どうも、あらきっぺです。毎年、この時期になると学生王座戦(大学将棋の団体戦)が開催されていますね。昔、一度だけ観戦に伺ったことがあるのですが、他では味わえないような熱気が印象に残っています。
タイトルに記載されている通り、振り飛車の将棋を見ていきましょう。なお、前回の内容はこちらからどうぞ。最新戦法の事情(2019年11月・振り飛車編)
・調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あまり妄信し過ぎないことを推奨致します。
最新戦法の事情 振り飛車編
(2019.11/1~11/30)
調査対象局は54局。それでは、戦型ごとに掘り下げて行きましょう。
先手中飛車
後手超速を嫌がっている。
5局出現。対局数がガクンと落ち込み、下火になっています。
ここまで数字が下落した背景には、やはり後手超速の存在が大きいと考えられます。この作戦に対しては、▲6六銀型で対抗するのが最有力でした。具体的には、このような局面ですね。(参考図)
しかしながら、▲6六銀型に組んでも居飛車からの仕掛けを完全に封じれる訳ではありません。すなわち、ここから△8六歩▲同歩△7三桂という手順で後手は動いていきます。(第1図)
この局面は、[先手中飛車VS後手超速]という戦型において、非常に重要なテーマ図です。なぜなら、居飛車は守りの手数を必要最小限にとどめて動いているからです。それはつまり、最速で攻撃を開始していることを意味します。
居飛車側はこれでアドバンテージを取れなければ、作戦そのものが通用しないことの証明となってしまいます。裏を返せば、中飛車側はこの布陣を打ち破れば何も怖いところがありません。ゆえに、互いに取って譲ることの出来ない重要な局面となっているのです。
前回の記事では、この局面の優劣が鍵を握ると記しました。そして、11月はどのような結果になったのでしょう。なんと、この局面は一度も登場しなかったのです。
具体的な事例が出現していないので断定は出来ませんが、第1図の局面は中飛車側に誘導する権利があるので、避けているのは先手ということが読み取れます。つまり、中飛車側はこれでは面白くないと見ている節があります。
先手中飛車としては、第1図の局面が芳しくないとなると、他の作戦に切り替えることになるのですが、なかなかその代案が見つかっていないように感じます。現環境は、中飛車側に課題があると言えるでしょう。
四間飛車
後手番での採用数が多いが……。
11局出現。10局が後手番での採用で、かなり偏った数字が出ています。
この数字から分かるように、後手番の際に高い支持を得ている戦法であることが読み取れます。しかし、現実はかなり苦労しています。以前から再三にわたって述べているように、「端歩突き穴熊」に手を焼いているからです。
その上、11月ではこれをさらにグレードアップした作戦が登場しています。(第2図)
2019.11.14 第69期大阪王将杯王将戦挑戦者決定リーグ戦 ▲藤井聡太七段VS△久保利明九段から抜粋
ここまでは何の変哲もない序盤戦ですね。持久戦を志向するなら▲7七角が並の手ですが、藤井七段は意欲的な指し回しを見せます。ここで▲5五角が面白い工夫でした。(第3図)
後手は何らかの手段で6四の歩を守らなければいけません。形は△6三金ですが、それには▲3五歩△同歩▲4六銀で仕掛けられたときが厄介です。基本的にその将棋は金が5二にいる方が隙が無いので、△6三金と上がった手がマイナスになりかねません。
そういった背景があるので、本譜は△6三銀を選びました。これなら急戦には耐性が強いですね。ただ、それを見て▲8八玉△4三銀▲7七角と持久戦にシフトしたのが柔軟な駒組みです。これが巧みな組み立てでした。(第4図)
先手は角の動きで一手損しましたが、相手の囲いを乱したことが自慢です。後手は高美濃や銀冠を目指しにくいですね。また、居飛車の手損を咎めるために急戦を狙おうとしても、このままでは金銀の連結が弱いので現実的とは言えません。要するに、急戦にも持久戦にも都合が悪い状況になってしまったのです。
結局、実戦はのちほど△7二銀と引いて美濃囲いを作り直したのですが、そうなると後手は二手損なので、結果的には先手の一手得という差し引きに落ち着きました。居飛車としては、してやったりといったところでしょう。以降は、端歩突き穴熊を目指した居飛車が作戦勝ちになりました。
この事例から分かるように、現環境の四間飛車は「端歩突き穴熊」を軸にした作戦に四苦八苦しており、旨味が乏しい戦法だと見ています。今のままでは、四間飛車の苦戦は否めないと言えるでしょう。
三間飛車
急戦は怖くない。
13局出現。先手では6局。後手では7局とほぼ均等な比率で指されており、振り飛車の主力戦法として支持を集めていますね。
11月は、居飛車が急戦策を選ぶ比率が急騰したことが最大の変化でした。10月と比較すると、10%→38%と4倍近い数字を叩き出したのです。
