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~200手越えの大激闘~ 第68回NHK杯解説記 杉本和陽四段VS斎藤慎太郎七段(後編)

第68回NHK杯1回戦第8局
2018年5月20日放映

 

先手 杉本 和陽  四段
後手 斎藤 慎太郎 七段

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

前回の続きです。

前回の末文にも記したとおり、ここで先手は上手く攻めないと形勢を損ねてしまいます。

杉本四段は▲4三歩成△同歩で角道を通して、▲1四歩△同歩▲1三歩と端攻めを決行しました。後手は△同香と応じるよりないところです。(第12図)

 

端に手を着けた以上、ここは▲1五歩△同歩▲1四歩△同香▲2五金と香を取りに行く手が自然な手順です。しかし、調子の乗って後手の歩を進ませると△1六桂で反撃される余地を残します。杉本四段はそれを警戒して▲5三歩と指しましたが、これでは端攻めと手の意味が噛み合わず、予定変更を感じさせます。(▲5三歩を打つのであれば、端をいじる必要性は乏しい)

斎藤七段は、このチグハグした手順を咎めに行きます。△7四馬が絶好の切り返しでした。(第13図)

 

▲5二歩成△6四馬と大駒を取り合うのは、△3六桂が残るので先手は選びにくい進行です。仕方がないので杉本四段は▲4六角と撤退しましたが、7三の桂に紐が付いたので△5三金が指せるようになりました。

杉本四段は▲1八香打で引き続き端に照準を定めますが、△2四歩が的確な受け。先手は▲1四香を実行すると△1六桂の筋が発生するので、安易には香を走れません。

後手は△2四歩以降も、▲6一竜△4二飛▲5七角△4四歩▲7五歩△5二馬と懇切丁寧に自陣を整備して、目が眩むような要塞を構築しました。先手の攻めを完全に受け止めたので、後手優勢です。(第14図)

 

先手は竜を失うと後手玉を寄せる術が無いので、▲7一竜は妥当ですが、△6五桂▲6六角△5六歩▲5八歩で歩切れに追い込んで、後手好調です。以下、△3五歩と歩を伸ばし、いよいよ本丸に向かいます。(第15図)

 

先手は指す手に窮しているので、気は利きませんが▲7四歩と指すくらいです。自力ではどうにもならないので、相手に何かやってきてもらうよりない状況です。

斎藤七段は△3六歩▲同歩△3五歩とコビンをこじ開けて、寄せの足掛かりを作りにいきます。杉本四段は▲7三歩成△3六歩▲4七金と手を渡してチャンスを待ちますが、ここから後手の攻めの組み立ては、とても本格的なものでした。(第16図)

 

まずは△2三銀右と上がって、上部を強化します。先手は▲3五歩と置き石を設置しますが、△3二飛で主砲を3筋に転戦させます。そして、▲8四角△4五歩と突いて、金を繰り出す道を作ったのが本筋の一着。以下、▲6二と△4三馬▲6六角△4四金と進みました。

第16図と比較すると、後手は金銀が盛り上がり、陣形がぐっと手厚くなった印象を受けるのではないでしょうか。焦らずに着々と力を溜める指し回しが参考になりますね。(第17図)

 

次に△3五金と出られると先手は圧死する様が目に見えているので、▲3六金はこの一手。そこで斎藤七段は△3四歩と合わせましたが、代えて△2五歩と歩を伸ばして△2四桂を狙う方が勝ったでしょうか。

というのも、本譜の△3四歩は、▲同歩△同銀直の局面が間接的に角のラインを開けており、危うい面があったからです。(第18図)

 

杉本四段は、一瞬の好機を逃しませんでした。▲1五歩△同歩▲1四歩△同香▲1三歩が鋭い手順。さすがに玉頭に垂れ歩を残したままでは戦えないので、△1三同銀はやむを得ませんが、▲3一金と張り付かれ、にわかに後手玉は嫌な形になりました。(第19図)

 

△2二飛と逃げると▲4四角△同馬▲2一金から▲4一飛の王手馬取りがあるので、これは△3一同飛と取るしかありません。以下、▲同竜△2二銀で斎藤七段は囲いの再生を目論みますが、▲2二同竜が英断。終盤は多少の駒の損得よりも玉の安全度の方が重要なことが多く、これはその典型的なパターンです。

△2二同玉は必然ですが、▲4一飛が先手期待の攻めで、この手を見据えていたからこそ、先手は竜を切ったと言えます。(第20図)

 

後手は▲4四角と▲3一銀を同時に防ぐことができません。斎藤七段は渋々△3三金と打ちましたが、やはり▲3一銀で先手の攻めが突き刺さっています。

▲3一銀に△3二玉は▲5一飛成で、次の▲4四角→▲4二金が受かりません。よって、△1二玉は妥当ですが、ここで先手に決め手がありました。(第21図)

 

先手は角金歩を持てば後手玉を詰ますことができ、そして、それらの質駒はもう盤上に落ちています。ここは▲1五香と歩を取る手が明快でした。△同香と取れないとおかしいですが、▲4三飛成△同銀▲1三歩で寄っています。(A図)

