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第69回NHK杯 丸山忠久九段VS佐々木大地五段戦の解説記

今週は、丸山忠久九段と佐々木大地五段の対戦でした。

 

丸山九段は居飛車党で攻め将棋。角換わりのスペシャリストとして名高く、常に新しい工夫を打ち出している印象があります。

一回戦はシードだったので、二回戦からの登場です。

 

佐々木五段は居飛車党で、棋風は受け。後半追い込み方の将棋で、少し苦し気な局面をリカバリーする技術が優れている棋士ですね。

一回戦では畠山鎮七段(当時)と戦い、角換わり腰掛け銀の将棋を制して二回戦へ勝ち上がりました。
第69回NHK杯 畠山鎮七段VS佐々木大地五段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯2回戦第6局
2019年9月22日放映

 

先手 丸山  忠久 九段
後手 佐々木 大地 五段

序盤

 

初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲7八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり。ただ、丸山九段は主流の腰掛け銀ではなく、早繰り銀を採用しました。プロ棋界では少数派ではありますが、この戦法は先攻しやすい性質があるので、先手番の利を活かした作戦と言えます。

 

第1図の局面を見ると、先手は6九の金を動かさずに▲7九玉と引く手を優先しています。奇異な駒組みなようですが、もちろん理路整然とした意味があります。

本譜はここから△4四歩▲3五歩と進みました。(途中図)

 

この歩を突っ掛ける手が早繰り銀では基本となる攻め方ですね。ただ、これを指すと△3五同歩▲同銀△8六歩▲同歩△8五歩という継ぎ歩で反撃されることを考慮しなければいけません。

しかしながら、この局面では心配無用です。と言うのも、▲8五同歩△同飛のときに▲4六銀と引く手が成立するからです。(A図)

 

ここまで進んでみると、先手が▲7八金ではなく▲7九玉を優先していた理由が分かりますね。桂に紐が付いているので先手は銀取りを受ける余裕があるのです。

ここで△8七飛成と指しても▲8八飛で交換を挑めば竜を消せるので、後手は戦果を上げることが出来ません。そうなると、歩損という損失だけが残ってしまいます。

 

本譜に戻ります。(途中図)

そういった背景があったので、実戦は△4五歩で銀を追い払いに行きました。この手を選ぶと▲3四歩△同銀▲3七銀△3三角▲7八金△7四歩まではこう進むところ。ここまでは定跡化されている進行でもあります。(第2図)

 

既に小競り合いが起こっていますが、まだプロ棋界では前例がある局面です。従来はここから▲5八金△6二金▲6八金右△7三桂のような進行で、4九の金を囲いにくっつけるプランが指されていました。(B図)

 

ただ、こうなってみると後手はいつでも△6五桂や△7五歩から先手陣の本丸を攻めることが出来るので、▲5八金→▲6八金右という二手に価値があるのかどうか疑わしいという話はあります。

要するに、玉を固めても相手に攻撃されてしまっては元も子もないのでは? という不安が生じてしまう訳なのですね。

 

本譜に戻ります。(第2図)

そうなると、先手が「守り」よりも「攻め」を重視するほうが良いと考えるのは当然の道理です。丸山九段は▲3八飛△6二金▲3六銀△7三桂▲3五銀と勇猛果敢に戦いを起こしに行きました。こうなると穏やかに駒組みを進めるという展開にはなりにくいですね。(第3図)

 


中盤

 

ここで素直な対応は△3五同銀▲同飛ですが、それだと3三の角が釘付けになってしまうので後手は不本意です。

そこで、佐々木五段は△4三銀左▲3四銀△5五角▲4三銀不成△同銀と進めました。確かにこの手順なら後手の角は自由度が高いですね。(第4図)

 

先手は銀を手持ちに加えることが出来たので、▲7一銀と打つ手が目に付くところ。ただ、これは△8一飛▲6二銀成△同玉と進んだ時に、本当に得かどうか疑わしいところがあります。(参考図)

 

