どうも、あらきっぺです。
当記事は、直近一週間の間に指された将棋の中から、思わず唸らされる妙手を紹介するコーナーです。それでは、さっそく見ていきましょう。
なお、先週の内容は、こちらからどうぞ。
今週の妙手! ベスト3(2020年8月第4週)
・直近一週間に行われた対局の中からセレクトしています。ただし、全ての対局の棋譜に目を通している訳ではありません。ご了承ください。
・文中に登場するプレイヤーの肩書は、全て対局当時のものです。
・妙手の基準及び選考の基準は、あくまで筆者の独断と偏見に過ぎません。また、ここで取り上げなかった手を評価していないという訳でもありません。それらを踏まえた上で、記事をお楽しみくださいませ。
今週の妙手! ベスト3
(2020.8/23~8/29)
第3位
初めに紹介するのは、こちらの将棋です。先手が三間飛車から意欲的な駒組みを見せ、このような局面を迎えました。(第1図)
2020.8.27 第79期順位戦B級1組4回戦 ▲久保利明九段VS△丸山忠久九段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
先手は囲いの構築が中途半端な状態ですが、後手もそこまで堅い囲いではないので、斬り合う展開は満更でもないと言ったところです。
そうなると次の一手は「あれ」かと思われましたが、久保九段はもう一工夫を凝らした手を指しました。
歩を叩くのが俊敏な妙手でした!
角取りに構わず、手裏剣を放ったのがテクニカルな一着でした。どうしても7筋方面に意識が向いてしまうので、ちょっと見えにくい手ですね。
なお、ここでは▲4四角△同角▲7六飛で金銀を取ってしまう手が目に映りますが、△9九角成で難解です。(A図)
この変化は自分の大駒は捌けますが、相手の角も捌かせてしまうので一長一短なところがあるのです。
では、▲4三歩なら、どのような違いがあるのでしょうか?
これを△同金は▲3三角成で先手が銀得になるので、後手は選べませんね。
また、△同銀の場合は▲5九角と引きます。銀取りと▲4五歩が先手の狙いです。後手は△8七銀成で手番を取るしかないですが、▲7四飛△7三歩▲7五飛と応じておけば、先手は飛車を捌くことが出来ています。(第2図)
駒の損得はありませんが、後手は成銀が使いにくいことがネックですね。加えて、次に▲4五歩と、▲6四歩△同歩▲7四歩△同歩▲同飛という二つの攻め筋を見せられていることも嫌らしいところでしょう。
こういった事情があるので、後手は▲4三歩に△同銀とは応じにくいところがあります。
ゆえに、本譜は△7七銀成と角を取る手を選びました。ただ、▲4二歩成△同金▲7七桂△8六飛▲6八飛と進んでみると、やはり先手の駒得が大きい印象を感じます。(第3図)
一発、△8九飛成は入りますが、▲3九金と引き締めておけば問題ありません。
先手は▲6三飛成が残っていますし、将来の▲6五桂も楽しみです。第3図をA図と比較すると、香を取られていないことや、相手の角が捌けていないので、振り飛車は大いに得をしています。ゆえに、先手が上手く立ち回ったと言えるでしょう。
こうして振り返ってみると、先手は▲4三歩と叩くことで局面を優位な方向に導くことが出来ました。
相手の金が引けない瞬間を見計らって▲4三歩と叩くのは、まさに一閃です。清涼感のある爽やかな妙手でしたね。
第2位
次にご覧いただきたいのは、この将棋です。横歩取りの出だしから定跡形を離れた乱戦模様になり、以下の局面を迎えました。(第3図)
2020.8.26 第62期王位戦予選 ▲谷川浩司九段VS△船江恒平六段戦から抜粋。(便宜上先後逆で表示)
お互いに飛車を持ち合い、かつ陣形も不安定です。共に似たような条件で戦っていることが分かりますが、そうなると手番を保持している先手の旗色が良さそうですね。
ところが、船江六段はここから意表の受けを繰り出し、体勢をひっくり返してしまったのです。
合駒を打たずに、堂々と玉を寄ったのが思い切った妙手でした!