角道を止める振り飛車に対して、穴熊や左美濃といった持久戦策は有力です。しかし、三間飛車は「石田流」という攻撃力の高い布陣を目指しやすいので、居飛車は受け身になってしまう懸念があります。ならば、「急戦で確実に先攻できる将棋を選ぶほうが良いのではないか」という発想になるのも一理ありますね。急戦の増加傾向は、そういった趣意が予測されます。
そして11月に指された急戦策は、elmo囲いに組むタイプではなく、全て普通の舟囲いに組み、▲4五歩早仕掛けの要領で攻めて行く将棋でした。(第5図)
2019.11.7 第78期順位戦C級2組6回戦 ▲斎藤明日斗四段VS△矢倉規広七段戦から抜粋。
居飛車が▲4五歩からの仕掛けを狙っていることは明白ですが、金銀の移動を必要最小限にしていることや、桂を優先的に活用していることに令和の風を感じます。最短距離で攻めて行くことが現代将棋の特徴の一つですね。
後手は▲4五歩に備えて△4二飛と飛車を振り直しますが、▲9六歩△9四歩▲5六歩△8二玉▲4五歩で先手は予定通り4筋から動いていきます。(第6図)
ただ、▲4五歩早仕掛けは△4一金型に対して決行しても上手くいかないという通説があり、こういった仕掛けでは攻めが軽いと見られていました。具体的には、△3二金で受け止められてしまうからです。
ところが、そこから▲4四歩△同銀▲4六歩と進めるのが居飛車が用意していた策でした。(途中図)
金を3二へ移動させたことに満足して、ゆっくりした流れに持ち込んだことが居飛車のアイデアです。
何はともあれ、後手は△7二銀で美濃囲いを完成させたいところ。対して、先手は▲1六歩△4一飛▲1五歩と敢えてパスをします。動いたあとに、ひたすら待機するのは変調なようですが、これこそが居飛車が描いていた理想の青写真でした。(第7図)
ここで振り飛車は待機するなら△6四歩や△7四歩などが挙げられますが、どちらも美濃囲いが弱体化するので嬉しい手ではないでしょう。その上、先手には▲6八金直、▲4七銀、▲2九飛など価値の高いパスが多く残されているので、これらとの交換ははっきり損と言えます。要するに、手待ち合戦では振り飛車に全く良いところがないのです。
このように、▲4五歩早仕掛けに対して△4二飛と回る対応を取ると、振り飛車は思わしくない結果になってしまいます。「戦いが起こった場所に飛車を移動させる」ことは振り飛車の基本ですが、4筋で戦いが起こせないようでは、それを実践するメリットがありません。そこに振り飛車が苦しくなった原因があります。
そこで、三間飛車は違う対応を模索するようになりました。それにつきましては、豪華版のほうで解説しております。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年12月号 振り飛車編)
角交換振り飛車
最短距離で仕掛けを狙う。
12局出現。そのうち、10局が後手番での採用。後手番で多く指される傾向は、10月と同様ですね。
角交換振り飛車には様々な駒組みがありますが、11月は△4二飛・△3三角型の構えに組む将棋が多く指されました。これは、居飛車にとって有力な作戦である[自陣角+▲4六銀型]というフォーメーションに対し、自信を持って迎撃できるようになったことが増加の要因だと推察されます。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年9月~10月 振り飛車編)
ただ、居飛車側も当然ながら黙ってはいません。その迎撃策を発動させない作戦を展開した将棋が指されています。(第8図)
2019.11.14 第78期順位戦A級5回戦 ▲広瀬章人竜王VS△羽生善治九段戦から抜粋。
居飛車が▲3六歩と指したところですが、この手を見て「妙に早いな」と感じた方は、鋭い感性の持ち主ですね。
代えて▲5八金右のほうがポピュラーな手ではありますが、▲3六歩を優先することにより、居飛車は相手の作戦を限定できる意味があるのです。
後手は△3三角と上がりますが、▲同角成△同桂▲3七銀と進めるのが▲3六歩からの継続手になります。(第9図)
ここで後手は△2二飛と回りたいのですが、それには▲7七角△4二銀▲4六銀と指し、[自陣角+▲4六銀型]というお馴染みの構えを作られたときに困ります。居飛車が▲5六歩や▲5八金右といった囲いの整備に必要な手を後回しにしたことで、受けの体勢が間に合わなくなっているのです。
そういった背景があったので、実戦は△3二金と指し、向飛車に組むのを諦めました。先手はそれに満足して、▲5八金右から左美濃に組んでおきます。(第10図)
こういった持久戦になれば、後手は3二に上がった金が形を決め過ぎている嫌いがあります。居飛車はそれを主張にしている訳なのですね。
まだまだこれからの将棋ではありますが、相手よりも堅い囲いに組めているので、少なくとも居飛車に不満は無いと言えるでしょう。
この早めに▲3六歩と突く作戦は、△4二飛・△3三角型の将棋に対して相性が良い可能性が高いと考えられます。振り飛車としては、第10図のような局面を不満と見るならば、違う作戦にシフトするといった工夫が必要になるかもしれません。
その他・相振り飛車
後手振り飛車の救世主?
