どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年5月第5週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.5/31~6/6)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。相掛かりから先手の攻めを後手が凌ぐ構図になり、このような局面になりました。(第1図)
2020.6.4 第91期ヒューリック杯棋聖戦挑戦者決定戦 ▲永瀬拓矢二冠VS△藤井聡太七段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)(棋譜はこちら)
先手が▲4八歩と打ち、銀の侵入を防いだところです。
この局面は、どちらも有効な攻めがないので、終盤戦であるにも関わらずスピードが求められていない奇妙な状況になっています。それゆえ、方針が難しい場面でもありますね。
進むべき座標が見えにくい局面ですが、ここで藤井七段は意外な一手を放ちます。これは深謀遠慮な一着でした。
銀をそっぽの方向に成ったのが妙手でした!
ぱっと見では、何を狙っているのか皆目、検討がつかない一手ですね。しかし、これが相手の楽しみを奪う一着だったのです。
先手は▲8七金で歩切れを解消しますが、後手はじっと△3六歩と伸ばします。先手はと金を作らせる訳にはいかないので、▲2八歩△3七成銀と進めるのは妥当なところでしょう。(第2図)
さて。後手は3筋の歩を伸ばしたものの、自分の成銀が邪魔でと金を作ることが出来ません。これでは攻めが前進していないようですが、実を言うと、この局面に誘導することが後手の狙いだったのです。
その理由を説明するために、改めて始めの局面に戻ります。
キャプションに記したように、この局面はお互いに有効な攻めがありません。特に、先手は攻め駒が馬と角の二枚だけなので、どうにかして戦力を増やす必要があります。
なので、先手は一歩を補充して、▲2二歩を打つことが目指すべき展開と言えるでしょう。後手としては、その狙いを実現されたくはないところです。
しかしながら、相手に歩を全く取らせないようにするのは、現実的とは言えません。そうなると、いかにして▲2二歩を打たさないようにするのかが、後手に与えられたミッションということになります。
そう。もうお分かりですね。△2七銀成から△3六歩は、先手に▲2八歩を打たせることで、駒の補充を許さないという意図だったのです。
先手は2筋に歩を打たされたので、未来永劫、▲2二歩を打つことが出来なくなりました。また、▲3二馬と寄れば桂は取れますが、△4八成銀▲同金直△3七歩成で斬り合いを挑まれると芳しくありません。(A図)
このように、馬が敵玉から離れてしまうと、後手玉に対するプレッシャーが弱まってしまうことが先手の泣きどころです。
しかし、2一の桂が取れないとなると、先手は攻めが切れ模様なので、後手玉に迫ることが出来ません。以降も激戦が続きましたが、先手は最後まで攻め駒が不足している問題点をクリアすることが叶いませんでした。その要因が、本局における藤井七段の勝因だったと言えるでしょう。
それにしても、あえて銀をそっぽに移動することで、相手の供給源を断ってしまうとは驚きの着想でした。△2七銀成は、まさにテクニカルな妙手でしたね。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。角換わりから先手が後手の仕掛けを咎めて優位に立ち、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.6.2 第92期ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメント ▲藤井聡太七段VS△佐藤天彦九段戦から抜粋。
この局面は、形勢を判断する三原則(玉型・駒の損得・駒の働き)の全てで先手がリードを奪っているので、優勢であることに疑いの余地はありません。
とはいえ、後手玉はまだ本丸が健在なので、まだ簡単ではないようにも思えます。けれども、ここから先手はスマートに敵玉を寄せ切ってしまいました。
素朴に6一の馬を狙ったのが妙手でした!
