最新戦法の事情【10月号・振り飛車編】を公開しました。詳細は、ここをタップ!

第69回NHK杯 斎藤慎太郎八段VS永瀬拓矢二冠戦の解説記

NHK 斎藤

今週は、斎藤慎太郎八段と永瀬拓矢二冠の対戦でした。

 

斎藤八段は居飛車党で、攻め将棋。とても丁寧な棋風であり、居飛車党のお手本となる将棋を指される棋士ですね。

三回戦では豊島将之竜王・名人と戦い、脇システムを採用して準々決勝に勝ち上がりました。
NHK杯 斎藤第69回NHK杯 斎藤慎太郎七段VS豊島将之竜王名人戦の解説記

 

永瀬二冠は居飛車党で、棋風は受け。負けにくい将棋を指される代表格の棋士ですが、近年では攻撃的な手も目立ち、芸域を広げられている印象があります。

三回戦では千田翔太七段と戦い、相掛かりの将棋を制して準々決勝へ進出しました。
NHK杯 永瀬第69回NHK杯 永瀬拓矢二冠VS千田翔太七段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯準々決勝第2局
2020年2月16日放映

 

先手 斎藤 慎太郎 八段
後手 永瀬 拓矢  二冠

序盤

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。この局面は、数えきれないほど指されている形ですね。アマプロ問わず、人気のある将棋の一つです。

ここで後手には様々な候補手があるのですが、永瀬二冠は△5二玉▲7九玉△4二玉という方法で待機しました。これは最もポピュラーな指し方ですね。

対して、斎藤八段は▲4五桂と跳ね、果敢に攻める姿勢を見せます。(第2図)

 

先手がこの手を選ぶと、△2二銀▲7五歩△同歩▲5三桂成△同玉▲7四歩△4四歩と進むことになります。ここまでは定跡化された進行であり、まだ数多くの前例がありますね。(第3図)

 

角換わりは互いに手出しが出来ない膠着状態になることもしばしばありますが、この将棋は直線的に斬り合う展開なので、もう局面が収まることはあり得ません。ここからは、先手がどのように攻めを繋げるかが一つの見所と言えます。

 


中盤

 

ここは一つの分岐点であり、どのような攻め方を選ぶかは好みが分かれるところ。最近では▲7三歩成△同金のあと、(1)▲4五歩か(2)▲6五歩と攻めることが多いですね。詳しくは、こちらの記事をご覧くださいませ。

参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年1月号 居飛車編)

 

しかし、斎藤八段はそういった手段とは袂を分かちます。本譜は▲2四歩△同歩▲同飛と穏やかに一歩を交換しました。(第4図)

 

これは▲4五桂と跳ねる将棋の黎明期に見られた指し方ですね。趣旨としては、ひとまず歩切れを解消してゆっくり攻めようという意図があります。

 

さて。ここは後手にとって悩ましいところで、大まかに分けると以下の4つの選択肢があります。

(1)△5五歩を打って、△2三銀と上がる。
(2)△5五歩を打って、△3三銀と上がる。
(3)△5五歩を打たずに△2三銀と上がる。
(4)△5五歩を打たずに△3三銀と上がる。

まず、△5五歩を打つか打たないかという比較です。これは▲6七銀との交換になるのですが、それの損得が難しい。先手の攻撃力を落とすことはできますが、手順に銀矢倉を作らせるので相手を固めている節もあります。加えて、のちに▲5六歩と突っ掛けられる手が残るという弊害もあります。

 

次に銀を上がる場所の比較ですが、これも一長一短です。△2三銀を選べば3二の金に紐が付きますが、4四の地点が薄いですね。△3三銀は、その反対の性質を持ちます。

 

果たして、どの組み合わせが最善なのか、すぐには判断がつかないところです。本譜は△3三銀▲2九飛△2四歩を選びました。これらの優劣は、今後の課題と言えるでしょうか。(第5図)

 

先手は桂を取り返すことは確定していますが、歩損は取り返せないので長期戦には出来ません。

なので、斎藤八段は▲6五歩△同歩▲6六歩と継ぎ歩をして攻めの継続を図ります。歩切れを解消した恩恵を活かした手順ですね。(第6図)

 

△同歩は▲6五桂があるので、後手は放置するよりありません。問題は、攻め合うか受けに回るかです。

直ちに攻めるなら△8六歩▲同歩△8七歩が一案です。しかし、これは▲同金でも効果が不透明ですし、強気に▲6五銀と出られる手も脅威でしょう。やはり、激しい展開になると、玉が露出している後手は勝ちにくい印象を受けます。

