今週は、木村一基九段と戸辺誠七段の対戦でした。
木村九段は居飛車党で、受け将棋。相手の攻め駒にアクションを掛けて催促するような受け方を得意にされている印象があります。玉が薄くなることを厭わないことも特徴の一つですね。
戸辺七段は振り飛車党で、棋風は攻め。ゴキゲン中飛車や石田流といった、軽快で攻めっ気の強い戦法を好まれています。また、苦しい局面を粘る技術が高いところも戸辺将棋の持ち味ですね。
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
目次
序盤
初手から▲2六歩△3四歩▲7六歩△5四歩▲2五歩△5二飛▲4八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
戦型はゴキゲン中飛車になりました。対して、木村九段は超速を採用します。ゴキゲン中飛車には目下、一番有力とされている対策ですね。
この将棋は、先手がどこで▲4五桂を決行するのかが焦点の一つですが、現状ではまだ時期尚早なので▲1六歩△1四歩▲2九飛と力を溜めます。この▲1六歩と▲2九飛は絶対に損にならない手待ちなので、指しておきたい手ですね。将来の△1五角や△3七角といった反撃を未然に防いだ意味があります。(途中図)
この局面で後手は自然に指すなら△6四歩ですが、それには▲4五桂と仕掛けられて芳しくありません。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
参考
最新戦法の事情【豪華版】(2019年3月・振り飛車編)
そこで、戸辺七段は△2二角という変化球を投げました。(第2図)
これは対抗形の常識で考えると相当に不可解な一手なのですが、とにかく▲4五桂からの仕掛けが強力なので、それを先受けすることが先決と判断した一着です。公式戦の前例も複数ある将棋ですね。
木村九段は自然に▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2九飛と飛車先の歩を交換します。以下、△6四歩に▲4五桂と跳ねて意気揚々と良さを求めに行きました。次は▲3九飛から▲3五歩が狙いですね。
後手は黙ってそれを喫する訳にはいかないので、△6三銀と上がって先手を催促しました。(第3図)
この手は次に△5四銀を見せており、4五の桂にプレッシャーを掛けた強気な一手です。反面、離れ駒を作るのでリスクを抱えた手でもありますね。先手もこれを咎めることが出来ればリターンが大きいので、激しく迎え撃つことは必至と言えるでしょう。いよいよ、本格的な戦いの幕開けです。
中盤
先ほど述べた通り、先手は次に△5四銀と出られると桂が憤死してしまいます。なので、その前に手を作らなければいけません。
木村九段は▲2四歩△同歩▲同飛と指しました。これは、もし△2三歩なら▲3四飛△3三桂▲5五銀左で銀を進軍する狙いを秘めています。(A図)
よって、戸辺七段は△7二金と上がり、決戦に備えました。(第4図)
ここで▲3四飛も考えられる攻め方ですが、A図と比較するとどうも後手玉が堅いので、少し抵抗があるでしょうか。
そこで、木村九段は▲5五銀左という別の攻め方を選びました。後手はもちろん△同銀と応じますが、▲2二飛成△同金▲5五銀が期待の後続手です。(第5図)
飛車を失うので変調のようですが、先手はこの手順を踏むことで小駒の働きに差を着けることが出来ました。特に、桂の働きの差が顕著であることが先手の言い分です。
後手は2筋の小駒が遊んだままでは勝ち目がないので、△3二金は必然手。対して、先手は5三に桂を成りたいので▲2四角で飛車を狙います。以下、△3三銀▲同桂成△同桂▲4六銀△4四桂と進みました。
この応酬で後手は銀桂交換の駒損にはなりましたが、懸案だった2筋の金桂をしっかり活用しており、決定的な差が着かないように注意を払っています。(第6図)
