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~矢倉はまだまだ終わらない!~ 第67回NHK杯解説記 増田康宏四段VS郷田真隆九段

NHK 増田ー郷田

今週は増田康宏四段と郷田真隆九段の対戦でした。

 

増田四段は居飛車党で、攻めを重視する棋風です。また、相手よりも玉型が薄いことを恐れないタイプで、これは奨励会三段時代からそうだったとは思うのですが、最近はその傾向がより顕著な印象を受けます。

二回戦では深浦康市九段と戦い、僅かなリードを徐々に拡大する堅実な指しまわしで勝利しました。

 

郷田九段は居飛車党で、本筋のお手本とも言える将棋です。棋風は攻めですね。
現代では様々な戦法が存在しますが、郷田九段は古来から指し継がれてきた戦法を大切にする棋士で、その姿勢は信念を貫く強い意志を感じます。

二回戦では糸谷哲郎八段と戦い、一方的に攻め続けて相手を圧倒し、三回戦へと勝ち進みました。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第67回NHK杯3回戦第1局
2017年11月26日放映

 

先手 増田 康宏 四段
後手 郷田 真隆 九段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲6六歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

雁木

増田四段は、もはや自身の代名詞とも言える「雁木」の骨格を作ります。

対する後手はどのような囲いを作るのか、急戦か持久戦なのか、いろいろな選択肢がありますが、郷田九段はオーソドックスに矢倉に組み上げました。増田四段は▲4七銀型の雁木を作って、相手の出方を窺います。(第2図)

 

雁木

ところで、本局の解説者は丸山忠久九段だったのですが、放映で丸山九段は「雁木を見ると、眠くなっちゃう」とユニークな発言で笑いを誘っていました笑

なぜ眠くなってしまうかというと、雁木は戦法の狙いが曖昧で分かりにくいからです。例えば、矢倉の雀刺しならば、端に集中砲火を浴びせる。角道を止める四間飛車ならば、相手の攻めを待ってカウンター狙い。といったように、明確な方針があります。

しかし、雁木はぱっと見では何を目指しているのか見えてこないので、眠くなってしまう訳ですね。

 

ただ、丸山九段はその後一転して真面目な口調になり、雁木の特徴について説明を始めます。それが個人的には名解説だったと思うので、要約して紹介したいと思います。

 

雁木は基本的に、相手の右銀を見ている。

 

これを△7三銀と攻めに使ってきた場合は、この銀に活躍される前に素早く動いて攻め合いを目指す。

 

△5三銀と受けに使ってきた場合は、すぐには自陣に危険が及ばないので、ゆっくり駒組みを進めて、陣形をより良い形に整える。これが雁木の基本方針である。

 

このように、相手の形を見て今後の方針を変化させることがこの戦法の特徴であり、幅広い戦術で戦うことができる点が、雁木の狙いである。

 

さて。第2図から郷田九段は△6四角と上がりました。これは▲4五歩からの攻めを牽制した受け重視の一手です。攻めの形を作ることは放棄しているので、待機することを表明した一手でもあります。

以下、▲2九飛△3一玉▲1六歩△1四歩▲7九玉△5三銀と互いに駒組みを進めます。(第3図)

 

矢倉

ここでは平凡に▲5六歩△2二玉▲9六歩△9四歩▲8八玉…..と駒組みを進めるのも一案でしょう。ただ、先手は千日手にする訳にはいかないので、何か仕掛けの糸口を確保しておくことが必須なので、漫然と駒組みを進めるのはどうなのかという話はあります。

 

そこで、増田四段は▲4八金と桂に紐を付けました。次に▲4五歩を突くための準備をした訳ですね。

対して、郷田九段は△5五歩と突きました。▲4五歩には△5四銀を用意しています。5筋の位が安定すると、先手は角が攻めに使いにくくなるので、先手はそれを許したくはありません。

よって、増田四段は▲5六歩△同歩▲5九飛△5四銀▲5六銀右と5筋から反発しました。(第4図)

