今週は、羽生善治九段と郷田真隆九段の対戦でした。
羽生九段は居飛車党で、積極的な手を好む棋風です。また、戦型選択では流行の最先端を行くことが多く、相手の研究にも怯まず立ち向かう傾向が強い棋士ですね。
準決勝では丸山忠久九段と戦い、一手損角換わりを撃破して決勝戦へ勝ち進みました。~羽生世代の同窓会(一次会)~ 第68回NHK杯解説記 羽生善治九段VS丸山忠久九段
郷田九段は居飛車党で攻め将棋。「本格的」「王道」と称られることが多く、妥協をしないその指し回しは、求道者を思わせます。
準決勝では森内俊之九段と戦い、相居飛車の力戦型を制して準決勝へ進出しました。~羽生世代の同窓会(二次会)~ 第68回NHK杯解説記 郷田真隆九段VS森内俊之九段
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
目次
序盤
初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
戦型は角換わり腰掛け銀。先手は、ポピュラーに▲4八金型に組んでいますが、後手の△9三歩・△6三金型というチョイスは、やや珍しいですね。
これは、後手番らしく待機に徹しようという思想とは真逆の発想で、相当に攻めっ気の強い指し方です。将来的には、(1)△7五歩▲同歩△6五桂や、(2)△6五銀といった攻め筋で、先攻を目指します。
ただ、第1図から直ちに(1)の攻め筋は時期尚早ですし、(2)の△6五銀は、▲4五桂という切り返しが気になります。(A図)
後手は△4二銀と引くのが自然ですが、▲6六歩△5六銀▲同歩と進んだ局面は、後手陣のほうが隙が多いので、先手満足の岐れですね。これは、△6三金型が仇になっています。(B図)
本譜に戻ります。(第1図)
このような背景があるので、郷田九段は△4四歩で一回、待ちました。この歩を突くと▲4五歩で争点を与えますが、そこで△7五歩と突き捨てたのが良いタイミング。今度は歩が入手できる格好なので、△6五桂が跳びやすいですね。
複数の場所で歩が衝突したので、もう局面は収まりません。戦いの火蓋が切って落とされました。(第2図)
中盤
先手は、4筋を突っ掛けた以上、ひとまず▲4四歩は取り込みたいところ。後手も歩は欲しいので、△同銀と応じます。
その局面で、先手はこれといって効果的な攻めがありません。よって、羽生九段は▲7五歩と手を戻しました。後手はもちろん、△6五桂を決行します。(第3図)
さて。この銀取りにどう対処するのが良いでしょうか。
もし、先手に期待値の高い攻めが控えているのであれば、▲6五同銀と食いちぎって手番を取る手も候補に入ります。ですが、現時点では、まだそのレベルではないので、銀を逃げるしかありません。
最も突っ張るなら▲7六銀です。これで自陣が安定すれば、△7五歩の突き捨てを咎めることが出来ますからね。ただ、△4六角が厄介な一着です。(C図)
(1)▲6八玉は、△5七桂成▲同金△3七角成がありますし、(2)▲6六角は、△5五銀左で受けになっていません。
C図では▲6八角と辛抱することになりそうですが、ここに角を打たされているようでは自信が持てない印象を受けます。
本譜に戻ります。(第3図)
なので、羽生九段は▲6八銀を選びました。中央をケアしていることが、C図との相違点ですね。
以下、△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛までは、妥当な進行と言えます。(第4図)
ここで常識的な手は、▲6六歩で桂を取りに行く手でしょう。この桂を盤上から消してしまえば、先手は自分の主張だけが残ります。
しかし、事はそう単純ではありません。なぜなら、△7七歩▲同桂△同桂成▲同銀△8五桂▲8六銀△7七歩▲6八金△5五銀左と畳み掛けられてしまうからです。(D図)
こうなってしまうと、玉の安全度に差が着いているので、先手は勝ちにくい将棋と言えます。なにより、この進行では離れ駒だった4四の銀が、攻めに一役買っている点が癪に障るのです。
本譜に戻ります。(第4図)
要するに、▲6六歩で受けに回っても後手の攻めを助長してしまうので、一手の価値が乏しい感があるのです。
そこで、羽生九段は全く違う方針に活路を求めました。それが、▲2四歩△同歩▲4三歩です。(第5図)
この場所に歩を垂らすのは、なかなかお目にかかれない手なので、思わず目をぱちくりさせてしまいますね。
この手の意味を端的に述べると、相手の金銀に定位置から動いて欲しいのです。
つまり、3二の金や5四の銀は、この場所がベストの配置なので、そこから移動してもらえるなら、一歩をプレゼントしても構いませんよ。どうですか? と後手に問いかけているんですね。