俗手ではありますが、これが粘りを許さない一撃でした。先手は8一の飛を活用するために、下段の壁を削ることが急所なのです。
後手が馬を逃がせば、もちろん▲7一飛成で香を取ります。これは目的を達成しているので思惑通りでしょう。
したがって、本譜は△8七歩成▲同金△2七角と捻った対応を見せましたが、飛車を逃げずに▲6一桂成が明るい判断です。直線的な斬り合いで勝ちを目指すのは、藤井七段らしいですね。(第4図)
後手は△3八角成と指すよりないですが、そこで▲8二飛成がシャープな一手。目先の駒得よりも、飛車の働きを重視することが大事ですね。(第5図)
この手は、▲3二竜△同玉▲4三角からの詰めろになっています。他にも▲4一角や▲4三銀成といった攻めもあることから、後手玉は一手一手の寄り筋です。このあとは、幾ばくもなく藤井七段が勝利を収めました。
こうして振り返ってみると、先手は▲5三桂と打ち、後手が築いていた外堀を崩すことで、淀みない寄せが実行できたことが分かります。また、この寄せは藤井七段の思考の切り替えの早さを感じさせる手順でもありました。
というのも、この桂を打ったとき、藤井七段は一段目から飛車を活用することを想定していたはず。しかし、後手が6一の馬を逃げない態度を取ったのを見るや否や、8一の飛を二段目から使う方針へとシフトチェンジしています。そういったところに反射神経の良さが窺えますね。
▲5三桂は素朴な手ではありましたが、やはり守備の要である駒を狙う手に間違えはないものですね。セオリーの重要性を改めて感じさせる一着でした。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。こういった方法で美濃囲いを崩したのは、見たことがありませんでした。(第6図)
2020.6.5 第33期竜王戦4組ランキング戦 ▲都成竜馬六段VS△石井健太郎五段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
この局面は、手番を握っている後手が攻勢に出れるチャンスです。ただ、具体的にどう攻めるのかは難しいところですね。もし、一歩でもあれば△5七歩と叩けるところですが……。
有効な攻めが見当たらないように思えましたが、ここで石井五段は驚愕の一手を放ち、大きく棋勢を引き寄せました。
角を犠牲にして、8九の飛を活用させたのが妙手でした!
まさに度肝を抜かれる捨て駒ですね。「歩が無ければ、角を使えばいいじゃない」とでも言わんばかりです。
さて。これを放置すると△3九銀があるので、先手は何らかの対処が必要ですね。壁を作るなら▲4八桂になりますが、これには△6九飛成とにじり寄る手が厳しく、先手の防衛ラインは決壊します。(B図)
B図の変化が示すように、この△5七角は7八の金を6八へ寄らせないという意味も兼ねていることが分かります。
という訳で、▲5七同金と応じるのは妥当ですが、△5九飛成で底歩が削れたので寄せが見えてきました。
先手は▲4六金と逃げて辛抱しましたが、後手は△4八竜で追及の手を緩めません。(第7図)
これはもちろん、△3九銀が狙いですね。先手は▲3九角と打てばそれは防げますが、△7八竜のときに困ります。次の△4九銀が厳しいので、一時凌ぎに過ぎないのです。
仕方がないので、本譜は▲4一竜△同玉▲4九金で強引に金を入手して美濃囲いを再生しましたが、これにも△7八竜で金を補充しておけば後手は不満のない進行でしょう。(第8図)
先手は囲いが修繕されたので、すぐに自玉が寄る心配はなくなりました。けれども、やはり竜の犠牲はかなりの痛手であることは否めません。攻撃力がガクンと下がったので、後手玉に対する有力な攻めが見当たらないことが辛いですね。以降は、石井五段が丁寧にリードを守り切りました。
この△5七角は観戦者にも大きなインパクトを与えたようで、谷川九段も賛辞のコメントを送っていました。
昨日も携帯中継を逐一見ていました。
弟子は竜王戦の大きな一番でしたが、石井五段の研究と読みに打ち負かされたようです。それにしても、5七に歩なら誰でも打つ、銀も考える、でも角を捨てるのは読みにくい。鮮烈な一手でした。
今日はチーム康光の出番です。明日の朝、振り返ります。
谷川浩司— ◇チーム康光 レジェンド◇第3回AbemaTVトーナメント (@TeamYasumitsu) June 6, 2020
なお、この手に代えて△5七銀だと、▲同金△5九飛成▲4九銀打で攻めあぐねてしまいます。
△5七角なら、このように囲いを再生させる展開にならないことは言うまでもありません。受けに使いやすい駒を渡さないことに、△5七角の良さがあるのです。この角打ちは、新手筋とも言える妙手でしたね。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!