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~銀のドリブル~ 第68回NHK杯解説記 木村一基九段VS横山泰明六段

今週は、木村一基九段と横山泰明六段の対戦でした。

 

木村九段は純粋居飛車党で、棋風は受け。ただし、受けといっても相手の攻めを待つのではなく、自ら敵の攻撃陣を責める「積極的な受け」を得意とするタイプです。

横山六段は元々は振り飛車党でしたが、今ではすっかり居飛車党に転向した棋士です。軽快な攻め棋風で、ミスが少なくアベレージの高い将棋を指される印象があります。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯1回戦第13局
2018年6月24日放映

 

先手 木村 一基 九段
後手 横山 泰明 六段

 

初手から▲2六歩△3四歩▲7六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は横山六段の横歩取り△3三角戦法。それに対して、木村九段は青野流で対抗します。

第1図の▲9六歩は珍しい一手で、青野流の中では変化球と言える作戦です。この▲9六歩は様々な意味があるので説明が難しいのですが、簡潔に述べると

(1)▲7七桂を跳ねやすくしている。

(2)3一の銀が移動するのを待っている。

これらの意味があります。(2)について補足すると、3一の銀が動くと3二の金が浮くので、▲3七桂→▲4五桂という攻め筋がより効果的になる可能性が高まります。つまり、単に▲3六歩を突くと△2二銀とは上がってくれないので、それを待ってから▲3六歩を突こうとしているのです。

 

しかしながら、先手が銀の移動を待ち構えているとはいえ第1図から△2二銀は至極、普通の一手です。木村九段は作戦通り、▲3六歩と突いて、桂の活用を図ります。(第2図)

 

ここから無条件で▲3七桂→▲4五桂の2手が実現すると試合終了なので、後手は何らかのアクションを起こさなければいけません。横山六段は△2三銀▲3五飛△2四銀と飛車を追いかけました。2四に銀を配置するのは奇異に映りますが、この局面に限っては先手の飛車を定位置の2筋に戻させない狙いがあるので、急所のポジションと言えます。

△2四銀に対して、木村九段は▲7五飛と逃げますが、後手は△8四飛で飛車の可動域を広げて手を渡しました。(第3図)

 

先手は二枚の桂を跳ねていくことがこの作戦の骨子なので、木村九段は▲7七桂でいよいよ桂を始動します。ただし、角道が止まるので、この瞬間は大駒の働きに不安があります。横山六段はその隙を突くべく、△8六歩で揺さぶりました。▲8五歩を強要させて△3四飛と転回し、歩損の回収を目論みます。(第4図)

 

この△3四飛にどのように応対するかが先手の課題です。何はともあれ、▲2五歩は打ちたい一手ですね。△1五銀は必然ですが、銀を僻地に追いやることができました。

そこから木村九段は▲3五歩と突いたのですが、この手の罪が重かったように思います。代えて、初志貫徹に▲3七桂と二枚目の桂を活用したいところでした。(A図)

 

A図から(1)△3六飛には▲4五桂△4四角▲6五桂で先手の思惑通りですし、(2)△7四歩と飛車を追われても▲3五飛とぶつけてしまえば問題ありません。将来の▲4五桂が楽しみです。とにかく、何でもかんでも二枚の桂をポンポン跳んでいけば作戦の趣旨は通しているので、先手が十分戦えたように思います。

 

本譜はA図の▲3七桂に代えて▲3五歩でしたが、△5四飛との交換は先手が損をしました。(第5図)

 

なぜ▲3五歩の罪が重いのかというと、この手には3つの損があるからです。

(1)3六にスペースを空けたので、▲3七桂に△3六歩が発生した。

(2)3五の地点を潰したので、7五の飛の逃げ場が無くなった。

(3)後手の飛を5四に移動させたので、△5五飛や△5五角という攻め筋を与えた。

特に、(1)と(2)の理由が大きいです。例えば、第5図から▲3七桂と跳ねると、△7四歩のときに痺れています。(B図)

 

▲6五飛は△7三桂で再び飛車を追われますし、▲4五飛は△3六歩が激痛です。この変化はA図と違い、▲4五桂を実現できないのが痛いですね。

 

本譜に戻ります。(第5図)

木村九段は▲4五飛で飛車を安定させようとしましたが、△2六銀が待望の活用。このように、歩の裏側に駒を潜り込む手が実現すると、受け手側は対応に苦慮します。

△2六銀に対して▲3八金は、△5五角▲2八銀△2七歩と畳み掛けられるので、有効な受けになりません。木村九段は▲7五歩△2七銀成▲3八銀と敢えて、攻め駒を引っ張り込んで受けに回りましたが、シンプルに△同成銀▲同金△8七銀と咬みついて後手優勢です。(第6図)

 

ここで▲9七角と逃げても、△7八銀成▲同銀△8七歩成があるので駒損が避けられません。

先手は苦しい情勢ではありますが、▲5六銀が粘り強い一着。玉頭を強化しつつ、△7八銀成▲同銀△5五金を防いだ意味があります。

▲5六銀に対して、後手は平凡に角を取る手もありますが、8八の角は働きの悪い駒なので、このまま触らずに負担にさせるほうが得策です。欲を言えば、銀ではなく8六の歩で角を取りたいんですよね。