13局出現。なお、そのうち相振り飛車は4局でした。
対抗形になった際、後手番の振り飛車が7局ありました。現環境の先手振り飛車は、三間飛車や角交換振り飛車を選べば攻勢に出られるので、わざわざ先手番で奇をてらう必要はありません。それゆえ、後手番で変化球を投げるケースが多いという話はあるでしょう。
今回の目玉は、何と言ってもこの将棋です。(第11図)
2019.11.28 第13回朝日杯将棋オープン戦二次予選 ▲稲葉陽八段VS△菅井竜也七段戦から抜粋。
後手は4→3戦法のオープニングですが、ここで△3二飛には▲6五角と打たれる筋が生じるので、やや無理気味。なので、ここでは△4二飛と回る手が一般的ではありますね。
ところが、菅井七段は予想だにしない作戦を披露します。第11図から、△3二金▲4八銀△3三金と進めたのです。(第12図)
何とも摩訶不思議な駒組みですね。自ら大駒の利きを金で遮っているので良い理屈が見当たらないようですが、これが見た目とは裏腹に有力な構想なのです。
後手は[△3五歩・△3三金型]という配置を作ったあとは、一目散に美濃に囲って戦いに備えます。(第13図)
△3三金型の三間飛車は、青枠で囲った構えが基本図です。ここからは相手の指し手に対応して駒組みを変化させることになりますが、セオリーとしては、
・4筋の歩は突かない
・3一の銀は受けに使う
この二点に則った駒組みを展開していくことになります。
△3三金型の三間飛車は、見た目は奇襲戦法のようではあります。しかし、急戦を仕掛けられる恐れがないことや、居飛車の右桂の活用を阻んでいるといったベネフィットもあるので、なかなか侮れない作戦のように感じます。蛇足ではありますが、筆者もこの作戦を指してみて大いに可能性を感じました。その模様は、こちらからどうぞ。
後手番の有力な作戦として定着するかどうか、今後に注目ですね。
プロ棋界の公式戦で指されている最新戦法の内容をもっと深く知りたい! という御方は、こちらの記事をご覧ください!
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年12月号 振り飛車編)
こちらの記事は有料(300円)ではありますが、より詳しいコンテンツになっております。内容量といたしましては、こちらの通常版の約2~3倍ほどです。もっと詳しく! という御方は、ぜひご覧ください!
今回のまとめと展望
・先月と比較すると、(対局数の母数が減っているという話もあるが)先手中飛車の採用数が落ち込んでいることが目を引く。これは、後手超速が手強いこともあるが、それ以上に三間や角交換振り飛車のほうが主導権を握りやすいからではないかと推測している。
・後手番の振り飛車では三間飛車が安牌だろうか。他には、△3三金型の三間飛車も面白い。裏を返すと、他の振り飛車はどうも苦労している。特に、四間飛車は面倒な相手が多い。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!
始めまして。いつも拝見させて頂いています。本日は質問があってコメントさせて頂きます。最近、菅井七段が中飛車穴熊を連採されていますが、何か新しい工夫が見つかったのでしょうか?
はじめまして。いつもご覧いただき、誠に嬉しく思います。
さて。ご質問の件ですが、これは本文で述べたように、参考図の局面が中飛車にとって面白くないからだと推察されます。また、▲5六銀型に組む指し方も考えられるのですが、それも中飛車は不本意な戦いになりやすく、不本意な印象です。その理由については、こちらをご覧ください。
要するに、後手超速に対して美濃囲いに組んで対抗するのは、現状では不満が多いのです。それゆえ、菅井七段は穴熊に組む将棋に可能性を求めているのではないか? と憶測しています。この戦型以外で菅井七段が振り穴を採用するのは殆ど無いことからも、それを裏付けているように感じますね。
返信ありがとうございました。これからも実践的な記事を期待しています。