仮に、▲4三歩に対して△同銀と応じると、先手は▲4五歩と押さえます。以下、△3三銀▲6六歩△7七歩▲同桂△同桂成▲同銀までは必然でしょう。(E図)
しかし、こうなってみるとD図のような△5五銀左と銀をぶつける攻め筋が消えているので、今度は△8五桂と打たれても先手は怖くありません。
D図は次に▲5五桂という狙いがありますし、それを△5四歩で防いでも▲2五歩や▲4四桂といった攻め筋が楽しみです。よって、これなら先手満足ですね。
したがって、郷田九段は▲4三歩を相手にせず、△4七歩で攻めに転じました。(第6図)
これも、意味合いとしては先手の▲4三歩と同義です。すなわち、上図の青丸で囲った駒は、この地点が定位置なので、「そこから動け」と突きつけている訳ですね。
これに対して、(1)▲4七同銀と応じるのは、後手もそれに満足して△4三銀と歩を払います。以下、▲4五歩と打っても、今度は△5五銀と進軍されて芳しくありません。(F図)
このように、腰掛け銀を安直に引いてしまうと、中央の勢力争いに競り負けてしまうので、面白くないのです。
よって、羽生九段は△4七歩に▲同金を選びました。3八にキズを作りますが、中央を手薄にしないほうが優先度が高いということを暗に示唆しています。(第7図)
ここまでは、難解な押し引きが続いていましたが、ここで郷田九段の次の一手が波紋を呼びました。本譜は△7七歩と叩いたのですが、結果的にはこれが性急だったようです。代えて、△4三銀で玉型を安定させるほうが優りました。
先手は▲4五歩△3三銀▲6六歩で後手の攻めを催促しますが、△7七歩▲同桂△同桂成▲同銀に、△3八角と打てるのがE図との大きな違いです。(G図)
▲2八飛△4九角成▲5五桂で、両取りを掛けられてしまいますが、△7六歩▲6八銀△4六歩▲同金△8五桂と迫る手も相当に厳しいので、後手も十分、戦えます。(H図)
話を整理すると、先手が▲4七同金と応じて悪形を甘んじたので、後手もそれに満足して△4三銀と我慢しなければいけなかったのです。
本譜に戻ります。(第7図)
本譜は△7七歩▲同桂△同桂成▲同銀△6五桂と過激に迫りましたが、4三に歩を残した状態で攻め合った姿勢が、後手にとって命取りになりました。
羽生九段は、相手の攻め急ぎを的確に咎めます。△6五桂に対して、▲同銀△同銀▲5六桂が強烈なカウンターです。(第8図)
後手は△3八角が打てれば嬉しいのですが、▲4四桂△2九角成▲3二桂成△同玉▲4四桂と直線的に攻め合われて、一手負けコースに入ってしまいます。(I図)
(1)△4三玉は、▲5二銀が痛いですし、(2)△3三玉は▲3二銀と縛る手が▲2二角からの詰めろになっているので、後手は受けに窮しています。
本譜に戻りましょう。(第8図)
後手は、攻め合いでは勝ち目がないので受けに回らなければいけません。ですが、(1)△5五銀は▲4四桂打で五十歩百歩です。
また、(2)△5六同銀▲同金と進めれば手番は握れますが、これは自分の狙い(△3八角)も消えてしまうので、問題の解決にはなりません。
第8図から郷田九段は△5五角と攻防手を放ちましたが、▲4四桂△同角▲4二銀が、「寄せは俗手で」という格言通りの厳しい攻めになりました。(第9図)
こうなってみると、4三の歩がべらぼうに利いていることがよく分かります。
第9図は、駒の損得こそありませんが、先手は自玉が安定した状態で寄せに向かっているので、形勢は明快な差が着いています。もちろん、先手優勢ですね。
終盤
これを△同金と取るのは、▲同歩成△同玉▲2四飛△2二歩▲4三歩と攻め立てられて、支えきれません。(J図)
なので、郷田九段は△2二玉と逃げましたが、▲4一角が粘りを許さない追撃。このように、金に狙いを定めるのは寄せの基本ですね。(第10図)
後手は、△2三銀とテコ入れすれば自玉の寿命は延びますが、受けに偏った手を指すと、▲5六桂で角を責められて困ってしまいます。
よって、本譜は△8五桂で攻め合いに希望を託しましたが、▲3五桂が爽やかな一着で、後手にトドメを刺しました。(第11図)
△3五同歩は、▲2四飛で角が取れます。かと言って、これは詰めろなので放置する訳にもいきません。
本譜は仕方なく△3五同角と指しましたが、自然に▲同歩と応じて先手勝勢です。△7七桂成で銀を取られても、▲同金で後続が無いですね。(第12図)
先手玉に迫るのであれば△7六桂が一案ですが、▲2四飛と走って後手玉は詰んでしまいます。(K図)
本譜は△2五桂で詰めろを防ぎましたが、▲4四桂で後手は受けが利きません。その局面で終局となりました。
羽生善治九段、NHK杯優勝おめでとうございます!
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!