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~大化けした自陣角~ 第68回NHK杯解説記 近藤誠也五段VS屋敷伸之九段

今週は、近藤誠也五段と屋敷伸之九段の対戦でした。

 

近藤五段は純粋居飛車で、棋風は攻め。じっくりと組み合う展開を好むタイプなので、序盤は大人しく指す傾向が強いですが、終盤力の高さは若手棋士の中でも随一です。

一回戦では井出隼平四段と戦い、苦戦の将棋を跳ね返して二回戦へと進出しました。~踏み込みのタイミング~ 第68回NHK杯解説記 井出隼平四段VS近藤誠也五段

 

屋敷九段は居飛車党で、先攻することを重視する棋風です。また、玉が薄くなることを怖がらないタイプで、激しい斬り合いを競り勝つ技術が高い印象を持っています。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯2回戦第14局
2018年11月4日放映

 

先手 近藤 誠也 五段
後手 屋敷 伸之 九段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲6八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。ただし、主流の▲4八金・△6二金型ではなく、クラシカルな形の将棋になっています。また、後手が1筋の歩を手抜いていることも珍しいですね。これは、後手番ながら先攻したいという屋敷九段の強い意志を感じます。

 

ここは先手にとって悩ましいところで、仕掛けを警戒するのなら、▲4七金が最も手堅いでしょうか。ただ、玉が薄くなるので、好みが分かれる手でもあります。

近藤五段は▲6六歩を選びました。これは囲いを充実する自然な手ですが、6筋の歩を突くと、当然、後手は△6五歩と動いてきます。以下、▲同歩△同桂▲6六銀△6四歩までは一本道の進行ですね。(第2図)

 

ここで先手が囲いを固めるなら▲6八金右ですが、△8六歩▲同歩△同飛…から一歩交換されると、先手は指し手に制約を受けてしまいます。(A図)

 

ここで先手が一番指したい手は▲3七桂ですが、すかさず△3五歩で咎められてしまいます。しかし、桂を跳ねることができないと、先手はいつまでたっても攻めの形が作れないので、作戦失敗でしょう。

 

ゆえに、近藤五段は▲6八角で8筋を受けました。(第3図)

 

ここに角を手放すようでは、普通は面白くありません。しかしながら、本局の場合は1筋に位を取っている関係上、この角を打ちやすい意味があります。

もう少し、詳しく説明しましょう。後手はここから△4四歩▲3七桂△3一玉という要領で、陣形を整える方針が一例です。すると、このような局面になることが予想されます。(仮想図)

 

後手は△2二玉と上がりたいところですが、先手の端攻めに近づくので、逆に危うい印象を受けませんか? 端の位を取っているので、▲2五桂と跳ねる手の威力が通常形よりも高いのです。こういった展開を見据えているので、先手はあっさりと受け一方の自陣角を打っているんですね。

 

本譜に戻ります。(第3図)

上記の背景があったので、屋敷九段は△4四銀と指しました。囲いは薄くなりますが、△3五歩を見せることで、▲3七桂を牽制した効果があります。

 

近藤五段は2筋が弱くなったことに着目して、▲2五歩と伸ばします。以下、△3五歩▲同歩△同銀▲4七金△4四銀▲2四歩△同歩▲同飛と互いに歩を交換して、持ち歩を蓄えました。(第4図)

 

一見、△2三歩と打つしかないように見える場面ですが、▲2八飛と引かれると、後手は指す手が難しいという課題があります。(C図)

 

先手には▲2二歩△同金▲6五銀直△同歩▲3四桂という狙いが残っていますが、後手にはこれといって厳しそうな攻め筋がありません。

この変化は、2・3筋の歩交換が先手の利になっているので、後手が不満なのです。

 

そこで、屋敷九段は△8一飛と節約しました。(第5図)

 

ここで▲2八飛と引くと、△2七歩▲同飛△3八角で馬を作る狙いが生じているのがC図との違いです。これは先手が選びにくいので、近藤五段は▲2三歩△3三銀の利かしを入れてから▲2八飛と撤退しました。

2三に垂れ歩が残っているので、後手も穏便に△2四歩と受けるくらいでしょう。(第6図)

 

さて。先手は小競り合いの末、無事に2筋の歩を交換することができました。また、玉の堅さで勝っていることもアドバンテージです。

しかしながら、先手は全く安心できる状況ではありません。なぜなら、三つ懸案を抱えているからです。

 

(1)2三の歩が取られるので、歩損が確定している。
(2)右側の桂が遊んでいる。
(3)自陣の角が攻めに使えていない。

先手はこれらを改善しないと、形勢の悪化が目に見えているので、第6図は見た目よりも忙しいのです。

 

近藤五段は▲5五銀左と指しました。銀交換は▲7二銀の傷があるので先手は歓迎ですし、銀を動かしたことで、▲6六歩で桂を取る狙いもあります。

ですが、屋敷九段は冷静な対処を見せます。△5五同銀▲同銀△7一飛が巧みな受けでした。(第7図)

 

ぱっと見は奇異な手に見えますが、確かにこれで▲7二銀は防いでいますし、展開によっては△7五歩と攻める手も視野に入れています。地味ながら、含みの多い良い受けでした。

