させる手、△3五銀▲3八飛△4六銀で歩得を主張する手などが考えられます。

ただ、これらの手は無難な選択であり、良さを求める類の手ではありません。加藤女王は△5五歩と突いて、積極的な姿勢を示します。次に△5四銀と上がられると先手は角が使いにくくなってしまうので、▲5五同角は当然ですが、△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8五飛と動いていきます。(第4図)

 

ご覧のとおり角取りですが、真の狙いは△2五飛と転回する手を実現することです。しかし、どうぞご自由にと言わんばかりに▲6六角と引いた手が好判断でした。もちろん、加藤女王は△2五飛と歩を取りますが、▲2六歩△8五飛▲7七桂△8二飛▲3五歩が機敏な切り返しで、先手がリードを奪いました。(第5図)

 

一見、△3五同歩▲同飛△3四歩で何事も無いようですが、▲8五飛と飛車をぶつける手が厳しく、後手は収拾困難に陥ります。(A図)

飛車交換ができる状態ではないので、△8三歩と受けるよりありませんが、▲7一銀△7二飛▲8三飛成で強引に竜を作って先手優勢です。

 

本譜に戻ります。(第5図)

自然な△3五同歩が指せないので、加藤女王は△2四角▲3四歩△2七銀と捻った対応を見せます。これは、飛車を逃げれば△2八銀不成から香を取って、△8三香を楽しみに戦う意図です。(第6図)

 

 

及川六段は△2七銀に対して、▲2五歩△3六銀不成▲2四歩と飛角交換の順を選んで、3六の銀を空振りにさせようとしましたが、これはもったいない指し方でした。△2七銀には▲3七飛△2八銀不成▲2五歩と切り返せば先手が優勢だったのです。(B図)

 

(1)△4六角は▲4七飛で2八の銀が逆用されていますし、(2)△4二角は▲3五飛でA図と似たような展開になってしまいます。(3)△3七銀不成▲2四歩が一番、頑張れそうな気はしますが、これは3七の銀取りが残っているので、先手は手番を握り続けることができました。

 

本譜は△2七銀に対して▲2五歩△3六銀不成▲2四歩と3六の地点で飛車を取らせたので後手に△2七飛を打たせる余裕を与えてしまい、少し面倒なことになった印象を受けます。(第7図)

 

桂取りなので及川六段は▲3九金と受けましたが、△3八歩が厳しい追撃。以下、▲1八角△4七飛成▲4八銀△4六竜▲3八金と駒損しないように手駒を自陣に投資しましたが、これでは攻め足が止まってしまい、明らかに先手変調です。さすがにこの進行が読み筋とは考えにくいので、及川六段に何か誤算があったと思われます。(第8図)

 

後手は1八の角を世に出させたくないので、加藤女王は△5四銀と上がり、角道を遮断します。対照的に先手はこの駒を使いたいので、▲4七歩△3五竜▲2三歩成△同金▲3七銀△同銀成▲同金△3四竜▲5六歩と防壁を崩しにかかります。先手のほぼ全ての指し手が、1八の角を使うための準備であることが窺えますね。このように、大駒を活用させる手は概ね間違いが無いので、実戦で指す手に迷ったときは、指針にしてみると良いでしょう。(第9図)

 

加藤女王は△2八歩で駒得を目指しましたが、その前に△8六歩▲同歩△8七歩で先手玉に嫌味を付けておきたいところでした。(1)▲8七同金なら△9五桂が発生するので△2八歩がより効果的な一着になりますし、(2)▲5五歩△4五銀▲4六歩で銀をどかしに来られても、△3六歩▲4七金△5六銀打で駒を損することなく角道を止めることができます。

 

本譜の△2八歩は確実に駒得できますが、▲5五歩△4五銀▲4六歩のときに△3六歩が打ちにくくなっている点がデメリットです。(▲4五歩△3七歩成▲4四歩と斬り合われると、△2九歩成が間に合わない)

後手は△2八歩と打った以上、▲5五歩~▲4六歩には△2九歩成▲4五歩△3七竜▲4四歩△同金と進めるよりありません。しかし、▲6三角成懸案だった1八の角に躍進されてしまったので、後手の優位は吹き飛びました。(第10図)

 

次に▲5三銀と打たれるとゲームオーバーなので、△5二金は絶対手。対して、馬を逃げると寄せが遠のくので、及川六段は▲7一銀と踏み込みます。以下、△6三金▲8二銀成△5六桂▲7一飛△6一歩▲7二成銀と互いに敵玉に向かって攻め合います。(第11図)

 

後手は上部がとても広い格好なので、ここは△4二玉▲6一飛成△3三玉▲6三竜△4三歩ですたこらさっさと玉を避難させる手は実戦的だったように思います。金を取らせるのは抵抗がありますが、後手玉は急所が見えづらく、先手は攻め方に苦労しそうです。

本譜は△5二銀と打って底歩を守る方針を取りましたが、5一の地点は安住の地ではないので、ここに銀を使ってしまったのは過剰投資に見えます。本譜は△5二銀以下、▲5七銀△3五角▲4六歩△3九竜▲8八玉と進みましたが、このように先手に受けに回られると、後手は持ち駒を手放してしまったので敵玉を仕留める力が残っていません。形勢は先手に傾きました。(第12図)

 

加藤女王は△5五金で飛角両取りを掛けましたが、▲7五角が詰めろなので先手は駒を損しません。以下、△5三角▲同角成△同金▲5九歩と5筋の歩が切れたことを利用して、先手が順調にリードを広げています。

▲5九歩に△同竜は▲1五角の王手竜があるので、後手はこの歩を取れません。加藤女王は△6九角でプレッシャーを掛けますが、この手そのものは狙いが無いので、及川六段は▲8一飛成で悠々と戦力を蓄えます。以下、△4一玉▲6五桂打△4三金▲6二成銀と着実に後手玉へ迫り、先手優勢です。(第13図)

 

後手は適切な受けが見当たらないので、加藤女王は△7八角成▲同玉△5九竜と寄せ合いに活路を求めます。先に角を切ったのは、▲7九金とかわされる余地を消すためです。

ただ、▲5二成銀△3一玉と逃げなければいけないのが辛いところ。(△5二同玉は▲5三銀から王手竜の筋がある)(第14図)

 

この局面は先手玉に詰めろが掛かっていますが、駒得が大きいので一手凌げば勝利が見えてきます。

及川六段は▲7九銀と受けに回りましたが、これが痛恨のミス。すかさず△6八金と放り込まれてトン死してしまいました。(第15図)

 

▲6八同銀引に△同桂成▲同銀△8九銀▲8八玉△6八竜以下、先手玉は詰みです。実戦はここで終局となりました。

 

戻って、第14図では▲8六歩と上部へ逃げ道を作る手が正着でした。以下、△2二玉▲6一竜が変化の一例ですが、これは先手勝勢でしょう。(C図)

 

△5七竜は詰めろではありませんし、△9九竜には▲8七玉と早逃げすれば大丈夫。後手からの詰めろが途切れれば、▲3一角△3三玉▲3五銀で必至を掛けて先手勝ちです。

 

本局の総括

 

先手が果敢に先攻したが、成否は微妙。ただ、第3図から△5五歩が動きすぎで、後手は形勢を損ねる。
後手は竜を作ってリードを奪ったが、第9図から△2八歩で斬り合ったのは気前が良すぎた。本譜は1八の角が捌けて形勢急接近。
終盤は先手が混戦を抜け出し、勝利寸前の局面を作る。しかし、第14図で及川六段に魔が差してしまい、劇的な終局となった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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