さて。先手は駒得にはなったものの、2四の角が危うい格好なのでどうにかしなければいけません。次に△2一飛と回られると面倒なことは言うまでもないでしょう。
そこで、木村九段は▲2三歩と指しました。これは△2九飛のときに角の逃げ場がありませんが、▲2二歩成△同金▲4二銀で切り返せることが自慢です。以下、△2一飛▲3三銀不成で角に紐を付けることを実現しました。(第7図)
後手はいい様にやられている印象ですが、実はここでは飛車を捌く好機が訪れていました。すなわち、第7図から△3三同金で勝負する手は有力だったでしょう。以下、▲同角成△2八飛成▲7九金打△3六桂が進行例です。(B図)
後手は金損ではありますが、遊び駒を全て捌いたことが主張です。こういった駒の物量ではなく効率で戦うのは振り飛車らしい展開ですね。
B図は長期戦になると苦しくなるという心配はありますが、後手のほうが攻勢であることと、相手の囲いを攻略しやすい格好なので選ぶ価値は大いにあった変化だと思います。
本譜に戻ります。(第7図)
実戦は△1三金を選びました。これは角を入手する意図ですが、▲2二歩で飛車が押さえ込まれてしまうことが泣きどころ。以下、△6一飛▲1三角成△同香▲4二銀成までは一本道ですが、この変化も後手は二枚替えの駒損です。そうなると、遊び駒のないB図のほうが勝った可能性が高いという話になってきますね。(第8図)
後手はそろそろ舟囲いを攻略する目処を立てておきたいところですが、現状では戦力が足りません。なので、戸辺七段は△1九飛成▲4三成銀△8四香と攻め駒を増員しますが、▲7九金打が手堅い守り。金を埋める場所は複数ありましたが、玉の真下に金を打つと、下段に落とされにくくなるので高い耐久力が期待できます。
▲7九金打に対して後手は△3六桂で桂を逃がしましたが、▲4四角が待望の活用です。壁形を解消しながら攻防の要所へ飛び出す一挙両得の一着ですね。(第9図)
次は▲5二銀と咬みつく手が楽しみです。戸辺七段は△4一飛と回ってそれを回避しますが、▲4二銀△1一飛▲5三銀成と絡まれて状況はあまり変わりません。
後手は相変わらず攻め駒が不足しているので、本譜は△7四銀▲6二成銀△6五銀と囲いの銀を攻撃に出動させましたが、▲8八桂が丁寧な受けで、先手陣はビクともしません。
先手は成銀をひたひたと寄せていけば攻めは繋がります。なので、このように手駒を受けに投資しても悪影響はないのです。(第10図)
ここまで頑強に受けられると、さすがに「戸辺攻め」の手番はありませんね。
本譜はやむなく△6二金▲同角成△7一銀で粘りの姿勢を取りましたが、▲2六馬が桂取りなので後手はなかなか苦労が報われません。以下、△3五歩▲7七桂△7四銀▲5二成銀で、二枚目の成銀が間に合ってきました。(第11図)
後手玉はまだ脅威が及んでいませんが、次に▲3五馬と出られるとかなり危険になってきます。なので、△3九竜と回ってそれを牽制する手は考えられたでしょう。△4八桂成を見せることで、馬の動きを封じています。
本譜の△2八竜もそれと似たような意味ですが、▲3七銀という切り返しが生じたことが戸辺七段の誤算だったでしょうか。△3八竜と逃げるよりないですが、▲3六銀と桂を食いちぎられて困りました。△同歩は▲6一金でいきなり受けがありません。(B図)
本譜は▲3六銀に泣く泣く△4四角と辛抱しましたが、▲4五銀で桂を食い逃げできたので、形勢は大いに先手へと傾きました。(第12図)
第12図は、三原則(玉型・駒の損得・駒の働き)の全てにおいて先手がリードを奪っています。その上、手番も握っており悪い部分が全くありません。正に理想的な展開ですね。
紆余曲折ありましたが、木村九段は自陣を上手く保全して決定的な差を着けることを実現しました。ところが、ここから局面は予期せぬ方向へと進んでいくことになります。