 

(1)△同桂は▲4四角。(2)△同玉も▲2二角△1二玉▲4四角で後手は受け無しです。

しかし、杉本四段は▲4三飛成△同金引▲3三角成△同金と歩を補充せずに質駒を取る順を選びました。確かにこれでも後手玉は寄っていそうなのですが……。(第22図)

 

ここで▲2二角と打てば、部分的には後手玉は必至です。しかし、△6四角で無理矢理、先手の攻撃陣に働きかける手があり、後手は必死を解除することができます。(B図)

 

▲3七桂などで王手を受けるくらいですが、△3一角▲同角成△2二銀で後手玉は蘇生します。

▲2二角では攻めが切れてしまいそうなので、杉本四段は▲2二金△1三玉▲2一金と駒を取りながら詰めろを掛けますが、やはり△6四角が急所の一手。以下、▲3七角△3一角▲同金で後手玉は小康を得ました。(第23図)

 

斎藤七段は△4四桂▲2六金△2五歩と3六の金をいじめて、トン死筋を作りながら攻めて行きます。ただ、金が端に近づいたので▲1五金という勝負手が飛んできました。

斎藤七段は△3六桂を利かしますが、▲3九玉で先手玉を詰ますにはまだ駒が足りません。ゆえに、△2二玉と引いて、3一の金を取りに行きます。以下、▲1四金△同銀▲同香△3一玉と早逃げを使うことで手駒を蓄えました。(第24図)

 

さて。現状、先手玉には△2八銀▲同角△4八金以下の詰めろが掛かっており、後手玉は不詰めです。常識的な速度計算では後手勝ちですが、先手玉の詰めろは▲7五角を打てば0手で解除できるので、この条件を念頭に置かなければいけません。

この局面は手が広く、前述した▲7五角もあれば、自玉をゼットにする▲4八歩もあり、何が最善なのか正直なところ分かりません。

本譜は▲6四角の王手を選びました。合駒請求を突きつけることで、自玉を安全にする意図です。

後手としては△4二金(銀との比較は悩ましい)と合駒を打つ方が無難ですが、▲7五角打を放たれたときに金気をもう一枚手放すことになってしまうので、先手玉への詰めろが消えてしまいます。それを嫌った斎藤七段は、▲6四角に△3二玉と節約して、白黒を着けに行きました。▲7五角打で速度を逆転させる手を封じていることが、この手の主張です。(第25図)

 

しかしながら、この手は負ければ敗着になっていた一手でした。なぜなら、ここで▲2四桂と捨てる手があったからです。

▲2四桂に、(1)△同金は▲3三銀△同玉▲4二角打以下詰み。(2)△2三玉は▲1二銀△2四玉▲1三角で詰み。(3)△4三玉が最も抵抗力がありますが、▲4四歩△同金▲2一角が厳しい王手です。(C図)

 

△3三玉と逃げるよりないですが、▲3二角成△2四玉▲3三銀△3五玉▲4四銀不成△同玉▲5四金△3五玉▲5三角成△2四玉に▲4二馬寄が好手です。(D図)

 

△3三歩と打つしかありませんが、▲同馬△同玉▲4四金△2四玉▲3四金△同玉▲3五銀△2三玉▲1三香成△3二玉▲3三歩でピッタリ。そう。後手玉は詰んでいたのです!(E図)


本譜に戻ります。(第25図)

実戦は▲5四角△4三金▲同角成△同銀▲3五香△3四歩▲3三歩△同玉▲4二銀と追ったのですが、△4四玉が正しい応接。後手玉は△3五玉→△2四玉というルートが強力で、これは不詰めです。ここに来て、ようやく後手がはっきり抜け出しました。(第26図)

 

杉本四段は▲5三銀不成△3五玉▲4七金と執念を見せますが、シンプルに△6六角と打たれて困りました。歩切れなので適切な対処がありません。

△6六角には▲4八桂と受けるくらいですが、△同桂成▲同金上△5九飛▲4九桂△5八飛成で先手を受けなしに追い込み、後手は勝利を確固たるものにしました。(第27図)

先手は手駒が無いので、△4八角成▲同金△同竜▲同玉△3六桂の詰めろを分かっていても防ぐことができません。▲3七銀も△4七竜で無効です。以降はいくばくもなく、斎藤七段の勝ちとなりました。

 

 

本局の総括

 

序中盤は先手が軽く動き、後手がそれを受け止める展開。やや後手持ちの進行だったが、第6図からの△5一歩が柔軟性の乏しい手で、それを境に先手がリードを奪う。
第11図では、単に▲5三歩と指したかった。本譜は歩をたくさん渡した割には戦果が上がらず、先手変調。
その後は捻り合いが延々と続いたが、全体的に先手の方がチャンスの多い終盤戦だったように思う。特に、A図は惜しい逸機だった。
第25図から▲2四桂と打てば後手玉は詰み。本譜は斎藤七段が上手く逃げきった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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