横山六段は△7八銀成▲同銀△8七金▲7九銀△7八金▲同銀△8七銀▲8九金と駒を入れ替えて、先手陣を歪ませてから△7六銀不成と指しました。あっさり角を取るよりも、と金攻めを見せる手が厳しい攻めです。(第7図)

 

ここで▲6五銀で銀をぶつけても、構わず△8七歩成が成立します。(1)▲5四銀は△同歩で先手は飛車を取っても二の矢が継げませんし、(2)▲7六銀は△8八と▲同金△7九角で先手陣は崩壊します。

仕方がないので本譜は▲9八金と辛抱しましたが、金が自玉から離れてしまい辛い限りです。横山六段はじっと△9四歩と突いて、その金にプレッシャーを掛けました。これが良い催促でしたね。(第8図)

 

先手は▲9七金で垂れ歩を払えれば良いのですが、それには△9五歩が後続手。以下、▲8六金△8七歩▲同金△同銀成▲同銀△8九金で後手の攻めが炸裂します。(C図)

 

もし端の絡みが無ければ▲9七銀で持ちこたえていますが、C図では△9六歩の応援が利くので、先手は収拾がつきません。なお蛇足ですが、△9五歩に対して▲同歩も△同香▲8六金△8七歩から同様の攻め筋で後手の攻めが決まります。

 

本譜に戻ります。(第8図)

▲9七金が指せないので、先手は相変わらず8筋の嫌味を解消することができません。また、このまま手をこまねいていると、△9五歩▲同歩△9六歩→△9五香→△9七歩成という攻めで確実に潰されます。

そのような事情があるので、木村九段は▲6五桂と駒をぶつけて暴れていきました。しかし、△8七歩成▲同銀△7七銀成が巧みな切り返し。後手は他力を利用することで、労せず成駒を作ることができました。(第9図)

 

ここで▲9七角と逃げているようでは、駒の効率が悪くなってしまうので△6四歩くらいで先手は困ります。木村九段は▲7七同角△同角成▲6六銀△同馬▲同歩と強引に角交換に持ち込むことで懸案事項を解決しましたが、後手は自分だけ銀を手持ちにしている状態になったので、駒の効率には歴然とした差が付いています。

後手は「角銀を捌いた」という戦果を上げたので、もう7・8筋周辺での仕事は終わったと言えます。横山六段は△6四角と打って、新たな攻め筋を見出しに行きました。(第10図)

 

この手は表向きは香取りですが、真の狙いは飛車の捕獲です。木村九段は▲4六角と対抗しますが、△3三桂▲5五飛△4四飛で飛車を圧迫されて、先手はすこぶる息苦しい局面です。

次に△5四歩を突かれると先手は飛車が窒息してしまうので、▲3四歩△同飛▲3五飛で救助するのは止むを得ない手順ですが、飛車交換になると陣形が低い後手のほうが分が良いのは火を見るよりも明らかです。

▲3五飛以下、△同飛▲同角△3四歩▲2六角△6二銀と守備を固めて、横山六段は万全を期します。敵陣を攻める前に、いったん落ち着いて自陣をケアしたのが決め手でしたね。(第11図)

 

この△6二銀は、▲5五銀という勝負手を封じた意味があります。

木村九段は▲2四歩と突いて開き直りましたが、△8六歩が待望の攻め。▲同銀には△7八飛▲4九玉△7九飛成という要領で王手をすれば、合駒が飛車しかない先手は受けに窮します。

したがって、本譜は▲2三歩成△同金▲2一飛と攻めに活路を求めましたが、△8七歩成▲2三飛成△9八ととノーガードで踏み込んだのが好判断。攻め合いで分がある場合は、妙な寄り道はせず、まっすぐ敵玉に向かうのが明快な勝ち方です。(第12図)

 

木村九段は▲3三竜で詰めろを掛けますが、△8八飛が痛烈な王手。金を使ってしまうと後手玉の詰めろが解除されてしまうので、▲6八桂を選びましたが、△6九銀が鋭い一手。以下、▲同玉△7八金▲5八玉△6八金▲4九玉△5八金▲3九玉△4八銀と進みました。先手玉は詰み筋に入っています。(第13図)

 

▲4八同角は△2七桂▲同金△4八金で詰んでしまうので、木村九段は▲4八同金と応じましたが、△同金▲同角△2八角成▲同玉△4八竜▲3八歩△2七歩▲同玉△3六角で後手は見事な着地を決めました。(第14図)

 

▲3六同玉と取るしかありませんが、△3八竜で(1)▲3七歩には△3五金。(2)▲2六玉には△3五竜以下詰みです。さまざまな勝ち方がある中で、長手数の詰みを選ぶのは美しいですね。

 

 

本局の総括

 

序盤は、先手の桂が二枚跳ねられるかどうかが非常に重要で、本譜はそれを実現できなかったので先手が形勢を損ねた。A図の変化を選べば先手も十分戦えた。
第5図の局面は1五の銀のドリブル突破を受ける術が無く、後手が優位に立った。
中盤で△9四歩と力を溜めた手が上手く、先手は無理な動きを強いられてしまった。
先手玉を寄せる前に、△6二銀で自玉を整備した手が万全の一手。これで分かりやすく後手が勝勢になった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

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