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~攻め駒を負担にする指し回し~ 第68回NHK杯解説記 佐藤康光九段VS塚田泰明九段

今週は、佐藤康光九段と塚田泰明九段の対戦でした。

 

佐藤九段は居飛車と角交換振り飛車を得意とする攻め将棋。野球に例えるとホームランバッターで、剛腕の持ち主という印象です。

塚田九段は純粋居飛車党で棋風は攻め。相掛かりのような軽快な将棋を得意にされています。一世を風靡した塚田スペシャルはとても有名ですよね。

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第15局
2018年7月8日放映

 

先手 佐藤 康光 九段
後手 塚田 泰明 九段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲5六歩△3四歩▲2二角成△同銀▲8八飛(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は先手の角交換振り飛車。もうずいぶん長い間、指されていますが、個人的には見るたびに不思議な気持ちになる戦型です。

というのも、例えばここで△5四歩と指されると、互いの陣形は鏡を映したように瓜二つの配置になります。そして、後手のほうが△2二銀と△3四歩の2手多く指していることが分かりますね。

常識的には相手と同じような形で手損していれば、得な理屈が見えないとしたものです。しかし、仮にここから先手を持って、▲2八銀と▲3六歩の2手がプレゼントされます! 受け取りますか? と問われたら、YESと答える人はあまりいないのではないでしょうか。

つまり、この戦法の特徴は、手損していることをプラスに転化できることなのです。これは他の戦法には見られない性質なので、見るたびに不思議だなぁと思ってしまうのです。私だけかもしれませんが笑

 

第1図から実戦は、△6四歩▲2八玉△5二金右▲3八銀△6三銀▲1六歩△1四歩と進みます。この辺りの駒組みは十人十色ですが、塚田九段は無難に△6三銀型に組みました。(第2図)

 

さて。先手は囲いの構築が完了しているので、次は攻めの形を作る工程に入ります。佐藤九段は▲5七銀△2四歩▲6六銀△2三銀▲7五歩と7筋の歩をぶつけてジャブを放ちました。(第3図)

 

この歩を放置すると、▲7四歩△同銀▲7八飛が嫌らしい攻め筋なので、△7五同歩▲同銀と進むのは妥当です。

その局面では後手もそれなりに囲いが整っているので、△7二飛から強く反発する手も候補に入ります。ただ、実戦心理としてはじっくり銀冠に組みたいところなので、塚田九段は△3三角▲6六角△7四歩▲3三角成△同桂▲6六銀でリスクを背負わない指し方を選びます。角を打ち合ってから△7四歩を打つのが賢い手順で、こうすることにより一手得することができます。部分的には定跡化された手順ですね。(第4図)

 

△2二玉▲7七桂△3二金で後手は銀冠が完成し、一安心といったところです。先手も▲6八金△7三桂▲8九飛△2五歩▲4六歩△8一飛▲4七銀とバランスの取れた陣形を作って対抗します。互いに角を持ち合う将棋では、囲いを固めるよりも自陣全体の隙を消すような駒組みを行うほうが望ましいですね。(第5図)

 

ここから塚田九段は△4四歩▲3八金△4三金右とさらに囲いを強化したのですが、この構想がどうだったでしょうか。自然な指し手に見えますが、6二の地点に隙を作ってしまったことが懸念材料だからです。

遡って、第5図では△2四銀▲3八金△2三金と2筋を盛り上げる駒組みが有力だったと思います。(A図)

 

自ら銀冠を解体するので非常識な手順ですが、とにかく1筋から攻め込んでしまう構想です。次は△1五歩▲同歩△同銀。もしくは△1二香→△1一飛が狙いです。

A図は後手から先攻できそうな上に、方針が分かりやすいので実戦的に勝ちやすい将棋に持ち込むことができたのではないでしょうか。

 

△4三金右の局面に戻ります。(途中図)

後手は金銀三枚の銀冠に組みましたが、▲3六歩のときに指す手が妙に難しいのが悩みどころ。もう駒組みが飽和しているので、何をやってもプラスにならないのです。

あまり有効手が見えないので△5四歩と手待ちしましたが、佐藤九段は▲5五歩と突っ掛けて、それを咎めに行きます。(第6図)

 

平凡に△5五同歩▲同銀△5四歩と応じるのは、(1)▲6六銀と引かれても面白くなさそうな上に、(2)▲4四銀△同金▲6二角という強襲もあるので、後手は選びにくいところです。

よって、本譜は△6五歩▲同桂△同桂▲同銀△5五歩と反発しましたが、▲7三角が味の良い角打ち。後手は6二の弱点がくっきりと浮き彫りになってしまいました。(第7図)

 