 

そこで、本譜は△4二玉と引いて戦場から距離を置きました。先手はもちろん▲6五銀△同銀▲同歩で銀を捌いておきます。

これで攻め駒が[飛・角・銀・桂]の4枚になり、攻めが切れる可能性はゼロになりました。(第7図)

 

とはいえ、「攻め駒が4枚になった」という条件は後手も同じです。そして、後手は手番を保持しているのですから、それを生かさない手はありません。

永瀬二冠は△8六歩▲同歩△8八歩▲同玉で先手玉を8筋におびき寄せ、より攻めやすい状況を作ります。ここから後手はどのように攻めるのが最適でしょうか。(第8図)

 

勝負の分かれ目!

 

 

ここは多くの攻め筋があるので目移りするところですが、結論から述べると△8七歩が最有力だったと思います。(A図)

 

 

 

これに対して▲同玉と応じると、△5四角がすこぶる価値の高い一手になります。ぼんやりしているようですが、これが八面六臂の活躍を果たす駒になるのです。(B図)

 

 

 

この手は△6五角の王手飛車を見せながら、▲5四桂や▲7四歩△同金▲6三角という先手の狙い筋をケアしていることが自慢です。加えて、▲6九飛には△3六角を用意していることも見逃せません。

 

先手としては、この絶好手を許したくはないので、△8七歩に▲同玉とは応じにくいのです。

 

 

NHK 斎藤

 

そうなると▲8七同金と対応することになりますが、それを見て△7六桂▲7八玉△4七銀と側面から攻めるのがスマートな手順になります。(C図)

 

 

NHK 斎藤

 

▲同金は△3八角が厳しいですね。したがって、手抜きで攻め合ってどうかという話になります。先手はどこかで▲7六銀と桂を食いちぎる手が切り札ですね。これは難解な終盤戦と言ったところでしょう。

 

 

後述しますが、先手は玉が8七の地点で安定すると、寄せられにくい格好になります。なので、後手はそれを許さないことが急所でした。あのタイミングで△8七歩を利かせば▲同金に限定することが出来たので、本譜よりも良い条件で先手陣を攻撃することが出来たのです。

 

本譜に戻ります。(第8図)

NHK 斎藤

本譜は△7六桂▲8七玉△8八歩と進みました。これは着実な攻めではありますが、[△7六桂⇔▲8七玉]という交換が、のちに後手を苦しめることになってしまうのです。

 



△8八歩はうるさい攻めですが、斎藤八段は巧みな返し技を用意していました。▲8五桂が読みの入った一着です。(第9図)

 

NHK 斎藤

7三の金は攻防に働く駒なので、それをターゲットにするのは急所です。しかし、なぜ▲7四歩ではないのでしょうか? より少ない投資で攻めるほうが率が良いことは言うまでもありません。

もし、先手が▲7四歩と指していると、後手は△8九歩成▲同飛△8八銀▲同銀△同桂成▲同玉△5五角で猛攻を浴びせてきます。このとき、▲7四歩では上手くいかない理由が明らかとなります。(D図)

 

NHK 斎藤

ご覧のように、歩の合駒が利かないので先手は受けにくい格好ですね。▲7七銀は△7六歩が残りますし、▲7九玉では△8八歩▲同金△7六桂で支えきれません。

 

これを踏まえると、▲8五桂を選択した意味が分かりますね。これならD図の変化に誘導されても▲7七歩で容易く受かります。(E図)

 

NHK 斎藤

歩で壁を作ってしまえば、△7六歩の突き出しは痛くも痒くもありません。その上、8五に桂を打っておけば玉頭がより安全という意味も兼ねています。これは後手の攻めが刺さらないですね。

 

本譜に戻ります。(第9図)

NHK 斎藤

永瀬二冠は一気の攻略は難しいと見て、△7二金と引きました。ですが、金が下がると▲6四角が絶好ですね。以下、△5三銀▲7五角と進んだ局面は、先手の上部が手厚くなりました。後手は7六の桂が負担になっており、攻めあぐねてしまった格好です。(第10図)

 

NHK 斎藤

何はともあれ△8九歩成で桂を取りますが、▲同飛で先手玉は安泰です。

永瀬二冠は△7四歩と打って攻防の角に働き掛けますが、スパッと▲5三角成が明るい判断です。△同玉▲7六銀と進んでみると、彼我の玉型に大きな差が着いていることが分かりますね。(第11図)

 

