どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年2月第2週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.2/9~2/15)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。[四間飛車VSミレニアム]という出だしから中盤の捻じりあいが展開され、このような局面になりました。(第1図)
2020.2.14 第91期ヒューリック杯棋聖戦二次予選 ▲近藤誠也六段VS△井出隼平四段戦から抜粋。
先手はほぼ無条件で二歩得しているので旗色は良いのですが、7五に位を取られていることが懸念材料です。常に△7六桂と打たれる攻め筋を見せられているので、目の上のたんこぶのような存在ですね。
ところが、近藤六段はこの駒の煩わしさをあっという間に消し去ってしまったのです。これは本筋の一着でしたね。
後手に対抗するべく、こちらも位を取ったのが妙手でした!
△7六桂の両取りに怯まず、じっと位を取った手が明るい大局観でした。これで先手は7五の位の価値を下げることが出来るのです。
ここで△7六桂が気になりますが、それには▲同銀△同歩▲同金と応じましょう。後手は歩切れを解消するために△5五歩と突くのが妥当ですが、そこで▲6七桂が味の良い攻防手になります。(A図)
ここに桂を設置することで、7五と5五の地点を同時に守れることが先手の自慢です。
ここから△5六歩▲同銀までは必然ですが、その局面は▲5五桂打や▲6四桂といった攻めが残っています。他には、▲7五歩で位を確保する手も楽しみですね。
この変化は、銀桂交換の駒損よりも7五の地点の制空権を奪ったことのほうが大きく、先手にとっては歓迎すべき進行と言えます。
という訳で、本譜は▲6五歩に対して△7四銀で位を補強しましたが、▲6六銀が絶好の活用。ここまで来ると、7五の位の価値が下がっていることが感じられるのではないでしょうか。(第2図)
5七の銀が7筋方面に近づいたことで、先手陣はさらに厚みが増しました。加えて、次に▲4六角が指せるようになったことも嬉しいポイントですね。
相変わらず△7六桂は残っているものの、▲同銀△同歩▲同金と応じればノープロブレム。次に▲7五歩と押さえられるので、この交換は損ではありません。後手は△7六桂を決行したあとに、△7五歩と打つ一歩が無いことが泣きどころなのです。
こういった玉頭戦になると、そこに参戦している金銀の数が形勢に直結します。先手は全ての金銀が玉頭方面へ集結していますが、後手は4三の銀が離れており、言わば「銀落ち」のような状況ですね。この決定的な差を生み出すために必要な手が▲6五歩だったというロジックなのです。以降は、厚みの差を活かした近藤六段が制勝しました。
第1図の段階では厚みに差が着いていないように見えましたが、▲6五歩→▲6六銀の二手が入ると、大いに景色が変わったことが分かります。▲6五歩は地味な手ではありますが、局面の急所を的確に見抜いた妙手でしたね。
第2位
次にご覧いただきたいのは、こちらの将棋です。先手の矢倉に後手が急戦で立ち向かい、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.2.14 第78期順位戦B級1組12回戦 ▲深浦康市九段VS△松尾歩八段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
後手は飛車得しているのですが、今しがた指された▲7四馬が厄介な一着です。次に▲6四桂を喫すると、その貯金はあっという間に消えてしまいますね。
その上、先手は中段玉で掴みどころがなく、寄せも容易ではない局面に映ります。ところが、松尾八段はこの難題を意図もたやすくクリアしてしまいました。
じわりと竜をにじり寄ったのが気づきにくい妙手でした!