この受け方では▲4二飛と打たれる手が見え透いているので、ギョッとする対応ですね。本当に後手は大丈夫なのでしょうか。
なお、代えて△5三歩と受けるほうが安全に見えますが、それは▲8二飛と打たれたときに困ります。後手は△7二歩と打つことが出来ないので、良い受けが見当たりませんね。(B図)
なので、△5二玉とかわすほうが安全なのです。
そうは言っても▲4二飛は王手銀取りなので、後手は手痛い一撃を食らっているように映ります。ですが、△6三玉▲3二飛成△6四玉▲3四竜△6六歩が痛烈なカウンター。この反撃が厳しいので、△5二玉とかわす手が成立しているのです。(第5図)
▲同歩は△6七角が詰めろ竜取りですね。ただ、この歩が取れないとなると、先手はしっくりと来る受けが見えません。
第5図で先手は[金銀⇔角]の二枚替えで駒得なのですが、
(1)△6六歩の威力が高い。
(2)後手玉が一時的に安全。
という二点が大きく、釣り合いが取れていないのです。
さて。そうなると、先手はすぐには▲4二飛が打てないことが分かりました。
なので本譜は一旦、▲7五角と緩めたのですが、こうなると攻めるターンが後手に回ってきましたね。船江六段は△2八歩成▲同金△8九飛▲6八玉△8六歩▲同角△4九飛成と一気に畳みかけ、優位を掴むことに成功しました。(第6図)
銀取りを防ぐには▲5七銀と逃げるくらいですが、そこで△1九竜と香を取れば、次の△2八竜が王手になるという寸法です。先手はいつまで経っても▲4二飛と打つ余裕が得られないですね。この後も後手は調子よく攻め続け、勝利を収めています。
原則として、受けに回る際には大駒の利きをブロックすることが基本です。けれども、この場合の後手は、「攻めるターン」を得ることが最優先事項でした。
つまり、この△5二玉は、将来の△6三玉を見せることで手番を取ることが目的だったのですね。
大将自らが先陣に立ち、手番を取りに行くという着想は圧巻です。△5二玉は、肝の据わった受けの妙技だったと思います。
第1位
最後に紹介するのはこちらの将棋です。これも相手の攻めを恐れない強気な一着でした。(第7図)
2020.8.27 第79期順位戦B級1組4回戦 ▲深浦康市九段VS△永瀬拓矢二冠戦から抜粋。(棋譜はこちら)(便宜上先後逆で表示)
中盤の難所といったところですね。
後手は2二の角を使いたいのですが、現状では味方の駒が邪魔をしていて、どうも重苦しい配置になっています。その上、次に▲1四歩△同香▲2四歩から香をターゲットにされる攻めも見せられており、ゆっくり出来ない局面でもありますね。
状況は芳しくないようですが、ここで永瀬二冠は地力を発揮し、難局を切り開くことに成功しました。
歩を打って、5六の金の処遇を尋ねたのが冷静な妙手でした!
地味な一手ですが、これが局面を好転させる一着でした。こうすることで、後手は中央の勢力を掌握することが出来るのです。
さて。これに対して先手は、▲6四同歩△5六歩▲6三歩成と斬り合いで勝てれば話は早いですね。ただ、そこで△5五銀と進軍できることが後手の強みです。(第8図)
こうなると、2二の角が見事に働いていることがわかります。
怖い手順は▲7三と△4六銀▲8二との攻め合いですが、△5七歩成がピッタリ間に合います。5筋の歩を成ることで、▲7一飛に△5一歩という受けを用意していることが後手の自慢ですね。この殴り合いは、駒得している後手の旗色が良いでしょう。
また、ここで▲4五金とかわす手もありますが、それには△3六歩が厳しいですね。(第9図)
先手は桂を助けるなら▲4四銀△同歩▲2五桂と指すことになりますが、△4五歩が絶好です。これも先手は芳しくないでしょう。
改めて、△6四歩の局面に戻ります。
このように、先手は▲6四歩や▲4五金などで攻める姿勢を見せるプランでは、どうも上手くいかないようです。
したがって、本譜は▲6六金とかわしましたが、△6五歩▲6七金△3六歩▲2五桂△4五銀が好手順。5六の金と3七の桂を追い払うことで、後手は4五に銀が上がれるようになりました。(第10図)
こうなると先手の角は捕まっていますし、将来の△5六歩も楽しみです。加えて、▲1四歩△同香▲2四歩という攻め筋もかき消すことが出来ました。後手は全ての不安材料を解決し、かつ駒得という戦果を上げることにも成功しています。まさにバラ色の展開ですね。
こういった万々歳の結果を収めることが出来たのは、一にも二にも△6四歩のお陰です。
この△6四歩は、指されてみれば平凡な手ではあるのですが、自玉付近にと金を作らせる変化を内包しているので、かなり抵抗感のある手のように感じます。そういった危うい変化をクリアしていると判断した大局観が素晴らしいですね。地味ながらも、永瀬二冠の読みの深さ、判断力の高さの一端が垣間見える一着でした。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!