最新戦法の事情【7月・振り飛車編】を公開しました。詳細は、ここをタップ!

第69回NHK杯 橋本崇載八段VS大石直嗣七段戦の解説記

今週は、橋本崇載八段と大石直嗣七段の対戦でした。

 

橋本八段はオールラウンダーで、棋風は受け。じっくりと組み合う展開を好み、軽薄な手を指すことが無い本格的な将棋を指される棋士ですね。

 

大石七段はベースは居飛車ですが、ときには角交換振り飛車を指すこともある器用なタイプです。また、玉を固めて実戦的に勝ちやすい形を作る技術に優れていることも特徴の一つです。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第69回NHK杯1回戦第14局
2019年7月14日放映

 

先手 橋本 崇載 八段
後手 大石 直嗣 七段

序盤

 

初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△9四歩▲2五歩△8八角成▲同銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

ダイレクト向飛車

戦型は後手のダイレクト向飛車。近年では減少傾向にありますが、大石七段はこの戦法を得意にされており、伝家の宝刀とも言える作戦です。

ここは先手にとって作戦の岐路で、穏便に指すなら▲9六歩や▲7八玉が一例です。もちろん、それも互角ですが、橋本八段は▲6五角で真っ向から咎めにいくプランを選びました。以下、△7四角▲4三角成△5二金右▲同馬△同金▲7五金と進みます。(第2図)

 

ダイレクト向飛車を咎めるなら、この手順で一歩得を主張するのが最もポピュラーな指し方です。一歩と言えども駒得であることには違いないので、あとは持久戦に持ち込んでしまえば、自然と良くなるだろうという思想ですね。

 

ただ、後手は自分だけ金を手駒に加えることが出来るので、攻撃力が上昇している利点があります。必然的に、先手は角金の打ち込みに備えた布陣を作らなければいけません。それはすなわち、後手のほうが駒組みの自由度が高いことを意味しています。そういった要素が後手の主張となる訳ですね。

 

ダイレクト向飛車

本譜はここから△6二玉▲7八玉△7二銀▲7四金△同歩▲4六歩と進行します。多少の形の違いはあれど類例は数多く存在しており、まだ定跡形の範疇とも言える局面でしたが、次の一手により局面がガラっと様変わりします。△7三銀が意欲的な一着でした。(第3図)

 

ダイレクト向飛車

後手は△6三銀・△7三桂型に構える指し方が多数派なので、これは非常に珍しい作戦ですね。この手の趣旨としては、歩切れを解消することにあります。

例えば、前述したように△6三銀・△7三桂型に組むと、以下のような局面になることが予想されます。(仮想図)

 

ダイレクト向飛車

無論、これも一局の将棋ではありますが、後手はいつまで経っても歩が入手できないことがネックです。加えて、自分から動きにくいこともデメリットの一つでしょうか。

しかし、△7三銀型ならそういった問題点をクリアすることが出来ます。

 

ダイレクト向飛車

つまり、ここから▲7七銀△6四銀▲4七銀と進んだ時に、△7五歩で持ち歩を確保できますね。(途中図)

 

以下、▲同歩△同銀▲7六歩△6四銀▲5八金右△9五歩▲3六歩△7三桂と互いに陣形を整えて行きますが、こうなってみると後手は銀が高いポジションにいることと、持ち駒に歩が加わっているので仮想図よりも攻撃力の高い布陣に組むことを実現しています。(第4図)

 

ダイレクト向飛車

こういった攻撃重視の駒組みを展開することは、現代将棋のトレンドと言えます。玉が薄くなる懸念はあるのですが、そういったリスクを厭わないプレイヤーが本当に増えました。

 

さて。後手が着々と銃に弾を詰め込んでいますが、橋本八段は我関せずと言わんばかりに▲6八金上△8四歩▲3七桂△4四銀▲5六歩と陣形を充実させていきます。先手は当初の方針通り、「歩得を維持して長期戦」という姿勢を貫いていますね。(第5図)

 

ダイレクト向飛車

互いにじっくりと組み合ってきましたが、そろそろ駒組みが飽和点に近づいてきました。特に、後手はこれ以上、陣形を発展する手段が難しいので仕掛けを考えてみたい局面ですね。いよいよ中盤戦に入っていきます。

 


中盤

 

ダイレクト向飛車

後手が動くとすれば、「どこで△8五桂を跳ねるか」が大事です。ただ、現状では▲8八銀と引かれても後続が見えないですし、▲6六角と打たれる反撃も残っているので、すぐに決行するのは無理気味といったところ。

 

そこで、大石七段は△6五銀と指しました。これは▲6六歩△5四銀で追い返されてしまうのですが、6筋の歩を突いてもらった方が好都合と見ている訳ですね。

そこから橋本八段は▲1六歩と突いて手を渡します。これは、後手から△1五角と打たれる攻め筋を消した損のない手待ちですね。(第6図)

 

勝負の分かれ目!