近藤五段は狙い通り、▲6六歩で桂を詰ましますが、△5四歩で先手の銀も詰むので、後手は駒損になりません。

以下、▲6五歩△5五歩▲5九角と進みます。最終手の角引きは緩手のようですが、先手はこの角が攻めに使えないと勝ち目がありません。▲5九角は、盤上この一手と言える絶対手です。(第8図)

 

▲5九角は、▲2六角がメインの狙いですが、▲6八飛と転回する手も見せており、後手にとってはどこを守るべきなのか、非常に難しい局面です。

第8図は様々な候補手がありますが、やはり▲2六角の筋を緩和することが急所なので、△4四歩と指してみたいところでした。(D図)

 

(1)▲2六角は飛車取りではないので、△2五歩で追い返せば問題なしでしょう。

(2)▲4五歩でこじ開けに来たら、△3四銀打で補強します。単に△3四銀打と打つよりも、玉が広くなっていることが後手の主張です。

(3)▲6八飛は、△5三銀と投入します。以下、▲6四歩△同銀▲6五歩△5三銀▲6四銀は、△6二金でいなしています。(E図)

 

E図から▲5三銀成には△同玉が堂々とした応手。後手は△6七歩と叩くカウンターが切り札で、この変化は先手も簡単には攻め切れません。

 

このように、△4四歩を突けば、後手も互角以上に戦えていたのではないかと思います。

 

本譜に戻ります。(第8図)

本譜は△2三金を選びました。この歩を取り除くことは、後手にとって兼ねてからの楽しみだったので、自然な一手ではあります。しかしながら、▲2六角が絶好の活用で、先手に追い風が吹いてきました。

 

屋敷九段は△3五歩▲同角△4四銀打▲1七角△3五歩と懸命に角道をブロックしますが……。(第9図)

 

当然ながら、▲4五歩が気持ちの良い突き出しですね。△同銀▲3七桂で、遂に眠っていた右桂が目を覚ましました。

▲3七桂に対して、△3四銀引は▲3六歩で逆に当たりが強くなってしまいます。ゆえに、△5四銀は致し方ありませんが、▲3五角と再度、角が飛び出た局面は、先述した三つの懸案を全てクリアしたので、先手がはっきり良くなりました。(第10図)

 

ここで△4四銀打と投資すれば、後手陣はすぐには潰れませんが、落ち着いて▲1七角と引かれると、後の▲4五歩が厳しいので、後手の苦戦は免れません。

 

本譜は攻め味を残すために△4四銀と節約しましたが、▲6四歩が抜け目の無い取り込み。△同金は▲4四角△同歩▲6二銀が痛打ですね。(F図)

 

したがって、▲6四歩に△6二金は仕方のない辛抱ですが、▲4六桂が粘りを許さない強烈なパンチでした。(第11図)

 

(1)△3五銀は、▲5四桂が王手金取りですし、(2)△6五銀は、▲4四角△同歩▲5四銀が厳しいですね。これは(1)と五十歩百歩です。

本譜は△6五角で紐を付けましたが、▲5四桂△同角▲6三銀と打ち込んだのが、最速の寄せ。角を逃げても先手の良さは残っていますが、先手は第11図で「アクセルを踏む」という選択を取ったので、怯まずに畳み掛けるほうが得策です。

 

このように、一度決めた方針を貫くと、前後の指し手との整合性が取れるので、ミスのない手順を指し続けることができます。(第12図)

 

後手は△6三同金▲同歩成△同角と素直に応じるよりありませんが、▲6二金が飛角両取り。もはや先手の攻めは止まりません。

以下、△3五銀▲6三金と進みましたが、これは決定的な差が着いていますね。玉型と飛車の働きの差が大きく、先手がはっきり優勢です(第13図)

 

次は▲5三角の両取りが痛烈ですが、△4一桂と打っても▲6二角があるので、受けになっていません。

本譜は△4四銀と引きましたが、▲4五歩が着実な一手。△5三銀には、▲同金△同玉▲3五角が突き刺さりますね。

 

適切な受けが見当たらないので、屋敷九段は△6六桂▲4四歩△5八銀と攻めに転じましたが、これは形作りだったでしょう。(第14図)

 

近藤五段は、きちんと着地を決めます。まずは、▲5八同飛△同桂成と進めて、自玉のトン死筋を消しました。後手の持ち駒が飛角銀なら、先手玉は不詰めです。

そして、▲5三角と王手飛車取りを掛けた局面で、終局となりました。(第15図)

 

後手は△3二玉と逃げるくらいですが、▲4三歩成△同玉▲4四銀△3二玉▲7一角成で後手玉は受け無しです。対して、先手玉は安泰なので、ここでの投了はやむなしですね。(G図)

 

 

本局の総括

 

序盤は先手がやや消極的だったが、互角の範囲内だろう。ただし、先手は自陣角を打った割には、局面が落ち着かなかった。
第6図は先手に課題が多いので、後手まずまずに見えたが、玉が薄いので実戦的には大変か。
後手は第8図から△2三金が甘かった。△4四歩で角の直射を避けたかった。
先手は蛹のように眠っていた角が羽化したので、一気に形勢が好転。その後も緩みなく畳み掛けて、後手に粘る余地を与えなかった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

2 COMMENTS

りゃつ

おそろしいほど丁寧な解説、大変勉強になりました!これからも更新楽しみにしております!

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あらきっぺ

はじめまして。

ご覧いただき、ありがとうございます!
今後もマイペースで続けていくので、よろしくお願いいたします。

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