NHK 斎藤

後手は角銀交換の駒得にはなりましたが、歩を大量に消費しているので、そこまで威張れたものではありません。また、[▲5三角成△同玉]というやり取りにより、△4二玉と引いて玉の安全度を高めた手が無効化されてしまったことが地味に痛いですね。

 

NHK 斎藤

永瀬二冠は△9五歩と突いて綾を求めますが、斎藤八段は頃は良しと見て、いよいよ反撃に転じます。▲7三歩△6二金▲6四桂が、素朴ながら厳しい攻めでした。(第12図)

 

NHK 斎藤

▲7二歩成の一点狙いですが、後手は分かっていても防御不可です。飛車を取れば▲5一飛が痛烈なので、これは相当に速い攻めですね。まさに「と金の遅はや」です。

 

難解な中盤戦が展開されましたが、斎藤八段は上手く相手の攻めをいなして、頭一つ抜け出すことに成功しました。

 


終盤

 

NHK 斎藤

先述したように、後手は適切な受けが見当たりません。ゆえに、本譜は△5五角▲7二歩成△7五桂と攻め合いましたが、▲同銀△同歩▲7七歩が堅実。ここに歩を打っておけば、先手玉は安全を確保できます。(第13図)

 

NHK 斎藤

後手は飛車を渡せる態勢ではないので本譜は△8三飛と逃げましたが、これは辛い手ですね。スピードを争う終盤戦で緩んだ手を指さざるを得ないようでは、後手の非勢は明らかです。

 

斎藤八段は▲6二と△4二玉▲5六金で、さらに駒得を拡大します。△9六歩にも▲9八歩と応対して、勝負を焦りません。(第14図)

 

NHK 斎藤

後手は攻めが止まると多大な駒損だけが残るので、アクセルを踏み続ける必要があります。永瀬二冠は△6四角▲同歩△9五桂で、先手玉に肉薄しました。

以下、▲8八玉△8七銀▲7九玉△6七歩で下段に落とすことに成功します。しかし、▲5九銀と手入れされると、あと一押しが無いですね。やはり三枚の攻めでは火力が足りないのです。(第15図)

 

NHK 斎藤

なお、駒得しているときは、このように持ち駒をどんどん投入して物量にモノを言わせる指し方が有効になるケースが多いです。「お金は無いときは溜める必要があるが、ある程度持てば使わないと意味が無い」という理屈と通ずるところがありますね。

 

後手は8七の銀を取られるとアウトですが、△7八銀成▲同玉では上部へ泳がれてしまいます。そこで本譜は△5四角と繋げましたが、▲6五桂で手厚く壁を作ります。(途中図)

 

NHK 斎藤

これは▲5三角という攻めも見据えていますね。なので、△3一玉と早逃げするのは仕方ないですが、▲2三歩△同金▲8七金△同桂成▲同飛で先手の危機は去りました。以下、△3六角にも▲4七桂と投資して、またも角の利きをブロックします。

この辺りの先手の指し手は、「駒得のときには持ち駒を投入する」というセオリーに基づいており、▲5九銀からの方針を一貫させていることが分かります。(第16図)

 

NHK 斎藤

攻めが切れ模様になってしまったので、永瀬二冠は△2二玉と上がって延命措置をとります。ただ、これでは敵陣への脅威がありませんね。斎藤八段も歩調を合わせるかのように、▲7八玉と上がります。これが負けの無い形を作る決め手でした。(第17図)

 

NHK 斎藤

これを指すことにより、先手はいつでも中段へ逃げ出せるようになりました。先手は上部の土地が広大なうえに、相手の攻め駒も少ないので自玉が寄ることはありません。

まだ後手玉が詰むまでには時間が掛かりますが、先手玉が不死身になってしまった以上、大勢は決しています。以降は斎藤八段が危なげなく勝利を収めました。

 


本局の総括

 

  • 先手が攻勢に出て後手が凌ぐという構図だったが、斎藤八段は穏やかな攻め方を選んだので、局面の流れが変わる。
  • 後手は銀を交換したあとに、どのように攻めるのかが考えどころ。結果的には、この辺りが唯一のチャンスだった。
  • ▲8八同玉のときに、後手は△8七歩と叩いてみたかった。本譜は△7六桂と打ったのだが、この駒が負担になってしまった。
  • ▲8五桂が手厚い受けで、先手が巧みに攻めを凌いだ。以降は少しづつ駒得を拡大し、最終的には後手の攻めを切らして勝利を確固たるものにした。斎藤八段の丁寧な受けが光った一局だった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA