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~玉の空中遊泳~ 第68回NHK杯解説記 三枚堂達也六段VS近藤誠也五段

今週は、三枚堂達也六段と近藤誠也五段の対戦でした。

 

三枚堂六段は居飛車党で、攻め将棋。角換わりを得意としており、軽快な指し口が特徴です。

二回戦では渡辺明棋王と戦い、相居飛車の力戦型を制して三回戦へと進出しました。~意欲策が実を結ぶ~ 第68回NHK杯解説記 三枚堂達也六段VS渡辺明棋王

 

近藤五段は居飛車党で棋風は攻め。大きなミスをすることが極めて少ない、安定感の高さが持ち味です。

二回戦では屋敷伸之九段と戦い、角換わりを採用して勝利しました。~大化けした自陣角~ 第68回NHK杯解説記 近藤誠也五段VS屋敷伸之九段

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯3回戦第5局
2019年1月6日放映

 

先手 三枚堂 達也 六段
後手 近藤  誠也 五段

序盤

 

初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7六歩△3二金▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。▲4八金型VS△6三金型の将棋となりました。

ここで先手が攻めるのであれば、▲4五桂△4二銀▲3五歩が一例です。しかし、△6三金型は桂頭が堅いので▲7五歩の筋が効果薄ですし、常に△6五桂も残っているので先手は不安が大きい印象です。

 

なので、三枚堂六段は▲6六歩と陣形を整備しました。対して、後手はその手を咎めるべく、△6五歩と動いていきます。(第2図)

 


中盤

 

聡明な方は、この局面に見覚えがあるかもしれません。そう、今期のNHK杯の▲羽生ー△菅井戦ですね。NHK杯 羽生ー菅井~下段の香に力あり~ 第68回NHK杯解説記 羽生善治竜王VS菅井竜也七段

 

本局は、しばらくこの将棋の指し手を踏襲するので、上記の記事と合わせてご覧いただくと分かりやすいかと思います。

ここから▲4五桂△4二銀▲6五歩△4四歩▲6四歩と進みます。(第3図)

 

ここで△6二金と引く手も候補には入りますが、▲6六角が厄介な角打ちです。

後手はこの角のラインを緩和しないと桂が取れないので、△2二角と打ちますが、▲3五歩△4五歩▲2二角成△同金▲6六角と進んだ局面は、苦労が多そうです。(A図)

 

次は▲2四歩△同歩▲2三歩が狙いになります。後手は桂得と言えども、壁金であることや、[▲6四歩⇔△6二金]の利かしが入ったことで玉型が弱く、まとめ切るのは大変でしょう。

 

本譜に戻ります。(第3図)

こういった背景があるので、近藤五段は△6四同金を選びました。

以下、▲7一角△5二飛▲6二歩△4五歩▲8二角成△6三金▲9一馬△6二金▲6九香と進行します。まだ先述した前例に倣っていますね。(第4図)

 

ここで▲羽生ー△菅井戦は△6六歩だったのですが、本譜は△6四歩と下側に歩を打ちました。こちらの方が穏やかな指し方ですね。なお、△6五歩と打つのは、7三の桂を跳ねる余地が無くなってしまうので、あまり感心しません。

 

△6四歩に対して、三枚堂六段は▲4五歩で歩切れを解消して手を渡します。(第5図)

 

さて。この局面では、互いに遊んでいる駒があります。先手は9一の馬、後手は5二の飛ですね。よって、△3三銀▲9二馬△4二飛▲7四馬でそれらの駒を活用していきます。

 

7四の馬は良い位置なので、近藤五段は△8六歩▲同銀△6三金▲7五馬で追い払ってから△4五銀と進軍しました。以下、▲4七歩△5六銀▲同歩の局面を形勢判断してみましょう。(第6図)

 

玉型は、先手。お互いに似た囲いですが、馬の存在感の分だけ、先手が勝っているでしょう。

駒の損得は五分ですね。

駒の効率は、9一の香が捌けている分、後手が良いと考えられます。

整理すると、[玉型VS効率]という構図で、概ねバランスが取れている局面と推測できます。

 

後手は玉型の差を縮めるため、△2二玉と入城して囲いを強化します。対して、先手はその手を無効化させたいので、▲3五歩△同歩▲3四歩△同銀で形を乱してから▲6四香と走りました。

 

この香を動かすと先手陣も薄くはなるのですが、「駒得」という主張を求めることで、良さを見出す狙いです。(第7図)

 

ここまでは拮抗した局面が続いていたのですが、ここで後手にミスが出てしまいます。本譜は△6四同金▲同馬△6六桂で強引に手番を握って反撃に転じたのですが、これは些か粗っぽい指し方でした。

