どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年8月第2週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.8/9~8/15)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。後手の三間飛車に先手が穴熊で対抗する構図になり、このような局面を迎えました。(第1図)
2020.8.11 第79期順位戦C級1組3回戦 ▲千葉幸生七段VS△高崎一生六段戦から抜粋。(棋譜はこちら)(便宜上先後逆で表示)
後手は手番を保持しており、かつ自玉にまだ余裕があるので勝算の高い情勢です。しかし、ここで手番を渡したり、相手に飛車を取られたりすると、そのアドバンテージを失ってしまうので緩んだ手は許されません。
つまり、後手はこの瞬間が踏み込むチャンスであり、その機を逃すと形勢を損ねてしまうという訳なのですね。高崎六段は、見事な決め手を用意していました。
角を捨てて、8八の銀に働き掛けたのが妙手でした!
これが快刀乱麻の寄せでした。角を犠牲にすることで、先手玉を9八から引っ張り出すことが後手の狙いになります。
なお、この手に代えて△9七桂成▲同銀と進めるのは、先手玉が9八で安定してしまうので、容易ではありません。8五の桂は、まだ清算してはいけないのです。
さて。これに対して▲6七銀と飛車を取るのは、△8八角成▲同玉△7七銀で即詰みですね。8五に桂を残した利点が光っています。(A図)
なので、本譜は▲7九同銀と応じましたが、そのタイミングで△9七桂成が正しい手順。▲同玉で玉を釣り上げたことで、△8六金という豪打が炸裂しました。(第2図)
これを▲同玉だと、△8五飛▲9七玉△8六金から詰みます。
ゆえに実戦は▲8八玉と引きましたが、△9七金打▲8九玉△8七金上で先手玉に必至が掛かったので、後手の勝利は確固たるものになりました。一気呵成の寄せが決まりましたね。
ちなみに、この△7九角に▲8九金と受けても、9七の地点で清算すれば先手玉を9七に誘き出せるので、やはり△8六金と捨てる筋で寄っています。
後手は△7九角と打つことで、9七と8八の地点を同時に攻めていることが自慢なのですね。先手はこれらの地点を同時に補強できないので、受けが利かないという理屈なのです。△7九角は、急所を的確に突く見事な寄せでした。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。角換わりから先手の攻めを後手が凌ぐ展開になり、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.8.14 第46期棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲三浦弘行九段VS△木村一基王位戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
先手が▲2二馬と引いて後手玉に迫ったところです。
後手は囲いの体をなしていない玉型ですが、まだまだ広い格好なので、いきなり仕留められることはありません。
なので、そろそろ反撃に転じたい……かと思われましたが、木村王位は受けの手を選びます。そして、それが非常に賢明な判断でした。
堂々と玉を上がって、入玉を視野に入れたのが妙手でした!
後手は右辺へ逃げる含みもあっただけに、玉を上部へ逃がす着想は大胆ですね。一歩間違えると利敵行為になりかねない一着ですが、これが局面を明快な勝ち筋に導く仁王立ちだったのです。
先手はとにかく攻めるしかないので、▲2五歩と叩きます。これは2五の地点を封鎖したいという意図ですが、△9六歩▲9八歩の利かしを入れてから△3四玉が圧巻の玉捌き。この手を指したかったので、後手は△4三玉と上がったのです。(第4図)
▲2四歩で金は取られてしまいますが、△2六歩▲2三歩成△2五玉という要領で上部へ逃げ出すのが後手の狙いです。そう進めばあの玉は捕まらないので、後手は不敗の態勢ですね。
つまり、先手は2五へ逃げられると勝機を失うのです。よって本譜は▲2六香で通せんぼしましたが、△2五金が勝負を決めた豪胆な受けでした。(途中図)
先手は玉を2五へ逃がすとアウトという制約があるので、▲2七銀と下から支えるくらいですね。しかし、これで後手は香をゲットできるので、△2六金▲同銀△9七角で先手玉を仕留めに行きます。そう、これで先手玉は詰んでいるのです。(第5図)
▲同歩はキャプションに示した順で詰みです。
ゆえに本譜は▲8九玉とかわしましたが、△8八香▲同金△同角成▲同玉△9七銀▲同歩△同歩成▲同香△同香成▲同玉△9六金でこれも詰んでいますね。(第6図)
(1)▲同玉は、△9五香▲同玉△8四金▲9六玉△9一飛。
(2)▲8八玉は、△8七金▲同玉△8六歩▲7八玉△8七歩成▲6八玉△7七と▲同玉△7九竜。
長手数で恐縮ですが、いずれも先手玉は詰みを免れません。後手は7三の金が縁の下の力持ちになっていることが大きいですね。
後手の指し手を△4三玉から振り返ってみると、基本的には上部脱出を狙っているのですが、実は裏で相手の玉を一気に仕留める準備を整えていたことが分かります。相手のリソースを入玉阻止に浪費させることで、自玉の受けを不能にさせる組み立てが巧みですね。入玉と即詰みを両天秤にかけた、見事な勝ち方だったと思います。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これはぱっと見では意味が分かりにくいのですが、読めば読むほど深みのある一着なので、一位に推させて頂きました。(第7図)
2020.8.11 第79期順位戦C級1組3回戦 ▲片上大輔七段VS△三枚堂達也七段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
現局面の後手は大きな駒損ですが、遊び駒がほぼ無く、攻め駒も急所に迫っています。この△1五歩も厳しい一着ですね。
先手は非常に嫌らしい局面を迎えており、困ってしまったようにも思えます。ところが、片上七段は見事な一手を放って、勝利を手繰り寄せることに成功したのです。
じっと金を上がる手が、先々を見据えた妙手でした!