確かに、金銀交換は先手の得です。しかし、それを実現するために先手は[▲7一銀→▲6二銀成]という二手を浪費しています。その間に後手は[△8一飛→△6二玉]という非常に価値の高い手を指すことが出来ていますね。

要するに、先手は金銀交換という利を得るために、相手にお得な二手をプレゼントしている理屈なのです。そう考えると、あまり気が進まない取引という感があります。

 

そこで、本譜は第4図から▲2八角△同角成▲同飛で慌てずに香取りを防ぎました。後手も△8一飛と引いて傷を消しておきます。後手にとっては待望の一着ですね。(第5図)

 

さて。先手はB図のような展開を避けるために、「後手の攻撃態勢が整う前に攻める」というプランを採ってきました。そして、その流れはこの局面に於いても継いでいく必要があります。なぜなら、ここで方針を変えてしまうと、今までの指し手との整合性が取れないからです。

 

ゆえに、丸山九段は▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲6四飛で襲い掛かっていきます。飛車を横に動かすということは、不撤退の意思表示ですね。(第6図)

 

後手は一気に潰されてしまう恐れがあるのでピンチではありますが、受けが成功すれば飛車が捕獲できそうなので、チャンスが訪れているという見方も出来ます。例えば△5五角と打てば駒得が期待できそうですね。

しかし、この手は▲6三角という強襲を浴びるので、どうも上手くいきません。(C図)

 

飛車の取り合いでは話になりませんし、△7二銀と弾いても▲4一角成と突っ込まれるので芳しくないでしょう。

C図では△6一飛が最強の抵抗ですが、▲7二銀△6四角▲6一銀成△同玉▲4一飛△5一銀▲7四角成でバリバリ攻められると、後手は収拾困難です。(D図)

 

先手は駒損していますが、▲2一飛成→▲1一竜で桂香が補充できれば4枚の攻めになるので、切れ筋にはなりません。後手は玉型の差が大き過ぎて攻め合いを挑めないことが泣きどころですね。これでは到底、戦いきれません。

 

改めて本譜に戻ります。(第6図)

そこで、実戦は△2八角と指しました。これは、6四に馬を作ることでD図の変化を回避した意味があります。この場合は先手も大人しく▲3七歩と受けるのが妥当なところでしょう。

後手は、その局面で自陣への手の入れ方が大事なポイントでした。(第7図)

 

勝負の分かれ目!

 

NHK杯 丸山

 

後手は6三の地点が弱点なので、そこを手厚くケアすることが急所でした。すなわち、△5四銀打で手駒を投資する手が有力でした。(E図)

 

 

NHK杯 丸山

 

先手は攻め足を止める訳にはいかないので、▲2二歩と打つのが一例です。これを△同金だと▲4二銀が痛いので、後手は無視して△1九角成▲2一歩成△6三香と迎撃します。(F図)

 

 

NHK杯 丸山

 

自然な応手は▲7四飛ですが、それには△2九馬が桂を取りつつ、△4七馬を見せた味の良い一着になります。こうなれば後手も楽しみが多いですね。

 

後手は2八の角が遊び駒なので、それを活用しないと勝機が見出せません。そのためには自陣の守備力を高めて戦いを長引かす必要がありました。なので、△5四銀打で自陣を補強する手が有力だったのです。

 

本譜に戻ります。(第7図)

NHK杯 丸山

本譜は△5二玉と指しました。これも意味合いとしては、弱点である6三の地点を守った手です。

けれども、この手では盤上に守備駒が増えていないので、後手は自陣が脆い嫌いがあります。丸山九段はその欠陥を見逃しませんでした。▲2二歩が値千金の叩きで、形勢の針は先手に傾くことになります。(途中図)

 

NHK杯 丸山

△同金と取ると後手は金銀の連繋が崩れてしまうので、より一層、自陣が弱体化してしまいます。よって、△3三桂と逃げるのは妥当ですが、そこで▲6二飛成と切り飛ばしたのが素晴らしい判断。以下、△同玉▲7五歩の突き出しが厳しく、先手が優位を掴みました。(第8図)