代えて、△5四金▲6三香成△6五金で、金を前進するほうが勝りました。(B図)

 

盤上最強の駒は馬なので、その駒をターゲットにすることが急所です。

ここで馬を逃げると△6六桂がうるさいので、先手は▲7三成香△7五金▲同銀という順を選ぶことが予想されます。後手は[金香⇔角]の二枚替えなので駒損ですが、馬を消したことは大きなアドバンテージなので、折り合いは取れているでしょう。

 

本譜に戻ります。

△6四同金▲同馬△6六桂は、直接、敵玉に迫れるので魅力的なのですが、▲7七金打△7八桂成▲同玉△6六歩▲6八歩と丹念に受けられると、存外、攻めが難しいのです。(第8図)

 

先手の馬を目標にしにくいところが、B図との大きな違いです。また、7三の桂が浮いているので、悠長な真似ができない点も、悩みの種です。

 

近藤五段は△6一香▲7三馬△6七銀で突貫していきましたが、▲同歩△同歩成▲同金△同香成▲同玉△6六歩▲同玉△6五歩▲同玉と強く相手の駒を取り払ってしまったのが、正しい判断です。(第9図)

 

先手は玉が引っ張り出されて危ういようですが、この玉は上にも下にも逃げ場があるので、簡単には捕まりません。

例えば、△6四歩と叩かれると▲7五玉とかわします。対して、△6五金▲7四玉△7二歩が一番、怖い攻め方ですが、▲5一馬△7三金▲8五玉で凌いでいます。(C図)

 

先手玉は風前の灯火のようですが、後手も手駒が不足しているので逃げ切っています。

この後は、相手の手に応じて▲9四玉(入玉狙い)と▲7七銀(自陣への帰還)を使い分ければ良いでしょう。

 

本譜に戻ります。

単純な手段では上手くいかないので、近藤五段は△4五飛という捻った手段を繰り出します。これは攻めというよりも、将来の▲4六桂を緩和した意味があります。

 

ただ、自ら大駒を近づけているので、不安を覚える攻め方でもあります。事実、▲5五銀△5四角▲6六玉△6五金▲5七玉△6六歩▲6八歩と自然に対応されて、後手は攻めの後続が難しくなってきました。

 

先手が優位を握った状態で、局面は終盤戦へと入っていきます。(第10図)


終盤

 

次に先手は▲5四銀で角を取れれば、駒得しながら馬に利きが通せるので、はっきり優位を拡大することが期待できます。後手としては、7三の馬が働かない内に、ケリを着けないといけません。

 

普通の手は△5五金ですが、後手は6五の金が消えると、先手玉を左辺へ逃がすことになりかねないので、この駒は盤上に置いておく必要があります。

したがって、近藤五段は△5五飛▲同歩△4五角と迫りました。しかし、▲5八玉が堅実な早逃げ。以下、△6七歩成▲同歩△6六歩▲同歩△同金▲6九香と丁寧に受けて、後手の攻めは息切れです。(第11図)

 

後手は6六の金を失うと終わりなので、△6八歩▲同香△6七銀と銀を投資するのはやむを得ないのですが、▲4九玉△6八銀成の局面は、攻めが緩んでいます。

したがって、▲4四桂という手痛いパンチをお見舞いされました。(第12図)

 

△3一金と逃げると、▲6二飛が王手金取りですね。本譜は△4三銀と粘りましたが、▲3二桂成△同銀で金を剥して、先手は着実にゴールへ近づいています。あとは、どう着地を決めるかという段階です。(第13図)

 

ここで▲4四桂と踏み込む手はありました。現状、先手玉はまだ不詰めです。

ただ、第12図から桂を渡しているので、自玉にトン死筋が増えていることは確かです。なので、三枚堂六段は▲5四歩で馬を利かして安全策を採りました。

以下、△6七角成▲3八玉△3六桂▲5五馬が味よく、やはり先手の勝ちは揺るぎません。(第14図)

 

堅い受けは△3三香ですが、そうすると△4八桂成▲2八玉のときに「△2六香」と打つ駒が無くなるので、先手玉が安泰になってしまいます。

なので、近藤五段は△3三桂と節約しましたが、▲6六馬がハッとする受け方。△同馬は▲3四桂があるので、後手はこの馬が取れません。(途中図)

 

仕方がないので△4八桂成▲同馬△3六香▲3七歩△同香成▲同馬△3六金と肉薄しましたが、この手は詰めろではないので、先手に勝ちがある局面です。(第15図)

 

結論から言えば、ここは▲3一銀がスマートでした。対して、(1)△同玉は▲4二金△同玉▲5三歩成△同玉▲6五桂で、即詰みに討ち取れます。(D図)

 

ゆえに、(2)△1三玉と逃げるしかないのですが、そこで▲1五馬が爽快な捨て駒です。(E図)

 

△同歩は▲1四香から詰みですし、△3七金打も▲同馬△同金▲同玉で後手の攻めは切れています。これなら明快でした。

 

本譜に戻ります。

三枚堂六段は▲6一飛と指しました。これは、▲1三金からの詰めろですが、危うい寄せ方でした。

というのも、△3七金▲同玉と進んだ局面は、後手に千載一遇のチャンスが訪れていたのです。(第16図)

 

ここは△3六歩が勝負手でした。対して、▲2六玉が一例ですが、△3五金▲同玉△4五馬▲2六玉△3五角▲2七玉△2五桂が、詰めろ逃れの詰めろです。(F図)

 

△2五桂を跳ねることによって、1三→2四という逃げ道を作っていることが、この手順の肝です。

後手玉は2四の地点が聖域とも言える場所で、安全度が劇的に上昇しています。これなら十分、勝機はありました。

 

本譜に戻ります。(第16図)

本譜は△4五桂と跳ねて退路を広げたのですが、今度は2四に逃げ込む余地が無いので、あまり安全にはなっていないのです。

 

以下、▲4六玉△3七角▲3五玉△3四歩▲同玉△3三銀▲3五玉△5五角成と手段を尽くしましたが、この局面は後手玉に詰みが発生しています。(第17図)

 

三枚堂六段は、▲3二金△同玉▲2一銀から詰ましに向かいます。対して、(1)△2二玉は、▲6二飛成のときに合駒が悪く、仕留められています。(G図)

 

本譜は(2)△4三玉を選びましたが、▲5三歩成△同玉▲6三金△5四玉▲6四金打で、網の中に入っています。(第18図)

 

ここから△6四同馬▲同金△5五玉▲5一飛成△6六玉と進みます。

そこで、▲7五銀△7六玉▲4三角と王手を掛ければ、後手玉は捕まっていました。(H図)

 

ところが、三枚堂六段は▲9三角△7六玉▲7七銀という追い方をしてしまいます。これは、△8七玉▲8一竜△8五歩後手玉は詰みません。おそらく、何か錯覚があったのでしょう。(第19図)

 

すわ、事件発生を思わせましたが、▲6六角成と馬をぶつけた手が悪い流れを断ち切った一着。以下、△3四歩▲4六玉で先手は踏みとどまりました。(第20図)

 

△6六馬には▲8五竜がありますし、このままでも▲8五竜△同馬▲8八銀という詰み筋があります。

後手は自玉の詰めろを防ぐ手段も難しい上に、先手玉を捕まえることも叶いません。以降は、ほどなく三枚堂六段が勝ち切りました。

 


 

本局の総括

 

序中盤はいい勝負が続いていたが、後手は▲6四香の対応を誤った。本譜は先手の馬が手厚い。
後手は果敢に猛攻を掛けるも、局面が進むにつれて、手駒不足が露呈することに。先手はリードを握ったまま終盤戦に入ることに成功。
第15図で▲3一銀と打てば簡明だった。本譜は後手にチャンスが舞い込む。
 第16図では、△3六歩が勝負手。先手玉を2七に追いやって△2五桂を跳べば、勝機はあった。これを逸してからは、先手の勝ちは揺るがない。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

 



3 COMMENTS

るなは

いつも興味深く読ませて頂いております。初心者の質問で恐縮ですが、第3図で△6四同金▲7一角の後、△7二飛と角取りに寄るとどうなるのでしょうか? ▲5三桂成に△同銀▲同角成となる訳はなく、△7一飛▲4二成桂△同金だと角桂と銀の交換で先手は損ですよね? 戻って▲5三角成△同銀▲同桂成となれば角銀交換ですが、成桂が5四の銀に当たるのと後手玉の近くに拠点が残る事、手順に桂取りから逃れる事などで先手にも得があるという解釈でしょうか? お時間のある時で構いませんのでご教示頂ければ幸いです。

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あらきっぺ

その解釈で問題ありません。
その変化は角銀交換の損失よりも、るなは様が仰られた利点のほうが大きいので、後手は不本意ですね。なにより、後手は桂を取るために△4四歩を指したのにも関わらず、それを実現できていないことが痛いのです。

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るなは

お忙しい所早速コメント頂きまして有難うございました。△4四歩が空振りになって4三の地点が傷になってしまうので、たとえ角を取れても後手は△7二飛は選択しないという事ですね。勉強になりました。また別の所で質問させて頂くかもしれませんが宜しくお願い致します。

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