▲6二角成は許せないので△6一飛はやむを得ない辛抱ですが、▲5五角成と天王山に馬を作って先手好調です。中央での戦いは先手に分があるので、塚田九段は△1五歩▲同歩△1六歩と端に戦線を拡大します。後手にとっては期待の攻め筋ですが、▲1四桂が端の制空権を握らせない好手でした。(第8図)

 

この桂を盤上に残してしまうと、後手は△1一飛と飛車を転回する手が実現できません。したがって、△1四同香▲同歩△同銀は必然の進行ですが、これで先手は後手の端攻めを挫くことができました。

手番を握った佐藤九段は、▲7三馬と潜り込みます。漠然としているようですが、6三の銀を負担にさせて、△1一飛を牽制したことがこの手の意味です。これが地味に大きかったですね。(第9図)

 

後手は6筋にいる飛と銀の効率が思わしくないので、やや苦しめの局面と言えます。しかしながら、囲いの強度ではまだ分がありますし、持ち駒も豊富なのでまだまだ頑張り甲斐のある局面です。

第9図では、△2四桂と設置して玉頭を手厚くする手が有力でした。これで次の△3五歩▲同歩△3六桂打や△1七歩成といった攻め筋を狙いにすれば、先手も勝ち切るまでは長い道のりを要したでしょう。

本譜は△1五銀と前進したのですが、この手が敗着になりました。すかさず▲1四歩と垂らされ、拠点を作られてしまいました。この応酬で、後手は「玉の堅さ」というアドバンテージを奪われてしまったのが致命的でしたね。(第10図)

 

後手は1四の歩を取り除くために、△5二銀と引いて△1一飛の実現を目指しましたが、▲5九飛△5三歩▲7四馬とその銀をターゲットに攻め駒を要所へ配置して、先手は寄せの準備に入ります。塚田九段は△6三銀で手番を取り返そうとしましたが……。(第11図)

 

ここで▲7三馬でも悪くはありませんが、▲5四歩が強烈な踏み込み。佐藤九段らしいハードパンチが炸裂しました。

後手は馬取りに銀を上がった以上、△7四銀と指せないと整合性が取れないのですが、▲5三歩成△同金▲同飛成△6五飛▲1六香で寄り切られてしまいます。(B図)

 

この▲1六香が急所の攻めです。2四に香を打てる形を作るのが、最短の寄せですね。

B図から(1)△1六同銀は▲2四香△2三桂▲1三金以下寄り。(2)△2六歩も▲1五香△同飛▲2四香以下、手数は長いものの、後手玉を即詰みに討ち取れます。

 

▲5四歩の局面に戻ります。(途中図)

後手は馬を取ることができませんし、(1)△5四同歩も▲6三馬△同飛▲5四銀から飛車を捌かれてしまいます。本譜は(2)△5四同銀と応じましたが、▲同銀△同歩▲1六香がやはり急所の一撃で、先手勝勢です。玉型の差が段違いですね。(第12図)

 

後手は分かっていても、△1六同銀で先手の言いなりになるよりありません。佐藤九段は▲2四香△3一玉▲5二馬と迫ります。「玉は下段に落とせ」「玉は包むように寄せよ」という格言通りの状況で、理想的な寄せ方ですね。(第13図)

 

飛車を逃げると▲1三歩成があるので受けはありません。塚田九段は△2六歩と開き直りますが、▲6一馬が詰めろなので紛れを求められないのが辛いですね。以下、△2七歩成▲同金△同銀成▲同玉△2六歩▲3八玉△4五桂と先手玉に嫌らしく迫りますが、その局面では後手玉に詰みが生じています。(第14図)

 

長手数になり恐縮ですが、▲2一飛△4二玉▲5一飛成△3三玉▲4三馬△同玉▲5四竜△3三玉▲2三金△同金▲同香成△同玉▲4三竜で一間竜の形になり、分かりやすい局面になりました。(第15図)

 

3三に合駒をしても▲1三歩成△2四玉▲3三竜△同玉▲5三飛成以下詰みます。本譜は△2四玉と指しましたが、▲1三竜△2五玉▲1六銀△同玉▲1七金で終局となりました。

 

 

本局の総括

 

序盤は互角の進行だったが、第5図から△4四歩→△4三金右と固めたのが芳しくなかったか。代えて、A図の駒組みのほうが攻撃的で、先手にとって脅威だっただろう。
馬が作れてからは先手ペース。後手の6三の銀を負担にする組み立てが巧みだった。
後手は第9図からの△1五銀が敗着。△2四桂で厚みを作って囲いの差を主張すれば、まだまだ戦えた。
▲1四歩が抜け目のない一手。この手が後の▲5四歩に繋がり、後手玉の死命を制する立役者となった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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