 

ダイレクト向飛車

 

まだ本格的な戦いは始まっていませんが、結論から述べると、ここで後手は切り札を使うべきでした。つまり、△8五桂と指してみたかったですね。以下、▲8八銀△3九角までは必然です。(A図)

 

 

 

先手は▲2九飛△6六角成▲6七金直△6五馬▲8六歩と催促するのが自然でしょう。後手も桂損は甘んじれないので△7七歩と叩きます。以下、▲同桂△同桂成▲同銀△6四馬と進めてどうか。(B図)

 

 

 

後手は具体的な狙いは特に無いのですが、馬を引き付けて粘っこく指せばそう簡単には負けない将棋だったと思います。

 

とにかく後手としては、先手が指した▲6六歩を咎める必要がありました。本譜はこれを怠ったので、取り返しがつかないことになってしまったのです。

 

本譜に戻ります。(第6図)

実戦は△6四歩▲6七金直△6三金で上部を強化したのですが、これが緩手でした。なぜなら、▲2九飛で先手陣の隙が完全に無くなってしまったからです。(第7図)

 

ご覧の通り、先手は一糸乱れぬ構えで駒を打ち込まれる場所がありません。こうなると後手は▲6六歩と突かせた構想が逆用されている上に、手駒の角金の価値が下がってしまいました。この二つのデメリットが大きいので、さっさと動いてしまうべきだったのです。

 

大石七段は遅まきながら△6五歩と仕掛けましたが、もう先手は受け身にはなってくれません。▲2四歩△同歩▲2三歩が鋭いカウンターで、先手は一気に棋勢を掌握しました。(第8図)

 

後手は△2三同飛と取れないと話がおかしいのですが、▲3二角△2二飛▲4一角成のときに適切な受けがありません。直前に指した△6五歩が裏切っていますね。(C図)

 

本譜はやむを得ず△5二飛と辛抱しましたが、▲2二角△3三桂▲1一角成で香得になり、先手が優位を拡大しました。

ぐずぐず出来ない後手は△8五桂と反撃に出ますが、▲6五歩が素晴らしい一着。6筋の位を取ることが、この局面における攻防の要です。(第9図)

 

橋本八段

後手は銀を取りたいのは山々ですが、△7七桂成▲同桂と進むと6五の歩を撤去できないので先手陣を攻める手段がありません。

ゆえに△6五同銀は妥当ですが、▲6六香△同銀▲同銀が手厚い指し回しです。ここでは6筋の折衝が互いに生命線なので、そこへ戦力を送る手はまず悪手にはなりません。

 

後手は△6四歩で傷を消しますが、この大事な場面で一手緩むようでは辛い限り。▲4五桂が絶好の活用で、橋本八段はぐんぐんリードを広げていきます。(第10図)

 

NHK杯橋本

第10図で先手は三原則(玉型・駒の損得・駒の働き)の全てで後手を凌駕しているので、優勢であることは火を見るよりも明らかです。特に、後手は5二の飛が攻めにも受けにも使えない駒になっていることが痛恨ですね。

結局、後手は手持ちの角と金が宝の持ち腐れになってしまいました。

 


終盤

 

NHK杯橋本

この桂跳ねを(1)△同桂は▲4四馬。(2)△同銀は▲3三馬があり、いずれも先手の馬が起動してしまいます。

後手はどのみち駒損しているので、これ以上損害が広がってもダメージが少ないという話はあります。そこで、大石七段は△6五香▲3三桂成△6六香と攻め合いに活路を求めたのですが、▲4三成桂が強気な踏み込みでした。(第11図)

 

NHK杯橋本

6七の金取りを放置するのは理外ではありますが、ここでは玉型が大差なので金を取らせても競り勝てる局面です。このように、堅さで相手を上回っている場合は、直線的に攻め合うほうが明瞭というケースは多々あります。

 

後手は△7七歩▲6八玉△6七香成▲同金までは迫れますが、そこで厳しい追撃が見当たりません。△5一飛で手を戻すのは致し方ないですが、▲4四馬が待望の活用で、ゴールが見えてきました。

大石七段は△4八角で攻め駒を設置しますが、この手は詰めろではないですね。したがって、▲7五香で先手の一手勝ちです。(第12図)

 

NHK杯橋本

ここで後手が粘るなら△7八歩成▲同玉△7四歩ですが、▲5五桂で金を狙えば一手一手の寄りでしょう。先手の攻め駒が多すぎて後手は到底、受け切れません。(D図)

本譜は△5九銀▲同飛△7八歩成と攻めに転じましたが、これは形作り。橋本八段は▲7八同玉△5九角成▲5四桂と冷静に対処し、しっかり着地を決めました。(第13図)

 

NHK杯橋本

△同金と取っても▲7三銀△6三玉▲7二銀打で詰みですね。実戦はここで終局しています。


 

本局の総括

 

  • 序盤は後手が意欲的な駒組みを展開するも、玉の薄さに悩まされた。些か無理があった構想だったかもしれない。
  • 後手は第6図で△8五桂から馬を作る変化に希望を託すしかなかった。本譜はここで動かなかったので、先手に万全の態勢を作られて勝算の低い将棋になってしまった。
  • 後手が△6五歩と突っ掛けてきた瞬間に2筋から動いたのが鋭く、先手が優位を確固たるものにした。
  • 以降は先手がどんどん駒得を拡大し、危なげなく逃げ切った。序盤の歩得を最終的には大きな実利に結び付けた橋本八段の完勝譜と言えるだろう。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



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