終盤
角を渡す訳にはいかないので戸辺七段は△2二角と我慢しましたが、これは狙いを持たない一手なので辛い限りです。そこで先手には有力な手がたくさんありますね。例えば、▲3六歩で馬を世に出すことを狙うのが一案です。
本譜は▲2三歩△3三角▲2二金で飛車を詰ましました。これは、戦力を増強して寄せに向かう準備を進めた意図ですね。
ただ、僻地に金を使うので良いことばかりではありません。事実、△5一歩という手段を与えたので嫌な雰囲気が漂ってきました。(第13図)
成銀が逃げると△4一飛で飛車が生還していまいます。木村九段は▲1一金△5二歩▲3二飛で攻めに転じましたが、△7七角成が強烈な勝負手。以下、▲同玉△8五桂で先手玉はいきなり王手が続く格好になり、状況は激変しました。(第14図)
先手は玉をどこへ逃げても味が良くありません。どうせ怖いのなら広い方へ逃げた方が良いと見て、本譜は▲6六玉を選びます。これは寄せ合いではなく、入玉で勝つことを視野に入れた一手ですね。ただ、△5八竜と詰めろで金を拾われるので、いばらの道であることは確かです。
木村九段は▲5二飛成△6二銀打で合駒を使わせてから▲5六玉で詰めろを解除しますが、△2八竜が馬取りになるので安心できない状況が続きます。(途中図)
こういった生きるか死ぬかといった場面では手番を握ることが絶対条件です。ゆえに、▲1七角と弾くのは当然。後手も竜を逃げるようでは話にならないので△2六竜と切り飛ばします。以下、▲同角△6三銀引▲1二竜△4四歩▲3五角と進みました。その局面が、本局最大の山場でしたね。(第15図)
結論から述べると、ここは△2七角と迫る手が有力でした。先手は▲4四角が妥当ですが、△5四金▲同銀△同銀で上部を押さえれば際どい終盤戦が続いていたでしょう。(C図)
先手は△4五角成を防がなければいけませんが、▲3五金では△4三歩と催促されたときに困ります。なので、▲3五飛と受けて4五と5五を同時にケアしてどうかといったところです。
この変化の肝は、▲4六玉→▲3六玉というルートを通せんぼしていることです。とにもかくにも、後手はこの逃走経路を妨害しておく必要がありました。
本譜に戻ります。(第15図)
実戦は△6五角と指しました。これは、▲4六玉△4五歩▲3六玉△5二歩で確実に4五の銀を取る意味なのですが、先手玉を3筋まで逃がしてしまったことが致命傷になりました。というのも、▲3四歩で上部を手厚くされると、寄せが見えなくなってしまったからです。(第16図)
ここから先手は▲1三角成→▲2五玉→▲1四玉の3手が指せれば自玉が捕まらなくなるので、不敗の態勢を築くことが出来ます。しかし、後手は分かっていてもそれを防ぐ手段がありません。
戸辺七段は△4三角と引きましたが、▲3三飛で角を蹴散らすのが賢明な一手です。以下、△2四歩▲同角△6五角▲1三角成で、先手は勝利への階段を一つ上ることが出来ました。(第17図)
戸辺七段は手駒を蓄えるために△7七桂不成▲5八金△8七香成と指しますが、木村九段は▲3一飛成で着々と入玉の準備を進めていきます。
後手は△8八成香▲同金△2四歩と懸命に追いすがりますが、▲2八香が辛い決め手。以下、△4六歩▲2四馬△4七歩成▲2五玉で、先手は負けのない形を作ることに成功しました。(第18図)
先手は▲2二歩成や▲3三歩成でと金を量産できる態勢に入っているので、もうこの玉は不死身ですね。対して、後手はここから入玉することは至難の技ですし、よしんばそれを実現したところで点数負けが濃厚です。したがって、第18図は先手勝勢と言えるでしょう。
以降も十数手ほど指し継がれましたが、木村九段が危なげなく勝ち切りました。
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!