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第69回NHK杯 阪口悟六段VS藤井聡太七段戦の解説記

藤井聡太

今週は、阪口悟六段と藤井聡太七段の対戦でした。

 

阪口六段は振り飛車党で、攻め将棋。角道を止めない振り飛車を好む軽快な棋風の持ち主です。玉を固めて細い攻めを繋ぐ展開を得意にされている印象があります。

 

藤井七段は居飛車党で、棋風は攻め。読みの射程範囲が広く正確なことが特徴の一つです。直線的な変化を読み切る能力は、棋界最強といっても過言ではないでしょう。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第69回NHK杯1回戦第18局
2019年8月11日放映

 

先手 阪口 悟  六段
後手 藤井 聡太 七段

序盤

 

初手から▲7六歩△8四歩▲5六歩△6二銀▲5八飛△4二玉▲4八玉(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

阪口六段は先手中飛車を採用します。対して、藤井七段は舟囲いに組み、急戦を視野に入れた駒組みを見せています。

第1図は先手が▲6八銀と上がったところですが、このタイミングで銀を上がるのが最近のトレンドです。なぜこの手を優先させるのか、という理由については、こちらの記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】2019年6月・振り飛車編

 

後手は急戦を志向しているので、△7四歩▲5七銀△7三銀と攻めの銀を繰り出すのは自然なところ。対して、先手も負けじと▲5六銀△6四銀▲4五銀で素早く銀を進出していきます。これが先手の趣向でした。(第2図)

 

これは表向きには▲3四銀を狙ったものですが、真の狙いは後手の角道を止めさせて、強制的に持久戦へと持ち込むことです。

つまり、△3三銀と上がらせてから▲3八玉△5二金右▲2八玉と美濃囲いの構築に移行します。△4四歩▲5六銀で銀は撤退させられましたが、後手の角道を二重に止めさせたので、将棋の性質が急戦調ではなくなりました。

 

持久戦模様になるのであれば、振り飛車のほうが堅い囲いに組めるので二手損でも不満は無いと見ている訳ですね。(第3図)

 

とはいえ、先手は早々に手損しているので駒組みが立ち遅れている懸念はあります。藤井七段はその弊害を突くべく、△7二飛と指しました。以下、▲3八銀△1四歩▲1六歩△7五歩▲同歩△同飛と動いていきます。7筋の歩を飛車で交換することで、8一の桂を使う準備を整えた意味があります。(途中図)

 

先手は淡々と▲4六歩で囲いの発展を進めますが、△7四飛▲6六角△7三桂で立派な構えに組み上げることが出来ました。盤面の左側は、後手のほうが良い陣形を作っていると言えるでしょう。(第4図)

 

さて。先手は左辺ではポイントを稼がれてしまったので、囲いの優位性で主張を見出したいところです。そのためには6九の金をどうにかしたいですね。

それを踏まえると、ここでは▲7八飛が有力だったでしょうか。飛車交換は振り飛車有利なので△7六歩が妥当ですが、▲5八金左が待望の活用です。以下、△4二銀▲4七金△4三銀が進行例でしょう。(A図)

 

7筋を押さえられているのは癪ですが、何と言っても高美濃に組めたことは大きなアドバンテージです。まだまだ互角の将棋でありますが、これは振り飛車も十分、戦える将棋でしょう。

 

本譜に戻ります。(第4図)

実戦は▲5九飛△4三金▲3六歩と進んだのですが、これだと6九の金が囲いにくっつかないので堅い陣形が作れません。△4二銀と脇腹を引き締められると、先手は主張が見えづらい局面になってしまいました。(第5図)

 

先手の作戦の趣旨としては、

STEP.1
▲4五銀と出ることで、強制的に持久戦へと持ち込む。
STEP.2
相手よりも堅い囲いを作って、玉型の差を主張する。

という組み立てだったはずですが、第5図の局面は囲いの優位性を誇示する展開ではありません。ゆえに、先手は主張の見えにくい将棋になってしまったのです。

 

序盤から小競り合いがありましたが、結果的には後手にとって満足のいく組み上がりになったと言えるでしょう。

 


中盤

 