 

NHK杯 丸山

[▲2二歩△3三桂]という利かしを入れることで、後手は△4二玉→△3三玉という逃走ルートが封鎖されています。そのため、後手は7筋の攻めを受け流すような対応が取れなくなってしまいました。敵陣に壁を作り、その逆サイドから攻めに転じるお手本通りの攻め方です。

また、[▲6二飛成△同玉]という手順によって、後手が直前に指した△5二玉を無価値な手に変えてしまった利点も見逃せないところですね。

 

飛車をダイナミックに振り回す攻めが功を奏し、先手がリードを奪った状態で終盤戦へと入っていきます。

 


終盤

 

NHK杯 丸山

後手は7四に拠点を作られると、ますます危険な状態になってしまいます。とはいえ、△6三銀で守ったところで▲7四歩△同銀▲6四金から押さえつけられるので、効果的な受けとは言えません。

 

よって、佐々木五段は△8六歩▲同歩△3九角成という勝負手を放ちます。これは▲同金と取らせて△5九飛▲8八玉△8七歩と肉薄する狙いですね。(第9図)

 

NHK杯 丸山

こういった叩きの歩は対応が悩ましいものですが、▲9七歩型の矢倉なら、本譜のように▲9八玉とかわすのがセオリーではあります。9七に空間がないので、この配置はゼットを維持しやすいことが自慢ですね。

 

後手は△3九飛成で金を拾いますが、豊富な持ち駒と手番を得た先手は、ここが決めどころ。丸山九段の解答は明瞭でした。▲7四歩△6五桂▲9五角△5二玉▲7二銀が紛れの無い勝ち方でしたね。(第10図)

 

NHK杯 丸山

これは▲6三角△4二玉▲4一金△同飛▲同角成△同玉▲6一飛という手順で詰めろになっています。加えて、飛車取りでもあるので後手は痺れています。

本譜は△4二玉▲8一銀成△5二銀で不屈の粘りを見せますが、▲9一成銀で香を取るのが手堅く、先手の勝勢は確固たるものになりました。(第11図)

 

NHK杯 丸山

この手は▲4四香からの詰めろになっています。こういった駒を補充する手が間に合うようでは粘りが利かないとしたものです。また、先手玉は8七→9六という逃げ道を用意しているので、安全を確保していることも大きいですね。

第11図は後手にとって攻防ともに見込みがなく、大勢が決している局面です。以降は△4三玉▲3五金と進み、そこで終局となりました。

 


本局の総括

 

先手が攻めて、後手が受けるという構図になった。4九の金を動かさずに銀を進出したのが新たな工夫で、先手が主導権を握った。
▲6四飛が大きな決断で、結果的にはこれが勝因だろう。玉型の差が大きいので、後手は対応に悩まされた。
第7図では△5四銀打が有力だった。本譜はここで手薄な受けを選んでしまい、それが致命傷になってしまった。
▲2二歩が小気味よい手筋。これが▲6二飛成という強襲を成立させる良いスパイスになっており、先手が一気に形勢を引き寄せた。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

3 COMMENTS

Irena

C図では△8二飛と逃げられると、▲7一銀△6四角▲8二銀成△6三金の駒損となって厳しいような気がするのですが、大丈夫なのでしょうか…?(それでもプロの方が選ばなかったのには、やはり理由があるような気もするのですが…)

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あらきっぺ

確かにご指摘の通り進んでしまうと、先手は駒損が大きいので大丈夫ではないですね(^_^;)

よって、C図から△8二飛には、▲7四角成と緩める手が賢明な一手になります。

NHK杯

こうすることで、次こそ▲7一銀が痛烈な攻めになりますね。また、後手は△6四角▲同馬と進めても有効な飛車の打ち場所が見当たらないので、思わしくありません。
以上の理由により、図の局面は先手が優勢と言えるでしょう。

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Irena

なるほど…交換すれば馬が残っている方が大きいのですね。丁寧なご解説ありがとうございます…m(__)m

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