 

ここで△4六角が目に見えますが、この歩は毒饅頭で、▲8八玉と逃げられると次の▲5五歩が受けにくく、後手不利です。したがって、郷田九段は△5五歩と打ちました。「敵の打ちたい所へ打て」という格言通りの一着です。

 

△5五歩に対し、▲4七銀と引いてしまうのは5筋の位が安定するので、先手不満。ここは当然、▲6五銀と前進する一手です。以下、△8六歩▲同歩△6五銀▲同歩△8六角▲同角△同飛と進みます。先手は打開に成功したので、千日手の心配は霧消しました。ただ、肝心の形勢はどうなっているのでしょうか。(第5図)

 

まず、玉型は後手の方が堅いものの、先手には広さという利点があります。また、互いにまだ囲いに危機が迫っていないので、どちらも安全と言える状況です。よって、これは互角。

駒の損得は無し。効率も互いに遊び駒が無いので五分。つまり、第5図は均衡が取れている局面と考えられます。

 

第5図で真っ先に浮かぶ手は、▲8七歩△8二飛▲5五飛と自然に8筋を受けて歩を回収する順だと思います。これで良ければ話は早いのですが、△7三角▲5九飛△4六角▲8八玉△5四歩と進んだ局面をどう見るか。(A図)

 

A図では、後手には△2二玉と入城する手や、△7三角→△8四角で先手陣を揺さぶる手が楽しみとして残っていますが、先手は具体的な指し手が難しい印象です。

実戦的な手としては▲5三歩と垂らして、もたれておくのは一理ありますが、明確な狙いが無いので、先手は自信を持って選択する変化では無いのかもしれません。

 

本譜に戻ります。(第5図)

増田四段は、▲7七角と指しました。これは後の▲5五角を狙っていて、そうなると受けが難しいと見ています。8筋を素通しにしたまま戦っているのでA図のような緩やかな将棋にはならず、ここで白黒はっきり着けてやろうじゃないかという意思を持った手ですね。

▲7七角に対して、△8二飛では▲5五角が飛車取りで当たりが強すぎるので、郷田九段は△8三飛と引きました。(第6図)

 

△8三飛は角のラインを未然にかわしてはいますが、それでも▲5五角と出ていれば、先手が悪くない将棋でした。増田四段は△8七銀が気になったと感想戦で仰っていましたが、それには▲8六歩△同飛▲8八歩で後手が忙しい局面です。(B図)

 

B図では△7八銀成で金を取るくらいですが、▲同玉で後続がありません。先手には▲9一角成と▲7七角→▲5一飛成の二つの狙いがあり、後手はそれを防ぐことができません。よって、B図は先手良しです。

 

本譜に戻ります。(第6図)

増田四段は▲8四歩と叩く手を選びました。以下、△同飛▲6六角△8三飛▲8四歩と進みます。これは欲張った手順で、後手の飛車を強制的に8二へ移動させ、それから▲5五角を出ようとしています。

確かにそうなれば話は旨いのですが、そうは問屋が卸しません。△9五角が鋭い返し技でした。(第7図)

 

先手はただ飛車取りを受けるだけでは、8四の歩を払われてしまいます。8四の歩は、第6図の局面から先手がコストを費やして設置した歩であり、これを取られると直前に指した▲8四歩~▲6六角~▲8四歩の3手が無駄になってしまうので、ただの一歩損とは訳が違います。

 

ゆえに、増田四段は▲5五飛△5四歩▲8三歩成△5五歩と飛車を取り合いましたが、飛車交換は後手に分があるので、郷田九段が有利になりました。(第8図)

 

なぜ飛車交換は後手有利なのでしょうか。それは、互いの玉型の利点が違うからです。

先手の囲いは「広さ」が主張であり、場合によっては右辺へ逃げ出す含みがありました。しかし、第8図では次に△5九飛と打たれる手が目に見えており、そうなると右辺への移動は不可能となります。つまり、先手の主張であった「玉の広さ」が消失したので、後手が有利になったのです。

