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~方針の決め方~ 第68回NHK杯解説記 増田康宏五段VS佐々木慎六段(千日手指し直し局)

今週は、佐々木慎六段と増田康宏五段の対戦でした。

なお、本局はタイトルに記載している通り、千日手指し局です。千日手局の解説記はこちらをご覧ください。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第2局(千日手指し直し局) 
2018年4月8日放映

 

先手 増田 康宏 五段
後手 佐々木 慎 六段

 

初手から▲2六歩△3四歩▲7六歩△4二飛▲6八玉△6二玉▲7八玉(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は後手の角交換振り飛車。流行している形の一つです。

第1図では次に△3二銀と上がられてしまうと、後手に角道を通し続けることと、2筋を受けることを両立されるので、先手はやや不満。よって、▲3三同角成形を決めてしまう方が駒組みが楽です。以下、△3三同桂▲9六歩△9四歩▲8八銀△2二飛▲3六歩△4二銀▲4六歩と進みます。2筋に飛車を振り直す駒組みは、角交換振り飛車で常用の手法ですね。(第2図)

角交換振り飛車という戦型は、(居飛車も振り飛車も)相手の陣形を見て臨機応変に構想を組み立てる技術が必要です。相手の指し手を咎めるような構想を展開できれば理想的ですね。

佐々木六段は▲4六歩と突いた手に反応します。本譜は第2図から△7二銀▲4七銀△4四歩▲3七桂△4三銀▲2九飛△2一飛▲7七銀△3二金と進みました。後手は▲4六歩を逆用するために、4筋からの仕掛けを視野に入れた駒組みをしていることが分かります。(第3図)

 

増田五段は▲4八金と上がります。これは角換わりで頻出する形を応用したものですね。後手の△3二金と同様で、バランスを重視していることが分かります。▲3八金との比較は難しいところでした。

▲3八金以下、△5四銀▲5六銀△6四歩▲7五歩と進みます。最終手の▲7五歩は、地味ながら強い意志を持った手です。このような位は、持久戦になると相手の進展性を奪うので、とても価値が上がります。しかし、前述したように後手は4筋から仕掛けを狙っている布陣をしています。にもかかわらずこの手を指したということは、「あなたの攻めは怖くありませんよ」と暗に主張している訳です。(第4図)

 

佐々木六段は当然、△4一飛と回ります。先手は直接的に次の△4五歩を防ぐことはできないので、▲2四歩△同歩▲同飛と2筋を交換して戦線を広げます。対して、後手も△4五歩と反撃します。△4五歩に代えて△2三歩は、▲2六飛△4五歩▲3五歩と桂頭を攻められる手が嫌らしいですね。この辺りは、4筋だけを争点にしたい後手と、戦線を拡大したい先手の意思がせめぎ合った応酬と言えます。(第5図)

 

ここで単純に▲4五同歩△同桂▲同桂….と銀桂を総交換してしまうと、玉型で勝る後手が有利。基本的に、条件が五分の捌き合いになると、玉型が堅い方が良くなります。

よって、増田五段は▲2一角と指しました。△3一金で角は即死しますが、▲5四角成△同歩▲2三飛成で自分だけ竜を作ることができました。

桂取りを受けるために△4二金はやむなき一手ですが、▲4五桂△同桂▲同銀と進んだ局面は、先手は駒損ながらも後手の飛車の捌きを封じたので、上手く局面の均衡を保った印象です。(第6図)

 

後手は今まで4筋から動く方針で指し手を組み立てていましたが、先手の▲2一角により、その方針の継続は困難になりました。将棋は、こういった方針の転換を余儀なくされた場面での選択が難しいのですが、対処法の一つに、敢えて手を渡し、相手の手を見てからプランを決めるという方法があります。

佐々木六段が指した△5五角は、まさにそれを地で行った手です。この手の直接的な意味としては、△2二歩で竜を追う手を用意したり、△4六角や△8五桂を狙ったものですが、真の意味は相手の手によって、今後の方針を組み立てることです。

例えば、△5五角に対して▲5三桂と両取りを掛けると、△5三同金▲同竜△8五桂で途端に後手優勢になります。(A図)

 

A図は後手の持ち駒が増えていますし、△2六角の両取りや△4五飛で銀を取る筋が発生しているので、後手の攻めは止まりません。

この変化は、先手が▲5三桂で駒を渡したことにより、後手は攻撃力が上がったので敵玉を寄せるという方針を取ることができたのです。相手の指し手を利用することで、分かりやすい方針を組み立てることができた好例ですね。

△5五角と打った局面に戻ります。(途中図)

 

増田五段は▲9五歩と指しました。端は美濃囲いの弱点の一つで、急所を突いています。今度は駒を渡さない攻めなので、後手は先ほどのように寄せに向かうことはできません。

したがって、佐々木六段は△2二歩▲3四竜△4六角▲9四歩△1九角成と竜を追い払って受けに回る方針を取りました。香は端の攻防で活躍しやすい駒なので、△1九角成と香を取る価値が高いと踏んだのでしょう。(第7図)

