今週は、大橋貴洸四段と豊島将之二冠の対戦でした。
大橋四段は居飛車がベースですが、振り飛車も指しこなすオールラウンダーです。棋風は攻め将棋で、斬り合いを好むタイプという印象です。
一回戦では三浦弘行九段と戦い、四間飛車を採用して二回戦へと進出しました。~四間飛車の新構想~ 第68回NHK杯解説記 三浦弘行九段VS大橋貴洸四段
豊島二冠は王道を行く本格派タイプの居飛車党です。バランスの良い棋風の持ち主で、どんな展開になっても力を発揮できることが、豊島将棋の最大の長所でしょうか。
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲2五歩△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
戦型は角換わり腰掛け銀。先手の▲4八金型はお馴染みの形ですが、後手の△7二金型はやや目新しい構えです。今年の9月頃から増加した作戦ですね。
本譜はここから▲5六銀△5四銀▲7九玉と進みましたが、そこで△6二金と寄るのが意味深長な一手です。(第2図)
一度、7二へ移動した金を6二に配置しているので、後手は一手損です。ぱっと見は不可解な挙動ですが、もちろん、これには意味があります。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。プロの公式戦から分析する最新戦法の事情(10月・居飛車編)
大橋四段は▲6六歩△6三銀▲8八玉で陣形を整備して、△5四銀に▲4五桂と仕掛けました。先手も駒組みが完了しているので、ここで動かないと千日手模様になってしまいます。(第3図)
ここは後手にとって方針の岐路で、受けに徹するのなら△2二銀と引きます。ですが、この場合は▲8八玉型なので、
(1)先手は飛車を切りやすい。
(2)上部からの攻めに当たりが強い。
という二つの要素があることから、後手は攻め合いの将棋を目指すほうが得策です。
したがって、豊島二冠は△4四銀を選びました。以下、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2九飛△6五歩で反撃を開始します。
先手は、2筋の歩を交換できたことが主張。後手は、桂を質駒にした状態で攻めていることが主張です。互いに攻撃力を特化させた指し方なので、熾烈な将棋になることは避けられません。(第4図)
実を言うとここまでは複数の前例があり、それらの将棋は▲6五同歩で面倒をみていました。しかし、それには△7五歩から猛攻を掛ければ、後手が指しやすいという定説があります。
そのような事情があるので、大橋四段は▲1五歩△同歩▲3五歩と変化します。相手が攻め掛からんとしている状況の中で歩を渡すので、相当に思い切った手順ですすね。
豊島二冠は当初の方針通り、△8六歩▲同歩△8五歩と攻め続けますが、▲2二歩が先手期待の一着です。(第5図)
この戦型で▲2二歩を打たれた場合、後手は概ね△3三桂と逃げる手が正着になるのですが、本局の場合は▲3四歩と取り込まれて先手の攻めが加速します。▲3五歩は、この▲2二歩を打つための下準備だったんですね。
△2二同金はやむを得ませんが、これで後手陣は悪形になりました。それを踏まえて、大橋四段は▲7五歩で相手の攻めを催促します。2筋を壁にしてから逆方向を攻めることが、この一連の手順の意図でした。(第6図)
複数の場所で歩が当たっており、目まぐるしい局面ですが、後手が注意すべき点はただ一つ。いつ、△8六歩を取り込むかです。
例えば、ここで△8六歩を指すと、すかざす▲8二歩と叩かれます。以下、△同飛▲7一角△7二飛▲6二角成△同飛▲7四歩までは必然ですが、これは先手の思い通りの展開です。(A図)
△8五桂と跳ねるくらいですが、▲8六銀と逃げられると桂取りと▲7三歩成が残っているので、後手は忙しいですね。この変化は、飛車を8筋から移動させられているので、△8六歩の威力を削がれていることが痛いのです。
本譜に戻ります。(第6図)
このように、後手は不用意に△8六歩を指すと逆用されかねないので、▲8二歩と叩かれても影響を受けないタイミングでそれを指す必要があります。
豊島二冠は△6六歩と指しました。先手は当然、▲7四歩△6五桂▲6六銀と桂を責めますが、△4五銀直▲同歩の交換を入れてから△8六歩を取り込んだのが、素晴らしい組み合わせでした。(第7図)
この歩を取ると、もちろん▲8二歩が飛んできますが、今度は堂々と△同飛と応じて問題ありません。なぜなら、▲7一銀などで飛車を責められても、△7六桂がそれ以上の痛打になるからです。(B図)
(1)▲9八玉は△8七角。(2)▲9七玉は△8八角で寄り。
(3)▲7九玉が最も頑張れますが、△8七歩成▲8二銀不成△8八角で寄り筋です。(C図)
本譜に戻ります。(途中図)
上記の背景があるので、大橋四段は▲8五歩と緩衝材を置きました。△同飛なら▲7六銀で手番を取りながら補強できますね。
しかし、△7六桂が先手の言い分を通さない好打。▲7九玉△8五飛は必然ですが、これなら7六に銀を打たれないですね。
大橋四段は▲8八歩と受けますが、△同桂成▲同玉△7六角が強烈なパンチ。後手は一貫して7六のポジションを取り続けることで、攻めを繋げることに成功しました。(第8図)
先手は▲7九桂で数を足せないとおかしいのですが、△8七歩成▲同金△同角成▲同桂△7六金で圧し潰されてしまいます。(D図)
もう先手は8七を守り切ることができないので、大橋四段は▲7九玉と明け渡して、逃走に期待します。ですが、△8七歩成▲6七金△7七歩▲6八玉△7八と▲5八玉△6八と▲同玉△8八飛成▲5九玉△7八歩成で着々と進軍されて、先手の苦戦は火を見るよりも明らかですね。(第9図)
次に△8九竜が来ると飛車を素抜かれてしまうので、▲6九歩は致し方ない辛抱ですが、△8九竜▲5八玉△6八と▲同玉△8八竜が流麗な攻め。歩合いができない欠陥を的確に突いています。
△8八竜に対して大橋四段は▲5九玉と指しましたが、△3六桂が金を狙う基本に忠実な寄せですね。(第10図)
金を逃げることができないので、▲6八銀はこのくらいです。しかしながら、△4八桂成▲同玉△6七角成▲同銀引△4六金と上から押さえて、寄り形が見えてきました。
第9図~第11図の間で注目していただきたいことは、後手が7六の角取りを逃げることなく攻め続けていることです。一手たりとも緩まないことで、先手に立ち直らせる余裕を与えなかった手順が光りますね。(第11図)
先手は▲5九桂で耐え忍びますが、飛車の利きが陰になったので、△9九竜が味の良い一手になりました。
もう受けが利かないと見て、大橋四段は▲6四角と開き直ります。後手はゴールまで、あと一歩というところでしたが、ここから局面は思わぬ方向へと進んでいきます。(第12図)
ここでは△4七香と放り込めば、分かりやすかったでしょう。以下、▲同桂△3七金打▲5九玉△4七金上で、一手一手の寄り筋です。(E図)
▲4九香と受けても、△3六桂で五十歩百歩ですね。
しかし、本譜は第12図から△5五香だったので、▲5八玉という怪しげな粘りを与えました。(第13図)
自然な手は△8八竜ですが、▲4九桂で固められると、妙に、もやもやしています。
本譜はそれを嫌って△5七桂成▲同銀引△同香成▲同銀△8八竜と桂を打たれる前に突進しましたが、今度は香を渡したので▲6八香という防御が発生しました。
以下、△5七金▲同玉△5五銀打と進みましたが、▲7三歩成と待望の一手が入り、先手にも楽しみが出てきた印象です。(第14図)
後手は▲6二とが来る前に、先手玉を仕留めなければいけません。本譜は△4六銀打▲5八玉△6六歩と迫りましたが、▲同銀△同銀▲4六角が粘り強く、先手の受けが実を結びつつあります。(第15図)
先手の粘りに手を焼いた豊島二冠は、△5七銀打▲同角△同銀成▲同玉△7七竜▲6七金△7三竜という苦肉の策を選びます。これは、寄せを諦める代わりに自玉を安全な状態にして、長期戦に持ち込む狙いです。
しかしながら、この進行では互いの玉が見えなくなっているので、局面は混沌を極めた状況となりました。(第16図)