先手は自分から動ける態勢ではないので▲4七銀上と囲いの発展を目指しますが、離れ駒ができたので後手は仕掛けるチャンスです。藤井七段は△8五歩▲3八金△8六歩▲同歩△7五銀と動いていきました。(第6図)

 

▲4八角は致し方ありませんが、これで8筋の守りがガラ空きになりました。なので、△8八歩が打てるようになっていますね。

以下、▲7七桂△8九歩成▲6五桂△6四銀と進みます。最終手の△6四銀は自ら攻めの銀を下げるので不可思議に映るかもしれませんが、▲6五銀と出られる手を防いだ堅実な一着です。(第7図)

 

先手はぼやぼやしていると△9九とや△7七飛成で被害が拡大するので、何かしら手を作らなければいけません。

阪口六段は手始めに▲7三桂成△同飛▲8四角で角を捌きます。馬を作られたくはないので△7二飛は自然ですが、▲7四歩△9九と▲6六歩で6四の銀にプレッシャーを掛けました。

▲6六歩は緩いようですが、歩を伸ばして力を溜める手は攻めを手厚くする常套手段であり、基本とも言える手法です。(第8図)

 

ここで後手は△8一香と打てば角を捕獲することが可能です。しかし、▲6五歩△8四香▲6四歩△同歩▲7三銀と進んでみると、どうでしょうか。(B図)

 

後手は△7一飛と逃げるくらいですが、▲6三歩と垂らされて厄介ですね。

これは、目先の駒得に目が眩んで駒の効率を落としてしまう好例と言える変化です。たとえ「駒得」という戦果を上げても、働きの悪い駒を作ってしまうと、結果として損を招くケースがあることを意識すると、思考の幅が広がるでしょう。

 

本譜に戻ります。(第8図)

そういった背景があったので、藤井七段は△7四飛と指しました。これは▲6二角成を甘んじる代わりに、△7七飛成▲6三馬△7五銀で攻め駒の活用に期待した意味です。(第9図)

 

先手は馬を作ることは叶いましたが、まだまだ攻め駒が少ないので後手玉を切り崩せる段階ではないですね。戦力を増強するなら▲7四歩になるのですが、△6一香▲7二馬△6六香という反撃があるので芳しくないでしょう。

そこで、阪口六段は▲8五馬と辛抱します。自分からは崩れない粘り強い一手です。ただ、これは具体的な狙いは持っていません。なので、藤井七段もじっと△3一金と寄って自陣を補強しました。(途中図)

 

これもすぐには効果が目に見える形で現れない手なのですが、このように要の金を大駒の利きからかわしておく手は、囲いの守備力を大いに高めるので効果の高いテクニックです。意味合いとしては、玉の早逃げと似ていますね。

 

阪口六段は▲7八歩△6六竜▲5八金で損のないパスを積み重ねますが、△7六銀が果敢な踏み込み。この辺りから、徐々に藤井七段がペースを掴んでいくことになります。(第10図)

 


終盤

 

この△7六銀は、見た目以上に思い切った一着です。というのも、ここで▲6七歩と打たれると後手は竜を失うことになるからです。

ですが、▲6七歩には△5六竜▲同銀△8五銀▲同歩△1五歩が期待の端攻めで、後手は優位を掴むことが出来ます。(C図)

 

先手は歩切れなので▲同歩と応じるくらいですが、△1七歩▲同香△2四桂で調子の良い攻めが続きます。1筋が戦場になると、

(1)後手だけ香を持っている。
(2)5九の飛が働かない。
(3)2二の角が守備駒として機能する。

といった要素から先手の旗色が悪くなります。

 

本譜に戻ります。(第10図)

このように、後手の手駒が潤沢になると1筋から殺到されたときに先手は支えきれません。よって、本譜は▲5二馬と逃げましたが、△2四桂▲2六歩△5一香▲7四馬△5四歩がうるさい追撃。後手は2二の角を運用したいので、5五の位を破壊する手は価値が高いのです。(第11図)

 

▲5四同歩は△5五歩と打たれて銀が詰んでしまいますね。

本譜は▲6七歩△6二竜を利かしてから▲5四歩と手を戻しましたが、△5五歩▲同銀△4五歩で遂にあの角が日の目を浴びました。(第12図)

 

勝負の分かれ目!

 

 

先手は角の働きで勝っていることが主張なので、後手の角が活躍すると勝算が低くなります。なので、この局面はピンチを迎えているのですが、△4五歩と突き捨てた手を逆用できればチャンスが生まれます。具体的には、▲6四銀と指したいところでした。(D図)

 

 

 

これは次に▲5五桂と打つ手を狙っているので、後手は△7一竜▲8三馬△5四香と応じるのが一案ですが、▲5五歩△同香▲4五歩で4筋の位を取っておけば、まだまだ大変な将棋でした。(E図)

 

 

 

ここで△5八香成▲同飛と進むと先手は金損になってしまいますが、それは飛車が攻めに使いやすくなるので、むしろ歓迎すべき進行です。

 

とにもかくにも、先手は4筋の位を保持して後手の囲いに傷を付けておくことが重要でした。ここで敵玉に嫌味を残しておけば、先手にも勝機が残されていたでしょう。

 

本譜に戻ります。(第12図)

実戦は▲6六銀と指したのですが、これは攻め味に欠けるので弱気なところがありました。藤井七段はそれに乗じて△5四香▲5五歩△6五歩と先手の銀を押し込んでいきます。

 

△6五歩に▲5七銀はやむを得ない一手ですが、△5五角▲5六歩△8二角がダイナミックな転換。後手はずっと角の働きが悪いことに悩まされていましたが、その問題点が解決したので一気に形勢を掌握することが出来ました。(第13図)

 

先手は自玉が8二の角に睨まれたままでは、とても安心できません。本譜は▲7五馬と引いて銀取りと▲7四桂を見せましたが、藤井七段は△4六歩▲同銀左△4五歩▲3七銀△3五歩と一気に先手玉への攻略を目指します。

 

阪口六段は狙い通り▲7四桂で両取りを掛けますが、△6四竜が痛快な返し技。これを見据えていたので▲7五馬を無視して攻めに転じていたのですね。(第14図)

 

▲同馬△同角と進むと7四の桂が空を切っており、かつコビン攻めも強烈なので先手は踏んだり蹴ったりです。

本譜は▲8二桂成△7五竜▲9一成桂という順を選びましたが、△6四角が厳しい一着です。予め4筋の位を押さえた効果で、この角の利きは止まりません。(途中図)

 

角道を遮る術が無い以上、▲2七玉と指すのはこのくらいですが、△3六歩▲同銀左△同桂で銀が取れたので決定的な差が着きました。以下、▲4七金左△3五歩も辛い手で、藤井七段は逆転の目を丁寧に摘み取っていきます。(第15図)

 

先手がこの将棋をひっくり返すには、まず3六の桂を除去して自玉の安全度を確保しなければいけません。そのために阪口六段は▲5七角△7二竜▲3五角で3五の歩を払いましたが、△3四歩で打った角が目標になってしまいました。

以下、▲4四歩△3三金▲5七角△6七銀成と徹底して角をいじめたのが間違えのない方針で、藤井七段は勝勢を確固たるものにしました。(第16図)

 

先手が角を逃がすなら▲9三角成ですが、それだと△3五歩と突かれてあの桂が取れなくなってしまいます。かと言って、このまま角を取らせるようでは駒損が大き過ぎて勝ち目がありません。

 

第16図は三原則(玉型・駒の損得・働き)の全てで後手が大量リードを奪っており、逆転の余地はない局面です。以降は数手で藤井七段が勝利しました。

 


本局の総括

 

序盤は先手がもう少し良い条件で組めた印象がある。本譜は囲いの堅さにそれほど差がないので、後手満足だろう。
中盤で後手は香得の戦果を上げたが、2二の角が使えていない格好なので難解な形勢が続く。
先手は△4五歩と突き出された局面が踏ん張りどころ。ここで銀の逃げ場を誤ったので、後手に角の捌きを許してしまった。
懸案の角が使えてからは後手がはっきり優勢になった。その後の△6四竜が爽やかな決め手。これで先手の希望は打ち砕かれた。
後手が攻めに苦労した場面もあったが、後手が形勢を損ねた場面は特になく、藤井七段の完勝譜と言えるだろう。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



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