 

先手は、長期戦になると駒損が響くので、短期決戦を挑まなければいけません。ここでは▲4四銀が有力でした。△5五馬の活用を消しながら▲4三歩を狙う、一石二鳥の一手です。

▲4四銀には△4三歩が自然な応対ですが、▲5三桂△4四歩▲4一桂成△同金▲9三歩成と後手玉に迫れば、先手が勝ちやすい終盤戦だったと思います。(B図)

 

△9三同香は▲同香成△同玉▲9九香。△9三同桂は▲9二歩△同香▲9四歩といずれも執拗に端から攻める手がうるさいですね。後手玉はいわゆる「ひとり終盤戦」という状況で、こうなると少々の駒得は無関係になってしまいますまた、1九の馬が戦場から取り残されているのも辛いところ。先手にとっては畳み掛けるチャンスでした。

本譜に戻ります。(第7図)

 

本譜は▲9三歩成△同香▲同香成△同玉▲9九香と直ちに端を攻めました。しかし、平凡に△9四歩と受けられると、味消しだった感は否めません。B図と違い、手駒が強力ではないので、端を清算したのは時期尚早だったのです。

△9四歩に対し、増田五段は▲4三歩△同金▲3二竜△4二飛▲3一竜と竜を潜り込みましたが、ここで緩んでしまったので、後手に絶好の一手を与えてしまいました。(第8図)

 

その絶好手とは△5五馬です。遊んでいた馬が戦線に復帰したのは大きなポイントです。対して、▲5六銀では△3三馬と引かれ、▲4四歩と打つ狙いが消えてしまうので、本譜は▲5六銀打と持ち駒を投資しましたが、△7七馬と切ったのが好判断。以下、▲7七同玉△4一歩と防波堤を築き、後手玉はすぐには寄らない格好になりました。(第9図)

 

先手は駒損が響かないようにするため、短期決戦に持ち込みたかったのですが、第9図はそういった展開とは言い難い状況です。つまり、方針の転換を求められている局面と言えます。

第9図では▲1一竜と駒損を回復しておく手が無難でした。緩いようでも、長期戦に備えて体力を蓄える手が必要だったのです。

 

本譜は▲4四歩△5三金▲8六桂と後手玉に狙いを定めましたが、△8五銀が味の良い攻防手。玉頭を守りながら△7六香を狙っています。▲8六桂は攻めるだけの手ですが、△8五銀は攻防兼備の手なので一手の価値が違います。この辺りで形勢の針が後手に傾いてきたように思います。(第10図)

 

増田五段は▲9五歩△同歩で敵玉に嫌味を付けてから▲6六歩で粘りに出ますが、△7六香▲6八玉△4六香が厳しい攻め。二本の槍が突き刺さり、先手玉は急に狭くなりました。

△4六香に対して、金を逃げると△8八角くらいでも先手が困ります。増田五段は右辺へ逃げ出すために▲5八玉と指しましたが、△4八香成▲同玉△2六角が的確な追撃で、後手の優位は揺るぎません。(第11図)

 

▲3七香は△4六金で一手一手。本譜は▲3七角と受けましたが、△1七角成が冷静な一着。先手が大駒を手放したので、急いで攻める必要は皆無です。相手からの攻めが無くなった場合は、遅くとも確実な手を間に合わすようにしましょう。

△1七角成に対して、増田五段は▲9七桂△9六銀▲2八香と粘り強く辛抱しますが、△1六馬▲4七銀△7七香成が、遅くとも確実な手を間に合わす方針に則った順です。このように、一度決めた方針を貫くと、前後の指し手の整合性が取れるので悪手を指す確率が下がります。形勢が良い立場のときに、このテクニックを使うと勝利を確固たるものにしやすいですね。(第12図)

 

増田五段は▲5九金△5五桂▲2七歩と不屈の姿勢を見せますが、△8七成香が止めの一着。8六の桂を除去すれば、後手玉は見えない形となり不敗の態勢です。以下、▲3三竜△5二馬と進み、終局となりました。(第13図)

 

 

ここでの投了は早いようですが、第13図は駒の損得と玉型が大差で、勝負の帰趨は誰の目にも明らかです。玉が詰むまでは手数が掛かりますが、先手は勝機が見出せないので投了は致し方ありません。

 

本局の総括

 

序盤は互角。仕掛け以降も均衡の取れた局面が続いた。
先手は第7図から▲9三歩成が時期尚早。代えて▲4四銀で力を溜めたかった。本譜は攻め急いでしまった感がある。
第10図の△8五銀が手厚い攻防手で、この辺りで後手が負けにくい形になった。以降も堅実な指し手を積み重ねる方針を貫き、後手が勝ち切った。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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