 

第8図から、先手は△5九角成を喫するとまずいので、ひとまず▲7七桂とそれを受けます。しかし△5九飛が厳しい王手。▲6九銀はやむを得ない受けですが、△6四歩が格調高い一着。敵玉から遠い場所を攻めていますが、角頭なので急所と見ています。

 

△6四歩を▲同歩と取っても、将来、△6五歩と打たれる傷を残すので先手は取るメリットが特にありません。したがって、増田四段は▲9六歩と角を責めますが、△6五歩▲同桂△6八歩と角を退かず、アクセルを踏みます。駒は取られる寸前が最も働いているという典型的な例ですね。(第9図)

 

ここで▲6八同金と応じる手も考えられましたが、△同角成▲同玉△1九飛成と進むと直前に指した▲9六歩が一手パスに近い手になってしまうので、実戦心理としては選びにくいでしょう。

本譜は、▲9五歩△6九歩成▲8八玉と進みました。そこで△2二玉が落ち着いた早逃げ。▲6四角のラインを消しつつ、自玉の防御力を高めています。

戦いの最中に囲いを手入れするのは上級テクニックで、タイミングが難しいのですが、基本的には敵玉を寄せに行く(激しく踏み込んでいく)直前に実行するのが理想です。そうすることで、自陣の憂いを気にすることなく寄せに専念できるからです。(途中図)

 

△2二玉に対して、増田四段は▲2四歩△同銀▲8二飛と後手玉にプレッシャーを掛けますが、郷田九段は気にせず△7九とで寄せに向かいます。ここが最後の勝負所でした。(第10図)

 

増田四段は▲7九同金と指しましたが、この手が敗着となりました。代えて、▲7七金と上がる方が、苦しいながらも粘りが利きました。以下、△6九飛成に▲5八金と頑張ってどうでしょうか。(C図)

 

先手玉は上部へ脱出できれば、8三のと金が心強い味方になります。C図では△7八銀や△8六歩など、嫌らしい手はいくつかありますが、先手も▲4一角から▲7四角成や▲8四とで上部を開拓する楽しみがあるので、後手も寄せ切るのは容易ではなかったように思います。

 

本譜は△7九とに▲同金と応じたので、△8六銀が痛打となりました。ここに銀を打たれると、先手玉は上部へ逃げ出せなくなってしまい、粘る楽しみが無くなってしまいました。

 

△8六銀に▲8七歩と打っても、△7七銀打から駒をボロボロ取られてしまい、勝ち目がありません。増田四段は▲7八金と上がりましたが、△8七歩▲同金△9九飛成玉を下段に落とす基本に忠実な寄せで、後手勝勢です。(第11図)

 

ここで▲7八玉と逃げても△9八竜から8七の金を取られてしまい、一手一手の寄りです。増田四段は▲9九同玉△8七銀成▲8九玉と応じましたが、△6八金が詰めろ銀取りで、先手玉は受けの利かない形になりました。

 

△6八金以下、▲3二飛成△同玉▲8二飛と王手を掛けましたが、これは形作り。△4二香と受けた局面で、増田四段の投了となりました。(第12図)

 

第12図では先手玉は受けが無く、後手玉は不詰みなので手段が尽きています。郷田九段が緩みなく寄せ切りました。

 

本局の総括

 

・序盤は互角。先手は5筋から仕掛けることができたが、後手が形勢を損ねた訳ではなく、両者不満無しという状態がしばらく続く。

第6図で単に▲5五角なら、先手も悪くなかった。

第7図の△9五角が厳しかった。飛車交換を強要することができ、後手が一歩抜け出した。

・先手は第10図からの▲7九同金が敗着。△8六銀を打ってからは、分かりやすい寄り筋に入り、明快に後手が勝ちになった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

 



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