……??
という感じではないでしょうか。はっきり言って、終盤においてこういった「ただ逃げるだけ」の手は、一手の価値が低いので御法度としたものです。
しかしながら、実を言うとこれは「ただ逃げるだけ」の手ではなく、攻防に働く絶好の一着なのです。見た目が地味なのでインパクトが伝わりにくいのですが、ここからの解説をご覧くだされば、「攻防手」の真意がお分かりになるかと存じます。しばし、お付き合いください。
まず、第7図の状況を改めて説明します。実はこの△1五歩は詰めろではありません。なので、▲5一飛と詰めろを掛ける手で良ければ話は簡単ですね。
けれども、それには△1六歩▲2七玉△2八金▲3六玉△6六飛成で王手馬取りを掛けられるので、先手は勝つことが出来ません。(B図)
つまり、単刀直入に攻める手では失敗します。
また、▲1五同歩と手を戻すのは、△4八銀成で金を取られます。これが次に△1五香からの詰めろになるので、先手は一手負けですね。
つまり、単純に攻める手ではダメ、端歩を取るのもダメという設定なので、先手は少し捻った受けが必要なのです。その具体案が、▲5七金という訳なのですね。
こうすれば先手は△6六飛成と△4八銀成を同時にケアすることが出来るので、後手の攻めを減速することに成功しているのです。
さて。ここで後手が詰めろを掛けるなら△3五歩が一案ですが、▲2五歩でスペースを作られると、詰めろが続きません。
そこで、本譜は△2二玉と早逃げしました。これは▲5一飛や▲5二成銀なら△3二金引で囲いを強化して、負けにくい形を作ることが狙いです。
しかし、次の一手が後手の希望を打ち砕きます。▲3一銀が画竜点睛の捨て駒でした。(第8図)
これは△同玉の一手ですが、▲4二馬△同香▲6一飛と踏み込んで行きます。何とこれで後手玉は詰み筋に入っているのです。(途中図)
ここで△2二玉は、▲3一角△1二玉▲1三金△同桂▲同角成△同玉▲1一飛成と迫って先手勝ちです。(C図)
ちなみに、この変化は後手玉を3五まで追いかけ、最後に▲4六金と上がって詰まします。こんなところにも▲5七金と上がった恩恵があるのですね。
また、途中図では△4一銀もありますが、▲同飛成△同玉▲5二成銀△3一玉▲4二成銀△同玉▲5三歩成で、これも後手玉は捕まっています。(第9図)
(1)△同玉は、▲3一角△4二銀▲6三金△5四玉▲6五銀△5五玉▲5六金で詰み。
(2)△3一玉は、▲4二金△2二玉▲3一角△1二玉▲1四香以下、詰みです。
変化は多岐に亘りますが、後手が詰みを免れることは出来ません。見事な実戦詰将棋でした。
▲5七金は、戦場から離れた場所に駒を動かしているように見えるので、見た目には凄さを感じません。
しかし、よくよく見れば、相手の攻めを封じていること、及び、将来の詰み筋に役立つ一手になっており、攻防兼備の一着だったのです。すこぶる読みの入った一手であり、こういった手を見せられるとプロの読みの深さや正確さが感じ取れますね。▲5七金は、まさに玄妙な妙手でした。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!