今週は橋本祟載八段と菅井竜也王位の対戦でした。
橋本八段は居飛車党で、重厚な形を好む受け将棋です。
大胆な発言や派手なファッションが話題になることもありましたが、それとは裏腹に将棋はとても本格的で、ハイリスクハイリターンな手は指さずに少しづつポイントを積み重ねていく丁寧な将棋という印象です。
菅井王位は基本的には振り飛車党ですが、居飛車も抵抗なく指すことができるオールラウンダーです。攻め将棋で、堅い玉型を頼りに細い攻めを繋ぐような将棋を得意とされている印象があります。
一回戦では三枚堂達也四段と戦い、中盤で苦戦に陥ったものの、実戦的な指し手を連発して逆転に成功し、二回戦へ駒を進めました。第67回NHK杯1回戦解説記 菅井竜也七段VS三枚堂達也四段 ~前編~
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲8八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
橋本八段は初手に▲2六歩と突いていることから、対振り飛車を想定していたと思うのですが、(事実、感想戦でもそう仰っていた)菅井王位は2手目に△8四歩と指し、戦型は角換わり腰掛け銀になりました。相手の研究に嵌りにくいところはオールラウンダーの利点の一つですね。
後手は旧式の△5二金型を採用していますが、9筋の端歩を突いていないことが工夫点です。端の位を取られる権利を与えますが、陣形の整備や先攻するための準備に手を費やすことができます。
デメリットとしては、
①相手の玉が広くなる。
②戦いを起こさないと位の取られ損となるので、「待機する」という戦術が取れない。
が挙げられます。
先手も端歩に二手費やすと手が遅れてしまう懸念があるので、位を取るかどうかは悩ましいところでしたが、橋本八段は▲9五歩と後手の作戦を咎めに行きました。菅井王位は△4二金右で棋風通り、堅陣を作ります。
先手が後手からの仕掛けを封じるなら、▲6六歩△2二玉▲6九飛という順は有力でした。(A図)
「玉飛接近するべからず」という格言には反していますが、▲4八金・▲2九飛型で▲6九飛と転換する筋は受けの常套手段です。
後手は駒組みが完成しているので仕掛けを考えたいのですが、△6五歩を阻止されると、攻めの糸口を見出すのは大変です。先手はこの後、▲8八玉→▲2五歩→▲2九飛→▲4五歩という順が楽しみですね。
本譜は△4二金右に▲2五歩△2二玉▲4五歩とシンプルに仕掛けました。これは、▲6七歩型で戦う方が良いと判断した意図だと思われます。(第2図)
ここで素直に△4五同歩と応じてしまうと、▲同桂△4四銀▲4六歩でKnight Remainになってしまうので、後手は不満です。よって、菅井王位は△7五歩と攻め合いを挑みます。
その局面は、(1)攻め合い志向の▲4四歩。(2)△6五桂を防ぐ▲6六歩も有力でしたが、橋本八段は▲7五同歩と応じました。相手の攻めに真っ向から立ち向かう堂々とした一手です。
ただし、角換わりではこのような7筋(3筋)の突き捨てを素直に取ると、相手の攻撃力が格段に上昇するので、リスクが高い手でもあります。実際、ここからしばらくは後手に攻めのターンが続きます。▲7五同歩以下、△6五桂▲7六銀△8六歩と菅井王位は先手陣に襲い掛かります。(第3図)
ここで平凡に指すなら▲8六同歩ですが、それには△同飛▲8七銀△5七桂成!▲同金△5六飛▲同金△8六歩▲同銀△4七角で後手の攻めが炸裂します。(B図)
飛金両取りを同時に防ぐには▲5九飛しかありませんが、△4八銀で後手優勢です。このように、ひとたび食いつかれてしまうと玉型が薄いので支えきれないのが▲4八金・▲2九飛型の欠点ですね。
したがって、橋本八段は第3図から▲7三角△8一飛▲6四角成と馬を作って、守備力を強化しました。以下、△8七歩成▲同銀△7七歩▲同桂△同桂成▲同金と菅井王位は取られそうな桂を捌きます。先手の歩得VS後手の陣形の堅さという構図で、形勢は互角です。(第4図)
後手はどのように攻めの継続を図るのか難しいところですが、△4五歩と歩を補充したのがここでは絶対手です。ぬるいようですが、持ち歩を得ることで拠点を作ったり、垂れ歩を打てるようになったことが大きいのです。
基本的に持ち歩が0の状態では攻めの後続が難しいので、歩切れを解消する手があれば、そちらを優先すると良いでしょう。
橋本八段は▲8六歩で自陣を修繕しますが、△6一飛▲7四馬に△7六歩と叩きの歩を放ちます。金を逃げると△7七角がうるさいので▲同銀の一手ですが、△6四桂で両取りを掛けることに成功しました。以下、▲7八玉と玉型を整えた手に対し、じっと△4六歩と伸ばしたのが味わい深い一手です。(第5図)
両取りを掛けた直後なので、ついつい銀を取ってしまいがちですが、こういうところで力を溜めるのが細い攻めを繋ぐコツなのでしょうね。
ただ、攻めが一段落したので、先手にとってはようやく反撃の機会が巡ってきました。橋本八段は▲2四歩△同歩▲2三歩△同金▲4三歩△同銀▲5五桂△3二銀▲2五歩と後手陣の本丸を攻め立てます。(第6図)
ただし、▲2五歩では▲4三歩△4一金▲4五桂と側面から攻める方が勝りました。なぜなら、後手の囲いが金冠に変化しているからです。
例えば、銀冠に対して上部から歩を使って攻める場合、▲2五歩△同歩▲2四歩△同銀▲2三歩△同金…….と持ち歩があればあるほど相手の形を乱すことができます。しかし、金冠の場合は、2三の金で全て△同金と応じられてしまうので、効果的な攻めとは言えません。つまり、金冠に対して玉頭から攻めるのは得策ではないと考えられます。
威力の低い攻めは面倒を見る必要がないので、菅井王位は再び攻めを開始します。まずは△7六桂▲同金で銀を取り、(敵玉に近い守備駒を剥がす方が基本)△4七歩成が軽妙な成り捨てです。▲同銀は△8七銀があるので本譜は▲同金と応じましたが、△3八銀と両取りに銀を打つことができました。
飛車を横に逃げると直前に指した▲2五歩と意味が噛み合わないので▲2八飛と逃げましたが、△4七銀成▲同銀△8九角が豪快な一打で、後手が優勢になりました。(第7図)
ちなみに、△6九角と打つ手も有力に見えますが、▲同玉△6七飛成▲6八歩と受けられると、金は取れても先手玉を右辺へ逃がしてしまうので、その後の寄せに苦労することが予想されます。△8九角と打てば、先手玉を狭い方へ追いやることができるので、そのような心配は皆無です。終盤では目先の駒得よりも、敵玉を危険にすることを優先した方が良いでしょう。
先手は▲8九同玉と取る一手ですが、△6七飛成が金取りや△8八歩、△8七金を狙いにした厳しい成り込みです。
全ての攻め筋をケアすることは不可能なので、橋本八段は▲7九桂と金を囮に粘る受けを捻り出しましたが、この手が敗着になりました。代えて、▲8八桂と打つ手が勝りました。△8七歩が目に見えていますが、▲7七銀と頑張れば後手も寄せ切るのは容易では無かったでしょう。(C図)
この受け方の狙いは、△8八歩成→▲同玉という順を誘導させることで、他力を使って玉を上部へ這い出ることです。第7図の△8九角と考え方は似ています。すなわち、少々の駒の損得よりも、玉の安全度を重視しています。
C図から△6九竜▲9八玉△8八歩成▲同玉△6四桂など、後手からのうるさい攻めは続くので先手にとっては苦難が絶えないですが、本譜よりも楽しみが多かったとは思います。繰り返しにはなりますが、先手はとにかく玉を上部へ逃げ出すことが最優先事項でした。
本譜は▲7九桂以下、△7六竜▲8七銀と進みましたが、そこで△8八歩が小味な利かし。▲同飛と取らせて、「玉飛接近」の悪型を強要することができました。次の△7七竜で一息ついたものの、先手陣は修復が難しい形です。(第8図)
先手は受けに適した駒を所有していないので、ここでは選択肢が「攻め」しかありません。橋本八段は▲2四歩△同金▲4三歩△4一金▲4五桂と後手玉に迫りますが、△4四銀が冷静な対応。銀取りに構わず攻める手もありましたが、先手に銀を取られると受けに使われる余地が生まれるので、安易に金気を渡さない方が良いと判断したと思われます。(第9図)
△4四銀は桂取りなので、先手の攻めを催促している意味も兼ねています。足を止めることができない橋本八段は▲4二歩成△同金▲5一角と攻めましたが、△4一金打が鋼鉄の受け。以下、▲同馬△同金▲2四角成△8八竜▲同玉△2八飛で王手馬取りを掛けて、菅井王位は先手の攻めを完全に受け止めました。(第10図)
ここで金を合駒すれば自玉は堅いものの、攻めが切れてしまう恐れが出てきます。よって、橋本八段は▲9七玉と節約しましたが、馬を取る前に△8八角を利かしたのが当然ながら、抜け目のない一手です。以下、▲9六玉に△2四飛成で後手玉は盤石の状態になりました。
橋本八段は▲4二歩と叩きましたが、これは形作り。△9四歩が「端玉には端歩」という格言通りの一着です。事前に△8八角を打っておいたことで、とても厳しい攻めになっていますね。
△9四歩以下、▲4一歩成△8四金と進み、橋本八段の投了となりました。(第11図)
第11図では先手玉には詰めろが掛かっていて、後手玉は不詰みです。▲7八銀と逃げ道を作っても、△7六角で先手玉は必至なので、投了もやむなしです。
【本局の総括】
・序盤はほぼ互角。先手は積極的に仕掛けたが、A図の変化を選べば、もっと良い形で仕掛けることが出来たかもしれない。
・中盤は先手の受けVS後手の攻めという構図。実戦的には玉の堅い後手が勝ちやすそうに見えるが、実際の形勢は難解だと思う。
・先手は第5図~第6図に至る手順で、もう少し効果的な攻めを行いたかった。本譜の攻めは急所を外している。
・第7図の△8九角が鋭い攻めで、後手が一歩抜け出した。
・▲7九桂が敗着。C図の変化を選べば、苦しいながらもまだ綾はあった。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!