寄せを手こずった豊島二冠ですが、ここから巧みな手順で戦況を立て直します。▲5六銀と上部を厚くした手に対し、△3三桂が気づきにくい活用。△4五桂を見せることで、「玉の堅さ」という主張を死守する意味があります。
以下、▲7四歩△6三竜の局面が、本局最大の勝負所でした。(第17図)
後手の一番の狙いは△4五桂なので、ここではそれを防ぐ▲4六銀が有力でした。4六の地点が塞がると△3八金が嫌らしいのですが、飛車を逃げずに▲2六桂が勝負手です。(F図)
△2九金には、もちろん▲3四桂ですね。
飛車を渡すことは軽視できないのですが、先手としては、ここで後手玉に迫る形を作っておかないと、寄せ合いを挑むことができなかったように思います。
本譜に戻ります。(第17図)
実戦は▲7六金と竜取りに金を上がる手を選んだのですが、△6七歩▲同香△6六歩▲同香△6五歩と連打されると、香取りが残ってしまったので、かえって忙しくなった嫌いがあるのです。先手にとっては、これが痛かったですね。(第18図)
▲6五同香には△同銀▲同金△4五桂があるので、先手はこの歩を取れません。
したがって、大橋四段は▲7五桂△7四竜▲8五銀と竜に働き掛けます。仮に△7一竜と逃げれば、今度は▲6五香が指せますね。
しかし、豊島二冠は先手の希望を打ち砕く手順を用意していました。△4五桂▲同銀△4六角が、混沌化した局面を切り裂いた豪打です。(第19図)
これを▲同玉と取ると、△4五銀▲同玉△5四竜▲4六玉△4五銀で寄り筋です。(G図)
(1)▲3七玉には△5七竜。(2)▲4七玉には△6六歩という要領です。
このように、先手玉は右辺に呼び寄せられると、粘りが利きません。
本譜に戻ります。(第19図)
仕方が無いので、大橋四段は▲6七玉とかわしましたが、△6六歩▲7七玉△8五竜とぶった切ったのが鋭利な寄せ。▲同金と取る一手ですが、△7六歩と叩いて、ようやく筋に入りましたね。(第20図)
(1)▲同玉は△6五銀打→△7六金と押さえて、最後に△4五銀と銀を補充すれば、先手玉は寄り。
したがって、本譜は(2)▲8六玉を選びましたが、△7七銀▲7六玉△6七歩成が軽妙な一手で、決め手となりました。(第21図)
これは△6六と▲8七玉△9七金以下の詰めろなので手抜きは不可能ですし、▲同玉は△6六金→△5七金で問題ないですね。
本譜は▲6七同桂と応じましたが、△6六金▲8七玉△8六歩▲同金△同銀成▲同玉△7六金打で、いよいよ収束です。(第22図)
(1)▲8五玉は、△8四歩▲同玉△7三金以下、詰みですね。
本譜は(2)▲9七玉と逃げましたが、△7九角成▲8八歩△同馬▲同玉△7七金左▲9九玉△9七香で、終局となりました。(第23図)
▲8九玉と逃げるよりないですが、△9八香成▲同玉△8七金上で詰みです。
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!
とても分かりやすくて感動ものです。
TV解説では「こうなれば、こうなる」という説明が多いのですが、棋力の低い私には、そもそも「こうなれば」というところが、どういう思考過程を経て棋士が指しているのかが、分からないことが多いのです。
あらきっぺさんの解説だと、なるほどそういう思考過程を経ているのかと、ストンと腑に落ちることが多いです。
NHK杯戦を楽しみ、その後で、あらきっぺさんのブログで棋士の思考過程をたどることは、最近では私の大きな楽しみの一つになりました。
今後も楽しみにしております。
はじめまして。
高く評価していただき、誠に光栄です。
棋士がどのような意思を持って指し手を選択しているのか、ということは、なかなか分かりにくいものですが、そういった疑問を補完できているのであれば、執筆者としてとても嬉しいですね。
今後も続けていく所存ですので、よろしくお願いいたします。
激励ありがとうございました。
とても分かりやすかったです。ありがとうございます👏
はじめまして。
ご称賛ありがとうございます!今後も続けていくので、ご覧いただけると何よりです。