はた目には良さが見えにくい一着ですが、これが全ての問題点を解決する妙案でした。
この手は、次に△4五桂▲5六玉△7六竜から王手馬取りを掛けることがメインの狙いです。ゆえに、先手は▲6四桂を打つ余裕がありません。
それを踏まえると、▲5二馬△同玉▲7一飛でターゲットになっている馬を捌いておく手も考えられますが、それには△5一銀が巧みな受け。4筋への逃げ道を作られると、先手は敵玉を寄せられない格好です。(B図)
先手にとって7四の馬は最大の戦力です。それをお荷物になっている5二の飛と交換するようでは、釣り合いが取れていません。これは「飛車を取らされている」進行なので、先手としては選ぶ訳にはいかないのです。
このような事情があるので、本譜は▲7七桂と打って辛抱しましたが、この利かしを入れてから△4四桂で寄せの網を絞ったのがクレバーでした。(第4図)
これは次に△2四角▲4六歩△5六銀という攻めが狙いですね。詰めろではありませんが、先手は玉を下段に落とされると粘りが利きません。ゆえに、まだ▲6四桂は打てないことが分かります。
そうなると▲5六銀は仕方のない受けですが、△2四角▲4六桂で合駒を請求してから△9九竜が冷静な指し回しでした。(第5図)
いろいろと込み入った話をしましたが、この局面が後手の思い描いていた青写真でした。つまり、執拗に相手を攻め立てて、全ての持ち駒を受けに投資させることが目的だったのです。
先手が指した[▲7七桂・▲5六銀・▲4六桂]の三手は、自玉を延命させるためにはやむを得ない手でした。しかし、その結果全ての持ち駒を手放すことになったので、▲6四桂が打てなくなっています。そうなると、先手の切れ筋は明白ですね。
攻め駒が足りない先手は▲7二金と活用しましたが、これでは迫力不足は否めません。△5一銀が手堅い受けの決め手で、後手の勝勢は確固たるものになりました。以降は、松尾八段が危なげなく勝ち切っています。
改めて、冒頭の局面に戻ってみましょう。
再三、述べているように、先手は▲6四桂が期待の攻め筋でした。こういった分かりやすい狙いを見せられると、ついそれを防ぐことに注目してしまいがちですが、真に目を向けるべきポイントは、自軍の問題点を改善することなのです。
この場合だと、最強の戦力である竜が今一つ寄せに働いていないので、△7九竜が最善の一手になるという訳なのですね。相手の狙いに怯まない、強気な妙手だったと思います。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これは全くもって浮かびもしない着想だったので、一位に推しました。(第6図)
2020.2.14 第78期順位戦B級1組13回戦 ▲菅井竜也七段VS△千田翔太七段戦から抜粋。
後手が△8六歩と突いて、8筋の突破を目指したところです。
ここで自然に応じるなら▲8六同歩△同飛と進めるのでしょうが、それでは相手の言い分を素直に通しており、先手は面白くありません。
とはいえ、他に良い選択肢も見当たらないので、先手が苦しい局面のように思えます。しかし、菅井七段は意外なところに手を伸ばしてこの状況を打破するのです。
端に角を打って、銀に狙いを定めたのが妙手でした!
不思議なタイミングで角を打っていますが、これが針に糸を通すような一着でした。
そもそも、先手は△8六歩に対して、▲6五桂の攻め合いで良ければ話は簡単です。けれども、それには△6四歩のときにぱっとしないところがあり、攻めが刺さらないのです。(C図)
その障壁を乗り越えるための手段が、この▲9六角になります。
もし△7四歩で遮断されると、そこで▲6五桂と跳ねます。今度は△6四歩と打たれても▲7四歩が厳しい取り込みになるので、先手の攻めは止まりません。(D図)
また、△5二銀と引く手も考えられますが、それには▲8六歩と手を戻すのが冷静です。(E図)
9六の角が後手の銀を睨んでいるので、△8六飛とは指せないですね。次は▲6四歩が期待値の高い攻めになります。これは後手の攻めをいなしているので、先手が上手く立ち回っているでしょう。
改めて、▲9六角の局面に戻ります。
利きを止めるのはダメ。銀を引くのもダメとなると、後手に残された応手は△6四銀ということになります。ただ、この交換が入ったことで、先手は「角を成る」という着実な攻めを確保することに成功しました。
それゆえ、▲8六歩と手を戻す余裕を得ることが出来ています。以下、△同飛▲6三角成と進んだ局面は、先手まずまずと言えるでしょう。(第7図)
銀を助けるなら△7五銀になりますが、▲6五桂で勢いづかせることになりかねません。その進行は7五の銀が戦線から離れていることが痛いのです。
したがって、本譜は△8八飛成▲6四馬△7七竜と進みましたが、これなら振り飛車は銀桂交換の駒得なので、存分に戦える情勢と言えるでしょう。やはり左桂が銀と交換になったことは、高く評価したいポイントだからです。
改めて、△8六歩と突いた局面に戻ってみましょう。
この▲9六角は本当にスレスレの綱を渡っており、すこぶる精度の高い一着です。例えば、ここで▲同歩△同飛の交換を入れてから▲9六角を放つと、△8五歩▲同角△7四歩と応対されて、全く違う局面に誘導されてしまいます。(E図)
▲6五桂と跳ぶことは不可能ですし、▲7四同歩と取るのも△8八飛成▲7三歩成△7七竜が金とと金の両取りになるので先手の攻めは頓挫しています。
つまり、△8六歩と突いた瞬間に▲9六角を打つことで、後手の応手を△6四銀に限定させている効果があるのですね。その結果、▲6三角成→▲6四馬でその銀を召し取ることが出来るのです。寸分の狂いもなく、かつ見えにくい場所に角を放ったその慧眼には、ただただ驚かされました。
また、余談ではありますが、居飛車が飛車先の突破を目指してきたところに端角を打って切り返すのは、こちらの記事で解説した久保九段の妙手を彷彿とさせます。
今週の妙手! ベスト3(2020年1月第2週)
角交換振り飛車という戦型において、この端角は中盤で出現しやすい一つの手筋なのかもしれませんね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!